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第08話 娘の弁当

よく考えたら、もう回想は終わっててもよかったっぽいので、区切ります(ノ∀`;)



区切っちゃっていいのか!?って不安もありつつ…………

────と、いう回想でした。


チャイムが鳴り、私の長いようで一瞬の回想はブチッと断ち切られた。


この3日間で何か色々とあった気もするけど、ロータリーの降車スペースでボンヤリしている訳にはいかない。教室に向かおう。



教室に入ろうとすると、昨日の朝とは少し違う騒然さに気がつく。


何事かが起きたのかわからないが、それは丁度「終わった」ところみたいだ。私が頭の中に大量の“はてなマーク”を発生させながら席につく。隣の悟桐鳳渡は何故か憮然としたような顔していて、怯えた私は思わずビクっと反応してしまった。


「ふん──」


彼は、私を軽く睨むと、いつものようにそっぽを向いて、窓の外を眺めていた。



授業は、歴史だ。「しずか」は割と得意だ。時代劇マニアだから。歴女ではない。


私が歴女ではないと拘るのは「史実の人物に萌えない」からだ。ドラマや映画の劇中の人物を演じる役者さんには「萌える」。


役者さんの演じてる「役」には「クる」。しかし、役柄の元ネタになっている歴史上の人物には「こない」のだ。


こういう風に例えてみると、どうだろうか?


……“マリー・アントワネット”の逸話を、ベースに作られた今風の神アニメがあるとしよう。


実在のマリー・アントワネットには「萌えない」が、ヒロインの“まりーたん”には「萌える」……と言えば、納得できる男性諸氏は多い筈。


そういうことで、「史実の人物に萌えない」私は歴女ではないのだ!


──授業中に、そんなことを脳内で、どーてもいいコトを思い切り力説されても困るんですが……?


もうすぐ、到達度診断試験ですよ?と「せりか」がいう。まあ、一通り試験範囲をおさらいしておけば、大丈夫だと思う。


中2か中3あたりから、もしかすると授業を真面目に受けないとマズいかもだけど。


      ★ ★ ★


竜堂剛は、社長室でブルブルと震えていた。傍からみると、それは秘めた激烈な怒りに身を震わせているようにも見える。


社長室といっても、スペースは執務室、応接室、控室に分かれている。控室は、剛が着替えたり休憩や食事をとったりする場所だ。


控室というには豪華なテーブルのイスに剛は腰掛け、あるものを睨みつけているのだ。


傍らに立つ秘書室長の井吹は、タメ息をついて、やんわりと促した。


「社長、早く昼食を済ませていただかないと」


要するに『とっとと食えや!ボケェ!』という意味合いを丁寧に催促したのだ。なぜなら、似たようなセリフを5回も言えば、内心だんだん穏やかならざるモノが蓄積してきたりするのである。


「うむ……」


剛の睨みつける先には、地味といってよいお弁当包とおしぼり入れと小さい水筒が、ちょんと置いてある。この社長室の中で異彩を放っている。


──今朝から様子がおかしかった。


屋敷に迎えに行った時に、(付き合いの長い者にしかわからないが)機嫌の良さそうな剛は、愛用のアタッシュケース以外に、モスグリーンと白の帆布でつくられた小さめのバッグを持っていた。


いつものようにアタッシュケースを受け取る。当然、そのバッグも渡されると井吹は思って待っていたが、剛は当然のように手渡すつもりもなく井吹が車に乗り込むのを待っていた。


妙な間が空いたあとに尋ねると、そのバッグを自分以外が触れることは断じて赦さん、とかなり物騒な口調で剛は答えた。


その時点で優秀な秘書である井吹は、ある確信を得る。そして不安になる。が、見送りに来ていた妻である碧衣が満面の笑みで頷くのをみて、不安はひとまず飲み込む。


そして、剛は午前中のいかなる商談でも会議でも、そのバッグを肌身離さず持ち続けていた。そして今に至る。


──昨日の深夜。電話で、経団連会長の昼食会をドタキャンすると言い出したときには仰天したが、こういう事だったのか。


剛は、まるで外科医のように慎重に、結ばれた布をほどいていく。そうっと、労るように包を開く。


井吹は『そこまで、丁寧にやらんでも弁当箱は壊れねえよ!』というツッコミを飲み込んだ。


中には男性用と思われる少し大きめの竹製の渋い弁当箱と、杉の箸箱が入っていた。


ぐっと拳を握りしめると、目を閉じて天を仰いで、剛は何かの情動に打ち震えている。


──いや、そういうのいいから、早く蓋を開けて食えよ!


ひとしきり感慨に耽ったところで、剛は微かに震える手をのばす。

ぱちり、と蓋があく音。そうっと持ち上げていく。


「……ふぉう」


剛がおかしな嘆息をもらす。


井吹の一抹の不安を払拭するように、弁当箱の中身をごくごく普通のものだった。だが、逆に疑問も湧く。


これだけの挙動不審な社長を見れば、誰の手製の弁当か自ずと候補は限られる。……というか、2人くらいしか井吹には思い浮かばない。


奥様か、お嬢様のどちらか、だ。


しかし、井吹はこの二人が、全く料理ができない事を知っている。だから、不安に思ったのだ。──食べて大丈夫なのか?──と。


このちゃんと美味しそうに見える中身を作れるのは、あの家では、後は……若様という線もなくなはない。しかし、若様の弁当で、社長がここまで阿呆のように喜ぶとは考えにくい。


朝の時点で、「ふふふ、これか?これは息子が作ってくれたんだ」と普通に喜びながら言いそうだ。


「──いただき……ます」

まるで宣戦布告するような声音で剛は食事をはじめた。


「……んぉ……くぅ──……おう……おおぅ!……」


周囲のことは全く忘れ去ったように、夢中になって食べている。時折、感嘆の声を漏らしたり、あっという間に食べ尽くしては勿体無いと思ったのか必死に自制してみたり、でも誘惑に負けてみたりと忙しそうだ。


財閥の頂点に立ち、時に冷徹傲慢とも言われる辣腕をふるい、時に多くの人の困難に陰ながら手を差し伸べる──厳粛で孤高なる支配者、そんな竜堂剛が、歓喜の涙に噎びながら、ごくありふれた弁当を頬張る姿は……他の人に見せられたものではないな、と井吹は思った。


あっという間に、半分ほど平らげた剛が、唐突に叫ぶ。


「う、うまいっ!!うまいぞおおおおお!!」


──どこの味皇だよ!?


さらに、猛然と残りが食べ尽くされていく。まるで、全て舐めとったのではないか?と、いうくらいのピカピカの完食であった。


「……ごちそうさま」


恐ろしく穏やかな顔で剛は手を合わせた。


「……お嬢様のお手製のお弁当ですか?」


井吹が尋ねると、水筒のお茶をすすりながら、年に数回も見られない笑顔でにこやかに頷いた。


…………。




「どうやって、お父様を説得……したんですか?」


「ふふふ、切り札は……できれば、ご褒美にしたかったのよね……でも、殺し文句は使ったわよ?」


「それは……ど、どういう??」




──あなた……娘の手料理、食べたくないの?




そして、父親は今朝、その“ご褒美”を受け取ったのだ。



      ★ ★ ★


お昼休み。私は、自分の席で地味な自家製のお弁当を食べている。

今日は一人だ。みかっちはお友達とお弁当を持って教室を出て行った。


出て行く時に、一瞬こっちをみて「ごめんっ!」ってジェスチャーをしてた。


ともあれ、普通のお弁当になって、一安心だ。あんな、どこかの懐石料亭謹製みたいなお重じゃ、悪目立ちしてしょうがない。


お弁当箱とかは、今朝、メイドの乃愛(のあ)さん──相良の若奥様だ!!──が、2組用意してくれていた。お母様が「今晩中にオトすから、揃えておいてちょうだい」と命を受けていたらしい。


乃愛さんの趣味は、とても良い。

昨日もらった箸セットも絶賛愛用中だ。

やっぱ、あの可愛い箸袋は、乃愛さんが縫ったんだって!


今日のおかずは、さわらの味噌焼き、卵焼き、小松菜の胡麻和え、筑前煮、茹でたブロッコリーにプチトマト、ポテトサラダ、果物少々といったところ。


お父様の分は、野菜多めでヘルシーな感じにしてみた。私の方は、そもそも少食で、お父様の半分以下なので、バランスよく。


実は、『はじめてのお弁当』 って本に出てたまんま。別に見なくても大丈夫なんだけど……。本の通りに、鈴木に手伝ってもらいながら、ゆっくり目に作った。


作り終わると厨房はシーンとしてた。そして案の定、言われたのだ。「本当に料理始めてですか??」と。


「そ、それは、この本に書いてあるとおりに……作っただけで」


厨房の皆は、ものすごく釈然としていないようだったけど、とにかく、そういう事にした。


ペットボトルのお水を飲みながら、ふと思った。


……お父様、美味しいって思ってくれるかなぁ??



昼食を終えて、後片付け(お弁当箱を洗ったり、お手洗いとか行ったり)を済ませて席に着くと『はじめてのお弁当』を机の上に広げた。


ふむー、あれもこれも作ってみたいんだよなぁ……。


ペラペラとページをめくって思案する。


料理作るの久々だし…………


…………あれ??


なんで久々なんだ??


ページをめくる手を止めて考える。確かに、私は『料理するのは久々』で、それを「楽しい」と思っている。


「しずか」の記憶は29歳のところで、突然ぶっつり途切れている。そして6日前の記憶を取り戻したところに繋がっている。


タイムラグはない。「しずか」の記憶を言葉にするとこうだ。


『晩酌の缶チューハイとおつまみを買ってコンビニを出ようとしたら、瀬梨華になっていた』


……ポルナレフ状態に陥りそうなのは、ともかくとしてだ。タイムラグがないのに、久々と感じているのは何でだろう?


なにか……大事な事を、忘れてる、ような気が……するんだけど……。


いま、ウンウン唸って考えても、答えがでなさそうなのは確実だ。もう少し何か思い出してから、悩むことにする。


とりま、明日のお弁当の献立を、悩むことにしよう。



そして、6時間目が終わり、向坂先生が幾つか連絡事項を告げる。


「…………えー、再来週の遠足のプリントを配る。ご両親に必ず見せること。いいな? じゃ、次は…………」


ほえ?遠足かぁ……楽しみだなあ。


何種類かのプリントが回ってくる。連絡ノートに幾つか大事な事柄を書き留める。遠足のお知らせ、PTA通信、図書室だより、OGのコンサートのチラシといったものを連絡用のクリアケースにしまう。




この時、2週間後の遠足までの間に、大変な状況に陥ってしまうのを、まだ知らない。





読んでくださって、ありがとうございます。


ちょっと短いですが、切れ目が良いのでこの辺で。

短かった分、早めに次話をアップしたいなぁと思っていまっす。


それでは、次回もよろしくお願いします。

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