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魔法あります  作者: 猫屋ちゃき
第三章 陽炎
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9 青春の魔法

 次の日、予想外に早い時間に藤雄さんから「できたよ」とのメールがあったため、課外が終わってすぐに藤雄さん宅に向かった。

 わざわざ教室に迎えに来てくれた吉川先輩を見て田中が無駄にテンションをあげたこと以外、特にトラブルもなく学校を出ることができた。


「昨日ね、『ある用事が片づいたらちゃんと話を聞くから』って慎にメールしておいたの」


 歩きながらさっぱりとした顔で吉川先輩は言った。その顔を見て、「ただ知りたいだけなの」と言った先輩の言葉の意味がようやくわかった気がする。

 藤雄さん宅に到着すると、蔵を改造した暗室兼映写室でフィルムを見せてもらった。

 どうしても同席すると幸太がごね、吉川先輩が全く気にしないということだったから一緒に見ることになった。とんでもないものが映っていたらどうしようと思っていたけれど、パッと見には音のない思い出フィルム総集編のような、安い映画の予告編のような、そんな凡庸な映像な流れていた。

 それはグラウンドを走る今より幼い感じの吉川先輩の姿から始まり、一緒に走る小宮先輩を映した。それからもう一人の女子――おそらくこれが例の詩織さん――も加えた三人で一緒に帰る映像になり、しばらくはそんな仲の良い三人の様子を細かな場面の切り替えで見せられた。

 映像が少し進むと、足を引きずる小宮先輩とそれを支える詩織さんの姿に切り替わった。いつの間にか映像の中の二人が成長して、幼さが抜けていた。

 そこからまた場面が切り替わり、今まで一人で部活が終わるのを待っていた詩織さんの隣に小宮先輩が並ぶようになる。そうして走り終えた吉川先輩が待っている二人のところへ駆け寄っていくのだけれど、カメラはスッと寄って行き、二人の顔を近くで映した。

 ほんのわずかな瞬間、二人の視線が交わって、それが意味のあるものだと見ている者にわからせた。


「『大会が終わるまで待とう。今、あの子は大事な時期なんだよ』だって! 何だよこれ。展開読めちゃうんだけど!」


 今まで黙って画面を見ていた幸太が、突然つまらなそうに呟いた。


「幸太、何言ってるのかわかるの? 音なしだよ?」


驚いて尋ねると、幸太は一瞬こちらを見てすぐにスクリーンに向き直った。


「僕さ、ママが夜に見てるドラマ、こっそり布団から顔出して見てるんだ。『早く寝なさい』って言われるけど気になっちゃうから、ほとんど音が聞こえない状態で頑張って見てたら、口の動きだけで何言ってるのかわかるようになったんだー。あ、やっぱりこういう展開だろ! 『あの子が何も知らないんだって思ったら……可哀想で……こんなの、やっぱり間違ってるよぉ』だってさ! けっ」


 俺たちが何に驚いているのかわからずに、画面に釘付けのまま幸太は言った。

 その後も幸太は何を言っているのかわかった部分は台詞を声に出して言っていた。文句を言いながらも幸太はこの

「展開が読めてしまうつまらない」映像を楽しんでいるようだったし、幸太があまりにもおかしな口調で台詞を言うから最後にはみんなで笑ってしまった。


「お姉さん、キレイだなって思ったらこういうのに出てるんだね。女優さんになりたいの? でも、このシナリオはやめておいたほうがいいよ。お姉さんの役以外の二人がお姉さんの役をダシにしてあーだこーだ騒いで自分たちをかわいそがってるだけでさ、結局はそれが楽しいんだよ。こういうの、僕はダサいって思うから、お姉さんみたいなキレイな人にはもっとババーンと強く生きる女を演じて欲しいな」


 小さな批評家は偉そうに、そうコメントした。そんな身も蓋もないことを言われて傷ついていないか心配になったけれど、吉川先輩は幸太の頭を撫でて笑っていた。


「そうだね。こういうの、ダサいよね。ババーンと強く生きるよ」


 自分に言い聞かせるように、噛みしめるように、先輩は言った。終わりから逃げていたはずの先輩は、いつの間にかきちんと悲しみや悔しさや痛みといったものと折り合いをつけていたらしい。あとは形式としての終わりを口にすればいいだけなのだろう。



「じゃあ、別れ話をしてこようかな」


 しっかりとお礼を言って藤雄さん宅を後にして、三人で歩き出した。

 吉川先輩を心配しなくてもよくなったからか、武内さんはすっかり元気を取り戻していたし、先輩は前を見て晴れやかな表情をしていた。けれど少しだけ、瞳に割り切れない色と淋しさが揺れていた。

 よく考えたら、当たり前のことだ。中学からの付き合いだった親友と彼氏が、彼氏の足の故障というトラブルをきっかけに気持ちが通じ合ってしまい、それを今まで隠されていたんだから。これがいっそのこと双方からあっけらかんとカミングアウトされていたなら、ここまで吉川先輩は傷つかなかったのではないかと思う。

 当人たちは苦しんだのかもしれないけれど、気持ちがどうしても吉川先輩寄りになってしまっている俺としては「けっ」と言ってやりたい。


「先輩がわざわざ行ってやる必要ないですよ」


 決意を込めた足取りで少し先を歩く先輩に、俺はそう声をかけた。不思議そうな顔をして先輩は振り返る。


「『左足から けんけんぱ、右足から けんけんぱ、三歩進んで くるりんぱ、後ろにいる人だぁれ?』って、ここから少し行ったところにある神社の前でやってみてください。そしたら、先輩が今会いたい人に会えるはずですから」

「……わかった。やってみるね」


 いきなり動作つきでやった俺を見て、先輩は一瞬面食らった顔をしたけれど、すぐに笑顔になった。


「行ってくるね」

「あたしたち、『たまや』で待ってますから」


 神社の前まで先輩を送っていき、俺と武内さんは歩き出した。


「あたし、この道初めてだ」

「この町は小さいもの大きいもの合わせるとかなりたくさん道があるんだ。古い家を眺めるついでに、今度色々歩いてみる?」

「それって、デートのお誘い?」

「……まぁ、そんな感じ」


 二人で歩くのは慣れているはずなのに、何だか今の空気は二人を不自然に饒舌にした。

 よく晴れて、青い空が綺麗で、まさに夏という風が吹いていて気持ちが良い。

 欲を言えば夕陽が沈みかけていたらよかったのだけれど、そんなことを言って逃してしまうには惜しいほどのタイミングが今、訪れていた。

心の準備は、全くできていない。

まさか今日だなんて、思っていなかった。

けれど、この空気を無視するなんてことをしたら、俺はもう男じゃないなと自分でも思う。


「武内さん」

「…なぁに?」


 わざとらしくしっかりと前を向いて歩いていた武内さんに呼びかけると、ものすごく構えた様子でこちらを見た。もう、これは逃げられない――そう強く感じて、俺は覚悟を決めた。


「好きだよ」


 もうお互いの顔を見ていたら、そんなことをわざわざ言葉にしなくてもわかっていたことなのに、伝えなければという強い衝動が俺にそう言わせていた。


「……あたしも」


 武内さんは今までに見たことがないほどニヤけた顔をしているし、たぶん俺も同じような顔をしていることにも気づいていた。気づいたとしても、それはどうにかなることではなかったけれど。


「あー! どうしよう、どうしよう! 落ち着かないよ! きゃー」


 照れと嬉しさが頂点に達したらしい武内さんは、いきなり猛ダッシュで坂を駆け上がりはじめた。普段息を切らして

坂を上る様子からは想像できないほどの俊足だ。けれどそれも、いつまで保つかわかったものではない。


「ちょっと待って!」


 興奮しすぎた武内さんが転んでしまわないように、捕まえるべく俺も走り出した。

 夏の終わりの太陽が容赦なく地上を照らしていて、そんな中で全力疾走するなんて馬鹿げているけれど、何かが俺たちを突き動かしていた。

 ああ、これが青春の魔法なのか――と、流れる汗に俺は思った。


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