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#17 剣の初心者ゆえに。

「違いますトーマ。そうではありません」


 またしてもシェーラにダメ出しされ、素振りを止めた。

 ふぇぇ。スパルタだよぉ。などと泣き言を零す暇もなく、今度は近寄ってきたシェーラによって腕や足などの姿勢が一つ一つ正されていく。それから彼女は俺を後ろから抱擁するように剣の柄に手を添えた。


「いいですか。腕ではなく、全身で振るのです」

「う、うす……」


 シェーラに操られるがまま、彼女の動作に合わせて俺も動く。っていうか、なんか近すぎませんかね? それどころか密着してるし首筋に息がかかるし背中にふわふわ柔らかいのが当たってるしそしていい匂いだしふおおおおおお! キモいな俺。

 と内心かなりドギマギしながら、ふと何気なく、修練場の反対側で同じように指導を受けている朝妃に目をやった。

 何やら鋭い視線をこちらに注いでいた。目からレーザーでも発射されるのかっつーぐらいギラギラした目でこちらを見ていた。なに、エックスメンなの? 


「アサヒちゃん! よそ見しない!」

「は、はい! すいません!」

 教官――エイルに怒られた朝妃はビクッと肩を竦ませて、慌てた様子で再び正面に向き直った。

「何やってんだあいつ……」

 と小さく吐息を吐き出した俺だったが、しかしそんな俺も背後から軽めの手刀を食らってしまう。

「トーマ、お前も他のことに気を割いている余裕は無いでしょう。ほら、素振りを続けてください」

「さーせん……」


 言われた通り、シェーラがセットしてくれた姿勢をなるべく崩さないよう三度ほど剣を振ってみる。正直初心者からしたら何が違うのかよく分からんが、シェーラに視線だけで確認すると頷いてみせたのでそのまま素振りを続行。


「そういやよっ、シェーラとエイルは、何で俺らに、稽古を付けてっ、くれてるんだ?」


 一定のリズムで剣を振り続けながら問うと、溜め息交じりの返事が戻って来た。


「……鍛錬中は普通、口は動かさないものですよ。ただどうやらお前はかなり筋が良いようですし、まぁ少々なら問題は無いでしょうけれど……」

「そりゃどうも。……で、どうなんだ。本当なら今日も、ダンジョンに潜らなきゃ、いけなかったんじゃ、ねぇのか」


 ダンジョン最下層へ挑むほどの人物に、俺たちの修行に付き合う時間があるようには思えなかったのだ。

 しかしシェーラは予想に反して首を横に振った。


「いいえ。私やエイルが実際にダンジョンへ赴くのは、ヌシ討伐作戦の際に限られているのですよ。それ以外の階層攻略は他の騎士や魔法師に任せています。他の者にも実戦経験を積ませる必要がありますから」

「へー、なるほっ」


 確かに一部の人間だけが強くなってしまうと、万が一何かがあったとき対応不能という事態に陥りかねない。戦力が集中し過ぎるのを避けるためか……。


「ならよ、この後も時間、あったりすんのか」


 という俺の質問に、シェーラは少し考えるような仕草を取ってから答えた。


「この後…………午後からなら時間は無いこともありませんが、何故ですか」

「いやほら、俺らまだこの国、つーか世界のことを、あんま知らん訳だろ。だから城下町の、案内とかしてくれたら、って思ったんだけど……」


 しかしシェーラは残念そうな微笑みを浮かべ、伏し目がちにかぶりを振った。


「そのお誘いはとても嬉しいのですが、ごめんなさい。私はそう気軽に城の外へ出られる身分ではありませんから」

「そりゃそうか……」


 案の定ダメだった。うんまぁ、どっかの導かれし格闘家王女でもあるまいし、壁を蹴破って外に出るとかはきっと無理なのだろう。そういう問題じゃねぇか。と諦めかけた俺にシェーラが助け舟を出した。


「エイルなら恐らく大丈夫だと思いますよ。彼女はたびたび街へ降りているようですし、私などよりよほど街に詳しいでしょう。後で訊いてみてはどうですか」

「おう、訊いてみるわ」

「……ではお喋りはここまでです。とは言っても、言葉を交わしながらお前の様子をずっと眺めていたところ、お前にはこの程度の鍛錬はもはや必要無さそうですが」


 ふふふ、まぁね! これでも伊達に家の庭で木刀振り回して洗濯物に引っ掛けて母ちゃんに怒られちゃいねぇのさ! ……全然自慢できねぇな。

 と腕を組んで調子に乗る俺の目の前で、シェーラが立て掛けてあった自分の木剣を取りに行く。

 今度はどんな修行するんか楽しみだなぁ! オラ、ワクワクすっぞ! と言わんばかりの期待半分の眼差しを、俺は彼女へと向けていた。シェーラから次の言葉が発せられるまでは。


「今度は私と手合わせをしてもらいます」

「はい?」


 何だよ手合わせって。もしかしてお仏壇のコマーシャルの話? いやあれは手合わせじゃなくて、おててのしわとしわを合わせるやつか。似てるけど全然違うな。

 しかしそうなると『戦う』って意味以外には考えられないんですけど、一体どういうことなの……。と視線だけで問うと、シェーラが事もなげにこんな事を宣った。


「何を驚いているのですか。ある程度の基礎が出来ているならば、それが一番手っ取り早い修行法なのです。……とは言ってもお前は窓の使徒であるがゆえ、私の場合とは少々異なりますが。いずれにせよ、まずはお前の打たれ強さを測る必要があります。歯を食い縛って下さい」


 言うだけ言ってから、シェーラが修練用の木剣をぴたりと構えた。その瞬間、彼女の身体から何かが滲み出た気がした。剣気というか、覇気というか、とにかくそれを向けられた相手が思わず萎縮してしまうプレッシャーとでも言うべきものだ。

 文字通り数歩後退った俺の背筋を、ぞわりと冷たい感覚が疾った。

「いやちょ、待っ……」

 という俺の制止の声が聞き届けられることはなかった。


「――シッ!!」


 短い気合いを迸らせて、シェーラが動いた。

 初動は予想よりずっとゆっくりとしたものだった。だが彼女の体がゆらりと微かに揺れた、と意識した直後、俺は腹部の衝撃とともに弾かれたゴム鞠のごとく宙を舞っていた。そこで初めて、自分が神速の突き技の餌食となったことに気付いたのだ。

 ドッ! という鈍い衝撃音ですら遅れて聞こえた気がした。

 後方へ吹き飛ばされ、床を転がったのちに反対側の壁にぶつかってようやく停止する。やはり痛みはなかったものの、予めシェーラに着用を勧められていた革製の胴当てが無ければ、木剣は確実に俺を貫いていただろう。

 ちかちかと瞬く視界の中で、駆け寄ってきたシェーラが手を差し伸べた。


「無事ですか、トーマ」

「……逆に無事そうに見えますか」


 結果だけ言えば無事なのだが、俺が咎めるような視線を向けながら反問すると、シェーラは下唇を噛んでから心底申し訳なさそうに微笑んだ。


「唐突だったことは謝ります。しかしお前が抵抗してしまっては意味がなかったのです……。お前のHPの耐久力を把握しておかねば、下手をすれば殺してしまう(おそれ)もあるのですから。それで、HPはどれぐらい減りましたか?」

「あー……うん、だいたい四割ぐらいだな」


 自分で言いながら、俺は己の頬がぴくぴく引き攣るのを感じた。おいおいマジかよ。ただの木剣の一撃で、しかも防具も着けてるのに四割も持ってかれんの? どんな攻撃力してんだこのプリンセス……。

 そんな憧れとはかけ離れたお姫様に俺がげんなりしていると、シェーラが何か納得したように顎に手を添えたまま幾度か首肯した。


「なるほど、手加減の感覚はだいたい掴めました。しかしそれにしても不便ですね……弱り具合が目に見えないというのは」

「あーそれな。今まで考えた事無かったけどそういう機能ねぇのかな」


 俺はぶつくさ言いながらメインメニューを開いて設定画面をポップアップさせた。さらさらと画面をスクロールさせながら目を通していくと、何やら下の方に気になる項目を発見した。【頭上表示の可視設定】というものだ。……っていうか絶対これだろ。

 という予想の通り、タップしてみたところどうやら、「指定した人物に自分の頭上表示を認識可能にする」というものだった。で、早速シェーラを指定してみた。


「どうだ? 見えてるか?」

 問うと、シェーラが驚き交じりに眉を上げ感心したように答える。

「ええ、モンスターの頭上のそれと全く同様のものが」

「おお良かった良かった…………いや良くねぇな。これだと俺、無駄に吹っ飛ばされたことになっちゃうんだけど」

「そうですね、無駄に吹っ飛びましたね」


 シェーラが優しげな視線を俺に注いでいた。憐れむような眼差しだった。

 おいちょっと? なに俺が勝手に吹っ飛んだみたいな言い方してるのん? これ、紛れもない君の所業なんですよ? こんにゃろう、こうなったら一泡吹かせてやるぜがるるるるる。

 俺は眼力だけで威嚇しながら立ち上がった。しかしシェーラは気にする素振りも見せずまた修練場の中心辺りへ戻っていく。


「それでは今度こそ、実際に戦ってみましょうか。大丈夫です。殺しはしません」 


 そう言って、再び木剣を体の正面に構えた。

 ……マジで一泡吹かせてやる。

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