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魔法あります  作者: 猫屋ちゃき
第三章 陽炎
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4 ポニーテールと憂鬱

 乱れた呼吸を整えながら、ポケットから取り出したタオルハンカチで汗を拭った。何とも言えない疲労感がある。

 田中のほうを見ると、俺と同じようにぐったりとしていた。たぶんこいつの場合、頭脳の疲労が原因なのだろうけれど。


「疲れたねー」


 そう言って武内さんは、カバンからペットボトルを取り出して水を飲んだ。白く形の良い喉がコクッコクッと小気味良く鳴って、体内に水分が滑り落ちていくのが見て取れる。


「今日の勉強方法どうだった?」

「何か、刺激的だった」

「俺、これならやれそう!」


 俺と田中の反応を見て、武内さんはニヤリと満足げに笑った。

 田中の国語力向上のために、まず古典対策に着手することになった。現国と古典を比べると、圧倒的に古典のほうが伸びしろがあった――つまり、かなり点数が悪かったからだ。

 漢文は、白文を書き下し文にして音読するというシンプルな方法を実践していけば何とかなるだろうということだった。

 しかし古文は覚えることが多く、しかも田中は覚えることが苦手なため、「声に出して体を動かしながら覚える」という方法をとることになった。

 勉強において「声に出すこと」と「体を動かすこと」は有効な方法とされている。普通なら「体を動かすこと」はノートなどに書いて覚えることなのだけれど、田中の場合は運動しないと禁断症状が出るため、「筋トレしながら」という斬新な方法が考案されたのだ。


「古文単語と品詞の活用が頭に入れば、古文は確実にわかるようになるから」

「うん、俺頑張るわ!」


 ぐったりとしてはいるものの、武内さんと田中はキラキラと良い顔をしていた。


「二人とも付き合ってくれてありがとな。休み明けの課題テストで絶対良い結果出すから」

「うん、期待してる」

「俺も頑張るよ」

「お前は特に数学な」


 三人の間に一体感が生まれているのを感じた。ちょっと部活っぽいなと思って、それが何だかおかしかった。


「あーあ。頭が良くなる魔法とかねぇかなー」


 田中がバスケットボールでも磨くように、坊主頭を撫でながら遠い目をして言った。


「あ、二人とも今、『こいつ、いい年して魔法とか言ってやがる』とか思っただろ?」


 魔法という言葉が突然話題にのぼったことに驚いて反応できないでいると、それを馬鹿にされたと思ったらしく田中は拗ねた。


「いや、思ってないよ。俺も魔法、信じてるし」

「あたしも!」

「嘘くせー! 何だよ、二人して馬鹿にしてー」


 俺も武内さんも本当のことを言ったのに、田中は一層拗ねてしまった。

 田中になら「たまや」の存在を教えてもいいなと思うのだけれど、この様子ではしばらくは魔法という言葉を聞くだけで拗ねそうだ。



「……あたしの頭で良かったらあげられたらいいのに」


 遅れて野球部の練習に参加する田中と下駄箱で別れて、昇降口を出ようとしていたとき、武内さんがポツリと言った。

 嫌味なんて言うはずないし、冗談かと思ったけれど、その顔は真剣そのものだった。


「……どうした?」


 どう反応するのが正しいかわからなくて、とりあえずそう声をかけた。


「頭悪かったら、みんなあたしに期待するのやめてくれるかなって……ままならないよね。賢くなりたいって願ってる人もいるのに、勉強ができることが苦になる人もいるなんて……」


 笑ってはいるけれど、それが上辺だけのものだと言うことはすぐわかった。


「勉強は確かにできるけど、できることとやりたいことは違うもん……って、こんなこと言われても困るよね」


 何も言えずにいる俺に、武内さんは「ごめんね」と言って笑った。笑ったところで、そんな無理やりな笑顔じゃ冗談になんてできなくて、結局泣き笑いのような表情になっていった。

 こんな顔、させたままじゃダメだ――そう思って何か言おうと頭を働かせていたら、近づいてくる人物が視界に入った。

 昇降口という場所だからそのまま通り過ぎるだろうと思ったのに、その男子はこちらへ進んできた。


「絵里……じゃなかった。すみません、人違いでした」


その男子は、武内さんの肩を叩いた。それに反応して振り返った武内さんは、その男子の顔を見て驚いた様子だ。


「……小宮先輩」

「え? ……ああ、絵里の後輩の……ってことは俺も同じ中学か」


 武内さんの肩を叩いた男子生徒は、誰かと武内さんを間違えたみたいだけれど、結局二人は知り合いだったようだ。

 何か言いたいと思っていたのに、その男子生徒の登場で宙ぶらりんになってしまった。

 武内さんは射抜くような目で小宮先輩と呼んだ男子生徒を一瞥したあと、俺のほうに向き直った。


「安達くん、この人は吉川先輩の彼氏だよ」

「ああ……ど、どうも」

「ははは、どうも……」


 武内さんを挟んで男二人、どう反応したらいいかわからず、俺は固まり、小宮先輩は乾いた声で笑った。

 その乾いた笑いが、“吉川先輩の彼氏”という単語に反応してなのか、武内さんの威圧感に対してなのかはわからない。

 けれど、確実に小宮先輩が焦っているのはわかった。武内さんから威圧感が出ている状態を見るのは初めてで、俺まで焦ってしまいそうになる、


「あのさ、絵里を見なかった? ……って、学年が違う君に聞いてもわからないかもしれないけど」

「見てませんね。メールしてみました?」

「……したんだけど、気づいてないのかも。先に教室出てっちゃって、図書館かなと思ったらいなくて……もう少し探してみるよ」


 小宮先輩は武内さんの威圧感に押されたように小声でそう言うと、足早に去っていった。

 何か運動をしていたのだろうか、カチッと引き締まった体で背も高い。そんな人が小柄な女の子の出す威圧的な空気によってトボトボと去っていく背中は、何とも悲しかった。


「あの人、ポニーテールの女子を見かけたら、ああやって声をかけてまわってるのかな?」


 武内さんの言葉に、ポニーテール女子の背後に忍び寄り、声をかけてまわる小宮先輩の姿を想像すると、それはひどく不気味だった。怪異か何かかとツッコミを入れたくなる。


「何なんだろうね。……みんな変だね。吉川先輩も、小宮先輩も」

「確かに、普通ではないね」


 言いながら、武内さんも様子がおかしかったのだと思い出した。何か声をかけたかったのに、妖怪・小宮の登場で完全にタイミングを逸してしまった。


「さっきの、八つ当たりっぽくなっちゃったよね……でも、あの人に腹が立ってたのは本当だし。でもでも、あたしが腹を立てる正当性なんてないよね……」

「いや、妖怪・小宮が悪いよ」

「何それ?」

「ポニーテール女子に声かけて、何とも言えない苛立ちを感じさせる妖怪」

「……ちょっと、安達くんっ」


 ぐるぐると思い悩みはじめた武内さんを笑わせようと言った冗談に、思いの外笑ってくれた。

 けれど、すぐにまた考え込む顔になって、キュッと唇を引き結んだ。


「今日はもう帰るね。何かあたしもおかしいし、色々考えたいことできたし」

「わかった。気をつけてね」


 安易に引き止めるわけにもいかず、そのまま昇降口で手を振って別れた。

 引き止めたところで何て声をかけたらいいかわからなかったから、仕方がないのだけれど。

 俺は、どうしようかな――そんなことを考えたけれど、選択肢がそんなにあるわけじゃない。そのまま帰るか、「たまや」に寄るか、せいぜいその二択だ。

 どうせ自宅も「たまや」も方向が同じなのだから、二択すらないに等しいけれど。

 真夏のスコンと抜けるような青空が、今日はやけに眩しくて嫌になる。

 こんなに真上から容赦なく照らされると、何もかもが暴かれるみたいで辛い。

 キザでも熱血でも、らしくなくても、武内さんに何か言ってあげられたらよかったのに――そんな気持ちをどこにも隠しておけない、眩しすぎる空だ。


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