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魔法あります  作者: 猫屋ちゃき
第一章 魔法あります
6/25

6 非リア充同盟

「安達、今日これから時間ある?」


 今日で前期の課外は終了だから、学食で冷やしうどんでも食べてから「たまや」に行こうかなーーそんなことを考えながらカバンに荷物をつめていると、橋本に声をかけられた。

 今日は傍らに松野さんがいる。

 松野さんは俺の視線に気づくと、ニコッと雰囲気だけで笑った。育ちの良い人が“準”仲良しに見せるちょっとくだけた感じの社交辞令っぽい、あの笑みだ。


「これから一緒に遊びに行かねーかなと思って声かけたんだけど」

「え? この三人で?」

「いやいや、美緒の友達も来るって」


 松野さんは再びニコッと笑って、小さく「どうかな?」と聞いてくる。

 その横で橋本も、イエスの返事しか期待していないような顔で立っている。

 その一体感みたいなものが嫌で、自分の中で何かがざわつくのを感じた。

 これからバスか電車にでも乗って市街地へ出て、昼飯を食ってゲーセンにでも行って遊ぶのか。

 俺と、松野さんの友達とやらと、この二人で。

 カップルと一緒に歩くオマケ、みたいな図しか思い浮かばなくて、嫌な気持ちになる。添え物二人でどうしたらいいかわからない空気の横で、このカップルは今みたいな一体感を醸し出して悠然と笑っているのだろう。

 それはあまりにも居心地が悪い。俺はこういうことがあまり好きではないのだと思い知らされる。


「んー、パスさせてもらうわ。ごめんな」

「何で? 最近安達、付き合い悪くね?」


 あくまで感じよくかわしたつもりだっただけに、引かない橋本に苛立ちが募る。


「何でって言われても、気乗りしないからやめとくわ」

「なぁ、そうやってそそくさといっつもどこ行ってんだよ」

「どこでもいいじゃん。……ダブルデートとか、フリー同士くっつけようとか、そんなんだったら他の奴誘ってくれ」

「そんなんじゃねーよ」


 松野さんの手前嫌な空気にしたくはないから極力笑顔でやり過ごしたかったのに、引かない橋本につられる形で最後は言葉が荒くなってしまった。

 気まずい視線を背中に感じながら教室を出た。

 気持ちがささくれ立って、とてもじゃないけれど食堂に行く気にはなれなかった。

 何でこんなにも苛立つのだろう。

 俺は時々、こういうどうしようもない感情に翻弄される。

 こうして廊下を歩き出してみたら、さっきの出来事にあんなに苛立つ必要はなかったんじゃないかという気がしてきた。

 橋本と松野さんはちょっと無神経だし、気を回すところがズレてる気がするけれど、別に俺を不快にさせたかったわけじゃないだろう。

 それなのに俺が大人じゃなかったばっかりに、雰囲気はめちゃくちゃだ。

 今度は、自分に苛立ってくる。


「……あー、嫌だぁ……」


 靴を履いて昇降口を出てしばらく歩いて、周囲に人がいないことを確認して、声に出して言ってみた。

 今が盛りとばかりに蝉が鳴いていて、うまいこと俺の叫びは夏の空気に溶けていった気がする。



「あーだーちーくーんー!」


 後ろからものすごい声量で俺を呼ぶ声と、ものすごい存在感で迫りくる気配があった。

 振り返るとそこには、全力疾走したらしく息を切らした女子がいた。


「武内さん?」

「安達くん、おこ? おこなの? むしろガチキレ?」

「いや、別に……」


 何なのこの子? と一瞬考えたけれど、そういえば武内さんは松野さんの友達だ。だから追いかけて来たのか? と思ったけれど、それを確認しようにも本人は膝に手をついてゼーゼーと呼吸を整えている最中なので声をかけづらい。


「あの、さ……状況説明を、させてもらっても、いいかな……?」

「うん、俺もぜひそうしてもらいたいんだけど、まず息を整えたら?」

「……そうする」


 武内さんは二三度深呼吸をして、それでも不安があったのかもう一度深呼吸をして、それでやっと落ち着いたようだった。

 どこから走ってきたか知らないけれど、それにしたって高二女子としてこの体力のなさはいかがなものだろう。しかもポニーテールといういかにも元気女子な見た目だけに、ギャップに驚かされる。


「あのね、橋本くんが美緒と付き合いだしてから安達くんと遊べてないって言ってたのを美緒が気にしてて、それでちょっと嘆いてたから、あたしも美緒と遊びたかったし、四人でワイワイやるのもいいかなとか思って安易に今日のことセッティングしてもらったの。だから別にあの二人が悪いとかじゃ決してなくて、ただ美緒から話聞いたあたしが、橋本くんと安達くんの仲直りの手伝いできたらとか勝手に思っただけで」

「俺、別に橋本と喧嘩してないよ?」

「え? でもさっき怒って帰ったんじゃ……」

「んー、イラっとはしたけど、別にそれであいつを嫌になったとかではなくて、本当に気分じゃなかっただけ」

「……そうなんだ」


 よくしゃべったからか、拍子抜けしたからか、武内さんは疲労感を滲ませてへなへなとへたり込んだ。

 何だか騒がしい子だ。有り余るエネルギーが眩しいというか喧しい。


「男子って難しー! 全然接点ないと思ってた子たちが妙な繋がりがあったり、仲良いはずなのにたまに別行動だったり」

「俺から見たらいっつも一緒の女子たちのほうが難しいけどな」

「まぁ、難しいよー。……仲良しだと思ってたのに、急に壁とか序列とかできたりするんだから」


 おどけた感じで話していたけれど、何だか語尾に哀愁を感じでしまって少し気になる。

 こういう明るい子のほうが、いろいろ抱え込んでいるのかもしれない。


「武内さんは、俺を連れ戻しに来たの?」

「んー……どうだろう。何か追いかけてきちゃったけど、今さらあっちに合流したくはないかな」

「まぁ、だろうなぁ」


 武内さんは立ち上がって、グッと伸びをした。無防備なおへそがチラリと見えて、俺はあわてて目を逸らした。

 視線の行き場がなくて空を見上げたけれど、眩しくて思わず目を瞑る。目を閉じていても夏の空が、まぶたをジリジリと焼いてくる気がする。


「非リア充同士、アイスでも食べに行きますか?」


 何となく、武内さんをそのままにして帰るのがためらわれて、気がつけばそんな言葉が口をついて出ていた。武内さんのことをおせっかいだなと思ったけれど、俺も十分おせっかいだ。


「彼氏がいなくったって、あたしのリアルは充実してるんだからー! ……でも、アイスは食べたい」


 武内さんはリア充という言葉に逡巡したようだったが、それも一瞬のことで、すぐに笑顔になった。クルクル変わる表情が見ていて楽しい。


「なら、行こう。俺の行きつけの店に案内してやる」

「何それ! 行く行く!」 


 おせっかいとかそんなのじゃなく、純粋に一緒に行きたいなという気持ちに変わって俺は歩き出した。

 そういえば、あの坂を誰かと上るのはすごく久しぶりな気がする。それがいつ誰とだったかは思い出せないけれど。




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