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魔法あります  作者: 猫屋ちゃき
第一章 魔法あります
3/25

3 訳ありな猫

 小さな秘密を告白するように、いたずらっぽくタマさんは笑う。

 にわかには信じがたい話だけれど、これまで誰ともこの店で会わなかったのは、そういうわけだったのかと思えば納得がいく。

 ひとりになりたくて、学校近くのコンビニを避けてここに辿りついたこと自体、かつての「たまや」の主が残した魔法なのかもしれない。


「この店に縁があるってことは、この町に散りばめられた魔法を発動させるための仕組みにも縁があるってことなのよ」

「それ、タマさんじゃダメなんですか?」

「ん~何ていうかあたしはね、逆に近すぎてダメというか、深く関わりすぎていて魔法は使えないの」


 そういうものなのか、と納得しかけて、自分がすっかり「魔法がある」ことを前提に話を聞いていることに気がついた。

 順応するってこういうことかと我ながら感心してしまう。


「縁があるだけじゃなくて、司くんは昨日、お客さんをこの店に連れて来たのよ」

「お客さん?」

「そう。本来だったらここへは辿り着くことができなかった、けれどこの店の魔法を必要とするお客さんを」


 もしかして、と思ったとき、「ニャー」という鳴き声が足下からした。

 見ると、俺が昨日ここまで連れて来てラムネを与えた猫が、キラキラした目で見上げていた。


「迷って迷って長い道のりを歩き疲れたところを司くんが見つけて運んでくれたおかげで、この子はここへ来ることができたのよ」


 白黒の猫は感謝の気持ちを伝えてるつもりなのか、僕の足にスリスリしてくる。


「この子はハッちゃん。人間になりたくて、魔法を求めてこの店にやってきたんだって」


 ハッちゃんと呼ばれた猫は、また「ニャー」と鳴いた。まるで「そうなの」とでも言いたげな様子だ。

 人間でいうと前髪を真ん中で分けたような見事なハチワレ模様だから「ハチ」なのだろうか。


「司くん、試しにこの子に人間になるための魔法を考えてあげて」

「え?」


 魔法が「あったらいいなぁ」と思いながら話は聞いていた。でも、実際に「ある」と断じた上で「さぁ、やってみろ」と言われても、すぐには思考が追いつかない。

 それに何より、そういったものを丸ごと受け止められるほど、もう無邪気な子供ではないのだ。


「ものは試しに、ね? 楽しいことを考えてみる、くらいの気持ちでさ」


 タマさんは子供を宥めるような口調で言う。

 そういえば、初めてのスイミングに行きたくないと駄々をこねたとき、同じような言葉で母さんに宥められたのを思い出した。

 女の人にこうやって宥められるのが、正直苦手だ。つい言うことを聞いてしまうのだ。ちょっと我慢すればこの人が喜ぶならと、つい考えてしまうのだ。


「……じゃあ、考えるだけなら」


 俺がそう答えるとタマさんはまるで花が開いたように笑い、「ハッちゃんよかったね」と言った。

 こういう顔をされると、「あぁ、もうしょうがないなぁ」という気持ちになってしまう。


「ハッちゃんはね、ずっと人間でいたいわけじゃないんだって。用が済んだら猫の姿に戻りたいって。そして、一度きりじゃなくて、また用ができたら変身したいんだって」


 タマさんの“通訳”を聞いて、俺は猫になったり人間になったりを繰り返すハッちゃんの姿を想像した。何だか忙しなくて、猫らしくない気がする。ゆったりすることを好むイメージが猫にはあるけれど、案外色々な事情を抱えているらしい。


「……水溜りを使った魔法はどうかな?」


 変身モノといえば、何か道具が必要かな。そういえば、昔のアニメで鏡を使って変身するなんてものがあったな。でも猫に鏡を持ち歩かせることはできないから、何か代わりのものを……。

 いざ考え出したら止まらなくなって、そう口にしていた。

 こんな技使えたらいいよなぁと、今よりもっと子供だった頃、友達と考えていたあれと同じだと思えば楽しくなってしまった。


「いいね。じゃあ、呪文は?」

「『水溜り ジャンプ にゃんぱらり 上手にできたらへーんしん』なんて……どうでしょう?」


 言いながら、これはあまりにも乙女すぎるだろうと恥ずかしくなって、最後は芸人みたいなポーズをつけてやってしまった。


「いいと思う! ねぇ、ハッちゃん」


 しばしの沈黙のあと、タマさんははしゃいだようにそう言った。

 ハッちゃんも、目をキラキラさせて喜んでいるみたいだ。


「水溜りなら、時間が経てば蒸発しちゃうから、それで自然と変身は解けるかなって思うんだけど」

「うん、良い考え」

「でも、念のために解除の呪文は『尻尾 追いかけ くるり 元通り』でどうかな?」

「いい! 司くん、センスある!」


 恥ずかしいけれど、褒められるとやっぱり悪い気はしない。

 ハッちゃんは俺のほうへ「ニャー」とひと声鳴くと、店を飛び出していった。


「友達にも教えに行くんだって。いいね、楽しそうだね」

「猫って、あんなふうに歩くんですね」


 坂を下っていくハッちゃんの後ろ姿を、タマさんと二人で見送った。跳ねるみたいな足取りで、まるでスキップしているみたいだ。

 この町にあるという魔法の存在も、自分にある縁とやらも、まだ完全に信じられたわけじゃないけれど、自分のしたことがあんな軽やかな足取りになるほど誰かを幸せにしたということが何だか嬉しい。


「夕立が来るかねぇ」


 空を見上げてタマさんが言う。

 俺も隣で見上げてみるけれど、そこにはただ青い空があるだけで、雨の予兆は感じられなかった。


「雨、降るといいですね。そしたら明日にでもハッちゃんは変身できる」


 自分で言っていて、ちょっと感化されているな思った。でも、タマさんの「ふふ、そうだね」と言う笑顔を見たら、それでいい気がしてきた。




「たまや」を出て坂を下り家のある通りまで来たとき、突然空が暗くなり、まずいと思ったときには降り出していた。

 粒の大きな雨で、あっという間に髪も服も足元もびしゃびしゃになった。

 入道雲、つまり積乱雲から降るような突発的な雨を驟雨と呼ぶらしい。この前、小説を読んでいたら驟雨という言葉が出てきて辞書をひいて意味を知ったとき、「なるほど、入道雲を見たら雨に注意だな」と思ったのに、すっかり忘れていた。

 タマさんは、入道雲を見て夕立を予測したのだろうか。

 濡れた制服から私服に着替え、靴に新聞紙を丸めて詰め終わる頃には雨は上がっていた。

 自分の部屋の窓から外を見ると、空の色が変わりはじめていた。山の端から迫る茜色と降りてくる夜の紺色がまざりあって、不思議な色合いを作っている。夕方のピンクとオレンジに染まった雲が、取り残されたような青空にぽっかり浮いているのを見るのが好きだ。この世界に色が溢れていることに感謝したくなる。


「明日、天気になるといいなぁ」


 遠足前日の子供みたいなことを、つい呟いてしまう。

 雨だと学校に行くのが面倒臭いとか、濡れるのが嫌だからとかそんな理由ではなくて、純粋に晴れが楽しみだと思えるのは久しぶりだ。

 青空を映した水溜りを飛びこえる猫たちの姿を想像して、ほっこりとする。

 誰かに話せることではないけれど、魔法があればいいなと俺は思いはじめている。

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