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魔法あります  作者: 猫屋ちゃき
第三章 陽炎
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8 カメラが映すもの

「じゃあ、行きましょうか」

「うん」

「よろしくお願いします」


 藤雄さんと幸太を見送ってから、店の奥に八ミリビデオのテープを取りに行った。在庫は数本あったけれど、あえて一本だけ手に取った。長々と撮ったところで、魔法が吉川先輩に応える気がないなら何も映らないだろうし、逆ならば三分で十分なはずだから。


「先輩、二人の過去を映すなら、どこが的確だと思いますか?」


 学校への道のり、俯き気味きカメラを握りしめて歩く吉川先輩に声をかけると、弾かれたように顔をあげた。ガンスタイル型のカメラがまるで銃そのものに見えてしまうほどに思いつめたその表情に、一抹の不安がよぎる。


「特別棟付近は撮るべきだと思います。その……小宮先輩たちをそのあたりで目撃してますし。あとは教室ですかね」


 何も答えない吉川先輩に代わって、武内さんが遠慮がちに提案した。それに対して先輩は微かに頷いて、「それから、グラウンドも」と付け加えた。

 裏門から入って一番近い場所にあるグラウンドから撮っていくことにした。

 グラウンドではまだ運動部が活動をしていて、熱気と砂埃があたりに満ちている。

 つい最近までここで部活をしていた吉川先輩を気遣ってか、武内さんは自分のカメラを取り出してシャッターを切りはじめた。武内さんのおかげで、吉川先輩がカメラを構えているのも、写真部の活動であるかのようにカムフラージュできていると思う。それでも念のため、隅のほうに移動する。


「先輩、見たいものを見るためには、しっかり念じないといけないんですよ? ……できますか?」


 どこか呆けたようにカメラを手に持つ吉川先輩にそう問うと、迷いなく首を縦に振った。けれどそれは弱々しい。


「こんなふうに言っちゃうと残酷ですけど、先輩が部活を頑張っているときに、先輩の彼氏と、親友だと思っていた女

子が恋仲になっていて、それをコソコソ隠していて、挙句の果てに先輩がそのことに気づいたら急いで別れ話をしようとしてきている、ただそれだけですよ? そんなクソッタレたちのために先輩がこうして時間をさいて、傷つくかもしれないものをわざわざ見て、覚悟とやらを決めてやる必要がどこにあるんですか? どう正当化したって、彼氏のやったことは浮気だし、親友だと思っていた女子は横恋慕ですよ? 『クソッタレ!』って罵って二人まとめて捨ててやればいいんですよ。先輩なら、彼氏も友達もすぐできますよ!」


 試すためではあったけれど、自分でもとんでもないことを言っている自覚はあった。武内さんは眉根を寄せて鼻の頭に皺を作って睨んでいるし、吉川先輩は見る間に悲しそうな顔になった。それでも俺は伝えなければならない。


「意地悪を言ってすみません。でも、俺は『たまや』の店主から魔法を任されてから色々考えて、魔法は人を幸せにするために使いたいって思ってるんです。だからもし、このカメラの魔法が先輩を傷つけるだけなら、俺は使いたくないんです」


 言いきってしまうと、吉川先輩は何かを考える顔になった。けれど、武内さんは相変わらず怒ったままだ。


「安達くん、それは少し傲慢じゃない? ……願いを叶えてもらうことで少しでも幸せになるってこともあるでしょ? 傷ついたとしても先輩がその先に自分で幸せを見出さないとも限らないのに、決めつけて機会を奪うのはどうなのかな?」

「それは……」


 武内さんが本気で怒っているのを初めて見た。小さな体をいからせて、ものすごい気迫でもってこちらに向かってくる。それはヒメアリクイが後ろ足で立って両手を振り上げる威嚇に似ていてちっとも怖くなかったけれど、そんな姿を想像するような怒らせ方をさせてしまったということがショックだった。


「春香、ありがとう。でも、そんなに安達くんを怒らないであげて。私の中に迷いがあるのを感じ取って、ああ言ってくれたんだから」


 そう言って先輩は荒ぶるヒメアリクイと化した武内さんをなだめて、俺のほうへと向き直った。


「嫌なことを言わせてしまってごめんなさい。でも、やっぱり私は知りたいの。知る権利が私にはあると思う。二人と向き合っても決して語られることはないだろうから、魔法を使ってでも私は知りたい。知って、その上で『クソッタレどもが!』って言えたらいいなって思う」


 瞳に光がしっかり戻り、歯切れ良く先輩は言った。「クソッタレ」の発音なんて最高にカッコ良くて、これなら何を知ってもこの人は大丈夫だろうと思えた。


「じゃあ、撮りましょうか。『その目に映せ、過去の残影を』――これが呪文です」

「わかった。『その目に映せ、過去の残影を』」


 カチッとボタンが押されて、撮影がスタートしたのがわかった。ポケットからスマホを取り出して時間を確認する。一分経ったら声をかけなければ。

 何となく、ざわめきがスッと遠くなって、風の中に魔法めいたものを感じた気がする。肌の表面が少し敏感になるような、そんな感覚だ。


「さっきは言い過ぎだった。ごめんね」


 音は録らないから普通の話し声でいいのに、小さな声で武内さんがそっと俺に言った。


「言ってくれてありがとう。確かにちょっと、驕ってたかも」


 つられて俺も小声になった。たったそれだけのことで、二人の間に親密さが戻ってきてホッとする。



 グラウンドを撮影したあと、特別棟付近と先輩の教室とを順番に撮影していった。

 意外に人というのはこちらを見ていないもので、誰かに声をかけられたり、不審な視線を向けられることがなくて助かった。


「確かこのフィルムって十メートル以上あるんだよ。これを液につけて洗って定着させて乾かして巻いてってしてたら、何時間もかかるね……」


 先輩からカメラを受け取ってしげしげと眺めながら武内さんが言った。

 カメラの知識が何もなかった俺と先輩は、その言葉に驚いて顔を見合わせた。


「やったことなければ驚くだろうけど、現像っていくつも工程があって大変なんだよ。だから、今からこれを持って行って藤雄さんに、さぁ現像してくれ、さぁ映写機を貸してくれって言うのは負担をかけてしまうから、今日は預けるだけにして帰らない?」


 極めて常識的な意見に、俺も先輩もうんうんと頷くことしかできなかった。

 何でもあっという間にできてしまうのに慣れることは怖い。カメラのことを知っている武内さんがいなければ、俺は藤雄さんに迷惑をかけるところだった。



 電車に乗って帰る二人と裏門で別れたあと、藤雄さんの家へ行ってフィルムを預けてきた。住所を見てわかっていたことだけれど、藤雄さんの家と俺の家はわりと近かった。これまで自分がいかに周りを見ずに過ごしていたことに気づかされる。

「結構ご近所だったんですね」と俺が言うと、「そうそう。どこかで見た子だと思っていたんだ。よその子はあっという間に大きくなるから、すぐにわからなくなってしまうけど」と藤雄さんは笑っていた。


「あの綺麗なお嬢さんの大事なものが映っているんだね。……これは責任重大だ」


 カメラを受け取って、藤雄さんが言った。

 それを聞いて、悪いものが映っていなければいいな――なんて思ったあと、吉川先輩にとって何が良くて何が悪いかなんて俺にはわからないなと思い直した。

 ただただ早く気持ちが楽になりますように――そのくらいのことしか祈ってやれないけれど、夜、眠りに落ちながらそんなことを考えた。


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