#13 まずは情報交換。
「あーえっと、俺は夏風冬馬。冬馬でいい」
「ええ、初めましてトーマ。アサヒには先ほど自己紹介をしたのですけれど、改めて……。私の名はシェーラ=イシュガンド・ロー・アストルヴィア。シェーラで結構です」
俺と彼女は座ったまま向き合って、互いに名を述べながらぺこりとお辞儀をした。
おおう……名前めっちゃ長ぇな……。どうせなら俺も『じゅげむじゅげむごこうのすりきれ(以下略)』とかって名乗っとけば良かったぜ。でもその場合、俺の呼び名ってジュゲムになっちゃうの? なんだよその、雲に乗ってトゲトゲでも落としそうな名前。
そんな、まったく場に似つかわしくない事を考えていると、朝妃が突然俺の肩を左右に揺らしてきた。
「ねね、冬馬! シェーラちゃんってば、本物のお姫様なんだって!」
と随分興奮した様子で捲し立てる彼女を見て、シェーラはどこか困ったように微笑みながら小さく頷いた。
「……ええ、アトラール王国第五王女という肩書を持しています。そうは言っても名ばかりのものですが」
どこか寂しげに答えた彼女の言葉に、恐らく嘘はない。しかし、だとすると不可解な点が一つある。
「別に疑ってるわけじゃねぇんだけどさ。ただ、何でその王女様がこんな危険な場所に一人でいたんだ? 本当に王族の人間なら、もっと多くの部下に警護されててもおかしくないだろ」
色々な事を尋ねたいという逸る気持ちから、心なしか語調が強くなってしまったが、幸いシェーラは特に気にするふうもなく答えてくれた。
「もともとは私の他に三人の部下――いえ、仲間がいたのですが、彼らには転移結晶で先にダンジョンを脱出してもらいました。確かにトーマの言うように、父である国王からもっと多くの部下を連れて行くよう命じられてはいたのですが、残念ながらここ六〇層にて《水竜アクアドロス》と渡り合えるだけの実力を備えた者が、私を含めたその四人しかおらず……。しかし私が最後に全てを懸けて放った魔剣技も、《水竜アクアドロス》を倒すには僅かに及びませんでした。それゆえ、お前たちがトドメを刺していなければ、今ごろ私の命はとうに無かったでしょう。お前たちには感謝してもしきれません。命を救われた身として、そして国を治める王族の一人として、今一度礼を申し上げます」
「そ、そんな畏まらないで! あたしたちだって良く分かんないうちに落っこちてきたんだから」
額を地面へ付かせるほど深々頭を下げたシェーラに、朝妃が慌てた様子で、胸の前でブンブン手を振りながら謙遜した。いや、だからお前何もしてねぇだろって。
しかしなるほど。今の話から、やはり俺の推測は間違っていなかったらしい。ここが六〇層だというのはなかなか驚きだが、とにかくこれで大体の疑問が解消された。
不意に、シェーラがお尻をはたきながらすくっと立ち上がる。そして俺と朝妃にも、それぞれ手を差し出して起立を促した。
「それでは一度ダンジョンを出ましょう。私が戻らぬことで上は大変な騒ぎなっているでしょうし、最悪の場合、先に戻った者たちが罰せられている可能性が無いとも言い切れません」
「……それは全然良いんだけどよ、でもさっきの話を聞いた分だと、転移結晶ってので脱出できるのはせいぜい一人なんじゃねぇの? じゃなかったら仲間があんたを置いて行くはずがない」
俺は腰を上げながら呈した疑問に、シェーラは動きを止め、驚いたようにぴくりと眉を浮かせた。
「……意外に鋭いですね。まさにその通りですが、しかし六十一層への道が開かれた今、他の方法が存在するゆえ心配は無用です」
「ああそう……」
意外って何だよ意外って。俺ってばそんなにのほほーんとして見えるの? ええ、確かによく言われますよ? それどころか、『お前って雰囲気コダックだよな』とネタにされたまである。流石にそんなじゃねぇよ。
若干抗議する意味も込めてシェーラに目をやったものの、彼女がそれを意に介することはなく、王族然とした堂々たる所作で、陸地中心の縦穴へと入って行ってしまった。
そういえば今気付いたが、この陸の内部は螺旋階段になっているらしい。やはり壁面には小さな篝火が並び、中の暗闇を橙に照らしていた。
俺たちがシェーラに追い付くと、彼女が足元へ視線を向けたまま再び口を開いた。
「……次は私から質問です。先ほどトーマが寝ている間に、アサヒからここへ来るに至ったその経緯を聞きました。しかしどうやら、王国の人間でなければ隣国からの旅人でもない様子……。お前たちは、いったい何者なのですか?」
「悪いけど、それは分からん。ただ――」
俺たちの存在を定義づける要素ならある。
無言で宙に指で《十字とそれを囲む円》を描いた。すると俺の眼前に、もはや見慣れてしまった薄青く色づいた半透明の矩形が、どこからともなく現れる。
シェーラが足を止めて振り返り、そして唖然とそれを凝視し、何度も瞬きを繰り返した。のちに、わななく唇から一つの単語を漏らした。
「窓の使徒……」
「知らんけど、多分それだと思う。で、その《窓の使徒》ってなんなの」
向き直ったシェーラが階段を下り始め、再び三人分の靴底が石段を叩くコツコツという音が響く。シェーラは少しの間を置いて、歩きながら答えた。
「……《窓の使徒》とは、王国の歴史に度々登場する、不思議な能力を持った者たちの呼称です。この不思議な能力というのが、それ――《窓》に関するものですが……。以前に《窓の使徒》がこの国に現れたのは父上がまだお若かった頃ですから……恐らく三十年ほど前のことでしょう。しかし話によると、現れてから一年ほど経ったある日、その者は忽然と姿を消したそうです」
つまるところ、アナザーワールドに送り込まれたリアルワールド人は俺たちが初めてではないのだ。それが明らかになっただけでも、かなりの情報的収穫だろう。
しかし尋ねたいことならまだ山ほどある。俺は続けて質問を重ねようと口を開きかけたものの、その前にシェーラの声に遮られてしまった。
「お前たち――いえ《窓の使徒》とは何なのですか? 私は思うのです、お前たちはこの世界の存在ではないのだと。使徒――つまり、神が寄越した遣いであるとするなら、お前たちは何処からやって来たのですか?」
「何って……ただの人間以外の何者でもねぇよ。ここじゃない別の世界から神様によって送り込まれた、普通の人……」
しかし俺の回答に、シェーラは前を向いたまま、緩くウェーブのかかった金髪を揺らして小さく首を振った。




