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第06話 みかっち

相変わらず回想中です。

第2日目。昨日ほどイベントてんこ盛りという訳じゃなかった。

毎日そんな調子だと、こっちが疲れ果てちゃう。


とりま、寝る前に取り替えた湿布を剥がすと、昨日、三枝さんにストロングなビンタをされて盛大に赤くなってた左頬は、いつものツルツルでエレガントな状態だった。とりま、大事にならなくて、よかったよかった!


それから、お母様と昨夜相談した件は、今も交渉継続中らしい。お父様は、かなり目に頑固だから仕方ない。

まだ秘策の一撃必殺の切り札は、使ってないとのこと。お母様としては、娘の事を考えて自発的に譲歩してほしいみたい。


そこで、私は「お弁当リニューアル作戦」のオプションプランを、前日の夜に仕込んだ。……と、いっても相良に頼み事をしただけなんだけどね。相良の個人所有で適当な大きさのプラスチックの密閉容器、大きめの無地のバンダナ、それから割り箸。ミネラルウォーターのペットボトル。


要するに、お弁当詰め替えちゃえってことね。ちょっと申し訳ないけど。


家をでるときに、いつものように玄関ホールのソファで、寛ぐお父様を観察したけれど、お母様の言う「自分の作ったお弁当箱が、娘にちゃんと使われているのを、見て喜ぶ」なんて要素は、憮然としたお父様のどこにも見当たらなかった。……夫婦だから、わかることもあるのかなあ……。


とりあえず、玄関を出て通学用の車まで、総執事の二階堂様に手をとってエスコートしてもらう。二階堂様成分を、堪能しつつ十二分に充填。


相変わらず通学の車内では、お兄様は吹き荒ぶような無言の圧力を、私に掛けまくってくる。脳内で二階堂様祭りを開催してやり過ごす。


学苑に着き、お兄様が降りるところで、私は相良に少し話があると車に残る。ロータリーの降り口に停まっていると迷惑になるそうなので、ロータリーの隅に移動してもらって、車中で詰め替え作戦実施だ。


「お嬢様、これが依頼の品です」


小さい紙袋を渡される。お弁当箱の代わりのブルーの蓋のコンテナ容器と、緋褪色の無地の布。それから、紺色の布でできた箸袋。それに収まった柿渋色の竹の箸。それとペットボトル。


「あれ?……この箸は?」

「ちょうど、買い置きの新品があったので」


お。この箸袋……手製じゃないか??縫製が丁寧だし……商品タグっぽいのも付いてない。


「コレ……相良の奥さんのお手製?」


恥ずかしそうに「ええ」とか何とかいって頷くと、相良は前を向いてしまった。


ちくしょーー!いいなあっ!!新婚!!くっそー羨ましすぎるううう!!


心の中で、たしたし!と座面を叩いて、悶てしまう。勿論、そんな情動は表情には一切でない。場合によっては便利な超硬度の鉄面皮は、今日も絶好調だ。


はにかむ様子の相良を見ても微笑ましい感じで、「もげてしまえ」とは思わないから、やはりそこは、相良のお人柄だろう。お兄様とは違う。


「相良……ありがとう。拝借します」


相良の奥様は、ウチのお屋敷でメイドさんをやっている。こう……いわゆる小動物系の「守ってあげたくなる」感じのとても可愛いひとだ。そして、私の担当だ。


昨日の朝、私の態度が激変したことに驚いて、怯えてた。他のメイドさんみたいに逃げなかったのは、さすが相良の奥様というところか。


……うう、何かした訳じゃないけど、悪いことしたなあ……。


今朝も「自分で着替えたい」って言ったら、仕事をさせて下さいと悲しげに懇願されてしまったし……。少し落ち着いてきたら、ちゃんと謝って、箸のお礼もしよう。


さっそく箸を取り出すと、ささっと、ミニ松花堂弁当(in父特製お重箱) の中身を、プラスチックの容器に移し替える。とはいえ、適当に詰め込むのではなく、彩りや食べる順番を考えて、綺麗に詰めていく。


ほら、出来たっ!うん。上出来。


ちゃんと、お弁当っぽい感じになった。まさに昔取った杵柄というやつ。OLだった「しずか」は何年も、毎日自分のお弁当を作ってたし、実家の精肉屋のお惣菜コーナーの手伝いも、何年もやってきたからね。


「お嬢様……手慣れた様子で……なんだか、お上手ですね……」


ちらりと私のお弁当を覗いた相良が、心底感心したように言った。うっ……料理もしたことない瀬梨華で、これは……ちょっとヤリすぎたか?


アハハ、たまたま、かな?とか何とか言って、誤魔化した気がする。すまん相良。


空になったミニ松花堂弁当(in父特製お重箱)と、詰め替えた庶民はお弁当を、トートバックにしまう。


「空の重箱は、こちらで預かりましょうか?」

「あ……大丈夫。こんなことして、お父様や厨房の皆さんに申し訳ないから……せめて、自分で洗っておきます」


せっかく、お父様が(規格外ハイスペックな器用さを無駄に発揮して)作ってくれた、お弁当箱だしね。


      ★ ★ ★


クラスの様子は……まぁ、相変わらずだ。


遠巻きに様子を伺われる。何かヒソヒソとこっちを見て話をしている。怯えて逃げられる。鼻息荒くそっぽを向かれる。憎々しげに睨まれる。……等々。


報道されるようなガチで追い込みをかける陰惨なイジメと比べたら、穏やかなもんだ。そう考えると品の良いクラスメートに恵まれてるのかもしれない。


実はボッチだった「しずか」の高校時代で、この程度は慣れているのだ。


なんでボッチだったのかというと……《ピ──!》で《ピ──!》だったんだけど、そしたら《ピ──!》が《ピ──!》《ピ──!》しちゃって……


……って、おい!!


どうも、この話は……「しずか」の放送コードに引っ掛かるようだ。


とにかく、こんな状況だけど、私にとっては割と「普通」で通常運転だ。多少動揺することはあっても。


一番のストレスは……隣に座っている悟桐くんだよ!!いるだけでプレッシャーなんだよう。本人、悪気はないのかもしんないケド。


で、彼の呼び方は、どうするか少し悩んだ。少しだ。


美少年に脳みそを処理時間を、浪費するのは時間の無駄だからだ。そんなことするくらいなら、脳内渋い老執事祭り『二階堂様フェア』でも開催した方が、よっぽど有意義だ!!


──それは……静さんだけです。


うぐ……脳内同居人(大家)にまで「しずか」の高尚な嗜好を、拒絶されるとは……。


本題は、悟桐鳳渡の呼び方だ。かつて瀬梨華が憧れて「鳳渡様ぁ!鳳渡様ぁ!」と呼んでいたけど……もう気分としては、様付きじゃないし。


面倒なのは、彼は、この学校の創設者の曾孫なんだ。


……学校名も「悟桐学苑」で、そのまんまだし……教職員や幹部に結構「悟桐姓」が多いんだ。紛らわしいことこの上ない。


心の中での呼び方というのも、なかなか定まらない。ブレブレだ。


口に出して言う分には「悟桐様」「クラスメートの悟桐様」あたりか……ちっ、面倒臭え奴。


「……なんだよ?」


うわ。ブリザードアイ悟桐鳳渡に睨まれた。無駄にイイ勘してんじゃないよ!




そんな感じで昼食時間のチャイムが鳴る。


昨日、無防備に机の横にお弁当の入ったトートバックを掛けていた。今日は、鍵の付いてるロッカーにしまっておいたので、大丈夫だった。


手を洗いに行って、詰替えたお弁当を取って席に戻る。何だか……私が教室に入ってきたら、何人かそそくさと出てった。


学生食堂のカフェテラスが充実してるので、利用する生徒は多い。にしても……だ。席に座り教室を見回すと……明らかに他のクラスと違って閑散としてる。


……昨日は図書室行ってたから分からなかったけど、まぁ……こんなもんか。


軽く息を吐いて、気分を変える。


ミネラルウォーターのペットボトルの栓を開け机の端に置く。お弁当の包みは、広げてランチョンマット代わり。箸を出して、手前の箸袋の上に。


さてさて……うふふふふ、お昼ごはんの時間ですよぉー!!


「あら……酷い怪我とかになってないみたいで、本当に安心しました」


お弁当のセッティングに没頭してたっ。彼女は私のすぐ目の前に立っていた。私はビックリして、呆然とその人を見返す。


三枝さんだった。


彼女は、言うなれば和風美人だ。すっと涼やかに引かれた眉。黒目がちの瞳。

ストレートのセミロングでつやつやした繊細な濡羽色の黒髪。

下手に髪型を弄らないで、ナチュラルに下ろしているのが逆に彼女を惹き立てている。


それに彼女の瞳の色は珍しいと思う。


日本人は、明暗の差はあっても暗い茶色が多い。彼女は少し遠目にみると黒。近寄ると黒に近い灰色──いわゆる墨色ってやつかな。グレーの瞳といえば欧米白人にもいるけど、三枝さんの墨色の綺麗な瞳は和風然とした雰囲気に良く似合っている。


戦国時代の美しくて若い姫君とか、そんなイメージ?

こまごまとして歴史上の姫君を語ると長くなるので、敢えてここでは多くは語るまいが。


──静さん……歴女だったですか?


フ……歴女という括りに入れてほしくないな……


いいか?「しずか」は…………



時代劇マニアだ!!《ド────ンッ!!》



…………。


……………。


………………。



………くッ……脳内がドン引きのダダ滑りで、大惨事だ……。



そんな脳内の一瞬の葛藤に関係なく、彼女は仰天するような事を、間髪入れずに仰るのだ。


「折角だから、私も昼食をご一緒してもよろしいですか?」

「ふぇ……!?」


ボッチ時代でも体験したことのない緊急事態に私が驚いて固まっていると、同意したものと見做して、三枝さんはさっさと前席のイスの向きをくるりと変えて、私の目の前に座ってしまった。


「……え?ええ?……あの……」

「貴方がちゃんと改心更正したか、その言動を確認する義務が、このクラスの生徒にはあります。ですから、これはモニタリングですので、お気遣いなく」


これは監視もしくは聞き取り調査であって、馴れ合いではないと意味合いの宣言を、クラスの他の生徒に聞えるようにハッキリと告げたのだ。


「まず、お昼ごはんを先に。お話は、食べながらでも追々に」


私が、挙動不審になりながらも、コクコクと頷く。


二人とも、軽く手を合わせ目を閉じる……私たちの「いただきます」と、いう声が重なった。



……二人で向き合って静なランチタイムだ。ぽつぽつと他愛もない話を交えつつ。

まぁ……多少ギクシャクした感じも仕方ない。私の地味な庶民派お弁当箱を見てビックリしてた。


そんな感じで、決して仲の良いわけではない二人が、向い合せで食事を続けていると……


私は頃合いをみて『お弁当をゴミ箱に捨てられた話』を少しした。

そうすると、既に事実確認を済ませて昨日の内に、担任の向坂先生に報告済みだと言われた。掃除当番の時に、お弁当箱は無事回収できたと話すと、三枝さんは、少しホッとした様子で「先生に伝えておく」と言った。


そして、会話が途切れる…………


「やっぱり……私のこと、わからないですか?」


彼女が少し寂しげに、ポツリこぼした。即座に返答できずに、手が止まる。

三枝さんの墨色の瞳が、不安そうに揺らぎながらも私を見つめている。


昨日、保健室で小川さんと話したことを思い出す。


三枝さんの下の名前は『美香』だ。……三枝美香さん……あのときも、この名前に何か引っ掛かるものを感じた。こんな質問をされるくらいだから……どこかで会っている、というのは確定事項だ。問題なのは、私が思い出せない、ということ。


実は、瀬梨華の記憶力は優秀だ。以前の瀬梨華は全く自覚していなかったが。


殆ど全ての会ったことのある人の顔形や服装、その時の会話の内容、会った場所の様子など、割と詳細に憶えている。


──割とみんな普通に“そんなこと”は、できるんだと思ってました……


普通はできないんだよぅ!


確かに物凄い長所だと思うけど、弱点もある。


視覚情報に基づかない只の文章や長い数字や記号の羅列といったものは、まるで憶えられない。特に、興味のないことに関してはロクに暗記すらできない。


そう、だから学校の勉強に関して……この長所は完全に『宝の持ち腐れ』になっていたのだ。


せっかく「ロトの剣」を背中に担いでいるのに「ひのきのぼう」を手にして戦っているようなものだ。


無自覚とは怖ろしい。「しずか」を含め多くの人は、名刺管理や手帳の住所録、スマホやPCのコンタクトリストなどなどといったものを駆使して何とか情報を忘れないように、様々な工夫と多大な努力を払っているんだぞ。


前世の記憶(しずか)まで思い出すのは、何かヤリスギな気もしないでもないが。


……いや、「しずか」が“前世の記憶と意識”だと確定したわけじゃないけど。


話が逸れた。ともかくだ。そんな瀬梨華の記憶力をして……何か引っ掛かる気がするが、思い出せない。


う──ん……三枝美香さん……三枝美香……美香さん……


美香ちゃん……??違うか……。


……例えば、みっちゃん、とか?……違うなぁ。


……みーちゃん?違う。


……みかたん?


……みーたん?


……みーちゃ?


……みかち??……ん?……んんっ??


「……あ………ああっ!!………みかっち!?みかっちだ!」


無意識に出た私のセリフに、みるみるうちに三枝さん表情が明るくなり、笑顔が広がる。


「思い出した?せりっち」


ニッコリ笑う彼女は……幼稚舎に入学して初めてできたお友達の「みかっち」だった。


      ★ ★ ★


言い訳をさせてもらうと、私が「みかっち」こと三枝美香さんを思い出せなかったには幾つかの原因があった。


1つは、幼稚舎年少組といえば、3歳だ。いくら瀬梨華でも曖昧な部分は多い。2つ目は、私が「みかっち」と遊んでいたのは、ほんの2ヶ月という短い期間だ。3つ目は……


「あの……えっと、随分と見た目が……お変わりになってて……」

「あの頃の私、ころんころんだったもんね。せりっちが思い出すのに、時間かかったのは仕方ないよ」

「確か……よこ──なんでもない。…………みかっち、やっぱ私のあんな性格になっててドン引きした?」


彼女の幼稚舎での二つ名は「横綱」だった。

私が、その言葉を発しかけた時に、みかっちの眼の色が変わったので、あれは黒歴史なんだろう。


短い間とはいえ、彼女との楽しい思い出は、瀬梨華の中で貴重な宝物だった。自然と、お互いの口調も一気に砕けたものになった。学苑の中等部で「せりっち」「みかっち」で呼び合うなんて、埒外にも程があるんだけど……みかっちは、みかっちなのだ。たぶん、彼女も、そう。


「あー、それはないけど……せりっち、荒んでるなぁ、って」

「そだね。完全に黒歴史だ。恥ずかし過ぎて死ぬ」


クラス委員のみかっちと以前の私は、4月早々からしょっちゅう口ゲンカをしていた。


何かをしでかす私。それを注意するみかっち。キレる私。窘めるみかっち。以下、口論……という流れだ。


「私も、クラス委員として注意を促して窘めるハズが、結構ヒートアップしちゃって、ホントごめんね?」

「ううん。原因はどう考えても私だし。それにね……みかっちは、おかしな方向にいっちゃってる私を、心配して何とか止めようとしてたのかな………とか思ったりして。……それだと、いいなぁ、なんて……」


最後の方は、しどろもどろになっていた。みかっちも、ちょっと照れくさそうにしている。


「……まぁね。幼稚舎の最初の親友が、中等部で再会してみたら、ひどい荒れようだったしねえ」

「う……この度は、ご心配おかけして……ホントごめん!」


ぺこっと頭を下げる。でも、私、すごい……嬉しかった。


みかっちが「最初の親友」って言ってくれたこと。

そして、中等部で再会した時にも、変わらずにその気持ちでいてくれたこと。


「とりあえず、ほっと一安心だよ。かつての親友とちゃんと、お話できるようになって」


ふう、と一息ついて、みかっちは安堵の微笑みを浮かべる。

あんなに酷いことした私を、まだ友達って少しは……思って、くれてる……んだ……。


「……あう……せりっち……そんな、泣かないでって」


言われて気づくと涙がこぼれていた。……うう、涙腺ユルすぎ。


「ほんとに変わってないね……せりっちは泣き虫だなぁ」

「だって……みかっちは昔のみかっちのままで、接してくれて……少しは今も友達のままなのかなって思ったら、すごく嬉しかったんだもん」


私はハンカチを取り出して、マナーからすると少し雑に涙を拭いて言った。


「え?私、大事な友達だって思ってたよ?今だって思ってるし。でなきゃ、あんなガミガミ言わないって」


さらっと、何気なくみかっちは言った。私は……どうして気付かなかったんだろう。

見違えるほど綺麗になったみかっちは、やっぱり昔のままの“男前な”みかっちだった。


その昼食の後も、そのまま、みかっちと色々話をした。昨日のこととか(この辺の話題は、建前上「監視員」の立場だから、お互いひそひそっと囁くように喋っていた)あとは、お互いの空白の9年間のこととか、最近の学苑の話題とか。


やっぱり、昨日のビンタは周囲を止める為、私の罪悪感を少しでも解消させる「言葉ではない」区切り。怒りや憎悪、その場の空気や勢いで私に手を出すのは絶対ダメだと思ったそうだ。


だったら、友人として相応の覚悟をもって自分がやる。


中途半端にやったら、後に続いて暴力に及ぶ輩を生むかもしれない。少なくとも周囲が驚いて、我に返るくらいでなくてはならない。だから、大きな怪我にならない程度で、尚且つ手を抜いたようには見えない本気。


「けっこう力加減……難しかったんだよう……せりっちが酷い怪我しなくて、ホントよかったよ」


むしろ、こんな自分の為に、ありがたいくらいだ。かなり痛かったけど。もちろん、みかっちは、何度も「痛かったよね?ごめんね」って謝ってくれた。


他にも嬉しい事に、ときどき一緒にお昼食べようって、コッソリ約束もしてくれた。勿論、みかっちだって他に付き合いはあるから、毎日なんて無理なのは十分承知だ。だからといって、今の状況で、お昼に私をみかっちの仲良しグループに迎えるのも、当然のことながら無理がある。むしろ、次に一緒にお昼を食べるのが、いまから楽しみ。


それから、みかっちはこんな事も言っていた。


「学校を休んでた3日間に何が起きたのかわからないけど、せりっちは激的に変わったと思ってる。もう、変わってるよ。だから、あとは皆にそれを納得してもらうしかないね」


……と。みかっちは「私が変わったこと」そもそも疑ったりはしてなかったのだ。



昼休み終わりのチャイムがなり、徐々にクラスに人が戻ってきてる。戸口に、みかっちの座ってる席の主が現れるのを、認めると、みかっちは空になったお弁当箱の包と水筒を持って立ち上がり、イスを元に戻す。ちょうど、教室内には全員が揃っている。


「これからも、時折、昼食時に貴方の様子を確認します。それくらいは、いいですね?」


みかっちが、完全にクラス委員の三枝さんとして、ハッキリとした口調で告げる。昼休み特有の騒がしい雰囲気は既に鳴りを潜めてて、こっちを向いて眺めてる人、ちらちらと様子を伺う人……


「……私がまともになったと納得してもらうのに、むしろ必要だと思います。お気遣い感謝します」


三枝さんは、ひとつ頷くと自分の席に戻っていく。途中で立ち止まり、男子のクラス委員の川端くんに声をかける。


「竜堂様から聞き取りした内容は、向坂先生にも伝わるように学級日誌に報告として添えた方がいいと思うのです」


いったん言葉を切ると、クラスを見回して続ける。


「皆様も、竜堂様の件で何かあればどんな仔細なことでも、私どもクラス委員に報告してください。口頭でもメールでも、構いません」


ふむ、と言った感じで顎に手をかけ、川端くんは少し考えてから話す。


「そうだね。昨日の件では『では、具体的に何をするか』というところまで決める時間もなかったし、1つの決まり事として明確にするのは有意だと思う」


特に異を唱えるような奇抜な提案でもない。クラスの皆は、概ね了解という雰囲気だ。


これは、暗に「瀬梨華が約束を破棄ときには、クラス委員に報告すれば日誌を通じて向坂先生に伝わると思って良い」と宣言をしており、逆に言うと「瀬梨華に何か報復や意趣返しがあった場合、同様に向坂先生に伝わる」ということでもある。


「放課後の日誌をまとめる手間が1つ増えますが、川端様にもご了承ください」

「手間については構わないよ。これで何か問題であれば、HRの議題に1つ加わるだけだ」


5時間目の予鈴チャイムが鳴る。立っていた生徒たちはゾロゾロと席に戻っていく。


「三枝も大変だよな。昼休みに、わざわざ、あの竜堂の事情聴取しなきゃいけないなんて」


……なんて話している男子達の声も耳に入ってくる。そのように皆が受け取ってくれるなら、たぶんそれは……みかっちの狙い通りなんじゃないかと思う。


建前上、確かに事情聴取だが……みかっちとお昼ごはんが食べられるなんて、嬉しくて仕方ない。


こういう時に、お父様譲りの頑強な無表情鉄仮面は、非常に役立っている。みかっちってば…でへへ♪……とか不謹慎に思ってても、表情に一部のユルみも発生しないからだ。クラスでの私の立場を考えれば、にまにま笑ってたら心証が悪い。


かくして、ボッチ昼食確定だった筈の私は、時々みかっちと一緒にお昼を食べることが公然と確定した。



ありがと……みかっち…。



      ★ ★ ★


幼稚舎に入ったばかりの頃の私は、結構おとなしくて少し引っ込み思案の少女だった。たぶん、今の頭の中の「せりか」を、そのまま小さくしたみたいな感じだ。


みかっちは、幼稚舎の中でいつも私の傍にいて守ってくれていた。私は一人だけ金髪の藍眼で浮いてたし、あんな家だから何かと目立つし。だけど2ヶ月が過ぎて、みかっちは幼稚舎を辞めることになった。お家の事情と聞いてる。沢山泣いた憶えがあるけど、しょうがないとも思った。


……みかっちのいなくなった私は、いいようにイジメられた。


それだけが原因じゃないけど、お兄様と折り合いがつかなくなったり、親戚のパーティで嫌な思いをさせれて親戚不信になったり、お父様はずっとあんな調子だし……。


そんな感じで色々なことが重なって、ある日……私はブチ切れた。転げ落ちるように、私は……荒れていった。



そして、今日の帰宅の車中は、私と運転手の相良だけだ。お兄様の部活。テニス部らしいが……どうでもよい。


学校という領域から解放されると、みかっちとの再会イベントを思い出して上機嫌だった。……あんまり表情には出ないけど。


「お嬢様……今日はご機嫌ですね」


ちらっとルームミラーで私をみて相良は言った。さすが、生まれた時から私の運転手。察しが良いな。


「うん。……相良は憶えていますか?幼稚舎の時に仲の良かった三枝美香さん?」

「あ。……ええ、憶えております。お嬢様といつも一緒に遊んでいた……少しふくよかなで可愛い方ですよね?」


……言うな、相良。その形容動詞は禁句だ。みかっちの黒歴史なんだ。


「たしか、入園して3ヶ月くらいで、お父上のお仕事の都合で海外に渡られたと、記憶しています」


へえ……あのころは三歳児だもんな。そういう細かい事情とか……みかっちのお家のこととか全然知らないや。


「三枝様のお父上は、外務省の大臣官房長ではなかったかと。それで、三枝様がいかがなされたのですか?」

「ふふふ、今のクラスメートなの。今日ようやく私が思い出して、ちょっと仲良くなれた……んじゃないかな」


一瞬、こちらを振り返る相良。うあ、前見て!前!


「あの頃は、本当にお二人とも仲がよろしくて、私も見てて微笑ましく思っておりました。……そうですか、あの三枝様とまたお友達に」


ちゃんと前を向いて、感慨深げに相良は言った。……まぁ、こんな風に帰りの車中で学校の友達の話するの初めてだもんね。


「ちゃんと……お友達、というと自信……ないですけど。でも、時々いっしょにお昼食べるお約束はしてくれたので……」

「よかったじゃないですか。ゆっくりと、お友達になっていけば良いと思いますよ」


「昔のままの彼女でいてくれて、本当に嬉しかった。あ……でも、見た目は凄く変わっていたのよ?」

「え?……あの三枝様が??」


「そう!だから、私、2ヶ月もまるで気が付かなくて。物凄い綺麗になってて、相良が見たら腰を抜かしてしまうかも」


私は口元を手で押さえて、クスクス笑った。


「それは、お目にかかる機会を楽しみしてますよ。変わったといえば、お嬢様もここ数日で随分とお変わりになって、私も毎日が驚きの連続ですよ」


う……まあ、そりゃそうだよね。変わったのは、みかっちとは逆で、主に中身が。


「屋敷の者達も、今は戸惑っています。ですが、話を聞けば皆口をそろえて好意的ですから、ご安心ください」


メイドさん達の怯えた様子を思い出す。うん……以前の私の暴君ぶりを考えるとね……。


「長い間、お世話をするとともに見守ってきた者達が、お嬢様のご成長を喜ばない訳がございません」


ご成長って言うの?これ?……下世話な29歳独身OLが脳内居候してるだけのような、気もするけど。


──そんなことないですよ。感謝してます。


頭の中で、お母様に良く似た感じで、ふんわり微笑む「せりか」を見る。……まぁ、成長してるか。


「相良が成長だと思ってくれるなら、嬉しいわ」


んー。でも、よく考えてみると……相良は私の黒歴史を知り尽くしているのよね……当たり前だけど。


「むぅ……一方的に相良が私の過去の恥ずかしいことを知ってるって……ちょっと……何か納得出来ない」

「は?……私は口は堅い方だと自負しておりますが?」


「そうではなくて。……私、少し聞きたいな。相良の『黒歴史』とか?」


「ええっ!?いや、その……そういった話は……」


珍しく相良が狼狽える。聞きたくて仕方ないのは、もちろん「しずか」だ。


「別に、洗いざらい全部……とは言ってないの。……ほんの1つ2つ。ね?」

「くぅ………………いいでしょう……それで、どのような失敗談がいいですか?」


腹をくくった相良が苦笑いをしながら承諾する。だが、聞きたいのは失敗談じゃない。


「……そうね……相良が奥様に言った『告白の様子』と『プロポーズの前後』かしら」





相良のハンドルとアクセルワークが乱れて、車は一瞬泳ぐように蛇行した。





読んでくださって、ありがとうございました。

小川さんの振った伏線が回収できてホッとしてます。


にしても、回想シーンが全然おわりません。わかりにくい残念構成になってしまって、申し訳ないです。


なにぶん小説書く──というか文章を書くのに慣れてなくて。生まれてこのかた、未完成で書き散らしたのを含めても、この作品が4~5本目くらいという初心者でして。


このくらいの話を書いたら、このくらいの分量になる、っていうのを見積もる経験値がまるで足りません。


そんな初心者がジタバタしながら書いてますが、これからもお付き合い頂けたら幸いです。

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