レインフォレストで朝食を
8/21 短編投稿です。
よろしくお願いします。
信号が赤から青に変わった。黒塗りのアストンマーチンを運転するウェンディは右手でギアを一速へ入れると、ゆっくりアクセルを踏み込みクラッチを繋いで車を前進させた。
車は徐々にスピードを上げ、長い国道を進んでいく。
少しだけ開いた車窓の隙間から入った冷たい風が、彼女の横髪をなぜた。
「あくびすんなよ、イザベル。こっちまで眠くなる」
助手席で頬杖をついたイザベルは開いた口を軽く手で覆った。彼女は窓の外をちらりと見て、視線を正面に戻す。
「寝てないんだから仕方ないでしょう。いったい誰のせいでこうなったのやら」
「さぁ、誰だろう。あたしの方が知りたい。危うくエイダ様と釣りに行く約束が果たせなくなっちまう」
「それはいけません。約束は大事です。特にエイダ様と約束は絶対。約束を違えたらどうなることか」
「ま、幸い釣りに出かけるまでまだ時間はある。ちゃっちゃと仕事するとしようぜ。魚の餌にもならないような奴らをしばくお仕事だ」
「コンクリ詰めにして湖に捨てるのがいいでしょうが、今日はそこまでやってる時間はありません。ことが済んだら内装屋に後処理してもらいましょう」
ウェンディはカーブ手前で減速するとスムーズにコーナーに入った。
早朝の時間で、朝焼けはまだ見えない。太陽を隠す空が二人には青紫色に見えた。
「そういやエイダ様の食事はもう用意してあるのか?」
「いえ。本当は私が作りたかったのですがこの様子ではさすがに。仕方がないので屋敷のメイドに指示だけしておきました。今日はせっかくのピクニックです。天気も良いとテレビで言っていました。早くエイダ様とお出かけしたいですね」
「教会のアニーも来たがってたな。仕事で街に行くものだからピクニックは不参加だと嘆いてた。行けるなら手料理を持って行きたかったとか零してたぞ」
「その話はやめてください。頭が痛くなります。エイダ様にそんな危険物を食べさせるわけには行きませんよ」
村で一度だけアニーの料理を誤って食べてしまったイザベルは一週間意識を失い、目が覚めた後も動悸や息切れ、幻覚などの症状が抜けるまでおよそ二週間かかったこと思い出した。
⚪︎
イザベルは車から降りると古びたホテルの前で立ち止まり、窓ガラスに反射した日差しを十分に浴びてグンと伸びをした。ウェンディはガムを道に吐き捨てるとトランクを開け、背を向けたイザベルへ銃を乱暴に放り投げる。
彼女は柄を器用に受け取ると小指一つ分鞘から刃を露出させた。その銃はむしろ剣と呼ぶ方がふさわしい。引き金はあるがその形状はサーベル。人を斬り殺す方に特化した銃。それがイザベルの扱う武器だ。
対してウェンディは小銃二丁だ。
「ショットガンの方が良かったか」
「いても三、四人でしょう。早朝から無駄に大きな音は立てたくありません」
「むしろあっちの方がショットガンを持ってたりして」
「相手はチンケな強盗。そんな大それた銃を持ってるわけないです」
ウェンディはイザベルと肩を並べ、一度あくびをする。首を左右に回し、手にしたスチェッキンをスーツの懐に埋めた。イザベルはソードピストルを腰に差し、黒革手袋をぎゅっと握る。
「さ、行きましょうか」
二人は中へ入り、エレベーターへ乗り込む。ウェンディは親指で六階を押した。ギシリと歯車のいびつな音が室内に響く。イザベルが口を開いた。
「そもそもエイダ様がいなければ今頃あなたは愛車の中で穴だらけの上、ミンチになっていたところです」
「逆に偽札をすぐ見抜けるエイダ様の方がおかしい」
「おや、ウェンディは命が惜しくないようですね」
「ゴホン。えー、この度はエイダ様の口添えのおかげで命拾いしました。尻拭いのチャンスももらえて心底ホッとしてます」
「それだけ?」
「ユーシューな助っ人も貸してもらえてウレシーです」
「よろしい。後で何か奢ってくださいね。約束です」
「わかったよ。約束はちゃんと守る」
ウェンディは真顔だが、かすかに笑ってエレベーターから降りた。
廊下を軽やかに進んで行くと、どこからか耳に馴染むクラッシック音楽が聞こえた。二人は目的の部屋のドアで立ち止まる。
「今何時だ?」
「五時四十分。早朝ですからまだ寝てるかもしれませんね。エイダ様もまだベッドの上で健やかに寝ています。ああ、あの寝顔をいつまでも眺めていたい。あわよくば一緒にベッドに入り、彼女の小さな体をぎゅっと抱きしめて眠りたい」
イザベルは自身の体を抱くように腕を交わらせ、上を向いて息をついた。
ウェンディはこめかみを指でかくと外に誰もいないか確認してから彼女に尋ねた。
「あんた、エイダ様好きすぎじゃない? もしエイダ様に告白してくるような男ができたらどうすんの?」
「エイダ様に異性の相手? それは考えたこともありませんでしたね。ふうむ」
「なに? なんか条件でも考えてるワケ?」
「そうですね。簀巻きにしてから湖に放り投げて、それでも這い上がって来るのでしたら三メートル離れての会話を認めてあげましょうか」
「そこまでして許可するのは会話だけか」
真面目顔でのたまうイザベルを横目に、ウェンディは扉を強めにノックした。
⚪︎
部屋の中には白人の男性が二人と黒人の男性が一人いた。彼らはだらしなくソファに寝転び、そこいらのファーストフード店で買ったハンガーがを大きな口で頬張り、咀嚼していた。ジュースを飲む音と氷の弾ける音がやかましく聞こえる。一番手前の男性がソファから立ち上がった。
「えっと……」
「そのまま食事を続けてもらって結構ですよ。お気になさらず」
彼女ら二人はすごすごと部屋に立ち入り、辺りを見回した。ウェンディは奥の簡易キッチンへ向かう。白人の男の一人が丁寧に扉を閉めたイザベルに尋ねる。
「あの、すみません。ウェンディさんは存じていますが、あなたは?」
「私はブラックバーン家でメイドをしているイザベルです。お見知り置きを、ミスター・ブライトマン。おや、朝からハンバーガーとは。ウィークデイのほとんどがこんなご様子では体にいけませんね。もっと新鮮なキャベツや玉ねぎを摂らないと栄養が偏ります。人参が嫌いなんて言い訳はしないでくださいね」
「はぁ。ところで何用でしょうか。こんな朝早くに」
「何用! 面白いことを言いますね、ミスター・ブライトマン。星二つ……いや、三つ差し上げます。さすがですね。コメディアンとしてテレビに出演したらいかがでしょうか。抜群に冴えていると思いますよ。ちなみに星を五つ集めると私たちから特別サービスを堪能できますので、頑張ってください」
カウチ・ブライトマンはイザベルの微笑に戸惑いつつも、煽られた言葉尻にイライラと不快感を募らせる。カウチは後ろを振り返りウェンディを見た。彼女は換気扇下でタバコを吸い、あくびをしている。茶色い髪に煙がまとわりついていた。
「今回の仕事はウェンディさんの運転のおかげでとても助かりました。あんなに腕のいい運転手は滅多にいないでしょう。とても感謝しています。規定の報酬金額を彼女に渡しましたが、倍出したいくらいの気分です」
「当たり前だ。そこらの素人ドライバーと一緒にしないでくれ」
ウェンディは壁でタバコを消すと、前髪をかきあげまんざらでもないような顔でカウチを見た。イザベルはわざとらしく手をあげ、目を見開いて驚いたジェスチャーをする。
「あなたには星をもう一つあげます。順調ですよ、ミスター・ブライトマン。ところで、今回あなたが銀行強盗で手に入れた金額はどれくらいのものになります?」
「ざっと十万ポンドってところでしょうか」
「報酬金は事前にあなたが用意していたものですか?」
「それを聞いてどうするっていうんですか」
「ああ、いけませんよ。口答えしないでくださいね。こっちが質問しているんですから」
「何様のつもりだ」
「もちろん取引相手としてですよ。私の横に『赤の女王』と書かれた吹き出しが付いていますか?」
「ふざけるな! この部屋から出ていけ! ブラックバーンの犬め!」
カウチはそれまでの紳士調を崩すと、汚い田舎言葉でイザベルを怒鳴りつけた。激情した彼は拳をイザベルの顔に向かってストレートパンチを繰り出す。
しかしイザベルは頭を横に倒すことと腰をしならせることで、そのすべてのパンチをかわし切った。その場から一歩も動かず、ただ上体を動かしただけ。カウチはぎょっと腰を引いた。
「いいですね、最後の星をあげちゃいます」
カウチにイザベルがそう言うと、ウェンディはソファに依然寝転がったままの黒人男性を射殺した。イザベルは狼のような速さで脇に座った白人男性に近寄り、腰に差したサーベルで喉を掻き切った。粉のような血がカウチに降りかかる。
彼は愕然と怯えおののき膝を椅子に落とした。カウチは嗚咽で呼吸困難に陥る。顔がロウソクのようにさめた。
「ブラックバーン家と取引するにあたって偽札を使うなんて、いい根性していますよあなたは」
カウチは両手を小さく上げて目を必死につぶる。汗が額から噴き出して顔についた血と混じった。
「私たちが木に留まったチェシャ猫にでも見えていましたか? それとも茶会に参加した眠りネズミにでも?」
「た、試したかったんだ。マフィアに偽札がバレなきゃ大儲けできるって思って。じ、自信作だったんだ……」
「その儲け話を持ちかける方が利口でしたね。ジェイク様はこの件について大変お怒りです。もう手のつけようがなく暴れているのです。それをなだめるこちらの気になってみてください。命がいくつあっても足りません。全く、こんなバカらしいことで早朝から仕事なんて、私もウェンディもうんざりで仕方ありません」
「金を……金を渡せば見逃してもらえるか?」
「もちろんお金はいただきます。が、あなたの命について、私の主から指示は出ていません」
カウチはイザベルにサーベルを突き詰められたまま、ゴクリと唾を飲んだ。指先でカウンターを指差す。
ウェンディは手早くアタッシュケースを取り出し、台に乗せて中身を確認した。イザベルはそちらを見向きもせず、冷たく刺す瞳でカウチを見つめる。
「オーケー。今度こそちゃんと本物」
「いいでしょう。これで契約どおりきちんとお金はいただきました」
イザベルは彼の首元から刃を離すと鞘に素早くしまった。
金属の高音が静かな部屋に響く。カウチは汗まみれの額を下げると大きく深呼吸した。
「あとはお願いしますね、ウェンディ」
ウェンディはカウンターからカウチに近づくと後ろから手にした銃で彼の肩を撃った。カウチは短く悲鳴をあげ、「どうして」と繰り返し嗚咽した。床に転がり悶える姿が、まるで芋虫のようだとイザベルは思った。
「決まってるだろ。契約違反した罰だ。あたしのボスのジェイク様から、あんたをぶち殺せと命令が出てるんでな」
「エイダ様なら拷問にかけるぐらいで終わるんですけどね。金の切れ目がなんとやらと言いますか。自業自得で身を滅ぼす男は実に無様で、ひどく頭にきます。もっと抵抗したらどうですか。悪あがきぐらいできるでしょう? ほら立ち上がって蹴りで私たちをけん制しなさい。残った左手で銃を取って。ほら早く。このグズ! のろま! それでも男ですか? それでも悪党ですか? 縮こまっていないでガッツを見せなさい!!」
部屋にイザベルの怒号が響き渡る。頭の芯まで揺さぶるような強い口調だ。
しかし、カウチは床に寝転んだまま何も言わない。ただ絶望の表情で後悔に涙した。
「あなたという人は、反吐が出るくらい小物の悪なのですね。これでは街のチンピラのほうがまだ威勢がいいですよ。それでは御機嫌よう、ミスターカウチマン」
イザベルは小さく息をついてからサーベルを取り出すと、彼の額に銃砲を向けた。
ウェンディも同様に狙いを定める。
途端、奥の部屋からわめきながら男が飛び出した。手にはショットガンが握られている。その場にいた全員は硬直し、彼をぼんやりと見た。ショットガンの彼は叫びながら上体を反らせて引き金を引くと、シャンデリアに当たってそれが木っ端微塵に砕け散った。イザベルとウェンディは素早くその場から離れると、ガラスの山がカウチの頭上に落下していく様が目に映った。
「やっぱり持ってるやついるじゃないか」
「いましたね。何はともあれ、ミスターカウチマンを殺す手間が省けました。で、彼は?」
「こいつも強盗の一人だ。なんで誰も奥にデブが一人いるって言わなかったんだか」
「死ぬのに言う必要はないでしょう。ともあれ、仲間のために仇を取ろうと姿を表すとはいい度胸です。結果がどうあれ、私としては好印象ですよ、あなたみたいな男性は。もっと痩せて、銃の使い方がわかっていれば私たちを蜂の巣にできたでしょう。それでは」
イザベルは彼に会釈すると素早くサーベルで切りつけた。
⚪︎
レインフォレストは屋敷に一番近いファミリーレストランだ。普段屋敷で食事をとる彼女らにとってファミレスに入るというのはとても久しいもので、今日の朝食をとるのにぴったりの場所だった。
「コーヒーが美味しい」
イザベルは短く息をついて言う。
ウェンディはマグカップに書かれたRFという文字を指でなぞり、両手でカップを包み込んだ。
「一仕事終えたって感じがするよな。つーてもまだ八時にもなってないが」
「ひと段落ついたというのは本当のことです。少しの間だけゆっくりしましょう。私はもうお腹がペコペコです」
店員がこちらに近づき、ホットケーキセットとマフィンのセットを運んできた。ウェンディは「どうも」と声をかけ、三段ホットケーキの乗った皿を受け取った。タバコを吸殻入れに押し付けて火を消し、煙がたちまち空気に紛れて見えなくなるのをじっと見つめた。
「さっきのやつらハンバーガーだったな」
「ええ、ジャンクフードを朝から食べるなんて体に毒です」
「実はこないだエイダ様にハンバーガーを食べさせたんだけど、トマトだけ残してあとはきれいに食べてやんの。可愛いよなー、子供っぽくて」
イザベルはマフィンにナイフを入れた状態で静止した。顔を上げる。
「誰に? 何を食べさせたって?」
「エイダ様に、チキンレタスバーガーを。ポテト山盛り、オレンジジュース付き」
「なぜ? 屋敷で栄養満点野菜たっぷりの美味しい食事を出しているのに、どうしてそんな豚の餌を?」
「エイダ様が食べたいって言ったんだよ。ジェイク様もイザベルも食べさせてくんないからどんなもんか一度味わってみたいってね。あんときゃ、ポテトをパクパク笑顔で頬張ってたっけなー。そんであたしのほっぺたにチューしてさ。それがもう可愛くて可愛くて……あれ? イザベル? どうしたそんなに震えて」
「な、なんてことでしょうか。エイダ様は私の作った健康野菜入りの食事より、油がギトギトついた栄養のかけらもないパサパサのジャガイモを美味しそうに食べるなんて……。わ、私は、私はこれからエイダ様にどんな顔をして、何の食事を出せばいいのですか! ジャンクフード癖がついてしまったらどうするんですか!!」
「落ち着けイザベル。とりあえず座れ。座ってマフィンを食べろ。そしてコーヒーを飲め。話はそれからだ」
イザベルは興奮からいつの間にか立ち上がり叫んでいた。彼女はストンと席に腰を落とすと丁寧にマフィンを四っつに切り分けて食べた。小さめのウィンナーを齧り、ケチャップをつけたスクランブルエッグを舌に絡めてコーヒーで流し込んだ。
「落ち着いたか?」
「正直むかっ腹が立っています。が、料理のおかげで少し自分を取り戻しました。コーヒーが美味しい」
「そうか。そりゃよかった。さっきのお前の顔ったら強盗が見て逃げ出すぐらいおっかなかったぜ」
「え、うそ。眉間にシワが寄ってましたか?」
「そりゃあもう」
「ひたいにシワの癖ができたらウィンディのせいですからね。これ以上私を怒らせると大変なことに」
そこまでイザベルが言ったところで、銃声が鳴った。すかさず「動くな」だの「手を上げろ」だのと男一人、女一人がわめきながら店内を駆け巡る。
「ウィンディ、私のおでこは今どうなっていますか?」
「聞きたくないだろうから言わない」
ウィンディは新しいタバコに火をつけ、煙を吸って吐いてを繰り返した。
コーヒーを飲み、時折だるそうに彼らを見やる。そのうち強盗の一人が近づいて来るのが見えた。
「ねーちゃん達、優雅だねぇ。オラ、死にたくなかったらさっさと財布出しな。頭に鉛玉お見舞いされたくなかったらな」
彼の持つ黒いビニール袋はすでに何人もの財布が入って大きく垂れ下がっている。
皺くちゃで、何度も使い潰されている印象を受ける。
「おや、あんたメイドか。メイドが朝のファミレスにいるったぁ珍しい。一体どこの旦那に奉仕してるんだい? さぞかし夜は激しいんだろうなぁ、ええ?」
下卑た口調がイザベルの耳に障った。ウィンディは外方を向く。
「そういうあなたは郊外から来たようですね。訛りもあるし、南の方でしょうか」
「だからなんだァ? 田舎もんだからって馬鹿にしようってのか」
「いえ別に。ただ無知というのは幸せなのだと思っただけです。だからこそ盲目的に勝利を予感してしまうのかも」
「何の話をしてんのかわかんねぇよメイドさん。この銃が目にはいらねぇのか!?」
「そんなチンケなリボルバーで脅されたところで、怖くも何ともありません。男ならショットガンぐらい持ったらどうでしょうか? ああ、お金がないから強盗してるんでしたっけ」
「テメェ、調子乗ってんじゃねぇぞアマ! 何様だお前!」
ウェンディは男のセリフを聞いてクスクスと微笑する。イザベルもつられて肩を震わせた。
「私、とても既視感があるんですけど、ウィンディはどう思いますか?」
「確かに今朝聞いたセリフだ」
「一日に二度同じセリフを聞くことがあるとは思いませんでしたよ、私」
男はそのふんわりした彼女らの会話にたまらず、リボルバーの銃口をイザベルの額に向けた。
引き金に汗ばんだ人差し指がかけられ、今にも銃弾が発射されてもおかしくないほど男の顔が険しく凄んでいた。
「そのトランクケースも渡しな。中はなんだ? 金か? それとも薬か?」
「ご冗談を。身ぐるみを剥がされ、腕をへし折られてもこのトランクケースだけは主以外に渡せません」
「命がなきゃその主さんとやらにも渡せねぇなぁ。いったいどこのお屋敷の主さんだか知らねぇが、罪作りなやつだぜ」
「確かに罪はいっぱい作ってるよな。ブラックリストにも乗ってるし」
「ええ。ブラックバーン家は由緒ある貴族であるとともにマフィアとして完成しているのです」
男は銃で頬をかくと二人を鼻で笑った。こめかみを指で撫でると息をつく。
「ブラックバーン? 何だそりゃ。知らん! きっとチンケな没落貴族だろう」
「弊家をご存知ないということは、旅行者ですか」
女性の強盗がカウンター側から小銃を振り回しながらイザベルとウェンディの席へと駆け込んだ。
「ブラックバーン? ブラックバーンといったかい、あんた!」
半狂乱な顔が三人の目につく。顔は青ざめ、ひどく動揺している。彼女は次第に頭を抱えて崩れ落ちた。
「そちらの方はご存知のようですね。話が早くて助かります」
「お、おい、ハニー。んな汚ねぇとこに座り込むんじゃねぇ、何をビクビクと怯えてやがる」
「パンプキン。あたしたち、消されちゃう」
「何を馬鹿なこと」
「馬鹿はあんただよ、パンプキン。ブラックバーンっていやぁ裏切り者や商売敵をぶっ殺して豚の餌にするって有名なマフィアじゃないか……終わりだ、あたしたちはもう」
男、パンプキンは無意識に足を後ろに引いた。ブラックバーンの名は知らずとも、豚の餌というワードでピンと来た。先日同業者があるマフィアと関わって消されたという話を聞き、奴は豚の餌になったと周りが口々に言っていたのだ。
「あんた知ってるかい?」
ウェンディはタバコを灰皿に押し付けパンプキンに尋ねた。
「豚が餌を食いやすいようにするコツはな、細切れがいいんだ。死体なら体を二十四分割するのが一番。ノコギリは使わないぜ。中国刀で足の先から順にぶった切る」
ウェンディはホットケーキをナイフで器用に切り分け、たっぷりとシロップの染み込んだパンを頬張った。マーガリン油っぽさがシロップの甘みと混ざって喉を通り過ぎる。コーヒーは少し冷めたが、芳醇な香りは健在。口内のパンケーキの味を苦味で中和した。
口元をナプキンで拭ってから彼女続ける。
「豚は丸々太ったらハムにしてワインのつまみにする。このハムは透けるほど薄切りにして少しだけオリーブオイルをかけると赤ワインと合う。ソーセージにしてパンに挟んでもいいな。よく火を通して肉汁の出たソーセージとケチャップ・マスタードが絶妙でさ。ポーカーをやるときはこれがないとダメだ。あとはそうだな、朝食用にカリカリに焼いたベーコンも捨てがたい。スクランブルエッグに絡めて食べると、焼いたトーストを食べずにはいられないほどうまい」
強盗二人組はゴクリと唾を飲んだ。
「で、あなた方はどの料理になりたいですか?」
イザベルはそう言うと静かにコーヒーに口をつけた。
パンプキンとそのハニーは客から回収した財布入りの袋を放り投げると、すごすごと店内から外へ退散する。オンボロのミニに乗り込んだ二人はエンジンをうならせ発進した。
「ったく根性なしなワルだぜ」
「ええ、まったく。そうだウェンディ、帰りに教会に寄ってください」
「なんで」
「よく育った豚がいるので引き取りに。今晩エイダ様にはイザベル特製デミグラスハンバーグをお出ししようかと」
「そんな約束はしてないぜ。ほら、さっさと食えよ。屋敷に戻って釣りの支度だ」
本日はエイダとピクニック。
約束の時刻まで後二時間。ここから車を飛ばせばウェンディの腕ならもう少し早く着く。
ウェンディはそう言ってパンケーキを頬張ると、食事に精を出した。