第01話 嵐は突然に
ノリと勢いだけで始めてしまったので、ちょっと不安ですが無性に悪役令嬢ものがやってみたくなったんです。ほんと、すいません!(R18な連載の方もちゃんとがんばりますです)
何番煎じになるかとも思いますが、よろしくおねがいします。
私の名前は“竜堂 瀬梨華 シャーロット”──
ふふん、この日本でも有数の財閥を束ねる竜堂家の息女。それが私ですわ。
赤い薔薇の咲き乱れる庭園。そこを一望するテラス。
白いスチール製のガーデンテーブルセットに腰掛け午後のティータイム。
くすぐるような香りを漂わすストレートの紅茶に一口つけ、ティーカップをガーデンテーブルに戻す。
う……にっがい……誰よ!!こんな紅茶いれたの!!
後ろに控えるメイドをギラっと睨む。
ささっと砂糖とミルクのたっぷり入ったティーカップに取り替えられる。
「──フンッ!」
新しいティーカップに口をつけると、柔らかくて甘い紅茶が口の中に広がり尖った気分が解けていく。
ようやく、先ほど制裁を加えてやった家庭教師に対しての怒りも収まってきたわ。
……だけど、絶対忘れてやるもんですか。
せっかく中学生になったし少しは真面目に勉強しようと思って、おねだりして家庭教師を呼んだのに。
「分数の割り算もできないんですか……」
小さい声で思わず漏らした呟き。奇異なものを見る目。押さえた口元の向こうにあるであろう蔑んだ微笑み。
絶対にゆるさないわ!おこぼれに集る下僕のクセに!
……っく。またイライラしてきたら、偏頭痛が。
目をつぶる。ズキズキとこめかみの奥に痛みが走る。くだらない。
この偏頭痛も、お金によってくる下民も、癇癪をおこして暴れる自分も、
何も言わず只いるだけの使用人たちも、皆にチヤホヤされる兄も、邪魔者扱いする父も、
私のことを必要としないこの世界も
なにもかも、くだらない。
鼻の奥が、つーんとして……閉じた瞼の裏に涙がたまってくる。こんなことで泣く自分が悔しい。
どうせ、私が涙なんて流したところで誰も気にも留めないわ。そう、私の涙だって、くだらない。
なにもかも、冷めた気分で瞼をひらく。
さあっと初夏の風が流れて薔薇の香りに驚く。そして、鮮烈な赤。色んな赤。
白い雲と真っ青な空に薔薇の花びらが風に舞う。
私の唇から、私の意思とは無関係に言葉が紡ぎだされる。
「薔薇かぁ──いや、薔薇はダメだろ。ガチ系はないって。やっぱ耽美系だよなぁ」
……なななな、なに言ってるんですの!?私!!
「夏コミの申し込み期限って、いつだっけ?やっば!もう過ぎちゃったかなぁ」
──!?──!?
【印刷屋の締め切りとか早割とかチェックしてねー】
(口が勝手に!?夏コミって何!?印刷屋って何!?)
物理的に人間は同時に、違う言葉は喋れない。聖徳太子でも、並列処理できるのは耳の方だ。
私はその無理なことをしようとして、ただ口をパクパクさせている。
【仕事も忙しいし。売るのは無理だよね。今回は一般参加でいいかなぁ】
(仕事って!?私、中学生ですわよ!!)
頭の中で全く違う二つの声が並行して鳴り響く。偏頭痛が勢いを増してぶり返してくる。
自分の置かれてる状況がわからず、恐ろしさで冷や汗がダラダラと流れ落ちる。
【あれ??なんか煩いなぁ……ってか、アンタ誰!?】
(もおっ!勝手に喋らないでっ!!……アナタ誰!?)
キィイイイイイイ──────ン……
最後に二つの声が同じセリフを言った途端に
神経に障る物凄い耳鳴りと、頭が割れるような頭痛に襲われて
私の意識は途切れた。
★ ★ ★
私は、そのあと高熱にうなされ三日三晩寝込んだ。
そして、今は深夜三時過ぎ。ようやく起き上がれるようになった私は自室の机に向かってノートにメモをまとめている。
頭の中で声がする。
──タブレット端末でメモまとめればイイじゃなくて?
ダメだ。物事の要点事項をまとめるには紙と鉛筆だ。これは絶対。
とりあえず、このノートは瀬梨華がよくわからんヤンデレなポエムを書きなぐった余りだ。誰かに見られたところで、厨二病な電波ノベルの設定メモとかいう体裁にしておけば問題にはならないだろう。
──ヤンデレなポエムって……まぁ!失礼なっ!?
記憶からヤンデレの意味を引き出した頭の中の一部が騒がしく文句を言っているが、そもそも頭が混乱してるんだ。くそ、上手く字が書けない。
──ヒステリーを起こしたって暴れたって、状況は解決しない。それはわかるよな?
頭の中で不満はありつつも、その意見には概ね同意を得る。
私の頭の中には明確な線引はないが「せりか」と「しずか」が同居している。解離性人格障害??
──かいりせい……じんかく???
「しずか」の知識から、精神障害、精神科病棟、隔離治療、拘束具といったビジョンがながれ……
一瞬で脳内が恐慌に陥りそうになり、ぶるぶると手が震えて文字が書けなくなる。
「しずか」だって医者じゃないんだ!詳しい事はわからない。パニくるな!!
素人知識の中で照らしあわせても、解離性人格障害の症例には適合しない点も多い。
「しずか」と「せりか」の今ある手持ちの情報を整理して、事態を把握して、打開策を考える。パニックを起こすのはその後だ。
大丈夫。一緒にがんばろう。こくりと頷く感覚。
──どうせ、一蓮托生ですわよね……
一蓮托生なんて難しい言葉よく知ってるな。って、「しずか」の知識か。
今の状況は、まさにソレ。一蓮托生とは上手いこと言う。
お互いに、くすっと笑う。
「しずか」──大谷静の情報をまとめてみると……
29歳。身長172cm 体重52kg 丸の内の一部上場企業……清華商事に子会社から出向してるOL。
目黒の賃貸のワンルームマンションに住んでいる。埼玉県地方都市出身で実家は精肉店。
一人娘で両親は健在。従業員は1名で、静か家業を継がなければ、彼が継ぐことになる。
「せりか」──竜堂瀬梨華 シャーロットは……
13歳 身長158cm 体重34kg 龍胆財閥の令嬢。グループ企業数十社を率いる竜堂家の長女。
両親と兄の4人家族。住んでるところは四谷にある豪邸……今いるとこだ。
幼稚舎から大学までの私立の一貫校「梧桐学苑」中等部1年所属。
幼稚舎からエスカレーター式に進級してきている生粋のお嬢様だ。
などなど。色々と脳内会議をして。
たぶん、人格障害ではないんじゃないか?ということ。
静の記憶があまりに生々しくて瀬梨華の知識では空想できないようなことが余りに多かった。
しばらく様子を見て本当に問題がある──頭痛がヒドいとか、不眠とか摂食障害とか──なら、改めて瀬梨華のお母様に相談してみようという話になった。
意識混濁になっちゃうとか困るけど、問題がないなら2つの記憶があることは家族にも極力隠しておこう。
13歳の中学生が唐突に29歳のOLしか知らないような事を喋って、精神科に強制収容されても困る。
幾つか疑問というか……ナゾな点もある。
「しずか」の記憶は29歳の時点でプッツリと途切れてる。コンビニを出ようとして……その後の記憶がない。
いろいろと書き留めたノートを眺めつつ。しかし……字……あんま上手じゃないな……
──す、すみません……静さん、ホントは字すごい綺麗なのに……
「せりか」のしょんぼりした感覚が広がる。
キニスンナ!字なんて誰でも練習すればソコソコ綺麗になるって!
まだ、瀬梨華は中学生だ。いくらでも練習する時間はある。それに、「しずか」が一生懸命練習した記憶もある。むしろ、他の子よりも有利なくらいだ。
大丈夫!大丈夫!何とかなるって!まかせろ!
ふわぁ、っと「せりか」が微笑むような感覚。
よろしくお願いいたします……的な感じ。なんだ、いいコじゃないか。
「せりか」にしてみれば、幼稚園のイジメや今に至るまでの疎外感、優秀すぎる兄に対してのコンプレックス……そういったモノを「あるある!」と笑い飛ばせてしまうくらいの普通によくある不幸話を「しずか」は経験してきている。
その体験をダイレクトに共有しているのだ。
子供っぽい意地を張ったところで丸見え。隠すことも嘘つくことも誤魔化すこともできない。2人いるようでもあり、結局は私は私1人の中のこと。
私は意固地になるのをやめた。
世界がくだらないんじゃない。くだらない意地を張って閉じこもっていただけ。
自分の価値をみつけられなくて自分の肩書にすがってただけ。
それを守る為だけに、くだらないプライドを振りかざして周囲に噛み付いていただけ。
うわぁあ……今まで自分がしでかしてきたことが一気に恥ずかしくなってきた。
自分がダメなとこわかったんだから、直せばいいじゃない?とも楽観的に思ってる。
黒歴史は仕方ない。謝る機会があったら誠心誠意、謝ろう。
償うことができるなら、精一杯できるだけのことはしよう。
「せりか」はまだ私の頭の中で
「うわぁああああー!消してええ!!時間を巻き戻して消したい!!」と
ゴロゴロと転がっているような感じだ。
こればかりは……「しずか」もよく自宅に帰って呻きながらゴロゴロしてたしなぁ。
割と表向きはしっかりしたOLぶってたけど……。
──わあ!!静さんって……すっごい、美人じゃない!?ファッションモデルみたいですわ!
一瞬、頭の中に流れた静のOL時代のビジョン。ぴょこんと「せりか」が起き上がって食いつく。
その可愛い様子を思い浮かべて苦笑する。
違う違う。これは、フルメイクして仕事用にフル装備してる時。メイク落とすと……
──うわぁ……ブサイク……
ハッキリ言うなよ!!泣くぞ!!
元から可愛い瀬梨華と違って、ものすごい努力したんだぞ!
──そうですわよね……凄い頑張った記憶がありますもの……ごめんなさい。
“元から可愛い”という言葉に「せりか」が反応して、かあっと頬が火照るのがわかる。
ほえ?瀬梨華、普通にかわいいだろ??っていうか、尋常じゃなく可愛いと思うけど?
クォーターだから目鼻立ちはパッチリしてるし脚もすらっと長いし、体つきだって細くて華奢で。
自分で自分を褒めるというのも、おかしな気分ではあるけれど。
──や、やめてくださいっ……お母様以外に、そんなこと言われたことないですっ!
意識がつながってるせいでウソはつけないし、もともと静は小器用にウソがつけるタイプでもない。
それがわかる分だけ、純粋な賞賛は「せりか」にダイレクトに伝わる。
そして、本当に言われたことがないコトも「しずか」にはわかってしまう。
こんな美少女ほったらかしてイジケさせてグレさせるのは、どこのどいつだよ!!??
落ち着いて話してみりゃ可愛くてイイ子だし、悲しませるなんて天地が許しても私が赦さん!!
──ふあぁ!?そんなに怒らなくてもぉ……いつまでも拗ねて自分の殻に閉じこもっていた私が悪いんです。
自分の立場に寄り添って憤ってくれる「しずか」の存在が、「せりか」にとってありえないくらい幸せなことで。
私の脳内は歓喜につつまれ感動してた。
「わぁ……泣くなよ……」
慌ててノートを避ける。ぽたぽたと涙や鼻水が机にこぼれる。
いっぱい話し合った。記憶も意識も共有してるのだから、これ以上ないってくらい腹を割った話し合いだ。
話していくうちに「せりか」はどんどん大人びていくようだった。
そして「しずか」は、それを暖かく包み込むように……
窓の外は白み始めてて、もうすぐ夜が明ける。長い長い夜が明けようとしていた。
主人公以外のキャラがでてこない……∑(*`ロ´ノ)ノ