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魔法あります  作者: 猫屋ちゃき
第一章 魔法あります
7/25

7 素敵だね

「安達くん、まーだー?」

「もうちょっとだから」


 武内さんは本当に体力がないらしく、坂を登りながらもう何度めかの「まーだー?」を叫んだ。

 確かにこの坂は急だけれど、高校までの緩く長い坂のほうが余程きついだろうに、毎日どうやって通っているんだろうと不思議になる。


「ついたよ」

「おおー! こんなお店あるんだー! 知らなかった! すごい! レトロ! 雰囲気あるー!」


 何の練習もせずにフルマラソンに挑んだ人の如く疲れ果てボロボロになりながら足をやっとこさ動かしていたくせに、「たまや」を前にして武内さんは元気な子供のようになった。


「あたし、高校周辺の地理に全然詳しくないんだけど、ここってみんな知ってるところ?」

「ううん。今まで他の生徒に会ったことはないかな」

「じゃあ、安達くんの隠れ家なんだね、ここ。……連れて来てくれてありがとう」


 行きがかり上だよとか、他に店を知らなかったからとか、何か言おうかと思ったけれど、そのどれも武内さんのまじりっ気のない笑顔には相応しくない気がして、俺はただ「うん」とだけ答えた。


「アイスって何がオススメ?」


 ケースを覗き込みながら武内さんが言う。けれど、俺は武内さんよりもこちらへジッと視線を向けてくる複数の気配のほうが気になって、ジッと見つめ返した。


「あの、タマさん? あと、ハッちゃんか。出て来て。メッチャ気配わかってるから」

「なぁ~んだバレてたか~」

「バレた~」

「た~」


 襖の向こうに声をかけると、バターンと開いてタマさんとハッちゃんと、見知らぬ小さな子が現れた。


「司くん、デート? その子にもラムネあげる?」

「デートじゃない。ラムネじゃなくてアイス食べに来た。ハッちゃん、その子は?」

「ミケコ。ハッちゃんの友達だよ。ラムネもらいに来た!」

「ラムネっ」


 ハッちゃんとミケコと呼ばれた子は俺に向かって手を揃えて突き出してくる。


「うん、ラムネをご馳走するのはやぶさかではないけど……蓋で飲むのは今日はちょっと」

「わかった! このまま人間の姿で飲むね!」

「人間!」


 努めて小声で言ったのに、ハッちゃんとミケコは合点承知と大きな声で返事をした。

 ヒヤッとして武内さんのほうを振り返ると、クスクス笑ってこちらを見ていた。


「それ、何ごっこ? 安達くん、子供と遊んであげるなんて意外」

「意外って何でだよ」

「だって何か怖いイメージがあったから」

「司くん怖くないよ? ハッちゃんのこと助けてくれた!」

「助けてくれたの?」

「そう、行き倒れてたから」

「えー中学生で行き倒れって、あなたハードな人生歩んでるのね」

「この坂道はなかなかに難所だったから」

「確かにね。あたしもさっき死にかけたもん」

「ラムネー!」


 初対面のわけのわからない子供二人に臆することなく武内さんは店の奥へと入って来て、あっという間に打ち解けてしまった。

 今日はハッちゃんが猫耳型のニット帽を被っているし、ミケコはきちんと化けられているのが幸いだった。

 こうして見ると、普通の女の子三人がはしゃいでいるようにしか見えない。


「じゃあ今日は司くんのお友達も来てるから、新作アイスの試食会にしようかな」


 お盆を手に、奥から再びタマさんが現れた。お盆の上には涼しげなガラスの器に盛られたアイスが乗っている。


「本当にまだ試作段階だから、今日は棒付きじゃなくて器で食べてね」


 俺たちを店の前のベンチに座らせて、タマさんはひとりひとりに器を手渡していく。

 ハッちゃんもミケコも、武内さんも、目をキラキラさせてそれを受け取った。


「アイス初めて食べるー」

「ミケコもー!」

「え? 二人とも随分厳しく育てられてるんだね」


 三人(二匹と一人?)はもうすっかり打ち解けて、友達みたいに話している。

 武内さんが一口食べて「生き返るー!」と言うと、ハッちゃんとミケコも「生き返るー!」と叫んでいた。


「司くんのお友達、いい子ね。あの子達のわけのわからなさも受け止めて一緒に遊んでくれてる」


 隣ではしゃぐ三人に聞こえないように、そばに寄ってきてタマさんがこそっと言った。俺に向ける眼差しが優しい大人のそれで、何だかくすぐったくなる。


「友達っていうか、今日初めてしゃべったんですけどね」

「じゃあ、今日はもっとたくさんお話しないとね」


 俺の少しツンツンしてしまう返答も気にせず、タマさんは優しい笑みを崩さない。

 こういうの参るよな――そう思っても、決して嫌な気分ではなかった。

 くすぐったい感覚から逃れたくて、俺もアイスを口に運んでみた。

 白く見えたのはミルク味ではなくヨーグルト味で、その中にこの前食べたときよりも細かく刻まれたパインが入っていた。爽やかな酸味とフルーツ特有の甘味が口の中でまざりあって、喉を滑っていく。


「……うまい」

「よかった。成功みたいね。じゃあこれは近々商品として追加しよう」


 俺の反応を見て、タマさんは満足そうに頷いた。

 武内さんたち三人を見るともう完食していて、おいしさの余韻を楽しんでいるのか、幸せそうに目を閉じていた。


「じゃあ、ハッちゃんもミケちゃんもまた奥でお勉強しようね」

「はーい。お姉ちゃん、またね!」

「またねー!」


 タマさんは気を利かせたのか、ハッちゃんとミケコを連れて奥の座敷へと戻っていってしまった。パタンと襖が閉まるまで武内さんは手を振っていたけれど、その手が止まってしまうと途端に二人の間に沈黙が流れた。


「……アイス、おいしかったね」

「うん。いちごもオススメ」

「今度食べてみるね」


 アイスの感想を言い合っただけで、もう会話が終わってしまった。

 気まずいわけではなく、どちらかというと気恥ずかしい。打ち解けた気になっていたけれど、そういえば俺たちは今日初めて口をきいたのだった。


「今日、ここに来られてよかった。……むしゃくしゃしてた気持ちがなくなったもん」

「むしゃくしゃしてたんだ」

「うん。今気づいたんだけどね」


 武内さんは少し哀愁漂う表情で笑った。この子もこんな表情をするのかと思ったけれど、天真爛漫に見える人にだって内に抱えるものくらいあるよなぁと思い直す。

 みんな何かしら抱えて、それでも人とぶつからないように微調整を繰り返しながら生きているけれど、それがうまくいかないときは今日みたいなことが起こってしまうのだろう。


「本当に悪気はないんだと思うけど、橋本くんと付き合いだしてからちょっと美緒、変わっちゃって。初カレだから良い感情も悪い感情も初めてで、それを扱いかねてるんだとは思うけど」

「初カレなんだ。何か、当たり前に彼氏がいるもんだと思ってたから、橋本が告ってOKもらったって聞いたときはビビッたよ」

「そうそう。みんなそう思うらしく遠巻きに見てるだけで、実際に美緒に猛アタックしたのは橋本くんが初めてなんだよ」

「じゃあ他の奴が先にアタックしてたら、橋本は付き合えてなかったのかな?」

「どうだろうね。こういうのってタイミングとか縁だもんね。でも何か、あの二人はうまくかみ合った感じだね」

「そうだな」


 橋本と松野さんという共通の話題があると、あまり意識せずに話すことができた。だけど何となく、武内さんはもっと突っ込んだことを話したがっているような気がした。


「今日ってさ、どういう話になってたの?」


 話題の取っ掛かりをと思い水を向けると、武内さんは少し困った顔をした。

 たぶん、どう説明するのがスムーズで俺を不快にさせず、かつあの二人に対する心象を悪くさせないか考えているのだろう。明るく無邪気に振舞っているようで、気を回している苦労人だなぁと何だか心配になってしまう。


「ようはダブルデートもどきのお誘いだったんだろう?」

「うーん……それは半分正解で、半分は違うかな」


 そう言って武内さんはしばらく考え込んだ。

 普段の教室での武内さんしか知らなければ、この考え込むという仕草すら想像がつかなかった。


「橋本くんと安達くんが遊べてないのを美緒が気にしてたっていうのは本当。でも、今日の一緒に出かけようってなったのは、美緒が『春香にも彼氏がいたら、ダブルデートって形で橋本くんとも美緒とも一緒にいられて楽しいだろうな』って言ったのがきっかけだったの。それであたしが『じゃあ安達くんを誘って四人で遊ぶのはどうだろう?』って言っちゃったから……」

「……」


 何と答えていいかわからなくて、俺は絶句した。

 きっと松野さんは悪意はなく、無邪気にそんなことを言ったのだろう。けれどその発言は、恋に浮かれきっていて、友人に対する思いやりには欠けている。


「あたしの発言で巻き込んじゃってごめんなさい」

「え?」


 俺がなにも言わないのを怒っていると勘違いしたのか、武内さんはものすごく申し訳なさそうな顔をした。

「ああ、違うんだけどな」とか「腹立たないの?」とか、色々言いたいことはあったけれど、それをきちんと伝えるための言葉が思いつかない。


「今回のこと、武内さんは腹立てていいと思うよ。俺、橋本に同じこと言われたらムカつくと思うし」

「……でも、友達が彼氏ができてそれが楽しくて浮かれてて言ったことに腹立てるのって、正しくないって思うし」

「正しいとか間違ってるとか、考えなくてもいいんじゃない? 自分の感情なんだし。人それぞれ腹立てるポイントなんて違うもんだし、武内さんが『ムカつく』って思ったらそのまんま思ってたらいいんだと思うよ」

「そう、なのかなぁ……」


 武内さんのことを不器用だと思ったけれど、俺も大概不器用だ。気持ちを和らげてやりたいとか共有してやりたいとか思うのに、説教臭くなる。自分だって人のことを言えないくせに。


「非リア充は非リア充で楽しくやってるんだから、リア充風吹かせて構ってきて欲しくないよな」

「……ああ、そう言えば良かったんだね。安達くんが今、私のむしゃくしゃをうまく言葉にしてくれたよ」


 妬みたくない、羨ましくない――そんなふうに思えば、感情が歪む。そういった前向きじゃない感情にもきちんと向き合って言葉にしたほうが、案外スッとするものだと気がついた。


「でも美緒の、『自分の恋を友達にも承認してもらいたい』って気持ちはわかるんだよね」

「反対は別にしてないんだけどな」

「よねー」


 友人への不満で話が膨らむのってどうなんだという気はするけれど、何となく武内さんとは仲良くなれた気がする。



「ねぇ、そういえばこの『魔法あります』って貼り紙は何?」


 くだけた雰囲気になって普段のことやクラス内での出来事の話題で盛り上がっていると、唐突に武内さんがガラス戸を指差した。その先にはもちろん、タマさん手書きのあの胡散臭い貼り紙。


「ああ、あれね。この店、魔法を売ってるんだよ」


 何となく、武内さんには話してもいいかなと思い言ってみた。

 これで「何言ってんの?」と言われれば「冗談だよ」と返そうと思っていたけれど、武内さんはキラキラした目で俺を見ていた。


「え? どんなの? 空飛んだりする?」

「空飛べるかはわかんないけど、たとえば……ここの坂を下っていったところにある神社の前である呪文を唱えると会いたい人に会える、とか」

「その呪文を提供してるってことなんだね。すごい! 他には?」


 からかう様子は全くなく、真剣に武内さんは尋ねてくる。俺なんて魔法と聞いただけで宗教の勧誘かと身構えたのに、武内さんは柔軟性に優れている。


「すごい! 素敵だね!」


 プライバシーは守られるべきだと思い、ハッちゃんたちのことは伏せて、この店にある雑貨やタマさんから聞いた魔法について話した。

 武内さんはキャッキャとはしゃぎながら聞いてくれた。その柔軟さに俺はすごく驚いた。この子のほうがよほどタマさんの言うところの縁とやらが強い気がする。


「今日、ここに連れてきてくれてありがとう。すごく素敵な出会いだった。そのこと自体が魔法みたい」


 屈託なく笑う武内さんの笑顔が眩しくて、何だか照れてしまう。でも、こういう真っ直ぐさには憧れる。


「……武内さんって、夢見がちって言われない?」

「もう! 普段は隠してるよー」


 照れているのを悟られないために、少し意地悪を言ってみた。そんな俺に武内さんは肩パンをしてくる。


「本当は夢のあることが好き。ロマンとかファンタジーとか大好きよ。でも、それを馬鹿にされたり踏みにじられたりしたくないから色々秘密にして生きてるんだよ」

「そうなんだ」

「うん。だから、このお店のことも秘密にしとくんだ。じゃあね」


 武内さんはそう言うと、元気よくポニーテールを揺らしながら手を振って坂を下っていった。いつの間にか随分と話し込んでいたようで、太陽が傾き始めていた。

 体力のない武内さんが坂の途中で転びやしないかと心配で見守っていたけれど、時折振り返っては手を振って、そのまま無事見えなくなっていった。



 その夜、橋本からメールがあった。どうやら武内さんが松野さんを通じてうまく取り計らってくれたらしい。昼間の衝突による険悪さは一切なく、むしろこちらに気を使ってくれているのがわかった。気を使うポイントが少しずれているけれど。


「今度の花火大会に武内さんを誘ってみたらどうだ? 二人きりがハードル高いなら俺と美緒も付き合うよ!」


 ダブルデートのお誘いじゃねーか! と思ったけれど、嫌な気持ちにはならなかった。

 俺は少し悩んだ結果、橋本に援護を頼むことにした。

 でも、その前にきちんとしておきたいと思い、今日交換したばかりのアドレスへメールを打った。


「花火大会、よかったら一緒に行きませんか?」


 何度か打ち直して、敬語の文面に落ちついた。面と向かってよりメールを打つほうが緊張してしまう。

 武内さんがどんな顔をしてこのメールを読むのだろうと思うと、今まで感じたことがないようなドキドキに胸が支配されていくようだった。

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