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魔法あります  作者: 猫屋ちゃき
第三章 陽炎
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6 なんでわかっちゃうのかな

 夕飯を食べながら、風呂に入りながら、メールの文面を考えた。シンプルでいいんだとわかってはいても、『心配してる』の一文だけで送る勇気は出なかった。


『今日様子がおかしかったけど、どうかした? 俺でよかったらいつでも話聞くからな』


 友人として踏み込める領域がどこまでかわからなくて、幾度も推敲して、結局この文面で送った。たぶん、ギリギリのラインだ。でも、『心配してる』よりも送りやすい内容ではあったと思う。

 やきもきする暇もなく、返信はすぐに来た。


『電話しても大丈夫?』


 ただそれだけの文面なのに、俺の鼓動はトンッと跳ね上がった。

 いきなり電話してきたっていいのに、こんなときにすら相手を気遣うような子だから、俺は好きになったのだなと改めて思う。

『大丈夫』と返事をするよりも、こちらからかけたほうがスマートな気がして、俺は電話帳から武内さんの番号を呼び出した。

「もしもし」


 スマホのスピーカーを通して武内さんの声が聞こえる。無防備な、いつもより少し子供っぽい声。


「もしもし。俺のほうからかけたけどよかった?」

「うん。ありがと。ごめんね……心配かけちゃって」


 申し訳なさそうな声で言ったあと、ギシッと何かが軋む音がした。たぶん、椅子かベッドの上で体勢を変えたのだろう。伸ばしていた足を引き寄せて体育座りの形に丸まった姿を想像してみた。


「うちの両親ね、厳しいわけじゃないんだけど、とにかく勉強できるにこしたことはないって考え方の人たちなの。だから私も、その考え方に従って今まで生きてきたんだけどね」


 ポツリポツリと、武内さんは語りはじめた。


「勉強することは別に苦じゃなかったの。工夫したらそのぶん結果で返ってくるから楽しかったし」

「うん」

「でもね、あたし、妹がいるんだけど、妹に対する両親の対応見てたら、何か腹立ってきちゃって……」

「うん」


 またギシッと、体勢を変える音がした。


「妹――侑香っていうんだけど、侑香はあんまり勉強が得意じゃなくて。頑張ってはいるんだけど、なかなか結果がでないタイプで。今年受験で、一応あたしと同じ高校に行きたいって言ってるんだけど、テストの結果は芳しくなくて。それで両親は『侑香は他に才能があるから、勉強ができなくてもいいね。専門学校に行って得意なことを極めて仕事にするっていうのもいいことだ』って言い出してね……」


 区切りをつけるように、武内さんは溜息をついた。


「それで子供たちが傷つくなんて思ってないんだよね。侑香は『お姉ちゃんみたいに頭良くないから見放された』って拗ねてるし、あたしはあたしで騙された気分だし。両親の言い方だったら、まるであたしは何の才能もないみたいじゃない……」


 途中で声がくぐもって、鼻をすするような音が入る。ああ、泣いているんだなとわかったけれど、何も言わず言葉の続きを待つことにする。


「もしあたしが勉強が不得意だったら、好きなことさせてくれるのかなって思って悲しくなっちゃったんだけど、こうして話してみたら、大したことなかったかも」


 語尾に笑いをにじませて武内さんは言う。けれどそれは、本心ではなく、自分の胸の内を吐露したことの照れを誤魔化すためのような感じがした。


「武内さん」

「ん? なぁに?」

「愚痴でも何でも聞くから、無理に話まとめようとしないで、もっと話してよ」


 無音の向こう、息を飲むような声がした。二三度、体勢を変える音がする。


「――何でわかっちゃうのかなぁ、安達くんは」


 照れと、諦めと、それから嬉しさをにじませた声で武内さんが言う。その言葉に、「好きだからだよ」と答えたくなるのをグッと堪えた。

 武内さんは、ロマンチストなのだ。それならば、告白だって雰囲気とシチュエーションを大事にしなければならない。それが、この子を好きになった俺の、精一杯の誠意だと思うから。


「そりゃね、毎日一緒にいて色々話してればわかるって」

「……だね。毎日いっぱい、話してるもんね」


 俺の言葉に武内さんも笑って、何となく誤魔化された雰囲気だ。

 それからまた、武内さんは自分のことを話しはじめた。悩みや、不満や、とりとめもないことを。

 俺は相槌を打ちながら、その声を聞いた。

 この子はこんなことを考えていたのか――武内さんが何か話すたびに、これまで知らなかった一面を知ることができて、それがすごく嬉しかった。


「話してみてよかった。気持ちがすっごく軽くなったよ。あ、今度は本当だからねー」

「うん、わかるよ。よかった」


 電波の向こうで武内さんが晴れ晴れと笑っているのがわかった。声の調子ひとつでどんな表情をしているのか想像できるほど、俺はこの子が好きなのだと実感する。


「あたしの気持ちはすっきりしたから、気がかりな人の心配でもしてみようかな」

「吉川先輩?」

「うん。今日、小宮先輩に会って、この前の吉川先輩のことを思い出して、もう放っておけないなって思ったから。でも……これって迷惑かな……」


 スマホを片手に、武内さんがうんうん唸っている姿が頭に浮かぶ。お節介じゃないかとか、気遣いが逆に相手を傷つけたり弱らせたりしないかと悩んでいるのだろう。


「触れないことが優しさってこともあるけど、それは『放っておいて』って言われたとき考えたらいいってさ」

「え?」

「タマさんが言ってたよ」

「……そっか」


 タマさんに言われて自分の心が軽くなった言葉を、武内さんにも伝えてみる。傷つけるのを恐れて触れずにいたら、大切な人をひとりぼっちで悩ませることになるかもしれないとわかったから。


「メールしてみる」

「うん」

「今日はありがとう。また明日ね。おやすみなさい」

「おやすみ」


 電話を切ってしばらくしても、耳に柔らかい感覚が残っていた。その感覚を意識するたびに、足元からフワフワと軽くなる感じがして、ああ、俺は浮かれているんだな――と少し遠くから他人事のように思っていた。

 けれど余韻が少しずつ体にしみこんで、潮が引いたようにすっかりなくなった頃、藤雄さんから聞いた魔法の話とかカメラのこととか、そういうことも話したかったのだと思い出した。


「でも、明日があるからいいか」


 ただただ早く会いたくて気持ちが焦れるけれど、胸の中は幸福感で満たされていた。

 まだ鼓動が騒がしくてしょうがないけれど、幸せがしぼまないうちに眠りにつきたいと思い、目を閉じて深呼吸をした。


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