戦う覚悟
「私…………は………」
――どうすればいいんだろう。
――戦いたくない。けど、皆にこれからずっと繰り返させてしまうのは……。
「…………」
何も答えられない由姫を見て、篠音は席を立った。
「今、無理にとは言わないわ。私たちと違って、狙われる本人なんだもの。ゆっくり、考えて。………ただ」
篠音は壁に掛かっているカレンダーへと視線を変える。
「今日が………うん、来週までに答えてくれると嬉しいな」
「あ、はい、わかりました、大丈夫です……」
「うん、よろしく。……梨奈、そろそろ行こうか」
「ん、ちょうどいい感じの時間だね。………あ、皆はどうするの?」
「うーんと………皆、今日の部活はお終いにしちゃっていいよ。私たち、行かなきゃいけないところあるから」
「夜斗君、先帰ってて。あ、汰火の手伝い行っても良いよ」
「わかりました」
「それじゃ………由姫ちゃん、また明日」
「あ、はい、お疲れさまでした…」
「お疲れっした」
「あ、篠音、私明日来れないから」
「了解です。……じゃあね~」
「お疲れさま」
篠音と梨奈は荷物を持って、部室を出ていった。
しばらく経ってから夜斗が席を立った。
「あれ、夜斗先輩。どこ行くの?」
「ちょっと汰火の手伝い行こうかなって。由姫さんたちはどうする?今出るなら、僕が鍵閉めるけど……」
「あっ、はい、出る、今出ます!!」
「鍵閉めお願いしゃす、先輩」
由姫たちも急いで席を立ち、荷物をまとめた。
2人が部室を出てから、
「じゃ、閉めるよー………っと」
「ごめんなさい、いつも……」
「いいよ、由姫さん。……まぁ、3学期になったらそろそろやろうか」
「はいっ!!」
「了解っす」
「じゃ、お疲れさま。また次の部活で………」
由姫があっ、と声を上げた。
「どした、由姫?」
「さ、沙夜裡さんは??中にいなかったっけ……?」
――中には、まだ沙夜裡さんいたのに………締めて良いの!?
そんな由姫の不安をよそに、夜斗は笑顔で答えた。
「ああ、大丈夫大丈夫。中で作業してるだけだから」
「えっ、だから、締めて良いんですか!?」
「全然大丈夫だよ?……まあ、心配しなくて大丈夫だから安心してね?それじゃ、お疲れさま~………っと、そうだ、由姫さん」
「はい……?」
どうやら、由姫はまだ沙夜裡の事に納得していないようだ。
「だから、大丈夫だって……。能力の事、ゆっくり考えてね?無理強いじゃないし、危険だから。……じゃあね~、お疲れさま~」
夜斗はひらひらと手を振って、校舎の方へと向かった。
「…………」
由姫はじっと、その姿を見ていた。
透はふうっ、と大きくため息をついて
「あたしも同じ意見だな。ゆっくり考えろよ、由姫」
「………とーちゃんは」
「んー?」
「とーちゃんは……どうするの……?」
透はしばらく間をおいてから、
「……参加する。ちょっと、色々あってな。ま、だからって由姫が参加する必要は全くないからな?とりあえず、よく考えることだな。自分がしたいようにすりゃ良いんだから。あたしら、まだ中学生始めて1年も経ってないんだぜ?自由に、好き勝手やったって文句言われないだろ。…………よし、じゃあ、あたしもそろそろ行くか」
「え、一緒に帰ってくれないの!?」
ものすごく残念そうに由姫が叫ぶ。
「あ、言ってなかったか……。今日、ちょっと用があんだ。だから……悪いと思ってるからさ」
「うう………仕方ないなぁ……。ばいばい」
「……じゃーなっ」
いつもの帰り道とは真反対の方向へ歩き出す透を見送ってから
「………私もそろそろ帰ろっかな」
いつもの帰り道の方向へ体を向け、歩き出そうとしたとき少し冷たい風が吹いた。
「…………さむっ。もう、秋も終わりそうだしなぁ………次は、冬。そしたら………春かぁ~。春……桜の季節、か…」
空を見上げてから、由姫はいつもの笑顔に戻り
「うんっ、早く家もどろっ!」
歩き出し、しばらくして校門が見えたとき、人影も見えた。
――あれ、もしかして……。
「遅い……。いつまで待たせるつもり?……別に良いけどさ………」
由姫を見つけると、その人影は話しかけた。
――咲ちゃんだ!!
「………聞いてる?……もしかして、私が誰かわかってなかったりしてる…?」
違う、と言おうとしたがなぜここにいるのか、などの衝撃があり、声に出せなかった。
「私よ、私。咲。神城咲。………覚えてないの?」
いつもの無表情から少し残念そうな表情に変わった――ような気がする――が、やはり無表情に見える。
由姫はあわてて、
「お、覚えてるよ!!なんで学校にいるのかな、とか色々衝撃があって言葉が出なかっただけ……」
「そう。なら良いけど」
「で、どうして学校に…………あれ?」
由姫は、ふと言葉を止める。
――咲ちゃんって、なんとなく、だけど……。
「さ、咲ちゃん」
「何?」
「咲ちゃん………私と同じ、中学生だよ、ね?」
「そうだとしたら……何か問題ある?」
――大ありでしょ!!!
「が、学校は?」
「………行ってないわ」
「な、なんで?」
「何だって良いでしょ。私は私の都合で学校に行かないだけ。都合の中に学校行かなきゃいけなくなったら行くわよ」
「そ、そんなんで良いのかな……」
咲は少し苛立ったような声を出し
「うるさいわね……。由姫、あなたにとやかく言われる筋合いは無いわよ。…………それに、行かなくても良いって言ったのは由姫だし………」
咲が最後にぽつりと言った言葉が、由姫には聞き取れなかった。
「え、咲ちゃん、今なんて……」
「何でもない。……それより、由姫。あなたが何を言われたか知らないけど………戦いには、参加なんかしちゃだめ。絶対に」
「え………」
「あなたが戦いに参加したところで、何が変わる訳じゃない。由姫が苦しくなるだけ。そういうのは、他人に任せておけばいいの。由姫がどうしてもしなきゃいけないこと、じゃない。むしろ、戦い慣れてないのがいきなり入ってきたって無意味よ。足手まといになるほか無い。それで、周りの大切な人達が死ぬところ、見たい?見たくないでしょ?わかったら、戦いには参加しないこと。良いわね?」
咲に言われたのは、いきなりすぎて由姫の頭がその言葉を理解したのはしばらく経った後だった。「え、え、えと………」
「何?まさか、戦いに参加する気なの?」
「ち、違うよ!?ただ、なんでその話知ってるの?それに、私が能力持ちだって事も……」
咲は一瞬、目が泳いだ。由姫はそれに気づかなかったが、明らかに一瞬、動揺か何かが咲の中で起きた。
「………そんな事、どうでも良いでしょ?知ってるから、知ってる。ただそれだけの話じゃない。とにかく、私が言いたいのは戦いに参加するなって事よ。良いわね?絶対よ?じゃなきゃ………」
咲は少し寂しそうに空を見上げ、
「………痛い目見るよ?」
「…咲ちゃん、どうして、そんな事……」
「…………何でもない。最終的に決めるのは由姫だけど……私としてはやめた方が良いと思うけどね。………悲劇は、繰り返さないべきよ」
咲は胸に手を当てる。そして、中からある物を取り出した。
それに、由姫は驚愕した。
「……?どうしたの、由姫?」
それは、どこか懐かしいような。記憶の片隅にある、何か。
由姫も似たようなのを持っている。
形は違えど、雰囲気は似ている。
――あの、咲ちゃんが持ってる、物は――
「さ、咲ちゃん…。その、ペンダント………」
「ああ、これ?ちょっと、所用でつけててね。しばらくは外せなさそうなんだけど…。これが、どうしたの?」
咲が取り出したのは星の形のペンダントだった。
淡いピンクの色だ。
「……わ、私も、似たようなの、持ってて…………えっと、これ…」
「?………っ……!?」
由姫が取り出した月のペンダントを見た瞬間、咲は目を見開いた。
「月の………ペンダント…!?なんで……………っ、まさか……」
「咲ちゃん…?ど、どうしたの?」
明らかに様子が変わった咲を見て、由姫はうろたえる。
――何で、咲ちゃんこれを見た瞬間、急に様子が変わったんだろう…?
「月の力………星の力………そして、冬の夜桜…………っ、嘘でしょ…。先手はもう、打ってあるって事…!?……黒幕は誰だ……?一体、誰が指示を出して………このシナリオを作り上げているの…!?」
ぶつぶつと呟きながら更に様子の変わった咲に由姫は声をかける。
「さ、咲ちゃん、だから、どうしたの……」
咲はハッとした。
どうやら、由姫がいる事をすっかり忘れていたらしい。
「………由姫、さっき、私。あなたに、戦いに参加するなって言ったわよね?危険だからって」
「う、うん……?」
「それは、さっきと変わらない。……けれど、今、あなたがそのペンダントを持っていることの方が危険。……正確に言えば、あなたがそのペンダントを手放してしまうかもしれない、という可能性が危険。………だとすると…あなたは、戦わなきゃいけないのかもね。そうなるように、仕組まれてるもの。……私は、あなたが無事でいれば他は何だって良い。………もう、あんなこと起こしたくないしね。けれど、あなたが戦わなきゃいけない時…力になるのは、悔しいけど………あなたの仲間。つまり、桜部の部員であることは確か。だから、私としてはあまりお勧めしたくないんだけど………自分が背負うものを重いもの、として答えを出して。あなたがどんな決断をしようと私は…………」
咲は由姫の方に歩み寄り、手を握った。
「えっ………」
「私は、あなたを守ってみせる。必ずね。だから……後悔しない、選択をしてね。………ごめん、私今急遽行くべきところが出来たわ。……じゃあね」
咲はそう言うと、校門の方へ走っていった。
「咲ちゃん………?」
由姫はそんな咲を見て、少しの不安に駆られる。
――このペンダントが何だって言うの……咲ちゃん………何なの………!?
「――ごめんね、急に……しかも、夜中に………」
「いいえ、問題ありません。私も、少し由姫と話したいと思っていて…電話をしようか悩んでいたところでしたから。………それで、何かあったのですか?今もそうですが………朝から、あまり元気がないように見えますよ?」
由姫は心の中で、ため息をつく。
――昔から一緒にいるってだけで、そこまでわかるものかな…?それとも、私がわかりやすいのか……。
――どっちもあり得るかな。由ちゃんが鋭い、っていうのもあるし……。
「うん………ちょっと今、悩み事があって……」
「どうしたのですか?私で良ければ聞きますが…お母様のことですか?」
「う、ううん、ママの事じゃないよ。私自身の事……と、言うか…私の、私にもわからない怖い部分、っていうのかなぁ……」
「由姫自身の……由姫にもわからない、恐ろしい部分…?」
「ご、ごめんね、意味わかんないよね………」
そうだよね、と心の中で一言付け足す。
しばらくの沈黙の後、口を開いたのは由だった。
「………いえ、よくわかりますわよ?自分の中にある、自分でもわからない、けれども大きくて、強くて、よくわからなく、恐いもの……」
私にもありますから、と少し笑い声を含みつつ言った。
「ゆ、由ちゃんもあるの?由ちゃんみたいにすごい人でも?」
「私なんかすごくないですって。………ええ、あります。日頃感じていますよ。とてつもなく大きく、恐ろしい……。まるで、それに支配されているようで全く良い気持ちになれません。…いえ、させないようにされてる見たいです…」
由姫は全くの同じ意見に思わず大声を出しそうになったが、なんとか持ちこたえた。
「そ、そう。それなの。………あのね、由ちゃん。長くなっちゃうんだけど…………聞いてくれるかな……?」
恐る恐る聞く由姫に、由は優しく答えた。
「………今更、何を言うのですか。昔から、そのような相談、ずっと由姫から受けていますよ。たまに、透からも受けますね。…相談なら、何でも良いです!どんなに突拍子な事を言っても………しっかりと、受け止めて見せますから!!」
由の頼もしい発言に、由姫は少し目を潤ませた。
手でその涙を拭ってから、
「……あ、ありがとう。じゃあ、ちょっと長くなっちゃうんだけど、話すね」
由姫は深呼吸をする。
――今日、由ちゃんに電話したのは覚悟を決めるため。私の気持ちの整理と共に――
――ちゃんと、見つけたかったから。聞いておきたかったから。後悔なんて、したくないから――
「あのね……わかりにくいからたとえ話にするね。最近、超能力を持っちゃった子がいてね。その子は……過去に戻れる力を持ったの。けど、そんなこと誰に話すことも出来ないと思って学校に行ったんだけど………部活の仲間や先輩もそう言った超能力を持っていることがわかったの。それで、その子は先輩たちに言われるの。『自分を守るために戦わないか』って。けど、その子はすぐに頷けなかったの。何でかって言うと……その力を暴発させちゃって、皆をさらに苦しめることになっちゃったら………その子は、もっと自分が苦しくなっちゃうから」
「………優しい方、なのですね」
「うん。……それでね、先輩たちには『あなたにしかできないことだってある』みたいなことを言われるの。その子、さらに頷けなくなっちゃって。自分にしかできないことがあって………それを失敗しちゃったら、とか考えちゃってね。だから、すぐに返事はしなかった。先輩たちには自分に後悔が残らないようにって言われたんだけど……その子からすれば、どっちも後悔が残るんだよね」
「戦うことになったら……皆を苦しめてしまうかもしれない、と言う後悔。戦わなかったら……自分にしかできないことを放棄してしまう後悔。どちらにしろ、後悔はあるんですね」
「そういうこと。でね……1人だけ、違う意見の子がいたの。その子に対して、絶対に戦うなって言ったの。理由は、それっぽいことを言われたんだけど………詳しくは、言われなかった。ただ、必死に戦わせないようにしてたみたいで………更に困っちゃって。…あ、ただ、その2人に共通するある物があってね?」
「ある物、ですか?」
「うん。それを見たら、相手の子はなんだか動揺?しちゃって………少し意見を変えて、『あまり戦ってほしくはないけど、戦わなきゃいけないのかもしれない。最終的には後悔しない選択を自分で選んで』みたいなことを言われて……。もう、わけわからなくなっちゃったの。………長くなっちゃったけどさ。つまり、私が聞きたい事って言うのはね…………」
由姫は少し間を置いてから口を開いた。
「……自分にしか出来ないことがある。同時に、自分が動くと周りが傷つくことがある。戦わなきゃいけないんだと思う。……けど、周りが傷つくのだけは………耐えられないの。……由ちゃん。由ちゃんだったら、どうする…?」
「………そうですね。答えは決まっているのですが……少し、時間を頂いても?」
「あ、う、うん」
電話の向こうの由は何も言わなくなった。考えているのだろう。
――自分でも、何を言ってるんだって思う。けど、他人に聞いてみるのが一番だと思う。何も知らない、関わらない――
――由ちゃんみたいな、普通の一般人に聞けば、きっと答えがわかる――
「お待たせしてすみません。答え、決まりました」
「ほ、ほんと?由ちゃんだったら、どうするの?」
「私でしたら………戦いますね。絶対に。…まぁ、その違う意見を言った方には申し訳ないのですが……」
「た、戦うの?な、何で?」
「自分にしか出来ないことがあるのでしたら…………やらないわけにはいかないでしょう?もちろん、周りを傷つけるかもしれない……と言う不安はありますわ。けれど、その場合は自分が守ればいいんじゃないかと思います」
「自分が………守る……?」
――どういう意味――?
「自分自身が強くなり……周りの方々全てを守れるくらいに強くなれれば………後悔は、薄れると思います。もちろん、少しは残りますが……戦わずに、自分に出来る役目を放棄するよりかは後悔しないと思います」
由のその言葉を聞いた途端、由姫の中にあった絡まっていたものが全てほどけ、一本の線となった。
その線の行き着く先は――
「……由ちゃん」
「はい、なんでしょう?」
「ありがとう。私……やっと、わかったよ……!」
「由姫の力になれたのなら嬉しいです!………では、また明日。お休みなさいませ……」
「うんっ、また明日!お休みー!!」
由姫は通話を切り、空を見上げた。
明日へ希望を持って、月と星が光り輝く空を見上げた。
END




