#14 俺たちの特異性。
「――いいえ。まだ自覚は無いようですが、《窓の使徒》は何の変哲もない人間ではありません。詳しくは存じていませんが、父上より、《窓の使徒》は私たちよりもむしろモンスターに近しい存在である、と聞き及んでいます」
「……それは、前の《窓の使徒》の人格的評価が、か? それとも世界の理的な意味でか」
「無論、後者です」
すなわち、アナザーワールド人に無くて俺たちにあるもの、或いはその逆を見つければ良い。その代表がまさに《ウィンドウ》であるのだが、しかしそれの他に何が違うというのか。
俺は謎の答えについて思いを馳せながら、朝妃の意見も求めようと背後へ首を巡らせた。すると、なんか知らんが朝妃は不機嫌そうに口を尖らせていた。
「どしたのお前」
「だって二人が難しい言い方ばっかするから、何話してるか全然分かんないんだもん……」
「そんなことねぇだろ、国語力無さすぎかよお前……」
「別に国語力とか無くたって生きてけるし」
なんなのその小学校低学年みたいな発想……。でも微分積分は出来なくても生きていけるけど、ある程度の国語力は無いとダメです。
「……今話してたのは、俺らとアナザーワールド人の違いについてだよ。何か思いつかないですかね」
「うーん違いかぁ……。あ、名前がない!」
いやあるよ? 何言ってんのこの子。と一瞬思ってしまったが、朝妃が俺とシェーラの頭上を交互に指差しているのを見て、俺はようやくその意味を理解した。
「……ああ、HP表示のことか。分かりづらい言い方すんなよ」
自分のは見えないが、確かに朝妃の頭上にはHPゲージと、【Lv1:夕凪朝妃】の表示が浮かんでいて、一方のシェーラにはそれがない。
言うまでもなく、俺もかなり早い段階で気が付いていた。しかし俺たちと会話をした人間がこちらの頭上を見て驚いていた様子はなく、それはつまり、向こうからは見えていないということ。ならばこちらから見えないのも当然だろう。
互いにそれを視認できるのは、きっとクラスメートの人間に限られているのだと思う。
そんな俺の見解を述べると、朝妃はほえ~っと感心を滲ませた吐息を零した。シェーラも、納得しているのか顎に手を添えて繰り返し首肯している。
そりゃあ、流石にそこまで根本的な部分が違うはずないしねっ! はっはっは! どうだ俺の完璧な理論は――。
「なるほど、相違点はまさしくそれですね」
「へ?」
シェーラによるまさかの否定に、俺は思わず朝妃みたいなアホ声を漏らしてしまった。シェーラがすっと小さく深呼吸をして説明を添える。
「今のトーマの話だと、《窓の使徒》にはモンスター同様、HPの概念が存在するようですが、私たち人間にはそれがありません。つまり――」
そこで一度言葉を切ったシェーラは、足を止めると、おもむろに懐から一丁のナイフを取り出した。戦闘ではほとんど役には立たなさそうな、本当に小ぶりのものだ。
そして何の前ぶれもなく、シェーラはその切っ先を自身の手の甲に押し付けたのだった。突然の行動に、俺たちは硬直してしまった。
――当然、ナイフの刃は彼女の綺麗な肌を僅かに裂き、浅い傷を刻む。そこからぷくっと赤い球が膨らんだかと思うと、数秒後には皮膚を伝って地面に滴った。血だった。
「こういうことです」
シェーラは冷静な口調を保ったまま言うと、痛む様子を欠片も見せずにナイフを元のように懐へしまった。
「マジかよ……」
「これではっきりしましたね。私たちには血液が流れていますが、モンスターは違います。そして奴らと同様ならお前たちも――」
「ああ、傷を受けても血は出ないし痛みもない」
「おそらくそれが、この国の人間がお前たちを重要視する理由でしょうね。怪我をせず痛みも感じず、更には、本来なら長きに渡る鍛錬を必要とする《魔法及び魔剣技の使用》も既に会得している……。これほど兵士として適した人材は他にありませんから。閉所ゆえ送り込める兵士の数が限られたダンジョンにおいて、一騎当千とまではいかぬも容易に強者たり得るであろうお前たちの価値は、計り知れません」
言いながら、シェーラはどこからか取り出した布切れを、口を使って傷口に器用に巻きつけていた。
嘘だろおい。じゃああの衛兵らから逃げる必要なかったじゃん。完全に俺の早とちりじゃん。うわぁ、しばらく朝妃に頭が上がらんぞこれ……。と心の中で頭を抱えながらその朝妃に目をやったが、どうやら彼女がその事実に気付いている様子はなかった。
それどころか、慌ててシェーラに駆け寄って傷の心配をし始める。
「シェーラちゃん……痛くないの?」
「この程度なら、上へ戻ればいくらでも魔法で治せます」
「そっか、じゃあ急いで上に戻ろ!」
言うと、朝妃はシェーラの傷付いていない方の手を取って、有無も言わさずにトタタッと階段を下りて行った。すげぇな。会話と行動だけ見てたら、どんだけ方向音痴なのかと思っちゃうぞ……。マリモ頭の三刀流剣士かっつーの。
「っていうか、何であいつらあんな仲好いんだよ……」
誰にともなく独りごちた呟きは、下から反響してきた女子らの楽しげな笑い声に掻き消されてしまった。ぐすん……僕も美少女とお近づきになりたいよぉ。あ、アホな幼馴染はノーカンで。
その後、階段を下るところまで下るとちょっとした広間が待ち構えており、正面には石造りの巨大な二枚扉が聳えていた。うねった波のような華麗な装飾を施し、そこはかとなく禍々しい雰囲気を漂わせている。
「ここから先が第六十一層ですが、しかし今はまだ開放の時ではありません」
などと解説を添えながら、シェーラは広間の端の方へ歩いていった。
ならば一体何をするのかと俺と朝妃が見守る中、彼女はベルトに括り付けていた小袋から釘のようなものを数本取り出した。腰を屈めて手ごろな石を手に取ると、おもむろに釘の一本を石畳の隙間に打ち込む。続いて、最終形が正方となるよう残りの釘も床に打ち込んでいく。
最後の一本を打ち込み終わった途端、ブォンという低いサウンドを伴って、正方形の内側に同心円状の奇妙な光る紋様が浮かび上がった。直径3メートル程のそれは、穏やかに明滅しながらぼんやりと辺りを照らし出す。
それがワープフロアであることは、説明されずとも理解した。
「……上に戻ったら俺たちはどうなる?」
流石のシェーラも、その問いにはやや答えあぐねたようだった。迷うように視線を僅かに泳がせたあと、伏し目がちに小さく答える。
「……最初はかなりの良待遇で迎えられるはずです。しかしその後はおそらく……おそらくですが、王国のために半強制的にダンジョンへ駆り立てられる事になるでしょう。勿論、私は出来る限りお前たちの意思を尊重するよう尽力しますが、仮にそうなった場合、逆らえばどうなるかは――」
「なら問題ねぇよ。戦って強くなることが俺たちの目的だし、むしろありがたい。研究のために監禁、みたいなのより百倍マシだわ」
という俺の言葉に安心したのか、シェーラがほっと息を吐いた。命の恩人だと思っている人間に無理強いをすることになったら、確かに心苦しいだろう。俺でもそうだ。
「……ありがとう。それでは手を繋いで下さい」
唐突にシェーラから差し伸べられた手と、彼女の顔を、思わず交互に見比べてしまった。おい、ビビらせんなよ。脈絡が無さ過ぎて、Aボタン連打して会話飛ばしちゃったのかと思うだろ。
「……なにゆえ」
「一人ずつよりも、三人同時に転移した方が手間が掛からないからです」
「ああそう……」
イエスともノーとも取れない返事をした俺の手を、シェーラは何の気負いもなく掴んだ。すると背後にいた朝妃も、何やら慌てた様子で俺のもう片方の手をきゅっと握る。
ふえぇぇ……女子と手を繋いだのって中学の林間学校で踊らされたフォークダンス以来だよぉ。だいたい三年ぶりだよぉ。そういえば女子の手って異常に軟らかくない? 一瞬、新手のマシュマロか何かかと思っちゃったぜ。
などという余計な思考で、込み上げる恥ずかしさを押し殺しつつ、俺はシェーラに手を引かれるがまま魔法陣へと足を踏み入れた。その中心に差し掛かったあたりで、床の輝きが強くなる。そして瞬く間にそれと同色の光の柱が俺たちを包み、一際強く脈打つと同時、視界を奪った。
次に風景が戻ったとき――。
そこは先程までの岩肌が剥き出しの広間ではなく、人の手によって綺麗に整備された小部屋――攻略者ギルド本部《第十二ワープフロア》の中だった。




