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前篇

あらすじに書いた通り。【人×人外ラブ企画寝坊】の一品です。

前半はともかく後半は一発書きクオリティ。いろいろと突っ込み待ち、かな。

お手柔らかに、お願いします。




 

 追加の酒が切れるときが当日の潮時。家飲みでの鉄則を今日に限って守らなかった理由ってなんだろうな。夜空がコバルトブルーだったから? 星が見えないくらいの満月だったから?

 ほんとういうと、どちらでもない。夜中の散歩に出るのは初めてどころか慣れてるからだよ。田舎でひとり暮らし、親兄弟親族の係累無しで40間近の独身女、さらに体型が非常に残念な私がいまさら何を失うかって恐れだよな。無いナイない。

 スプリングコートの下はスウェットのみで出かけられる私が性別男女、どちらだと思うかね諸君。迷える君はいい奴だ。ちなみに化粧はしない。面倒だもん。


 っつか、どうせ人に出会うような確率はごく低い。


 人口3万人を切るような田舎じゃ22時を過ぎたら真夜中。逆に27時くらいになると朝方の老人がうろついてる。夜じゃなくて、爺さまたちにとっては朝だってのがポイント。さすがに散歩だけで畑仕事はしてないけどね。花殻摘みはしてるかな。

 息子だか孫だかが出てってしまった周囲はがらんとした大きめの家屋が目立つ。車は4台止められるくらいの広さに1台。外灯は青。犯罪者もいないのに。

 それでも、まあ私の住んでるところは市の中心部に近いからコンビニがある。1Km先だけど。

 今夜はそこまで行かない。酒だけなら自販機ってモノがこの世にはある。過疎地域にもありがたや電気は来てる。ライフライン万歳。

 煌々と道路を照らす目当ての場所には時節柄に関係なく虫が集まる。どころか今夜に限って運動会。イモリかヤモリかカナヘビか、あの類のモノが引っ付いてた。しょうがないんで回れ右。違うとこを目指す。


 ここと、ちょうど反対方向にある自販機に行く途中に魔が差した。


 うん、差したとしか言いようがない。繰り返すけどね。真夜中のせいか、月のせいか。そんな程度の気まぐれで回り道をして、好奇心の赴くままにアレを見に行こうと足を進める。

 4日前くらいからソレは3ブロック先の辻の真ん中に立っていた。最初に見たときは目を疑った。だってソレ、アレだもん。


 アレ。巨大……人造物? ロボットっていうか、不審物。


 ぱたりと歩みが止まる。この辻を通って2つ先のブロックに目指す酒の自販機はある。目に入るコレを無視してビール買いに行こうかな、とは思った。思ったけど。

 やっぱり、見ちゃったら気になるよ。

 辻のど真ん中に等身大のロボット。ロボット、……で、いいと思う。だってなんか四角の箱が積み上がってるような形してるし。ほら、なんかの漫画で段ボールを切って繋げてロボットっぽくしたキャラクターがいなかったかな。あんなのだと思えばいい。

 車なんてこんな場所のこんな時間に通るもんじゃない。私は辻の真ん中まで進んで手を伸ばした。じつはずっと、ずっと気になってたんだ。半透明の玩具みたいなツクリモノが。

 そろそろと手を伸ばす。ロボットの手のひらはきちんと関節とか手のひらまであって、ただ巨大だった。トータル身長が私の倍の大きさくらいある。つまり約3m。半透明で、昼に見たときには車が通り抜けちゃうようなモノの材質が気にならない私がいるか?

 答えはノー。


「わ、触れれる、っつか、ふわふ、っ、……え?」


 ごっとん。おっそろしく重たい音を立ててロボットの腕が外れて落ちた。私の足元に。断じて引っ張ったわけでもない腕が外れたことは……うん、百歩譲って納得してもいい。機械だもん、な? ほら、こう、なんていうかその、捻子が外れたとかありそうだろ?


「すっげぇ音したし…………半透明で、なんでこの重さ?」


 でも問題が違う。私の足元に転がってる部品は相当な音を立てた。つまり半端な重さじゃないって意味。軽いモノが落ちたらこんな、ごっとんって音がするか? アスファルトに落ちて潰れない、転がりもしない、そのくせ半透明。


 なんだ、この材質。


 好奇心の赴くまま、しゃがみこむ。地面に手を伸ばしてソレを拾い上げようとしてもまったく動かなかった。っていうか可動部っぽい手のひらのうち小指の一本分も持ち上げられない。どうして? あまりの不思議さに身体を起こし、他の本体部分を触ってみるとほんのり温かい、どころか柔らかい。くるりと回って反対側に回る。もう片方の腕は動かせた。なんだこれ。

 なんだ?


 そんな私の目の端で、ふよふよと浮かび上がり、見えない糸に操られるようにして上がっていく道路上の腕。


 ファンタジー映画にしても漫画にしても、ちょっとこれは安直に過ぎるだろう。ぽっかーんと口を開いてる隙に半透明ダンボールで作ったとしか思えない腕モドキは本体に装着された。ひくひく指の関節が動く。配線が繋がったってことか? 意味わかんねぇぞ?


「……ふぁ?」


 そうして、意味がわかんないといえばこの行動だろう。ロボットもどきは軋みながら『縮み始めた』。しゅるしゅる音が鳴らないのが逆におかしな滑らかさで私よりもやや大きい……モノ? ロボット? になる。

 さらに、それどころか動き始めた。私が4日間ものあいだ、ちょこちょこ見てた時には微動だにしなかった身体はぎこちないながらも歩き始め……私の腕を取って進み出す。


 うぇーーーいと。待て。待ってくれ。


 家飲みで酒に酔ってるっていってもわずかなもの。いつもの酒量の半分でここまでの幻覚見るとか、ないよな私。

 私の右手を見る。

 車を通り抜けさせる材質なはずの半透明段ボールで作られたロボットの手のひらの上に置かれてる。

 私の右足を見る。

 触ると柔らかくてふわふわのくせに、見た目に反して重量がある半透明ダンボール製ロボットに引かれるおかげで歩き出そうとしてる。

 貴婦人に対するエスコート。そう形容していい優雅さで私の手はロボットの肘と手首のあいだに置き直された。2m近いロボットが必死でそぉっと摘まんでるふうなの、笑える。


「……移動、するのか?」


 いやいや訂正。笑えない。けど好奇心が勝った。こんな超展開、生きてきた中で初めてだ。味合わなくちゃ損でしょ。

 きしきしとロボットは喉の辺りから軋み音を鳴らしつつ私をエスコートする。ブロックをいくつも超えないうち、すぐに行先の検討はついた。狭い過疎住宅地域だし、なにより。


「オカルトめいた展開なら神社が相当だもんな。納得」


 行先はこの町で唯一の神社。私の幼馴染が宮司さんをやってる八幡宮。ロボットは足音を立てずに、それこそ体重を一切感じさせない動きで私をエスコートする。最初の腕ごっとん事件はなんだってんだ。

 一の鳥居の前で一旦、立ち止まる。きしきしと例の音が鳴った。そうしてから参道のど真ん中を歩いて二の鳥居をくぐる。


「いよーぉ、色気無しまな板オンナ。まっさかオマエがか。お前が引っ掛けるとはなぁ」

「挨拶も無いまま、いきなりのその暴言。喧嘩なら買うけど」


 夜中なのに、の、不自然さは、ここまで来ると放り投げるべきか。手水場の横で半纏を引っ掛けた幼馴染、宮司に不意打ちで声をかけられた。反射で言い返す。


「喧嘩なんざ、まさかのまさか。俺はただ、お前に同情するだけだよ」

「同情される理由が思い当たらないから帰りたい」


 きしきしきしきし、と連続でロボットが軋む。幼馴染の宮司はあからさまに驚いて、そうしてたじろいだ。私とロボットを何度も見比べる。小首をかしげる私に、きしきしの音。ロボットが鳴く。

 そう、多分これは鳴いてるんだ。古今東西どの文献でもニュースでも情報伝達のできないロボットなんてあり得ない。なんらかの信号を発してる状態だと思う。


「山田さぁ」

 きしきし。宮司の幼馴染に話しかけるとロボットが鳴く。

「よくわかんないけど、私、ロボットさんにココまで連れてこられたのね。オカルト関連だと思うし帰りたい。私の用は終わったと思うし」

 きしきしきしきし。おいおいどうして激しくなるんだ、鳴き声。

「ふぅん。どーでもいーけど聞いていい? こんな夜中に出かけちまったお前の用って何だったの」

「家飲みのビールが切れた」

 ……きし。

「もう一個。お前さぁ、明白にソレがお前に話しかけてるの、何だと思ってる?」

「山田に」

 きしきしきしきしきしきしき。


 さすがに聞き捨てならない速度と音量に振り仰ぐ。ロボットは懸命に軋み音を鳴らしていた。段ボールは小刻みに揺れている。どこがってんじゃなく、なんつーかこう、全体的に。

 しかも共鳴かな? 内部からの反響音もキシキシの材料にしてるっぽい。


「やま」

 きしきしきしきしきしき。

「…………コイツの名前を呼ぶのが嫌だって意味かな」

 きし。

「イエスなら一回、ノーなら二回の軋みを頼む」

 きし。

「……なぁ聞いた? 宮司さん、言語が違ってもコミュニケーションは出来るっぽいよ。すごくねぇ?」

「俺はお前がすごいと思うけどな。ん。まぁ今夜はココまでだよ。そのロボット置いてけ蓮子。ちっと話がしたい」

「できるのかよ」


 異文化コミュニケーションだぞ。むしろ……無生物? いや違う、えっと、なんだろうな。

 段ボールロボット対コミュ? そんなものまで出来るとは、宮司恐るべし。幼馴染を見直すべきだな。


「じゃあな」

「おぅ、気をつけて帰れ」


 ひらひらと手を振って身を翻す。ロボットの凄まじい軋みが聞こえたものの幼馴染が懸命にとりなしていた。聞く気もしなかったから無視して鳥居をくぐってく。ビール。

 とにかくビールですよ。異世界文化遭遇記念とくらぁな。

 まぁ、なんて言ってたら軒並み自販機のビールが売り切れだとかいう不思議な現象に苛つかされてその夜は眠ったわけですけれども。



 ……ねぇ聞いたことあるかな。昔話じゃよくあるパターン。自分はあの時助けられた○○です。あの時のお礼にやってきました。どうか自分に恩返しをさせてください。ってやつ。

 あれは胡散臭すぎると思ったことはないだろうか。というか昔話もそうだが彼らは大概において特段のことをしていない。つまり私としては思い当たる節もないのだ。

 誰かに親切にしてやったつもりもないしな。

 だから宮司の山田の名前を出し、あの時の私の行動を述べ、とうとうと玄関先で長口上を述べていた男は不審人物判定へゴー、待ったなしで追い返そうとしたんだ。私も。

 一旦は。

 男性体がみるみる崩れ、見覚えのある半透明な直方体某段ボールロボットになってから即座にな。繰り返す。

 だけど。


「というワケです、蓮子さん。僕のお嫁さんになってください」

「だが断る」


 バタンとドアを閉めた勢いで挟んだはずが、さすがの材質。段ボールロボットの彼は痛くも痒くもなさそうだった。

 睨みつけること数秒。同じく、うっとりと見つめられること数秒。


「……入りたまえ」



 どうしてこのとき、コレを家にあげてしまったのか。私は絶対に彼の使う非音声言語のせいだと後に確信することになる。









 熱くて熱くてたまらない日に冷めやらぬアスファルトの上を歩いて帰宅した私の、現在の心境を述べよ。なお追加情報として、冷凍庫には同居人に見つからないように隠してあるミントチョコアイスがある、ハズだった。

 いまは無い。

 白い箱の奥の、わざわざ買い置きの肉トレーの下を探した私は絶望した。あまりのがっかりさに3回も冷凍庫を開けたり閉めたりしちゃうくらいに。


「探してるヤツはねぇ、ぼくが食べちゃったから無いよ」


 のうのうと隣で告げてくる同居人の声に心底ムカつく。飄々と嬉しそうな様子が気に障る。振り返りざまにローキック。膝関節を狙うためには多少、脚を大きく上げなくちゃいけない。この身長差もムカつくね。折れろの意図を込めて上から下に叩きつけてみた。


「……痛いよ。っていうか美味しいよ」

「ばっかじゃないの?! アンタの本来の材質なら痛みなんか感じてるはずないじゃん! それより私の感情を食べるために怒らせるのは止めろ! っつかヤメロ馬鹿野郎!」

「あぁ……ごめんね蓮子ちゃん。でも、すっごく美味しいんだよ。君の怒りの感情はそれこそミントチョコレートみたいに冷たくて刺激的で甘いんだ」

「アイスクリームはな! 食べ物が必要のないアンタじゃなくて! 私が! 食べたい!」

「きみを……食べたい…………」


 陶然と目を蕩けさせる変態にもういちどローキックをかまし、冷蔵庫を開ける。わざわざ私を怒らせたあと、つまりこんなときの常套手段、そこにはアイスじゃなくてプリンがある。

 種類は同じくチョコミント。

 チョコレートが本格的でミントが効いてて、アイスなんかよりも随分お高いやつ。


 ゼッタイに、ここのお店の限定品だって私が狙ってることを知ってて。コイツは冷凍庫のアイスを食べて冷蔵庫にプリンを置いたんだ。


 苛々は最高潮にあがる。この同居人は私の感情を食べる。頭がおかしいヒトみたいな言い方だけど事実。

 同居人は地球人じゃない。

 だから。……だから、私とは好みも違う。食べ物すら同じじゃない。

 …………あーあぁぁぁ。こいつに、感情を食べさせるのに同意したのも、うん、私なんだよなぁ。

 あの日のどこで決定的に間違っちゃったんだろうなぁ。


 こんばんは、あの時助けられた鶴です。婿に来ました。


 ふとあの日のドヤ台詞を思い出して脱力した。プリンが目に入って、さらに。

 苛々から急に気分の切り替えが出来るわけもない私の戸惑いすら、コイツは美味しいと嘯く。むすっとしたまま、けれど怒り続けるわけにもいかない複雑な人間心理が、『私限定』で旨味に変わるのだと。

 金属製のスプーンの舌触りを嫌う私に木の匙が差し出される。肩を抱かれてソファに連れてかれて、プリンを持たされて。


「はい、あーん」

「…………ぁーん」


 小さな欠片は至福の滑らかさ。つやっつやの表面は期待を裏切らない。とろんと溶けたチョコレートとツンとくるミントが絶妙で、さっきまでの苛々、怒りが解けてく。


「ほんっと、たまんないよ……蓮子ちゃん、もっと食べて。あーん?」

「ぁーーん」


 いい年した大人が食べさせてもらう羞恥を軽く上回るこの旨さ。これぞ天上の味さね。

 チョコとミント。シフォンと紅茶。熱々のアップルパイとバニラアイス。

 美味しい、というか幸せだという感情は同居人、惑星ネリトアナの代表的知的生命体ケチトラルトの大好物らしい。もっというならコイツ個人、ネリアが好む『私』の感情がフィットしすぎたくらいにツボに来る旨さ、らしいのだが。知らんがな。


「んーんんんん」

「蓮子ちゃんの感情で僕が蕩けちゃいそう。んーんん、そんなイイ顔してさぁ。蓮子ちゃん、ね、美味しい?」

「美味しい。幸せ。すっごーーーく」


 言葉にすれば感情も倍増しになるから、とびっきりの笑顔つきでプリンへの賛辞をサービスしてやるとネリアの輪郭がぶれはじめる。みるみるうちに直方体の結晶を積み上げたような、そう、某段ボールロボットみたいな形に『戻っていく』。普段はハンサムなひょろもやし系の男性体を取ってるのに。私の感情の発露がネリアの限界を越えたらしい。

 きしきしきし。

 半透明の段ボールが小首をかしげる。ゆったりと右手が動き、左手では複雑に手話もどきをくりひろげてる。いつかに教えてもらったけど鳴ってるのは喉の部分らしい。いや、見えないところで慣らされてもな。どれだけでも繰り返す。

 知らんがな。

 おやつタイムに恒例の『今日の振りかえり』イベントの時間だと勝手に判断した。ソファに背中を預ける。ゆったりと高速を行き来する同居人の身振り手振りによる感情は読めないから、止められない事実だけをゴーサインとして受け取ることにしている。


「今日はな、すっごく暑かったんだ。それに電車も混んでたし。朝からおっさんにくっつかれたし最悪だった」

 きしきしきし。

「仕事じゃミスが発覚するし、私のせいじゃないのに私に責任があるとか言い出した馬鹿のせいで外回りの客先から同情の視線を貰うし」

 きし。


 しきりに体の一部が動くネリアは、これでどうもかなり細かいところまで感情を伝えられるようだ。山田、ネリアを拾ったときに連れていかれた幼馴染の宮司がそう説明してくれた。


 どうやら我が地球、麗しき日本にはすでにして多数の異星生命体が入り込んでいるらしい。


 あの映画は見たことがないけどメン入りブラック。そういうこと。居住星で退屈を極めてしまった音声言語を主としない生命体である種族名ケチトラルトの個体名ネリアは、自分の余りある才能――いや、どういう内容の才能なのかは知らない――を活かして地球での研究活動に志願した。これが何年か前。けれど結局は他の高度知的生命体の営みの中にも非凡な点はあまり出ず――山田いわく、それはネリアだからそういう結論なんだそうで、実はまだ研究自体は他の個体たちによって絶賛進行中らしい。……そんな御大層な事実を知ってる山田の過去と将来が気になるが、藪蛇は御免こうむると私は知らないふりをした。――研究対象である日本の田舎に遊びに出たはいいが、ついうっかり退屈のあまり自我を極限まで薄くして自殺しようとした、のだそうだ。

 なんか話が重たくなったな、と思った諸君にはいい奴だとの賛辞を送る。

 なんとなれば、ネリアはかの古典的名探偵シャーロック・ホームズのごとくに退廃的な時間を過ごしていただけで、そこに、まぁなんということでしょう、奇跡的な出会いが待っていたのです。


 私という、どこまでもお人よしで、ネリアの好みの感情を撒き散らす人間が。


 幸運なのか不運なのか。どちらがどちらだろうな。まぁなんにしろ押し切られ、私はネリアという変わった同居人を手に入れることになった。こんな過疎地域でごく頻繁に訪ねてくる異性がいるくらいならいっそ同居してもらった方が目につかない。そんな理由でもって私は異星人と同居している。感情を主として食べる本体ダンボー、擬態はイケメンひょろもやしと。



 ツンツンと木の匙でつつかれ、チョコミントを味わう。官能的な舌触りにうっとりして、今日あった出来事もさっきの悪質ないたずらも赦せそうだ。だいたいネリアの悪戯は捕食行為だし。しょうもないか。

 どうもアイスを喰っておいて代わりにプリンを差し入れるというのは同胞から得たアイデアらしい。がっかりから激怒、感謝と動揺、とかくに全部の感情を一気に食べられるとして友好なのだそうだ。聞いておいて他人事ながら心配になる。私レベルまで単純なやつなら怒りは持続しないが、普通は縁切りされるぞと忠告しておいた。返事はにっこり笑顔。蓮子ちゃんは僕以外の誰かが気になるの? とまで言われたが。


 当たり前だろう、気にするわ。


 どうもネリアとは細かいところで意思疎通が難しい。隣近所まで至る必要な日本人的コミュニケーションについて熱く語っておいたが理解したんだろうか。うんうんと軽く聞き流されたうえにネリアはあれから度々この手段を取ってくる。

 なんか回数を追うごとにプリンがグレードアップしてる気がするけど、気のせい。

 たぶん。

 行儀悪く口内で蕩けてくチョコプリンを舐めまわしてると次が来る。はいはい、今日の報告の催促ですな。


「や、だから同情の視線を貰ったことでアホがさらに怒ってな。ねちねちと、それはまぁ陰険に私に嫌味を言っていたわけだ」

 きしきし。

「……アンタのことだから、リアルタイムでいま私が思い出してる負の感情を味わいたいとか思ってるんだろ。嫌だからな。アンタは擬態するとイケメンになるんだ。傍にいられると面倒過ぎる」

 きしきしきしきし。

「抗議しても無駄だ。それについちゃ何回も話し合っただろ。アンタは私と並んで歩かない。復唱して?」

 きしきしきしきしきしきしきし。

「……いまゼッタイ違うこと言っただろう。いいけど。プリンくれ」

 きし。

「んーんん。おいし。あーあ、無くなったな。今日の分のおやつタイムはこれで終了か。うん、報告タイムも他にはないよ。会社に帰ったら課長がフォローしてくれたけど、それも電車と駅からの帰り道で相殺。面倒な日だった」

「…………ねぇ蓮子ちゃん? その、課長さんって、さぁ」


 プリンの後味を堪能してるくらいのあいだに結晶体が男性に変わってたが、大丈夫。そろそろ私も慣れてきた。服を着たひょろもやしは擬態モードのネリア。日本人男性の顔面平均値でナントカカントカって言ってて、つまりイケメンなんだけど、中身が結晶だから戸惑わない。この距離でも。

 えっと、それで、なにかな。……課長?


「課長? ふ、つーーのヒトだよ」

「…………蓮子ちゃん」

「ふつー」


 別に、なんも悪いことしてないのに。なんだこの威圧感。感情を読み取るっていうか微細なところまで食べるネリアには隠し事が一切できない。意味ありげな凝視に耐え切れず、もじもじ自分の指を組み合わせる謎の行動をしていたらネリアの眉があがる。おぉ、器用だね。


「や、ほんとに、ふつーのヒトなの。かっこいいだけで」

「ふぅん? フォローしてくれたら一日の嫌なことが帳消しになるくらいに? 普通にかっこいいの?」

「……うん」


 眦がぴくりと動くのもすごいと思う。ネリアにとって擬態ってどういう感覚なんだろうか。自分の感情も擬態の表には出てくるっぽいけど……うーん。


「嫌な同僚の話はもういいよ。だけど僕、もっとその、課長さん? の話が聞きたいなぁ」

「なんでさ」

「ん? 蓮子ちゃんの感情がね。美味しいんだけど気に食わないっていうか。他の男、褒めるんだ? とか?」

「なに言ってんだか」


 ヤキモチ焼きの彼氏みたいなことをやってる自覚はあるんだろうか、ネリア。あのさ、言い難いけど自分以外の男を褒めたらダメって、アンタ。そんな関係じゃないでしょうに、私ら。


「課長さんはハンサムなの? 身長は? イケメン? 顔は普通? 僕より」

「ネーリーアーー?」

「僕はきちんと口に出してる。一緒に暮らす前に。蓮子ちゃん、僕は君のお婿になりたい。嫁になってくれる? ってね」

「そこは了承したじゃん」


 ネリアにとって定期的に、しかも美味しく食べられる食物の確保は最重要事項だと思う。わかってる。

 私だって田舎暮らしの40女、異性が同居のメリットは渡りに船だった。結婚する気も予定も完全にないんだから。


「あのね、きっと、蓮子ちゃんは少し勘違いしてるよ」

「してないと思うよ? 私にとってもネリアにとっても同居の契約はメリットの方が大きかった。っつか、なんでこんな話? いっとくけど課長は、えっと、それなりっていうか、うん、それなりの」


 ハンサムさんだよ。あんな風になりたいなぁっていうナイスバディにさっぱりした気風。うちの会社における女性初の課長も納得の切れ者で、旦那さんがこれまたカッコイイ男の人で、と続けるつもりが出来なかった。物理で不可。


「んぅ?! んーぅぅ!」

「驚き。驚きと驚きと驚き。こっちのほうがびっくりするよ蓮子ちゃん。きみ、真面目に理解してないね」

「んふぅっっ?!」

「僕たちケチトラルトは感情を食べる。生き物の気持ちっていうのは僕たちの栄養源で嗜好品でもある。だからねぇ、採取先は恐ろしく膨大なんだ。異星人でもいいってんだから悪食ケチトラルトの名は伊達じゃない。だけど」


 うぐうぐ抗議してるのにネリアは意に介さずに私の後頭部を掴む。もともと男性体ですら擬態なんだ。触手状に一部を伸ばしたり、擬態の硬さや柔らかさを変えるのなんてお手の物。舌を入れてくるようなキスの最中に喋ることだって。

 ただ、普段は日本人の定義に従って『大人しく』してるだけの異種生命体。


「食べ続けるうちにね、どんな感情でも美味しいと思える個体が必ず僕たちには存在することを本能で知る。これは美味しい、これは不味い。ならどこかに……もっと美味しい気持ちを持ってる個体がいるはずって。……出会えることなんて奇跡よりもまだ低い確率の個体が、世界のどこかにいる。君たちならなんていうんだろうな。『運命のヒト』?」

「ふーっ、ふーーーっ」

「蓮子ちゃんが、僕の、その運命の人なんだ。なんていえばいい? あ、」


 あ?

 ネリアがまったくの不意打ちでぶっつりと言葉を切った。離れていった唇を全力で押しやる。逆らわないネリアが呆然と天を仰いだ。たったいままで凄まじいコトしてた私のことなんてどうでもいいかのように、なにやら……抗議? してる。


 目に見えない相手に。


 ほほぅ、これが世間様いうところの電波受信中か、なんてバックバクしてる心臓を宥めつつ見ていた。生まれて初めての深い触れ合いは濃かった。濃すぎた。

 口を拭う。ばーか、と毒づいてやった。感情だけでいい。思うだけでいい。コイツにはそれで伝わる。


 ばーかばーかばーか。こんなの、キスに入るかよ!


 立ち上がって、顔を洗いに洗面台に行け、なかった。腕がくるんと腰に回されたと思ったらソファに逆戻り。ネリアはまだ虚空と会話中。きしきし鳴ってたり私を拘束してない方の手が忙しなく振られたり、ゆっくり握り込まれたり。

 ……なんつーか、こうもあからさまに『人外』っぽい感じを出されるとショックも和らぐな。

 私の脱力を感知したらしいネリアが頭を撫でてくる。それは嫌だったけど抗うのもなんか違う。邪険にはできない。きっとネリアにとってこういうスキンシップも意味が違うんだと思うから。ねぇ、だけどそれは。


 日本人40台独身女性にしていいことじゃ、ないんだ。


 ことんとネリアにもたれかかって目を閉じる。他の男性にはしないことでもネリアにはしていい。厳密な意味で危険じゃないし。貞操の危機なんてものがあるはずがない。男女の壁を取り除くと体温は、肉の肌は気持ちいい。

 ネリアの一部は擬態したままで、そこからは心臓の音もする。なのに喉ではきしきし鳴ってる。

 すぅっと風が吹く。ネリアだけの特技らしいけど、彼は分子の構造を変えたり密度を濃くしたりして――いや、例によって詳細は知らない――羽根の無い扇風機じみたことも出来る。

 便利なやつだよ、うん。ちょっと油断したらチューされたけど。

 目を閉じたまま微風を受けてると、一気に眠気が襲ってきた。折しも時は夕刻過ぎ。おやおやジィさん、私しゃ昼寝の時間ですかね。



 ちょいと不自然な眠気ではあったけれども私は逆らわず、眠っておいた。明日もある社会人だもん。寝るのはいいことですよ、うんうん。



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