#37 久方ぶりの太陽。
俺は今から三日ほど前にワープミミックに吐き出されていた。
がしかし、その場所は当然ながらダンジョン内部で、しかも出現モンスターのレベルが81という、かなりの深層だった。まぁ今の俺にとっては、レベル81もレベル1も大して変わんねぇんだけど。
そういうわけで、階段を探して上へ向おうとする俺だったが、なんと階層を隔てる分厚い石扉が開いていなかった。
恐らく、実際に攻略されているのはもっと上層までなのに、いきな下の階層に現れたゆえに、それまでの扉が未開放という事態に陥ったのだろう。因みにどういう訳か、扉に魔剣技をぶつけても傷一つ付かないので、破壊という選択肢は無い。
なら残る方法は一つ。ダンジョンの《完全攻略》のみ。
そう考えた俺はダンジョンを潜るだけ潜ってしまおうと、八十五層まで攻略し、ヌシモンスターをちゃちゃっと倒したという次第である。で、次のフロアに行こうと思ったらなんと扉が無くて、実は八十五層が最下層で――。
かくして俺は、ダンジョンの外へ自動的に排出されたという訳だ。
…………いやしっかし、何だこれ。
すっげー久し振りにお天道様を拝めたと思ったら、いきなりボロ服着た同級生が鎖に繋がれてるわ、怖そうな大柄なオッサンと一緒にいるわ、あと日光がクソ眩しいわで、何が何だかって感じ。ボロ服着てんのは俺もか……。
うーんでも、別に佐瀬沙綾と利里千尋にMっけがあるとかではないだろう。事情は知らんけどやっぱ助けた方が良いよな。訊きたい事もあるし。そういうプレイだったとしたら、後で謝っとこう。
相手は三人。恰幅は良いが、恐らく戦闘には不慣れ。見たところ武器は腰のサーベルだけか……。んじゃまずは、利里を人質に取ってる奴からだな。
***
「あいつ、こっちを見てやがる……。何するつもりだ?」
不審そうに呟いた隣の男を一瞥し、沙綾は再び冬馬へ視線を移す。昔から目の良さには自信があるのだ。じっと様子を観察していると、なんと彼はおもむろにウィンドウを展開した。次いで、彼の手の中に何かがオブジェクト化する。
――――あれは……ナイフ……?
いやしかし、あんな物で一体何をしようというのか。と不本意にも男たちと同じ疑問を浮かべてしまった。そんな中、冬馬はナイフを持ったままゆっくりと半身に構える。
次の瞬間――目にも留まらぬ速さで彼の右腕が振り抜かれた。
投擲されたナイフは、初め一直線に斜め前方へ向かって上昇したのち、今度は滑らかな放物線を宙に描きながらこちらへと落下してくる。ゆるゆると回転しつつ男の頭上を通り過ぎ、そして虚しく背後の地表に突き刺さる。
その場にいた全員がそれを目で追い、行く先を見届けた。沙綾と千尋は落胆の吐息を零し、三人の男たちはプッと吹き出したかと思えば腹を抱えて嘲笑う。そして五人全員が仄かに発光するナイフから目を離し、再度冬馬を見やったとき――――。
ふわっ。
とまるで空気に溶けるかの如く、彼の姿が一瞬で消え失せた。瞬きをするよりも短い時間の出来事だった。
「え、消え……?」
「こっちだ」
息を呑む間もなく、バキィン! という甲高い金属音が鳴り渡る。発生源は左後方。
直後、隣の男が『うおっ!?』と短い悲鳴を上げ、千切れた鎖を握り締めたまま坂を転げ落ちていく。しかし沙綾は彼の行方を見届けるより先、咄嗟に左を見やり、そして驚愕した。
そこに、冬馬がいた。
断ち切った鎖の端を手にし、もう片手にはただならぬ威圧感を放つ黒剣が握られている。男を蹴落とした姿勢のまま、転落して気を失った男を冷ややかに見つめていた。スッと静かに持ち上げた剣先を、残った二人に突き付ける。
「あんたら、逃げるなら今のうちだぞ」
無感情に放たれた言葉はどうにも気だるげだったが、しかし殺気すら感じさせるような鋭く冷たい声だった。
男達も、おそらく沙綾と同質のものを冬馬から感じ取ったのだろう。『ひぃっ……』という、滑稽なほど酷くか細い悲鳴を残して踵を返す。あまりの慌て具合に時折躓きながら、街の方向へ林道を駆けて行った。
その背を見送って。
「ふぅ」
と、冬馬は短く溜め息を吐いてから、剣を背中の鞘へと納める。
そんな彼の様子を、沙綾と千尋はただ茫然と見つめる外なかった。頭の中では訊きたいことが幾つも渦巻いているのに、どう声を掛けて良いやら分からない。すると、冬馬がくるりと振り向いて口を開いた。
「あーえっと……その、なんだ。…………ご無沙汰」
「え? ああうん、おひさ」
まさかの普通すぎる挨拶に、思わず沙綾もごく自然に返事をしてしまった。しかし、直後にはっと我に返る。
「っていやいや、何で夏風がこんな所にいるわけ? 他にも訊きたいことは山ほどあるけど、それがまず意味分かんないんだけど」
すると、冬馬は若干渋るように小さくかぶりを振る。
「あー……教えること自体は問題ないんだけどよ、取り敢えず最寄りの町に戻らねぇか? 俺も幾つか質問があんだよ。あと久し振りに飯も食いたい」
「飯が食いたいって……。でも、さっき逃げてった男たち、町長の部下だからたぶん食事どころじゃないわよ」
「え、そうなの? 何だよ、そういうの早く言ってくんない? 知ってたらちゃんと気絶でもさせといたのによ」
心底面倒くさそうに顔をしかめる冬馬に、沙綾は呆れ交じりの吐息をこぼす。同様に苦笑を滲ませた千尋が口を挿む。
「夏風くんのパートナーは? 一緒じゃないの?」
「今から話す」
冬馬は言って、よっこらせ、とジジくさい掛け声と共に地面に腰を下ろすと、『適当にかいつまむぞ』と一言前置いてからやや早口に語りだしたのだった。




