#19 城下町の見学1。
王都。
一言で済ませばたった二文字に終わるわけだが、その実態は直径4キロにも及ぶ巨大都市だ。東西の二方を険しい山脈に挟まれた地形に位置し、南北に頑丈な壁を設けている。
一見すると閉鎖的であるように思えるが、しかし山脈を迂回するルートを除く唯一の南北経路であり、その重要な中継地として賑わいが絶えることはない。正直、もうちょっと人が少なくても良いんじゃないかとも思うレベルだ。
そんな人の多い城下町の北部に、《子鹿通り》という可愛らしい名の通りがある。俺たちはそこに構える一軒の菓子店を訪れていた。そして今まさに、買い物を終えて店を出たところである。
「買えて良かったー。このお菓子、今日までの限定販売だったの」
そう言ってエイルが嬉しそうに抱える袋の中には、焼き菓子の箱詰めが入っている。
店内で試食も出来たので俺もちょっと食べてみたが、糖分控えめのクッキーみたいな感じで特に物珍しい味でもなかった。まぁきっとこの世界には甘物がさほど浸透していないんだろう。折角の気分をぶち壊すのも気が引けるので、素直に美味しいと答えた。
「私、あとは服も買いに行きたいんだけど、流石にそこまで付き合ってもらうのはちょっと悪いよね……。そう言えばトーマくんたちが案内してほしい場所って?」
「いや、案内っつってもこの世界を知るための見学みたいなもんだから……。一般常識とか、暮らしの様相とかさ。ぶっちゃけこんな感じでブラブラするので全然構わない」
「えっ、そうだったんだ? じゃあ二人とも一緒に服買いに行ってみる?」
「マ・ジ!?」
突然、朝妃がずずいっと身を乗り出した。エイルを見つめるその瞳は、電機屋のゲーム売り場にいる俺ばりに輝いていた。
まぁこいつもこれで歴とした女子だし、きっとショッピングに飢えてたんだろう。俺とてその気持ちが分からんでもない。新作ゲームとか、見てるだけで嬉しくなっちゃうもんな。それどころか公式サイトのPVを見てるだけで幸せを感じるまである。……俺だけ?
「しっかしよー、服なんぞ城に山ほどあんだよな。マジで文字通り山ほど」
それ以前にクローゼットがアホみたいに巨大だし。中に入っていったら、クローゼットの奥が氷の女王に支配された国と繋がってるんじゃないかっつーぐらい。何ニア国物語?
俺が呆れ半分に肩を竦めると、朝妃が何かに思い出すように空を仰ぎ顔を顰めた。
「でもお城の服って、豪華すぎてなんか落ち着かないし……」
「ああ……それはあるわ」
普段から部屋着がTシャツにステテコパンツである俺からしても、燕尾服っぽい城の衣類は堅苦しくて敵わない。朝妃もきっとドレスっぽいものが多いに違いない。だから今日も、こうして初期装備でお出かけをしているのだ。貧乏くさい方がまだ落ち着く辺り、俺たちは異世界に来てもやっぱり庶民らしいです……。しみじみ。
すると、それに対してではなかろうが、エイルも共感するように繰り返し頷いた。
「私も本当は、お城にいるときももっと楽な格好が良いんだけど、ちゃんとローブを着てないと魔法師長に怒られちゃうんだよね……。よーし、それじゃあ三人でお買い物だっ! いえーい!」
「イエーイ!」
エイルの掛け声に合わせて、同様のテンションで拳を突き上げる朝妃。俺はそんなやる気満々の二人の後ろについていく。
そして服屋はというと。
先程エイルについて入った菓子店と変わらず、現代日本の店と比較すると、殺風景とまではいかぬまでもなんとも面白みの無い内装だった。こっちの人々は概して見栄えや客観というものに関心が薄いのかもしれない。
「いらっしゃいませー……」
という店主の決まり文句もやる気なし。現代日本なら一瞬で潰れそうなぐらいのサービス精神の無さだが、こっちじゃこれが当たり前らしい。もはや全員バイトのときの俺と考えてもいい。……なんだ、そう思ったらずいぶん気楽になったぜ。良い服売ってくれよな俺!
しかし一方の女子二人はそんなことなど気にも留めず、早速服を手に取り眺め始める。
俺もざっと店内を回って見たところ、品数や種類は存外多い。
「あ、これなんかよさそう! 冬馬どう?」
そう言って朝妃が体の前に重ねたのは、裾がももの辺りまであるトップスだった。なんて言うんだっけああいうの? チュニック? ファッション用語とか疎すぎてまったく分かんねぇな。なんせ母ちゃんが適当に買ってきたものを取り敢えず着ているだけの俺である。
「気に入ったんなら試着でもしてくりゃいいだろ」
「うーん、後でね」
朝妃は俺の提案をそう適当に流し、ハンガーを再び元の場所に戻したのだった。あ、はい。これは長くなりそうですね……。
さてエイルの方はどうだろう。
そうして目をやった先で、彼女は何やらカウンターで店主と言葉を交わしていた。その手には一枚の紙切れ。何をしているのか様子を見ていると、店主がエイルから紙切れを受け取り一礼してそのまま奥の部屋へと消えていった。
「エイル、何を渡したんだ?」
「ちょっと前に仕立てをお願いしてたから……それの受取書。出来上がるの結構楽しみにしてたの」
「はー、なるほどね」
だから服屋に来る予定だったわけか。そんなら俺もさっさと買っちゃお……。
『即断即決、試着はしない』。わざわざ試着をするのなんてジーンズぐらいのもんで、だいたい体に重ねてみて良さそうだったら迷わず買っちゃうのが俺のポリシーである。そして今日も例にもれず、十分もかけずに選び終えたのだった。
ウィンドウを見て驚愕に固まる店主も気にせず、料金の支払いを済ませた服からアイテムストレージに放り込んでいく。それでもまだ尚、女子二人はまだ楽しそうに衣服の数々を眺めていた。
「朝妃、お前まだ決まんねぇの?」
「いや……冬馬が早すぎだし」
「つーかよ、そんなに厳選する意味だろ。そういう費用も全部城が出してくれてるんだから、気になったやつ全部買っちゃえば良いんじゃねぇのか」
言いつつ朝妃を見ると、なにやら『目から鱗が落ちた』みたいな顔をしていた。今気がついたのかしらこの子……。
「悪かったな朝妃……。言わなくてもそのぐらい考えれば分かると思ってたんだが、俺ってばちょっとお前を信じすぎてたみたいだ……」
「謝られたのになんか悲しい!?」
朝妃が心外だとでも言うように悲痛な声を上げた。しかしすぐに晴れ晴れしい表情になり、意気揚々と手にした服を俺に押し付けてくる。
「じゃあ冬馬ちょっとこれ持ってて!」
返事も聞かず俺に服を持たせた朝妃は、いそいそと他の気になっていたらしい商品を取りに歩く。果たして数十秒後には10セット近い組み合わせを手にして試着室の前に立っていた。
「全部試す!」
「おう、頑張れ。じゃあ俺はその辺の屋台ででも時間潰してるわ」
「見る人いないと意味無いじゃんっ!」
「面倒くせぇな……。そういうのは女子同士でやってくんない? ファッションセンス皆無の俺よりよっぽど為になるアドバイスくれると思うぞ」
その時、服を手にしたエイルが脇のハンガーラックの陰からひょこっと顔を覗かせる。
「ねぇ二人とも、これから試着しようと思うんだけど、ちょっと感想聞かせてくれるかな?」
「よっしゃ任せろ」
「即答!?」
驚声に朝妃を見やると、なんか咎めるような視線を俺に向けていた。その表情が心なしか悲しそうにも見えるのはたぶん気のせいだろうが、まぁ仕方がないな。ついでだし。
「……お前のも見てやるよ。だから早く着替えてきなさい、二分だけ待ってやる」
「あたしだけ制限付き!? でも、ありがとっ!」
朝妃はぱぁっと表情を華やがせると、すごい嬉しそうに服を抱えて試着室へ入っていった。そして調子に乗ったのか、カーテンを閉める間際にこんなコメントを残す。
「覗いたら怒るからっ」
「……はい、十秒経過ー」
「すいません……」




