第6話「カメ・レオンだよプリティミュー!」
マラソンブームに乗っかって、ミユも美容と健康のために早朝マラソン。
「遅刻するーっ!」
口に食パン(ノートースト)を挟みながら、ミユは家を飛び出した。シチュエーションは王道ヒロインだが、見た目も本人も必死すぎ。
なかなか飲み込めない食パン。
そこでミユは食パンを手で丸めて口の中に押し込んだ。女の子が決してやってはいけない食べ方だ。というか男の子もやってはいけない。
「ううっ!」
喉に詰まった。汚い食べ方をするから天罰が下ったのだ。
「うぇ〜っ!」
ミユは電信柱の陰に吐露した。ヒロイン資格剥奪寸前だ。
たっぷり額に掻いた汗を手の甲で拭うミユ。
「ふぅ〜スッキリ」
その表情はさわやかそのもの。この顔だけなら清純派ヒロインだ。
過去をバッサリ切り捨てて、なかったことにしてミユは再び走り出した。
「ったく、なんで朝からついてないし。ママが起こしてくれないのが悪いのよ……てゆか、昨日ママ帰って来なかったみたいだけど?」
ママが家に帰って来ないなんてはじめての出来事だった。しかも連絡なしで。
ミユの全身を不安の風が包み込んだ。
「まさか……」
そう、まさかジョーカーに連れ去られた?
もしそうだったら、一刻も早くママを救わなくては!
「でも遅刻するーっ!」
もしもの心配より、目先の心配のほうが切実だった。
爆走していたミユの足が急ブレーキを踏んだ。
道が分かれている。
「こっちが近道なんだけど……」
ラブホ街なんですよね!
できれば通りたくはないが、今は非常事態で背に腹を変えられない。
ミユはラブホ街に突っ込んだ。
路には誰もいない。今のうちに突っ切れ!
ミユの瞳に映る人影。2人組の男女がラブホから出てくるのを発見。
しかも、なんとそれは……!?
「マッ……」
言いかけてミユは自分の口を両手で塞いだ。
急いで物陰に隠れるミユ。そして、そーっとラブホから出てきた男女を凝視した。
どう見てもあれは自分のママ。しかも、腕組みをしている男のほうは――ワトソン君でした!
まさかワトソン君ったら大人の階段登っちゃったのかっ!?
顔面蒼白で息絶え絶えのミユ。眼なんか墜ちそうなくらい見開かれている。
まさかの光景は恐怖体験にも似た感情をミユの心に宿した。
男女の陰が朝の街に消えていく。
怖すぎてミユはストーキングすることができなかった。
それよりもミユの頭の中では、目くるめく妄想で大変のことになっていた。
もしもパパとママが離婚したらどっちについていくか!
これは重要な問題だ。
経済力のあるが家事ができないパパか、それとも家事も完璧オプションで新しいパパが付いてくるママか……。
ミユはゾッとしてその場に立っていることも困難だった。
orzポーズで絶望を背負った。
新しいパパってつまりワトソン君だろ。ワトソン君をパパって呼べっていうのか。死んでもできない。
「ありえない……ありえない……」
今日1日分の水分を全部冷や汗で流してしまった。アスファルトに水たまりができてしまった。
なんとしても二人を破局させなくてはならない!
ママとワトソン君を近づけてはならない!
学校になんか行ってる場合じゃない!
そうだ、二人を早く追わなくては……。
「……見失ったぁ〜;」
今すぐ探すか、それとも……?
「よし、あたしは何も見てない!」
現実逃避だった。
が、一つの大きな現実を忘れると、小さな現実が顔を出す。
「あーっ遅刻!!」
ミユは無我夢中で爆走した。悪い夢を忘れるために。
キンコーンカーンコーン♪
教室のドアに飛び込んだミユ。
そのジャンプ力は10万馬力。
教室を越えて、開いていた窓から――落ちた。
一瞬にして生徒たちが凍り付き、ハッと我に返って窓の外を覗き込んだ。
ここは3階だ。足から落ちれば骨折で済むかもしれないが、ミユのジャンピングポーズはウ○トラマン風。あれは絶対に腹から地面に激突している。
クラスメートのみならず、下の教室にいた生徒たちも窓の下を覗いていた。
地面で大の字になっているミユ。ピクリとも動かない。
まさか死んだ……じゃなくって機能停止!?
じゃなかった。
「……背中に突き刺さる視線を感じる……ここで立ち上がったら……」
立つに立てない状態なだけだった。
いつの間にか騒ぎは大きくなり。
学校中の生徒が窓から顔を出している。
ミユはうつぶせになったまま動けない。
いっそのこと救急車で運ばれるのもいいが、病院で人間じゃないことがバレてしまう。というか、救急車の中で無傷なのがバレる。
意を決してミユは勢いよく立ち上がった。
「うわっ、奇跡だわ! 3階から落ちたのに無傷なんて奇跡だわ!!」
自作自演。
こんなしょうもない言い訳しか思いつかなかった。
なんかもうどーとでもなれって感じだった。
すでにミユは生徒から変な目で見られている。
バレーボールで殺人サーブを放ってしまったことにはじまり、イス・机・掃除用具・壁なんていくつ壊したか覚えていない。
それでもミユのことを深く追求する者はいなかった。陰でどんなことを言われているかわからないが。
もしかしたら恐れられていて、その話題に触れないだけかもしれない。
とにかく、ミユの周りからは友達がドンドンどん引きしていった。というのも最初の頃で、最近はなぜかまた友達が増えはじめた。それもよく男子生徒に声をかけられるようになった。
ミユは何事もなかったように制服に付いた砂を払い、何事のなかったように教室に帰った。
教室に入ると、クラスメートは何事もなかったようにしていた。というより、明らかにミユと目を合わせないようにしていた。
ミユは今すぐ泣きたい気分だった。
でも、それを抑えて机で寝たふりをして腕の中に顔を埋めた。
すべてあのインチキ科学者のせいだ。実力はインチキではないが、やることがインチキだ。
そもそも正義のためにジョーカーと戦っているのではなく、世界に1つのレアフィギュアが欲しいって……なんだよその動機。
ミユは自分の人生が末期だと感じた。
最近の趣味と言えば、行き着くとこまで行き着いて、預金通帳に印刷された数字を数えること。数えている間は顔がニヤニヤするが、数え終わるとなんとも虚しい気分になる。
しかもお金の使い道がないのが最悪だった。
はじめのころは豪遊したものだが、だんだんと自分の置かれている状況に悲観してくると、お金なんかもっていてどうするんだと。
昨日なんかはついにジョーカーの魔の手が私生活にまで。自宅にジョーカーが現れるなんて。いつまたジョーカーが家族を狙うかわからない。
この学校にだって、パパの職場だって、どこにだってジョーカーが現れるかもしれない。
嗚呼、サイテーだ。
引っ越ししてどうにかなる問題だろうか?
そんなことしてもきっと無駄だろう。
ジョーカーと戦いませんと誓約書をジョーカー本部に郵送すれば平気だろうか?
でも戦い意志がミユになくても、どっかの誰かさんが起爆スイッチを握っている限り、いつまでも下僕を続けなくてはいない。
なら、いっそのことどっかの眼鏡を殺るか?
そんなことを企ててドーンされたら一巻の終わりだ。
ならジョーカーを壊滅させればいいのではないだろうか?
どっかの誰かさんにドーンされる心配はなくならないが、少なくとも私生活や家族が危険に晒されることはなくなるような気がする。
そうだ、それだ、それしかない!
「なんで今まで気づかなかったんだろ!」
大声を上げたミユにクラスメートの視線が集中した。が、すぐに視線を逸らされた。
ミユは再び寝たフリを決め込んだ。大声をあげて恥ずかしいったらありゃしない。
しばらくして教室のドアが開く音がした。きっと担任が入って来たのだろう。ミユは気にもせず机で寝たフリを続けていた。
なんだか教室がざわめいていた。
いったい何があったんだろう?
ミユがゆっくりと顔を上げると、教壇に立つ謎の外国人?
ライオンみたいな髪型の男だ。顔立ちはまるでハリウッド俳優のようである。
「臨時担任のレオンです。田中先生は謎の奇病USO800型ウイルスにかかって、帝都病院の特別病棟に入院されました」
流暢な日本語だった。
女子生徒の熱い眼差し。男子生徒は嫉妬の眼差し。ミユの眼差しは机に向かっていた。
なんかもうどーでもよかったので(主に人生全般が)、ミユは再び寝たフリをすることにした。
すると教壇に立っていたレオンがこっちに近づいてきた。
「ミユさん、まだお昼寝にも早い時間ですよ」
名指しで注意されては起きないわけにはいかない。
嫌そうな顔をしながらミユは顔を上げた。
別に怒ったようすでもなく、さわやかなレオンが立っていた。
「おはようございますミユさん」
別にミユはあいさつを返すことはしなかった。レオンはすぐに背を向けて教壇に戻っていく。
ここでミユはハッとした。
名前を呼ばれたことに気づいたのだ。
――まさかクラスメートの名前を全部覚えてる!?
ミユは単純にそう思った。
だが、教壇に帰るレオンは人知れず不気味な笑みを浮かべていたのだった。
朝のホームルームが終わり、最後にレオンはこう付け加えた。
「ミユさん、大事な話がありますので、昼休みに会議室に来てください」
「えっ……」
なにかマズイことでもしただろうか?
レオンはそれ以上は何も言わず行ってしまった。
マズイことがミユの頭にリストアップされる。
主にプリティミュー関連。ほとんどそれから派生している。
学校内での器物破損事件とかが一番とがめられるかもしれない。いちよう全部弁償しているが、ポケットマネーで。
「もしも退学……」
ミユは頭を抱えて寝たフリじゃくて寝ることにした。
現実逃避。
午前の授業が終わった。今日はとても長かったような気がする。
重たい足を引きずりながらミユは廊下を歩いた。
職員室の近くにある会議室に入ると、窓の外を眺めていたレオンが振り返った。
「お待ちしていました、どうぞそこにお掛けください」
「……はい」
ミユを座らせ、自らは座らずにレオンは部屋を歩き、出入り口の前に立つと鍵を閉めた。
大事な話があるというのなら、鍵を掛けるのは当然かもしれない。
しかし、レオンの鋭い眼。
ミユはハッとした。
「女子生徒を教室に閉じこめて性的暴行をするつもりね!」
「……はっ?」
ハズレたみたいだ。
「……ジョーダンですよ、あはは。で、大事な話があるんじゃないんですか?」
本気だったが、冗談で水に流した。
「そうです大事な話があります……プリティミューに」
「えっ!?」
慌てるなミユ!
「プリティミューってなんですかぁ?」
すっとぼけてみた。
しかし、そんなことも無駄に終わった。
「あなたがジョーカーに仇を成すプリティミューだということは調べがついてるぜ」
明らかに変わったレオンの口調。
ミユは動揺した。相手が何者なのかもわかってしまった。
「まさか……プリティミューのファン!?」
「違うわボケッ!」
「じゃあストーカー!?」
「本気で言ってるのかあんた。オレの正体はジョーカーの変身名人怪人カメ・レオンだ」
「ああ、やっぱりジョーカーか」
わかっていたが認めたくなかった。
ついにジョーカー学校進出。こうやって土足で人様の私生活に踏み込んでくるのだ。
どうするミユ!?
ここで変身するのは非常にマズイ。もしも誰かに見られたら?
ミユは変身前と変身後の仕様変更は衣装しかない。
こうなったら逃げるしかない。
出口は鍵が掛かってレオンが立っているから、やっぱり窓だろう。窓から飛び降りるところを生徒とかに見られても、すでにそのネタは今朝やっているのでまた奇跡で片づければいい。
背を向けてミユは窓から飛び出そうとした。その背中に声が掛けられた。
「逃げても無駄だぞ、すでにこの学園は包囲されている」
「そんな!」
ミユは窓枠に足をかけたままストップした。
包囲されているということは、ミユが外に出られないだけではなく、学校関係者全員が人質ってことなのか!?
すごい……なんだか今回のジョーカーはひと味違う。
なんだかマジだ!
やはりここで変身するしか……。
そのとき、窓の外から飛び込んできた人影にミユが膝蹴りされてぶっ飛んだ。
「ブハーッ!」
まさか敵の攻撃か!?
「天が呼ぶ、地が呼ぶ、人が呼ぶ、悪を倒せと私を呼ぶ……」
その決めゼリフはまさか!!
「私は正義の魔女っ娘、天に代わってお仕置きよ!」
紅髪のセクシー美女――魔導少女マジカルメグ登場!
三角帽子のツバをクイっと直しながらマジカルメグは床で伸びているミユを見下した。
「そんなところで寝ていないで立ちなさいミュー」
誰が蹴ったんだよ誰が。
……って、今たしかにそう呼んだような?
再びマジカルメグはその名を呼んだ。
「早く立ちなさいプリティミュー。あなたも変身ヒロインの端くれでしょう」
今度は聞き間違いじゃない!
ミユは驚いてビシッと立ち上がった。
「どうしてあなたまで!?」
「変身前と後の顔が同じなんだから誰でも気づくでしょう」
「……ショック!」
そこを突っ込まれたら言い返せない。ローカルテレビ局、インターネット上、見事なまでにプリティミューの画像が晒されている。
それでもそれでも広い世の中、ネットなんて全世界だ。そこでちょっぴり話題になってるローカルヒロインのことなんて、身内や学校くらいなら知られずに済むかなぁって。
落ち着けミユ。
「大丈夫、大丈夫あたし」
マジカルメグはいわば同業者、ミューの正体くらいの簡単に調べるかもしれない。だってジョーカーにもバレてるしね!
大丈夫、きっと身内とかにはバレていない!
レオンが真の正体を現した。
カメレオンにライオンのたてがみを生やしたカメ・レオン!
「マジカルメグまで現れるとはな。いいだろう、二人まとめて地獄に送ってやるぜ!」
ライオンの爪で襲いかかってくるカメ・レオン!
マジカルメグがマジカルスタッフを構えた。
「マジカルシュート!」
放たれた光の弾。
だが、カメ・レオンの姿が消えた。
次の瞬間、長い舌がバネのように伸び、マジカルメグを捕らえてしまった。
舌でぐるぐる巻きにされたメグ。これでは魔法も唱えることができない。
迷うミユ。
ここはやっぱり変身してメグを助けるべきなのだろうか?
それともばっくれる?
ミユは第三の選択肢を選んだ。
取り出すケータイ、ここで変身番号を打ち込めばプリティミューになれるが、それはやらずに普通に通話。
「あ、もしもしアイン?」
《ワトソンだにゃー》
き、気まずい。
「や、やっぱりなんでもない!」
ミユは焦って通話を切った。
まさかワトソン君が出るなんて、今朝のこと思い出しちゃったじゃないか。
ミユがそんなことしている間にも、マジカルメグは長い舌で締め付け上げられている。
「いやぁ〜っ、早く助けてくださぁ〜い」
涙をボロボロ流しながらマジカルメグは情けない声を出した。
クールなマジカルメグが見せる素。
……あれ、デジャブ?
こんな展開が前にあったような。前はたしか触手だった。
長い舌はさらにマジカルメグの身体を締め上げ、バストがかなり強調された。
やっぱりデジャブだ!
前はミューがマジカルメグの杖を投げ渡して、それで万事解決したような気がする。
マジカルメグの杖は?
ミユは辺りを見回した。
「あった!」
ミユは床に落ちた杖に手を……しまった誰かに先を越された。
その杖を拾ったのは全身タイツの戦闘員だった。
気づけば部屋中ジョーカーの戦闘員。
焦るミユ。
こうなったらやっぱりアレしかない!
「恨むならジョーカーを恨んで!」
ミユは窓の外に飛び降りた。つまり逃走。
すでに学園はジョーカーに占拠されていた。
下駄箱、職員玄関などは封鎖され、生徒たちは校舎に閉じこめられている。
正門なども封鎖され、学園の外に出ることもできない。
しかも、あの場から逃げたミユだったが、すでに戦闘員にたちに囲まれていた。
戦闘員程度なら生身でも……。
ミユは熱い視線に気づいてしまった。
生徒たちが窓から顔を覗かせていではありませんか!
全校生徒の目がミユに注目。
生徒の中からこんな声が聞こえた。
「がんばってプリティーミ……」
そこまで言いかけて生徒は口を押さえた。
ミユはハッとした。
まさか気を遣われている?
もしかして全校生徒に正体がバレている?
それで気を遣って知らんぷりされていたの?
この頃、男子生徒に人気が急上昇だったのもそのせい?
「そんな……」
ミユはorzポーズで落ち込んだ。
バレないほうがおかしいさ、でもさ……気を遣ってもらってたなんて、ショックだ。
でもこうなったら肩の荷が下りた。
ミユはケータイを構えた。
「サイエンスパワー・メイクアップ!」
科学少女プリティミュー参上!
生徒たちの歓声があがった。
「がんばれプリティミュー!」
「応援してるぞプリティミュー!」
「みんなミユの味方だよ!」
最後は本名を言われた。
もういいさ、正体なんてさ。
戦闘員たちが束になって襲ってくる。
ミューは破れかぶれで戦った。
パンチ、キック、パンチラ!
男子生徒の歓声があがった。
なんか写メまで撮られている。
戦闘員の山が築かれた。
汗を拭うミユ。
「ふぅ、とりあえず一段落。次は人質の解放か、それとも見殺しにしたマジカルメグはどうなったのかなぁ……あはは」
今になって思えばあの場から逃げる必要もなかった。だって正体だってみんなにバレてるわけだし、さっさと変身しちゃえばよかったじゃないか。
きっと見殺しにされたメグは怒ってだろうなぁ。
ミユがため息を漏らしていると、下駄箱から戦闘員を引き連れたカメ・レオンが出てきた。マジカルメグはロープで縛られて気絶している。
ひとまずマジカルメグの安否を確認してミユは一安心。
「死んでたら祟られるとこだったかも。とにかく……マジカルメグと人質全員を解放しなさい!」
強気にミユは挑んだ。
「人質は解放しない。あんたを倒したあとにも有効活用させてもらうんでね」
カメ・レオンは嫌みたらしく笑った。
今回のジョーカーはマジだ。大規模作戦による学校乗っ取り。ミューを倒すだけではなく、もっと大きな悪巧みがあるのか!?
これだけ多くの人質がいれば、いくらでも活用法はあるだろう。
身代金だってふんだくれるだろうし、政府に交渉だってできるだろう。
どんなことを企んでいるかはわからない。だが、それを今食い止められるのはミューだけ!
「こうなたら親玉を倒す!」
ミューはカメ・レオンに向かって走った。
立ちふさがる戦闘員たちをなぎ倒し、構えたマジカルハンマーを!
「きゃっ!」
ミューの手首が長い舌に掴まった!
そのままミューが敵の手に落ちてしまった。
長い舌でぐるぐる巻きにされた挙げ句、マジカルメグと同じようにロープで縛られてしまった。
敵の手に落ちた二人のヒロイン。誰も助けに来てくれないのか……。
ついにプリティミューも最終回になってしまうのかっ!?
一方そのころ、ネオアキバタウンのどっかにあるアインの研究所。
「龍玉ぜんぜん見終わらないや。まだ細胞編も終わらないよ」
アインは背伸びしながら自室を出てきた。
リビングを通りかかったとき、アインの瞳にぼーっとしているワトソン君が映った。
「ワトソン君、魂が80パーセントほど離脱しているようだけど、なにかあったのかい?」
「にゃっ!?」
ワトソン君は我に返って驚いた。そこにアインがいたことすらも気づいていなかったようだ。
急にワトソン君は顔を真っ赤にして走り出した。
「なんでもないにゃー!」
その反応のどこを見れば何もない?
ありすぎ。
アインは首を傾げてキッチンに向かった。
捕らえられたダブルヒロイン。
今日は助けに来てくれる者も現れないだろう。
だってフンドシ仮面(誤字)は諸事情により使い物にならない。そんなことなど知らない二人だが、最初からフンドシ仮面になんか期待にしてない。てゆか、頭にも浮かんでなかった。
「あたしたちをどうするつもりなの!」
ミューが叫んだ。
続けてメグも静かに口を開く。
「すぐに殺さないと言うことは、なにか理由があるのでしょう?」
たしかに捕らえた理由がどこにあるハズだ。
カメ・レオンは何も答えなかった。
ここは校庭のど真ん中。こんな場所になぜ?
まるでカメ・レオンは何を待っているようだった。
しばらくして戦闘員たちが次々と空を見上げた。ミューとマジカルメグも揃って空を見た。
空の彼方から飛んでくるヘリ。しかも武装している。
ヘリが上空から降りてくる。突風で校庭の砂が巻き上がり、ミューは思わず目をつぶった。
ついにヘリが地上に降り立った。
ハッチが開き、看護帽を被ったピンク戦闘員が降りてくる。
続いてベッドが運ばれてきた。しかも点滴まで。
ベッドに横たわるゲッソリした女。
戦闘員たちが息を揃えて敬礼。
「キーッ!」
戦闘員たちのこの反応。しかもピリピリした緊張感。ヘリから降りてきた者がただ者じゃないことがわかる。
カメ・レオンはベッドの傍らに立ち、深々とお辞儀をした。
「これはこれはゲル大佐。わざわざのお越しありがとうございます」
その名を聞いたマジカルメグは息を呑んだ。
「まさか……ジョーカーの帝都支部を任されている幹部のゲル大佐なの!?」
ベッドからゲッソリした女がゆっくりと降りた。
「ゲホゲホッ……いかにも、うぇぇぇぇ〜……アタクシがゲル大佐だ……」
今にも死にそうだった。
自慢の爆乳も今日は元気なく垂れている。
マジカルメグは驚きを隠せなかった。
「あんな弱そうな人が幹部なんて」
ミューも同意した。
「ホント、なんか顔なんて真っ青だし。自分の体調管理もできない人が幹部なんて信じられない」
「貴様ら言わせておけば……うぇぇぇぇ〜」
ゲル大佐は鞭を振るおうとしたが、気持ち悪いし点滴打ってる最中だし、再びゆっくりとベッドに戻っていった。
しかも、ゲル大佐はバケツに『うぇぇぇぇ〜』している。ゲル大佐というかゲロ大佐だ。
カメ・レオンは呆れたように首を横に振った。
「ここはオレに任せて帝都支部で休んでいればいいのに」
「ゲホゲホッ……ついにプリティミューとマジカルメグを捕らえたのだ……うぇぇぇぇ〜……この手で……うぇぇぇぇ〜」
もう会話もままならない状態だった。
白衣を着ていた戦闘員が頭の上でバツ印を作った。
「キーッ!!」
ドクターストップ!
ゲル大佐を乗せたベッドが看護婦たちの手によってヘリに運ばれていく。
患者を緊急輸送!
そして、ヘリは飛び去った。
……何しに来たんだよ?
ジョーカー幹部との衝撃的な出会い。衝撃的過ぎて開いて口が塞がらない。
ぽか〜ん。
カメ・レオンは気を取り直すように咳払いをした。
「今のは見なかったことにしてくれ」
ゲル大佐ってなんですか?w
ここには誰も来ませんでしたし、ヘリなんか影も形も見てませんよ。
さーてと、カメ・レオンは鋭い爪を光らせた。
「オレが息の根を止めてやる。どっちを先にしようか?」
ミューは首を横にブルブル振った。
「あたしはただの女子高生だし、実はプリティミューのソックリさんなんです。この衣装とかも手作りのコスプレなんですよぉ!!」
言い逃れしようとしたが、校舎のほうからブーイング。まさかの全員敵に回してしまった?
マジカルメグは冷静だった。
「どちらが先なんて関係ない……わたしはここで負けないもの」
縛られ動ける状況にない。
カメ・レオンはあざ笑った。
「たいした自信だが、今のあんたに何ができる? あんたから血祭りに上げてやるよ」
「できるなら」
「殺してやる!」
マジカルメグの挑発に逆上して爪を振り下ろそうとした瞬間、カメ・レオンの口の中から植物の蔓が!?
次々と伸びる植物。口を花瓶に見立てた斬新な生け花ですか?
そして、毒々しい真っ赤な花が咲いた。
ミューの感想。
「キモッ!」
やせ細ったカメ・レオンは地面の上で痙攣している。
植物の蔓はまるで意志を持っているかのように、マジカルメグを拘束していたロープを切った。
カメ・レオンに冷たい視線を送るマジカルメグ。
「この子は生物に寄生して育つ魔界植物ハナサカタロウ。貴方の負けはわたしを舌で捕らえたときから決まっていたの。あのときに種を仕掛けて置いたから」
怖っ、マジカルメグ怖っ!
ミューは言いづらそうな感じでそーっとマジカルメグに声をかける。
「あのぉ、あたしの縄も解いて欲しいなぁとか」
「……わたしを置いて逃げたのは誰だったかしら?」
「そ、それは〜……作戦だったのよ、作戦!」
「別にいいわ。助けてあげる」
ロープを解いてもらったミュー。
カメ・レオンはすでに砂になって消えていた。
たくさんいたハズの戦闘員たちの姿もない。
これで一件落着したのだろうか?
「あっ」
ミユは呟いた。
「フィギュアにできなかったけど……ま、いいか」
ピンポンパンポ〜ン♪
校内放送が流れた。
《午後の授業をはじめます。全校生徒は速やかに授業の準備をしてください》
切り替え早っ!
ミユが教室に戻ると、恐ろしいくらいのシカト。
自分はミューじゃないなんて苦しい言い逃れをしたせいかもしれない。あのとき確実に全校生徒が敵に回ったような気がする。
先生はまだ来ていないようだ。
というか、担任は謎の奇病らしいので、きっと代わりの先生が来るか自習だろう、てゆか、奇病って情報もカメ・レオンの言っていたことなので真実とは限らないが。
しばらく待っていると教室の前のドアが開き、先生が入って――ミユは眼を剥いた。
「カメ・レオン!?」
教室に入ってきたのは倒されたハズのカメ・レオンだった。
「プリティミューこの教室があんたの墓場だ!」
カメ・レオンの言葉が合図となり、クラスメートが一瞬にして変身セットを脱ぎ捨て、オール戦闘員に変身した。
一瞬にしてミユは席を立って、机の上に乗った。
「もしかして罠?」
そうです罠です。
しかし、カメ・レオンは確かにマジカルメグの魔界植物にやられたハズじゃ?
「オレがどうして生きているのか不思議なようだな」
「まさか死んだフリ?」
「あれはオレのダミーだ。冥土のみやげに聞かせたやろう。オレは自らが変身名人なだけでなく、他人を特殊メイクによって変身させるの能力があるのだ。しかも、見た目ばかりでなく、能力まで再現できる」
「じゃあマジカルメグに倒されたのは?」
「哀れな戦闘員くんだ」
なんだか今回のジョーカーはマジだ。黒歴史にされたゲル大佐以外は。
ミユの乗った机はまるで海原に浮かぶ孤島。周りは飢えた戦闘員たちに囲まれてしまっている。
しかも、パンチラ!
慌ててミユはスカートを抑えた。前を両手で押さえ、後ろを両手で押さえ、結局は両手で舞えと後ろを押さえた。
戦闘員がジリジリ詰め寄ってくる。
まるで祭壇に祀られた生贄状態。
一斉に戦闘員が飛びかかってきた。
ミユはパンチラ覚悟で戦闘員の頭を踏み台にしてジャンプした。
飛び石に乗るようにピョンピョンピョンっと連続ジャンプだ。
教室の外に逃げようとするミユの背中にカメ・レオンが声をかけた。
「逃げても無駄だぞ。全校生徒はすべてジョーカーと入れ替わっているのだからな!」
ミユは構わず廊下に出た。
ゾロゾロと教室から出てくる生徒たち。変身セットを脱ぎ捨て戦闘員になった。
ミユは廊下を走りながらケータイを取り出した。
「サイエンスパワー・メイクアップ!」
瞬時にプリティミューに変身してハンマーで戦闘員の山をなぎ倒す。
なんか次から次へと沸いてくる戦闘員を見ていると、ゾンビ映画を思い出してしまう。
「数多すぎ!」
ミユは叫んだ。
全校生徒がすべて戦闘員に入れ替わっているとすると、もう計算するのもイヤなくらいの数だ。
後ろからも前からも、ミューは戦闘員に挟み撃ちにされてしまった。
ちょうど運悪く窓もない。
「マジカルカノン!」
どこからか聞こえた声に合わせて巨大な光線が廊下を突っ切った。
ミューは慌てて伏せたが、顔を上げてみると戦闘員たちがみんな気を失っていた。人間じゅうたんのできあがりだ。
ただひとりその中で立っていたのはマジカルメグだ!
「うかつだったわ。まさかこんな罠が……あっ、プリティミューいたの?」
「いたのじゃないし、あたしまで殺す気かっ!」
「敵の数が多かったから範囲攻撃をしたまで」
「ちゃんと誰いるか確認してから撃ってよね!」
「わかったわ、じゃあ伏せて」
「えっ?」
「マジカルカノン!」
ぶっ放された巨大な光線。
伏せたミューをかすめて後ろにいた戦闘員を一掃した。
マジカルメグはミューを放置して走り去ろうとした。
「ちょっと待ってあたしのこと置いていく気!?」
「最初から行動を共にしているつもりはないけれど?」
「緊急事態なんだから協力してもいいじゃん!」
「好きすればいいわ」
「ちょ、待ってってば!」
走り去るマジカルメグの後をミューは急いで追った。
マジカルメグはどこに向かっているのだろうか?
「ねえ、どに行く気?」
「人質がどこにいるはず」
「どこってどこ?」
「あんな短時間で全校生徒や教員を学園の外に移動させるのは不可能。そうなると大勢が収容できる場所となると一カ所しかないわ」
「わかった!」
ミューとマジカルメグはその場所に急いだ。
そして、二人がやってきた場所とは――体育館だった。
二人が体育館に飛び込むと、入ってきたドアが何者かによって閉められ、部屋の明かりは急に落ちた。
スポットライトが壇上に向けられた。
「よくここまでたどり着いたな」
壇上に立っていたのはカメ・レオンだった。
さらにスポットライトは人質たちに向けられた。
「助けて!」
「ふざけんな俺たちをどうするつもりだ!」
「もうヤダ、早く家に帰りたい!」
叫び声や鳴き声、生徒たちの声が二人のヒロインに届いた。
人質に向けられていたスポットライトが消された。
壇上からカメ・レオンは手招きをした。
「科学少女と魔導少女、二人には楽しい余興をやってもらおう。さあ、壇上へ上がって来い!」
人質を取られている以上、従うほかなかった。
壇上に上った2人とカメ・レオンが向かい合った。
マジカルメグはすでに殺気を放っている。つまり、てめぇ殺すぞオーラだ。
「わたしたちを壇上に呼んで何をさせる気?」
「察しが早くてありがたい。今から科学少女とと魔導少女、どちらが強いか証明してもらおうと思う」
つまりそれは……。
ミューが叫ぶ。
「まさかあたしたちに殺し合いをさせる気!?」
カメ・レオンは笑った。
「そのとおり。拒否すれば人質がどうなっても知らないぞ?」
なんて卑劣な。なんて悪役っぽい怪人。
やっぱり今回のジョーカーはマジだ!
メジカルメグは頷いた。
「いいでしょう。ミューを倒したら人質は解放してくれるんでしょうね?」
「約束してやろう」
ミューが慌てて口を挟む。
「ちょっと、本気じゃないでしょうマジカルメグ?」
「いいえ、貴女ひとりの犠牲で大勢が助かるならば、わたしは悪にもなる」
「ちょ!」
「問答無用!」
マジカルメグが杖を構えて襲ってきた。
慌ててミューはハンマーで攻撃を受けた。
交じり合うハンマーと杖。
「ちょっと……話で解決しない?」
あくまで戦うことを拒否するミューに対して、メジカルメグの眼が冷たいこと冷たいこと。
「聞く耳を持たないわ」
「あなたのこと最初から好きじゃなかったけど、今からでも遅くないと思うの……友達になりましょう!」
最初から好きじゃないって、そのセリフがケンカ売ってます。
「葬る相手とは友達になれないわ!」
マジカルメグの杖が薙ぎ払われ、ミューの腹にクリティカルヒット。
ミューは腹を押さえながら後ろに大きく吹き飛ばされた。
ありえない、科学少女プリティミューでこんな展開が訪れるなんて。なんだか今回はみんなマジだ。ゲルなんとか以外は。
戦い合う二人を見ながらカメ・レオンは満足そうに微笑んでいる。
「さてどちらが勝つのか、マジカルメグが優勢か?」
生徒たちはどちらを応援していいのかわからない。
本当の敵はジョーカーのハズなのに!
そのジョーカーの戦闘員たちは賭をはじめていた。
プリティミューVSマジカルメグ
こっちもやっぱりマジカルメグが人気で、ミューは大穴扱いだった。
マジカルメグが足払いを放った。
見事なまでにすっ転ぶミュー。さらに見事なM字開脚パンチラ。
倒れたミューに馬乗りになるマジカルメグ。
「覚悟しなさいプリティミュー!」
マジカルメグがミューの首を締め上げた――かに思われたが、ミユは少し驚いて眼を丸くした。まったく力が入っていないのだ。
首を絞めるフリをしながら、マジカルメグは自分の顔をミューの顔にグッと近づけた。
「人質はわたしが助けるわ。貴女はカメ・レオンを仕留めて。貴女がわたしを押し飛ばした瞬間、目くらましをするから強く眼を瞑るのよ」
すべてマジカルメグの演技だったの。でも、さっき腹に喰らった一発は死ぬほど痛かった。好きじゃない発言にたいする嫌がらせですか?
ミューは無言のまま眼で『うんうん』と合図をして、すぐにマジカルメグの身体を押し飛ばした。
すぐにマジカルメグが呪文を唱える。
「マジカルフラッシュ!」
閃光で目が眩む。
疾風のような早さでマジカルメグは床を滑るように走り、次々と見張りの戦闘員を倒していった。
カメ・レオンを任されたミューは。
「目が……見えないし!」
ちゃんと目を瞑れと言われたにもかかわらず、タイミングを間違えたっぽい。
こうなったら破れかぶれでミューをハンマーを構えた。
「マジカルハンマー・フィギュアチェンジ!」
スカッ!
豪快な空振り。
「マジカルハンマー・フィギュアチェンジ、マジカルハンマー・フィギュアチェンジ、マジカルハンマー・フィギュアチェンジ、マジカルハンマー・フィギュアチェンジ、マジカルハンマー・フィギュアチェンジ!!」
とにかくハンマーを振り回した。
でもスカッ×5
戦闘員を倒して人質を救出したマジカルメグが叫ぶ。
「なにやってるのプリティミュー、早くカメ・レオンを倒しなさい!」
「言われなくったって……マジカルハンマー・フィギュアチェンジ!」
スカッ!
だんだんとミューの視力が回復してきた。
ということは相手も回復してきたと言うことだ。
「クソッ、目くらましとは小癪な。だか、こちらにはまだ人質が……って戦闘員が全滅してる!?」
気づくの遅いし。
カメ・レオンは額に汗をかきながら後退した。
「これで勝ったと思うなよ!」
突然カメ・レオンの姿が消えた!?
ミューは慌てて辺りを見回す。
「どこに消えたの!?」
「ここだ!」
背景の中から長い舌が伸び、ミューを拘束しようとした。
そのとき、遠くからマジカルメグの声が!
「マジカルカノン!」
またぶっ放しやがったそ、おい。
反射的にミューは伏せた。
「ぎゃぁぁぁぁっ!」
光線の中に浮かび上がるカメ・レオンと悲痛な叫び。
黒コゲになったカメ・レオンは床に倒れながら、最後の力を振り絞って遠くにいるマジカルメグに向かって手を伸ばした。
「範囲攻撃なんて卑怯だ……ぞ」
ガクッとカメ・レオンを気絶した。
敵の姿が見えなくても、範囲攻撃しちゃえば問題なし♪
マジカルメグはミューに背を向けて歩き出し、こう言い残して消えた。
「止めは貴女に任せるわ、プリティミュー!」
残されたミューはハンマーを大きく振り上げて、床に倒れるカメ・レオンに問答無用の一撃!
「マジカルハンマー・フィギュアチェンジ!」
フィギュア化されたカメ・レオン。これで一件落着だ。
と、ミューが思ったのも束の間。
生徒たちが壇上に押し寄せてきた。
「やっぱりミユがプリティミューだったんだ!」
「一緒に写メ撮ろうぜ」
「ねぇサインちょうだい!」
「今日の下着は何色、ゲヘゲヘ」
なんか変態が混ざってる!?
ミューは生徒たちに取り囲まれもみくちゃにされた。
「きゃっ、今あたしのお尻さわったの誰ぇ〜ッ!」
こうして事件は一件落着した。
――秘密結社ジョーカー帝都支部。
「おぇぇぇぇ〜っ」
ゲロ大佐……じゃなくってゲル大佐は死にそうだった。
なんだかバケツにリターンしてしまった食物に赤いモノが混ざりはじめている。
ゲッソリやつれたその顔は、以前の面影ゼロ。干からびたゾンビみたいな顔になってしまっている。
点滴のパックも大きくなり、ベッドを囲う医師団は増量、24時間態勢で監視だ。
医療機器に表示された心拍数が……消えそうだ。
最初は心労だった。
それのせいで風邪を悪化させ、さらに肺炎になり、さらに心神耗弱。
吐き気、頭痛、腹痛、全身の怠さ。
さらに今度は――。
「嗚呼、時が見える」
幻覚まで見えはじめた。
ベッドの脇に置かれた小型通信機に映し出されるシルエット。
《だ、大丈夫かゲル大佐?》
声はいつもの低音ボイスの首領エックスだが、今日はまったく威厳がない。
あまりのゲル大佐の死にそうっぷりに、さすがの首領エックスも動揺しているのかもしれない。
「申し訳ございませんしゅっ、ゲホゲホッ、うぇぇぇ〜おぇぇぇぇ〜!」
通信機にモザイク機能がなかったために、モロ出し映像。
《オェェェ〜ッ》
首領エックスもつられて吐いたようだ。
通信がプッツリ切れた。
ゲ○臭が漂う室内に甘い香りが流れ込んできた。
これは……ハチミツの香だ。
その匂いを嗅いだゲル大佐はバケツを手に取った。
「うぇぇぇ〜っ」
今のゲル大佐に食べ物の香、特に甘い香はNGだった。
「大丈夫ゲロたん……じゃなかったゲロたん?」
妖精のような羽を持つ少女が立っていた。
頭から伸びる2本の触覚と見せかけてカチューシャ。トラ柄クルクル模様のブラと、同じ柄のお尻に装着されたポイズンポットと毒針セット。その姿は妖精というより蜂少女だった。
ゲル大佐は死にそうな顔を蜂少女に向けた。
「ミラクルハニーか……ゲホゲホッ!」
「大丈夫ゲルたん? 喉痛みにはハチミツが1番だよっ!」
「おぇぇぇ〜っ」
甘ったるいのを想像しただけでバケツ一杯いけた。
もうゲル大佐にはしゃべる気力も体力も残されていなかった。
今夜が峠かもしれない。
こうなったらミラクルハニーがやるしかない!
「アタシ頑張ってくるから早く元気になってねゲロたん!」
羽音を立ててミラクルハニーが消えたあと――。
「うぇぇぇぇ〜っ」
いつまでもゲ○の音が鳴り響いていた。
次回までゲル大佐は生きていられるのか!?
それともミューと直接対決もしないままに逝っちゃうのか!?
早く元気になって全国のファンの前に揺れる爆乳嬢王様として帰ってきてください!
あっ、ミユはすっかり忘却してるけど、ワトソン君とママってどうなったの?