#18 彼女の実力は。
「どうぞ自由に撃ち込んでみて下さい。私から攻撃は加えませんから」
三年E組の担任かっつーぐらいの余裕っぷりだった。なに、特殊な弾じゃないと効かないの?
とは言え、驕っている様子が毛ほどもないところを見ると、決して俺を侮っているわけではないのが分かる。……それが尚のこと腹立たしいわけだが。
まぁ、防具も何も着けず薄手のノースリーブにロングスカートなんていう格好の美少女をボコるとか、そんな非紳士的なことをする俺ではないんだなーこれが。
「防具とかは着けなくていいのか? 俺と違って、もし当たりでもしたら――」
「その心配は無用です。むしろ先ほどの報復をするつもりでかかってきてください」
……めっちゃボコしてやる。
俺はすっと腰を落として、木剣を右上段やや担ぎ気味に構えた。上体をゆっくり前傾姿勢へ移行させながら、数メートル先に立つ標的――シェーラへと意識を集中させる。
ぶっちゃけ、集中力に関してはかなりの自信がある。ゲームに入り込み過ぎたせいで、周囲の事が完全に意識外になって親に何度どやされたか分からない。ゲーム中に地震があっても震度4程度なら全然気づかない。
そして今も、もうシェーラの姿と自分の得物しか目に入っていなかった。シェーラが、不敵に微笑んだ。
「どうしました? どこからでも構いませんよ」
「……なら遠慮なくッ!!」
俺は己を鼓舞するが如く叫び、床を思い切り蹴り飛ばした。やはりレベルが上がっているおかげで、リアルワールドの俺より身体能力が数段上昇しているようだ。
たった一跳びでシェーラに肉薄し、その目前で体を捻る。回転の勢いも乗せて大きく振りかぶった木剣を撃ち下ろした。ガツッ! とくぐもった衝突音が耳朶を打つ。だがガードされるのは想定済み。
だから次の一撃へ繋げようと、更に一歩を踏み出したところで――。
その時、剣の軌道が滑るように上方へ逸れた。
「おわっ!?」
俺は素っ頓狂な声を上げて、予想外の展開に派手によろめきながらも、咄嗟に木剣を支えにしてなんとか踏みとどまる。振り向くと、シェーラが清ました顔でこちらを見下ろしていた。
「そんな大振りの攻撃を正面から受ける訳が無いでしょう。まずは小攻撃を重ねて徐々に守りを崩し隙きを作らせる、というのが基本です。いきなり相手を狙いに行くなど悪手にもほどがありますよ」
「……そういうの先に言っといてくんない?」
「口だけの説明よりも、分かり易かったでしょう。安心して下さい。私も通った道です」
くっそ、何だこの正論は……。納得出来ちゃうのがまた腹立つわー。とぶつくさ文句を言いながら俺は再び剣を構える。
「……のやろう、絶対泣かせてやる」
「出来たら良いですね」
きっとそんな憎まれ口を叩くのも、俺の本気を引き出そうという意図があっての事だろう。じゃなきゃ普通に嫌なやつだ。……嫌なやつなの?
まぁどちらにせよ、俺のやる事は変わらない。取り敢えず言われた通りにやってみるしかない。姿勢を低く、再度の臨戦態勢。
「ふ……っ!!」
短く息吹き、右に下げていた剣先を跳ね上げた。当然のごとく阻まれる。が、先程のように無駄な力を込めていない分、幾らか体も流されにくい。
なるほど、こういうことか……。と胸の奥で密かに感心しながら、今度は左に流れた剣を横薙に振るう。これも呆気なく迎撃されるが間髪容れず、再び斜め下段からの斬り上げを叩き込んだ。
それから俺は休むことなく縦横無尽に剣を撃ち込み続けた。時には足もとを狙ってみたり、時には垂直斬りと見せかけた水平斬りでフェイントを仕掛けてみたり、相手が反撃してこないのを良いことに様々な戦術を試みた。だがシェーラはそれら全てを一太刀すら余すことなく的確に弾き、そして受け流していく。その間、一歩たりとも動くことはなかった。
大した修練を積んできた訳でもないのに、いっちょ前に胸の内に悔しさが滲む。けれど剣が打ち合わされるたび、ビリビリと腕を伝う鈍い震動がどうにも心地良かった。両者の間で幾重にも剣風が巻き起こり、頬を撫で前髪を揺らした。
そのとき自分がどんな表情をしていたのかは分からない。だが剣を交えるシェーラが俺を見て、少し驚いたように瞠目し、そっと微笑んだように見えた。
幾度目かの剣戟ののち、俺が放った斬り下ろしがついにシェーラの剣を弾き返した。そこに、僅かな隙を見た。
――ここだ……!!
シェーラの肩口辺りを目掛けて、迷わず剣を突き込んだ。
躊躇いが無かった訳ではない。だがもし直撃してもそこにエイルがいるのだから即座に治癒できる。いわゆる《死んでもシェンロンいるから大丈夫》理論で己を納得させていたのだ。ゆえに、完全に当てる気で放った一撃だった。
言うまでもなく、驚異的な速度で下から滑り込んできた剣によって弾き飛ばされた訳だが。
カァンッ! と乾いた音を立てて木剣が俺の手を離れ、空中で数度回転したのち修練場の隅に墜落する。シェーラが俺の胸に剣を突き付け、力強く頷いた。
「良い太刀筋でした。思わずほんの少しだけ本気を出してしまいました」
「そりゃどーも……」
基本は褒められて伸びるタイプの俺だが、流石にこれ以上剣を振るのはちょっと無理そうだった。生身の身体ではないため腕に乳酸が溜まって筋肉痛みたいな事にはならないが、疲れるのは普通に疲れる。深めの息を吐き出して体の力を抜いた。
シェーラも静かに剣を下ろすが、俺がかなり疲弊しているのに対し彼女はまったく息が切れていない。
その場にへたり込む俺を一瞥してから、木剣を剣立てへ戻しにいく。振り向きざまにこう告げた。
「午後は城下町を見て廻るのでしたね。初日ですし、今日はこのぐらいで良いでしょう」
「……なんか悪いな」
「私のことはあまり気にせずとも構いません。ここしばらくは鍛錬に打ち込んでいたために公務が滞ってしまっているのです。それらを片付ければまた時間も出来るでしょう。ですから今日は三人で楽しんで来てください。……もっとも、陰にそれなりの護衛が付くことになるでしょうけれど」
「ああ、そういうことならまた今度よろしく頼むわ。ありがとな」
「はい。では私はお先に失礼しますね」
そんなそっけない言葉を交わしてシェーラは修練場を後にした。俺も先ほどの手合わせで弾かれた木剣を片付けにその場を立つ。剣立てに木剣を戻したあと、そのまま朝妃とエイルのもとへ歩いていく。
「なあ、エイルは午後って空いてるのか?」
声をかける前から既にこちらに視線を注いでいた二人だったが、エイルがはっと我に返ったように小首を傾げた。
「うーん、用事によるかなー。どうして?」
「いや、シェーラがエイルは街に詳しいっつーから、城下町の案内を頼みたいんだけど」
「あ、それなら私も丁度街に降りる用事があるから、そのついででも良いなら大丈夫だよー」
と、胸の前で小さく手を振りながら快く引き受けてくれた。するとそのやり取りを隣で聞いていた朝妃が、何やら慌てた様子でビシッと挙手をする。
「あたしも行きたい!」
「当たり前だろ」
「…………すいません」
今更何を言ってるのかしらこの子……。逆に俺一人で行ってどうすんだよ。それにケモ耳のこんな美人なお姉さんと二人きりとか、城下町見学どころじゃなくなるっつーの。どうせ俺のことだから、盛大にキョドって己の黒歴史図鑑に新たな一ページを刻みかねない。
それにしても美人なお姉さんというと嫌な記憶しかねぇな。極めつけはあれだ。中二の頃のやつだな。
男子から人気がある仲が良かった部活の先輩がいたんだっけ。それで勇気出してメアド聞いて、マメにメールしてたんだよな。好意がある感じのちょっと恥ずかしいやり取りもたまにしてさ。そしたらある日の登校中、違う部活の同級生が――。
『お、冬馬おはよっ』
『おう』
『ああ、そう言えばお前、○○先輩に『~~~~』って送ったんだって?』
『え、何でお前が知ってんの……』
いやー本当、いったいどこから漏れたんでしょうねぇ(すっとぼけ)。あれ以来、美少女には多かれ少なかれ毒があることを知った俺である。因みに朝妃も、毒は無いけどあのバカさ加減がまさに地雷だから例外でもない。
と、そんな感じで俺がマイブラックヒストリーへ思いを馳せていると、エイルが今度は少し興奮気味に口を開いた。
「それよりトーマくん! もしかして、もともと剣技の心得があったの!?」
「え……いや、そんな事ねぇけど。あーまぁ心得っつーか、完全に独学だけど一人で鍛錬は積んでたかな」
実際のところは鍛錬などという大それたものでもない。ちょっとした筋トレと、漫画やゲームキャラの真似事でしかないのだから。一般人よりちょっとチャンバラが出来るのもただの中二病の産物に過ぎない。しかしエイルはその説明では納得いかなかったようで。
「うそ!? だとしたら凄いよ冬馬くん! あのシェーラが最後だけちょっと本気になってたもん!」
「あーそれ、本人も言ってたな。まぁ一発ぐらい当ててやるつもりだったから、俺は結構悔しいけど」
「あはは……それは流石に無理じゃないかな。だってシェーラは――」
エイルはそこで一旦口をつぐみ、ふと修練場の壁上方を見やった。釣られて俺もそこへ目を向けると、巨大な額縁のようなものが飾られていた。何やら人の名前が幾つか綴られている。その中でもダントツに長く、ダントツに大きく書き記された名前があった。
【第九十二回アトラール王都剣術大会 優勝:シェーラ=イシュガンド・ロー・アストルヴィア】
「――この国で一番強いんだから」




