天邪鬼
「…いってぇ!お前もうちょっと優しくしろよ!」
「ああもう動くな!手当てしてやってんだからじっとしてろ」
ある日急遽行われた全校朝会。そこで深夜は初めて前日ある騒動があったことを知った。
どうやら、今手当てをされている校長、後藤花子が教師を題材にいかがわしい薄い本を描いていたことがついに明るみに出たらしい。もっとも、ずっと以前から存在は知られていたため深夜はさほど驚きを感じなかった。しかし今回は生徒が所持していたことで発覚したと聞き、それは先生方も黙っちゃいないなぁと思ったものだ。
アレックスと共に壇上に上がった後藤には無数の傷があった。どうやら捕まるまいと逃走して失敗したらしい。不幸にもこの学校には最強の体育教師と最強の英語教師がいる。二人一斉に来てはもうどうしようもない。
全生徒が震え上がった全校朝会の後、深夜は後藤を保健室に連れていった。さすがに痛々しかったからだ。
「そういやお前何で昨日の知らなかったんだ?」
「だから、居候してる親戚の子が熱出したから休んだってさっき言ったじゃないですか」
「お前のことだから保健室抜け出してタバコでも吸いに行ってたのかと思ったんだけどな」
「何で決めつけるんですか」
動かないようにしっかり腕を取って、二の腕の擦り傷に消毒をしていく深夜。それを後藤はじっと見ている。視線に気付いた深夜と目が合った。
「…なんだよ」
「……やっぱ似てるなぁ」
「は?」
「俺、校長とテオがどっか似てるように見えるんですよね」
「…え」
深夜の右目はまだじっと後藤の目を見つめている。
「あいつがここに初めて来たときのこと、よく覚えてます。あいつのあの…希望を失ったような澱んだ目は忘れられない。…校長にもほんのたまに、それが見えるような気がするんです。あの澱みが。見た目はいつもの自信溢れた校長なのに。まるで天邪鬼だ」
「………」
「ま、ほんの一瞬だし、俺の気のせいかもしれませんが」
「…き、気のせいに決まってんだろバカ!何で急にテオが出てくるんだよ」
「…そうですよね、すいません。今の話は忘れてください」
「言われなくてもソッコー忘れてやる」
「はい、おしまい」
「お…悪いな」
「いーえ、養護教諭の仕事ですから」
「じゃ」
保健室を出た後藤は苦々しい顔をした。まさか急にあんなことを言われるとは思わなかった。誤魔化せたかどうか自信がない。
これだから深夜相手は油断できないのだ。
深夜はあんなにのらりくらりとしているのに頭は切れるし鋭い。そして大雑把なようで手当てをするその手は繊細で優しい。
「……ふん」
後藤は一服しに校門に向かって歩き出した。
(天邪鬼なのはお互い様じゃねぇか)