プロローグ
大陸の四分の一を占める大国、ライドナリア帝国。
その辺境の漁村アムーカに、帝国一とも言われる凄腕の鍛冶師がいる。
名をカルバン。かつては冒険者としても一騎当千と歌われた男であるが、今は当時の相棒であった女魔導士アルカと結婚し息子2人と娘1人の計5人で暮らしている。
持つ者一人一人に合わせた最高の武具を作り、武具以外でも包丁や鋏などの金属製品はその筋のプロが愛用してる事でも有名だ。
そんな有名な鍛冶屋には、ある「知る人ぞ知る」という物が存在する。
そしてそのオプションを一手に引き受けてるのは…
「おーい、カレア!例のアレをご所望の客だ!」
「はいはーい!今そっち行くよ、父さん!」
今年で16になる未だ年若い彼の娘なのである。
付与魔法という物がある。
読んで時が如く、魔法の効果を物体に付与すると言ったものだ。
複雑な紋様を刻み、その紋様に沿って魔力を流し込み魔法を定着させる、字で書くと極端に難しい様には見えないかもしれない。
しかし実体は
・非常に精緻な紋様を刻む必要性
・刻む材質の難易度
・線を一本間違えるだけで効果がない、どころか危険な効果に早変わり
・短剣一本に魔力を流し込むだけで、一般の魔導士なら気絶するレベルの魔力消費
・魔力の流し方にすらコツが必要
等々問題が多数。普通なら扱えるのはある程度研鑽を積んだ魔導士なのである。
「え…?あの…付与魔法を頼んだはずなのだが…。」
「おう、確かにあんたは付与魔術を頼んだな。」
「では、この娘さんは…?」
「おう、俺の娘だ。で…」
「あなたが頼んだ付与魔法の担当ですよ。」
だが、例外という物は何処にでもある。
例えば、超が付くほどの精緻な紋様を刻める才能の持ち主。帝国にも複数人居るが、いつも方々の勧誘の嵐である。
例えば、紋様を刻む専用の魔道具(魔力で動く道具)を作る者。こちらはそれなりの数が居るし、魔道具自体も数があり一部の簡易付与魔法なら工業的な大量生産も可能になっている。
例えば、常人の数十倍の魔力を保持している者。魔力の流し方には確かにコツが要るが、圧倒的な量の魔力を流し込めば強制的に定着させることも可能である。まぁ、流石にそのレベルの魔導士となるとあまり数が居ないが。
「ほ、本当にか?」
「何なら見本を見せるか?…よっと、これとか娘が仕上げた品だぜ。」
「ふむ…?…な、これほどの物を…!?だが、本当にこの娘が?」
「お代は完成した物を見てからの後払いでも構いませんよ?」
「いや、確かに有り難いが…。……ええい!物は試しだ!お願いする!」
「分かりました。ではあちらで細部を詰めましょうか。」
「ああ。」
彼女はそのどれにも該当しない。
しかし、彼女には常人の10倍程度の魔力量と一つの「力」がある。
「では確認させていただきます。物はレイピア、付加は威力上昇、高耐久、使用者の速度上昇、使用者の自動回復の計4つですね。」
「そうだ。」
固有魔法…100人に1人程度の割合で持つ者が現れる、その者固有の魔法。
彼女の持つ固有魔法は「転写」。図柄等を元絵から読みとり、物体に転写する能力。
「ではお代の方ですが先も言ったとおり後払いで構いません。大体の値段として剣の基本料金に4つ分の付加魔法を刻む技術料込みで…大体これくらいですね。」
「え、安くないか!?」
「これは元々メインのオプションではありませんし、なおかつ裏メニューですからね。そのかわり大々的に宣伝するのは無しで、という口止め料的な意味も兼ねてます。」
「なるほど…。」
「では5日後にまたいらしてください。完成品をお渡しします。」
「分かった。よろしくお願いする。」
「お任せください。期待以上の品に仕上げて見せましょう!」
これは彼女が能力を駆使して付加魔導士として頑張る、そんな物語。