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第03話 お前はどうしたいんだ?

朝食も済み、再び罰ゲーム様相で学校の制服に着替えさせられ

──メイドさん達あいかわらず怯えてたなぁ。

ともかく、玄関ホールで両親が私のお見送り。それも、いつもの日常イベントだ。


私とお母様が談笑……と言っても、お母様が一方的に話す。私が言葉少なに相槌をうつだけだ。

迂闊な事を喋って、私の「前世の記憶」的なモノがバレても困る。


以前は、私が一方的に時間いっぱいまで、どーでもいーよーな事を自慢気にしゃべりまくってた。

もちろん、いつもの定位置である脇のソファに腰掛けてガン無視のお父様へのアピールだったんだけど。


スマートに脚を組んで英字新聞をお読みになるロマンスグレーのおじさま……ありえないほどカッコイイ。

凝視して堪能してしまいそうだったので、すぐにお母様に視線を戻す。


なんだか、お父様様から『こっちを見てくれないの?もう終わり?』的なしょんぼりオーラを感じる。


ふふふ、英字新聞が視界の端で、フルフルと震えてますわよ?


見た目は垂涎モノのお父様を鑑賞するのは吝かでないにしても、お母様は私の心のオアシスです!……このお母様がいなかったら、瀬梨華の逃げ場はドコにもなかったんだろうなあ。


ちょっと、小学校低学年の頃にみたいに抱きついてみたくなる。……はっ、いかんいかん。いや、別にその豊満な“たゆんたゆん”を堪能したかった訳じゃないぞ!!


お兄様がホールにやってきて「いってまいります」と平坦な声で告げ、両親に挨拶をする。そして、毎度のごとく私を蔑んだように一瞬見つめて、ドアの方へ。鞄を持ったメイドさんとかが後に従う。


「私も…そろそろ……いってまいります」

「そうね。いってらっしゃい」


お母様は、満面の笑みで送り出してくれる。お父様にチラリと目線を送ると「…うむ」と興味なさそうに頷く。サービスでお父様に会釈すると……ほら、またピクピクしてる。


──こうしてみると、あの冷徹で厳格なお父様が、ちょっと可愛く見えてしまうなんて不思議だわ。


と、言うわけで、次の日常イベントは“お兄様と一緒に登校”だ。


      ★ ★ ★


子どもたちを送り出した後。


瀬梨華と北斗の父親──竜堂つよしは、動揺していた。

英字新聞など手にはしているものの、先程から内容なんて全く頭に入ってきていなかった。


── む、娘がおかしい……


お転婆すぎて『少しは大人しくならないのか』と思っていたくらいなのだから、寧ろ歓迎すべきだとも言える。


とは、いえ……アレは極端すぎる。


「どうなさいました?何か心配事でも?」


ふわりとフローラルの香りが漂ってくる。珍しく妻の碧衣あおいが剛の横に腰を下ろす。

新聞をサイドテーブルに置き、コーヒーカップを取り一口飲む。


「なんだ?アレは?……まるで、別人……ハッ、まさか……何かに取り憑かれたのか!?」


一瞬、剛の頭の中で高名な霊媒師や除霊を請け負うと言われている人物名のリストが流れる。


「まぁまぁ、お祓いとか変な方向に大騒ぎするようなコトじゃありませんよ……ほんとに似たもの親娘ですわ」


くすくすと碧衣が口元を押さえ笑い声をもらす。


「だが……明らかに異常だぞ?アレは?」

「お医者さまのお話では異常はない、ということですし……しばらく様子を見て私の方から、それとなく瀬梨華さんとお話してみます」


ニッコリと『よろしいですわね?』という笑顔を浮かべる。


「だいたい、瀬梨華さんがあんな風に癇癪おこしたり我儘なオネダリをする原因の半分くらいは、貴方がちゃんと瀬梨華さんと遊んだりお話したりしないからですのよ?」


少しムッとした表情で剛を睨む。だが、そんな表情でさえ可愛げに見えてしまうから、この人は怖ろしい。


「…………ちょっと、じゃれつかれただけでも可愛い過ぎて、動悸や眩暈が止まらないのだぞ!日常会話なんてしたら死んでしまうじゃないか!!」

「私が瀬梨華さんに『お父様は貴方を、ちゃんと愛している』と言っても信じてもらえないのも、貴方のソレの所為でしょ?」

「うおあ!?……あ、ああ愛してる、とか!?そんな言葉、やっ、やめてくれ!」


クールでダンディなオジサマをこよなく愛する原理主義の静が見たら心底ガッカリするくらい、父親は狼狽えてた。


「各国首脳や財界要人を手玉に取って駆け引きなさってる貴方が、どうして娘と日常会話できないのかしら……?」

「万一……アレの機嫌を損ねるとか……き、嫌われるとか……俺は立ち直れないぞ」


オタオタする剛を放置して、碧衣は溜め息をつきながら上を見上げる。瀬梨華のことを「アレ」と呼ぶのも、何のことはなくて、好きすぎて照れくさくて「瀬梨華」と呼ぶことさえできないのだ。ここに瀬梨華本人はいないにもかかわらず、だ。


剛は、若い頃から海千山千の政治家や豪商と渡り合ってきた。相手に肚を読ませないポーカーフェイスは超一流とも言える。だからといって照れくさいという理由で、自分の娘にそんな超一流を発揮しなくても良いのに。


「でも……瀬梨華さん……気付いちゃったみたいですわね」



……がちゃん!(動揺したお父様のコーヒーカップが割れる音)


      ★ ★ ★


いままで、運転手付きの車で学校に送り迎えされる時間は地獄の針のムシロだった。


お兄様と一緒だったからだ。

そりゃそうだ。同じ「梧桐(ごとう)学苑」中等部に通っているのだから。


運転手の相良(さがら)は、口数の少ない男で瀬梨華との一方的な会話はすぐに途切れがちになる。──今から考えれば当たり前だ。運転してるんだもん。


相良は私の護衛も兼ねている。

本当はお兄様にも周防すおうという護衛兼運転手がいるんだけど。別行動になる時はお兄様が周防を呼び出す。


そして、無言の車中。

時折、お兄様から冷め切った目線を投げつけられる。くそぅ、もげてしまえ。


以前の瀬梨華の記憶では、たまにお兄様に勇気を振り絞って話しかけても「ふむ」「そうか」「そう?」「知らない」くらいの返事しか来ない。それも、侮蔑したように眺められるオマケ付きだ。


嫌ってたとはいえ、美形でハイスペックなお兄様に憧れる気持ちが無かったわけでもない。


だが……今はちがう!!全く興味が無い!アウトオブ眼中!

せいぜい、もげろとか爆ぜろ、くらいしか思いつかない。


で、まぁ……今日も無言の車中は、今までどおりなんだけど。だが、私にはこの苦境を、乗り切る秘策がある!


そう!言うまでもない!竜堂家総執事の二階堂様だ!

どこかで「せりか」が呆れる気配がするが、そんなのは!ど────でもいい!

──そこまで、どーでもいいとか言われると、むしろ清々しいくらいです。


竜堂家に仕えること34年の執事を長女の私が「様」付きで呼ぶのもヘンな話だが!これは心の中の声!魂の叫びなのだから!!


その二階堂様が、毎朝かならず重厚な玄関扉を外に控えていて、その先を下る階段から車まで私の手を取りエスコートしてくださるのだ!!


これ以上ないってくらいの『執事』……しかも、優雅で洗練された所作!!

お父様がクールの極北ならば、二階堂様は優雅の頂点!!

総白髪の短い髪を綺麗になでつけ、とてもお洒落な細い銀縁のメガネ。

深みのある苦みばしった面持ち。一部の隙もない燕尾服が……まあ似合う事!似合う事!


ああ!もぉ、ホントたまりません!!

二階堂様なら何杯でも、おかわりできます!!

──あぁ、ハイハイ。


「せりか」も、こうなると止まらないのはわかっているので、ヤレヤレと呆れたように意識の深層に沈んで姿を隠す。


この前、いかにお父様と二階堂の見た目が如何に素晴らしいか、と3時間以上「しずか」に熱弁を振るわれ、もう絶対にこの話には付き合わないと「せりか」はココロに誓ったのだった。


……もっとも、「せりか」の思い出の中の「瀬梨華(4歳)を抱っこする二階堂」とかを引っ張り出し始めたら全力で阻止する構えだ。なぜなら、その記憶を引っ張りだした後「しずか」は「瀬梨華(2歳)のオムツをかえる二階堂」などというものを引っ張りだそうとして、頭の中で大ゲンカになったからだ。


それはともかく、二階堂様の手の感触を思いだすとドキのムネムネが止まらない!無言の車中なんてあっという間!気づくと校門前ってなもんだ。


あんなに嫌だったお兄様と一緒の車の登校が、ここ3日全くのところ苦にならない。


思い出すように、掌にそっと触れる。

窓に映る私の無表情な鉄仮面に、薄く笑みがこぼれる。


と、一瞬、隣のお兄様がこっちを凝視してるような気がした。


「もうすぐ、学校に到着いたします」


相良のヴァリトンボイスが思考を断ち切る。う……相良も……結構、カッコイイんだよなあ。元自衛官とかなんとか言ってた気がする。短い黒髪で、一重のスッキリした顔立ちで、いわゆる「日本男子」というやつだ。ゼロ戦のコクピットから敬礼されたら痺れそうだ。ちなみに去年、長年付き合った彼女さんと結婚して新婚ホヤホヤだ。なんて羨ましい。


相良の人柄を一言でいえば「忠義の人」だ。ほんとにイイ人なんだよね。

なにか相談するとしたら、お母様か相良だろうと、私は思っている。


二階堂様?いあいあ、私がしどろもどろになります。


それに二階堂様は「竜堂家」や当主のお父様に極めて忠実であって、私に忠実な訳じゃない。私のことは大事にしてくれるけど「家」と利害が対立したら味方してくれるか、ちょっとわからない。家名にさんざん泥塗ってきたしね。


思い出してみると相良は、なにかにつけ気を遣ってくれるし、あれこれ心配もしてくれる。そういう意味では私を優先して考えてくれている。今まで使用人とか殆ど眼中になかった、という……とんでもなく呆れる状況だったのだが


……改めて考えてみると、大事にされてるよな、私。


なんとなく、ハンドルを操る相良を眺める。


惜しいのは……36歳と、やや「若い」んだよな。

こう……何て言うか……年季……と言うか、熟成というか……もうちょっと足りない。たぶん、10年位したら、垂涎モノだろうなぁ。超優良物件だ。


──その「しずか」基準は絶対おかしいと思います。


一瞬だけツッコミを入れて深層意識に逃げやがった!!



      ★ ★ ★


学校に着いた。私立悟桐学苑。


幼稚舎から大学までの一貫校で、いわゆる「お金持ちのご子息ご息女が通うハイソな私立校」だ。国立大学の最高学府といわれる某大学の有名な「赤門」から、少し離れたところに「悟桐学苑 中等部 高等部」の本郷キャンパスはある。


もちろん、二日前から通っている。初日のときは────


──まず、職員室に向かった。いちおう、静々と目立たないように歩いていたんだけど、誰も朝の挨拶を交わすような人はいない。というか、ざざぁっと波が引くように人が避けていく。


そして、ひたすら私に目をつけられたりしないように、まるで嵐が通り過ぎるのを待つかのように、目線をそらす人たちばかりだ。

……そりゃあ……しょうがないよな。


ちょっと「せりか」につられて、しょんぼりした気分になる。まぁ……しょんぼりするのは、やれるだけの事をやってからにしよう。


少し、顔を上げて気合を入れ職員室のドアをノックした。


「……失礼します。1年C組担任の向坂さきさか先生はいらっしゃいますでしょうか?」


油断すると途切れがちで、か細くなる声を、何とかハッキリしゃっきりさせて喋る。無表情と同じく、これもなんだか異様に頑張らないとできない。以前はあんなに癇癪おこしてヒステリーに泣き叫んでいたのに。


「お。竜堂か?どうしたんだ?」


朝の準備に忙しく騒然としている職員室の奥から、向坂先生が私を見つけて歩いてくる。

今の口調の通り、向坂先生はこの学校では異端の教師だ。品位や礼儀作法を重んじて格式や家名を重んじる四角四面で慇懃な先生の方が多い。


向坂先生が私の担任なのも、もしかすると問題児を押し付けられたのかもしれない。うっ……さすがに心が痛む。


「お忙しいところ申し訳ありません……授業前に少しお時間をいただけないでしょうか?」

「ん?大丈夫だ。そうだな……相談室で聞こうか」

「はい。その方が……助かります」


職員室から少し離れたところに、いくつか相談室並んでる。その中の一室。

事務的で寒々しい公立中学ではありえないくらい、ゆったりとした作りで、どこかのホテルの客室?って感じの明るくて落ち着いた内装だ。もちろんベッドなんぞない。(当たり前ですっ)


窓は大きくとられ、テラスにも幾つか観葉植物が据えられテーブルセットが置いてある。非常にリラックスできる雰囲気だ。先生が「こっちでいいか?」と勧めるので、そのまま目の前のソファに座る。


先生も向かいのソファに腰掛け、メモとる筆記具や教員用のミニダブレットをテーブルに置く。


「今日は……いやに大人しいな?どうした、竜堂?」

──それは今朝もお母様に散々心配されました。

「いえ、少し思う処がありまして。それで相談というか……実は……その……」

「ん?……どした?言ってみろ」


向坂先生は、この学校の先生の中では群を抜いて寛容だ。「しずか」基準の美形偏差値は中の上といったところで見た目は普通だ。ちょっとワイルド系入ってる。


ただ、公平で生徒を一番に考えてくれる先生というのは、ある意味で希少種だ。一般試験で中等部から入ってきた生徒や保護者には割と人気があるみたいだし、逆に幼稚舎からエスカレーターしてきた生粋の特権階級の生徒や保護者の一部ではすこぶる評価が低いようだ。というか、毛嫌いされてる雰囲気もある。


ともかく……私は精一杯気持ちを込めて低頭平身、謝った。


「入学してから今に至るまで、何かと騒ぎを起こし大変ご迷惑おかけしましたっ。本当に申し訳ありませんでしたっ!!」


ソファに腰掛けてたままではあるが、きちっっと頭を下げた。膝におでこが触れる。入学式から2ヶ月弱、思い出すだけでも冷や汗がでるほど、担任の向坂先生には連日迷惑を掛けっぱなしだった。シャレにならないにも程がある。


やり過ぎるのも不真面目に受け取られかねないと思ったから、勿論やってないが、気分的には床に額を擦り付けるような土下座で謝罪だ。なんなら五体投地の土下寝でもいい。


シーンとした静寂。先生は沈黙を保ったままだ。私は顔を上げることはできない。膝に額をつけたまま、ひたすら心のなかで懺悔する。


先生に謝るのは二度目だ。泣いて縋って謝った。名演技で過剰演技だ。当然、心の中に謝意なんぞ、これっぽっちもなかった。


前回のウソ謝罪は2週間位前だ。お父様に中等部理事長が直接報告をするという話が持ち上がった。私のあからさまに酷い学校での生活態度。癇癪を起こして暴れ、暴言を吐く。人目のつかないところで立場の弱い生徒を恫喝したこともある。きっと、物凄い量の苦情が各方面から校長や理事長に上がってきていたんだと思う。


そして、お父様に嫌われていると思い込んでいた私は、そんな報告をされたらヘタをすれば家を追い出されるかもしれないと愕然と恐怖した。この事態を回避するために、私は向坂先生に泣きついた。


先生は、あのときハッキリと「お前を信じる。理事会に掛けあって止める」と言ってくれた。その為にどれだけ先生が頭を下げたのか、どれだけの労力を払ったのか……先生の言葉通り、ウチのお父様に報告するという話は一旦先送りになった。


その後、私は生活態度を改めたのか?


そもそも全く悪いと思ってなかった。先生に泣きついて謝ったフリをしたのだって、他に手段がなかったからイヤイヤやったに過ぎない。すっぱりと、これ以上ないくらい私は先生の信頼を裏切った。


……だから……信じて貰えるか、まるで自信はなかった。


沈黙が苦しいなら、それは私の犯した罪に対しての罰の1つに過ぎない。それも、一番軽い罰だ。こんなもので、自分のしたことが全部赦されるなどと露ほどもおもっちゃいない。


たぶん、数十秒経ったのち……先生がぽつりと呟くよう言った。


「……マジか?」


そぉーっと恐る恐る……少しだけ顔をあげ上目使いに先生をみる。


「へ?」


先生は両手を挙げ大げさな「いかにもビックリしたよ!」のポーズのまま固まっていた。慌てて体勢を立て直すと、真顔に戻って私に尋ねる。


「……オホン。竜堂、顔を上げてくれ。すまない、そんな長い時間頭を下げさせるつもりはなかった」

「いえ……むしろ、こんな言葉の謝罪で信頼が取り戻せるとは思ってませんから」


まっすぐ先生の顔を見つめる。先生は私の瞳をまじまじと覗き込む。


「……ふむ。どうやら、お前が真剣に謝ってるのはわかった。お前を信じ──」

「ええっ?……ど、どうして??私、こんな謝って済むような……事……だって……」


お前を信じよう。と軽く先生は言おうとして、私はその言葉を咄嗟に遮ってしまった。……それがそもそも信じられなかった。だって、あんな事やこんな事もしたんだよ!?演技して裏切って!


先生は少し私の方に乗り出すと微笑みながら言った。


「と、言うか……だ。俺は、一度もお前を信じてなかった事がないぞ」


──!?──!!


私は完全に混乱して呆然と先生を見返した。


「確かに、お前は少し手のかかる生徒だった。他の生徒にちょっかい出したり、目に余る行動も多かったしな……ただ、俺はお前が、誰かをシカトしたり仲間はずれにしたりは絶対にしない、と信じてたけどな」


……何と言ったら。いいのだろう。胸がいっぱいだ。


確かに以前の瀬梨華は……村八分とかシカトとか仲間はずれとかで人をイジめた記憶は全くない。瀬梨華は、小さい頃から疎まれて邪魔者扱いされてると思い込んでて。だから、たぶん無自覚のうちに忌避してたのかもしれない。あるいは無意識の最後の矜持として。


身内のお母様は知ってたんだろう。今となってみれば、お父様も知ってるかもしれない。お兄様は………………もげろ。


先生は全くの第三者で知り合って二ヶ月にも満たない。私は『悪いところ』が多すぎて『良いところ』と言うには語弊があるけど、それでも、瀬梨華の絶望的に数少ない辛うじて『良いところ』かもしれない部分を、ちゃんと見つけて……信じてくれてた。


「生徒にぶっちゃける話でもないが……。ま、いいか……だいたいな、生徒を信じるなんてのはな、教職の第1条件なんだよ。当たり前のことだ」


ちょっと照れくさそうに視線を外す向坂先生。


「それに、生徒の悩み事の相談を聞いたり、生徒のケツ持ってあちこちに頭下げたり、挫折して立ち直れない生徒がいたら少しでも手助けする……何を置いても教師の最優先事項だろ」


多少、言葉にすると気恥ずかしさはあるのだろうけれど、そんな事をけろりと言い切る向坂先生は……本当にすごい、と思った。


29年の「しずか」の人生でも、向坂先生は貴重な人格者だと思う。言葉遣いや作法といったトコロは、確かにウチの学苑に不向きかもしれない。でも、そんなことは枝葉末節だと思う。


極悪な問題児の私に対しても、全くその通りに振るまってた。現にこの学校の格式張ってお固い理事会を説き伏せてくれた。


言葉だけじゃくて、生徒との約束に真剣で本当に行動もしてくれる先生なんだ。こんな先生に巡り会えた事は……暗闇に光が差すような……明るい希望が心に満たされるような気がした。


……と、同時に、私は徐々に重い気分にも襲われる。まるで、暗い水底に沈んでいくような。


サイアクだ……そんな先生に、私は何をした?


息が詰まって胸が苦しくなる。痛い!痛い!


こんな……こんなに、いい先生に対して……私っ……何てこと……!!


「せっ、せん……先生……ぐすっ……ご、ごめんなさい……本当に……ううっ……ご、ごめ……」


うう……もうダメ……。


涙が……ぽろっと零れ出す。僅かな痛みと一緒に喉と鼻の奥がキューっと詰まったようになる。


私は気付くと、うわああん!と声をあげて泣き出していた。


こうなると、感情の抑制が効かない。「しずか」も「せりか」も関係ない。冗談抜きの掛け値なしで、全私が号泣だ。ボロボロ涙が溢れる。両手で目をこする。無様な泣き声が次から次へと出てくる。顔はぐしゃぐしゃで、幾ら鉄面皮のポーカーフェイスでも、ひどい顔になってるかもしれない。


前回の件もあるし、絶対泣かないって決めてたのに。

先生がそっと宥めるように手を伸ばして肩をさすってくれる。だめ……そんな優しい事されたら……全部壊れて涙になってしまう……


しまいにはテーブルに突っ伏して、わんわん泣いてしまった。

先生が、大丈夫だって、好きなだけ泣いていいぞって、背中をなでてくれる……さらに大泣きした。


幼稚園児みたいだ……私。




「少しは落ち着いたか?」


ソファに座りなおして俯いてる私。

「しずか」にしてみれば……まさか、29歳にもなって同い年くらいの男の前で号泣する羽目になるとは。心の中で、恥ずかしさのあまりに頭を抱えて身悶えてる。


先生がハンカチを差し出す。テーブルの下からティッシュボックスを取り出して傍に置いてくれる。


グズグスと大泣きの余波で鼻を鳴らす私は、先生からハンカチ受け取ったで目元の涙を拭う。あれだけ大泣きした後でマナーや作法を気にしても仕方ないので、ティッシュで鼻をかむ。チラリと壁の時計を見ると……あと5分くらいだ。


先生は姿勢を正すと、私をまっすぐ見て……言った。


「気持ちはわかった。……それで、竜堂…お前は、どうしたいんだ?」



ちょとシリアスな終わり方になってしまいました( ;´∀`)


読んでくださって、本当にありがとうございます。楽しんでもらえたら嬉しいでっす。

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