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魔法あります  作者: 猫屋ちゃき
第二章 青い鳥
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7 小鳥が繋ぐ

 昨日までの晴天とはうってかわり、朝起きたときから外は灰色に包まれていた。朝食の席で母さんに聞いた話だと、夜中は雷まで鳴っていたそうだ。母さんは滅多なことでは途中で起きないけれど、雷だけは本当に苦手らしく、寝不足の顔をしていた。

 雷だけが人を弱らせるわけではないと、学校に行って思い出した。

 橋本は髪型が決まらなくて困ると言っていたし、そんな橋本の様子を見て松野さんもどこか楽しくなさそうだ。

 田中は膝が痛むらしく、「この膝さえなければメジャーリーガーになれたのに」と言って笑いをとっていた。

 今日の雨は、夏特有のサッと降って止むというものではなく、人々を灰色の中に閉じ込めるような、乱暴な雨だった。夏の終わりか異常気象かわからないけれど、確かに憂鬱だ。



「雨って憂鬱よ……」


 坂道をのぼっている最中もずっと同じようなことを言っていたけれど、えらく弱った様子で武内さんは呟いた。ベンチに座るその姿は、燃え尽きたボクサーに少し似ている。

 何でも、雨の日は頭が痛くなるし、目が見えにくくなるし、体は重いし、制服が濡れて気持ち悪くなるしで最悪なんだそうだ。心なしか、ポニーテールもしょんぼりして見える。


「雨の日にしか撮れない景色っていうのもあるんじゃない?」

「そうかもしれないけれど、濡れたり湿ったりしたあとの手入れを考えると、雨の日に撮影なんてしたくないよ。カメラってデリケートなのよ」

「そうなんだ」


 武内さんは自分の相棒であるカメラをすごく大切にしている。そんなの当たり前と言われてしまったけれど、繊細な

手つきでカメラを扱う姿は普段の武内さんからは想像できなかった。

 雨の日は写真を撮るのが難しいということも、不機嫌の理由なのかもしれない。


「雨は嫌だけど、水たまりができたらハッちゃんたちに会えるもんね」


 口ではそう言いつつも、目は虚ろなままだ。気圧の関係で体調を崩す人や沈みがちになる人がいるのは知っていたけれど、ここまで弱る人もなかなか珍しいのではないだろうか。


「あたし、生まれ変わったら雨の日でも元気でいられる生き物になりたいなー」

「ナメクジとかカタツムリとか?」

「……もう、安達くんとは口聞いてあげないよ」


 雨の日に元気な生き物なんて他に思いつくの? と聞こうかと思ったけれど、これ以上武内さんを憂鬱にすべきではないと判断し口を噤んだ。

 話すこともないまま、ただ雨の音だけが世界に満ちていた。固そうな雨粒が地面や建物を打つ音はうるさいはずなのに、ずっと聞いていると無音の中にいるような錯覚をしてしまう。

 その無音を破ったのは、ひどく慌てたような気配と足音だった。


「お兄ちゃん、お姉ちゃん!」

 地面の水を激しくはねあげて現れたのは、幸太だった。走ってきたせいで傘が何の役にも立たなかったのがひと目でわかる姿をしている。


「幸太くん、どうしたの?」


 カバンから取り出したタオルで拭いてやりながら武内さんが尋ねても、息が乱れているからか、幸太はすぐには口を開かなかった。


「おじいちゃんと、おばあちゃんを会わせてあげられる?」


 ベンチに座らせて落ち着くまで何も言わず待って、ようやく口を開いた幸太はそう言った。雨に体温を奪われることは幼い体によほど堪えたのか、いつもの活発さはない。


「会わせるって、死んだおばあちゃんに?」


 そう尋ねると、幸太は俺の目を真っ直ぐ見つめて頷いた。


「そう。おじいちゃん、雨の日はいつも関節が痛むから元気がなくなるんだけど、おばあちゃんがいた頃はおばあちゃんがさすって慰めてあげていたから……おじいちゃん、そのことを思い出しちゃったみたいで……今日はすごく弱ってるんだ。『静代と一緒にいたい』って言ったんだ。『一人で長生きなんかしたくない』って。おじいちゃん、小さくなって消えちゃいそうだった。……ねぇ、このままじゃおじいちゃん死んじゃうよ!」


 幸太は堰を切ったようにそう捲し立てた。最後のほうはほとんど悲鳴のようだった。

 まだ幼い心で身近な人の死を受け止め、遺された藤雄さんを励まし支えようとしてきたのに、激しく打ちのめされたその姿を見て、どうしたらいいかわからなくなってしまったのだろう。

 幸太は搾り出すように、藤雄さんのことを話しつづけた。

 少し退職を遅らせていたこと。それは老後を少しでも豊かに暮らすためだったこと。退職後は静代さんといろんなところへ出かける計画を立てていたこと。退職した直後に静代さんは風邪をこじらせて亡くなってしまったこと。

 幸太のたどたどしい説明でも、藤雄さんの悲しみを想像することは難しくなかった。

 ずっと待ち望んでいた愛する人との穏やかな日々。それが手に入ると思った矢先に、目の前で崩れ去ったということがどれほどの痛みを与えるものだったのかと思うと、胸が苦しくなる。


「もしかしたらヤエさんから聞いた、会いたい人に会える魔法でおじいちゃんとおばあちゃんを会わせてあげられるかもしれないよ」

「それは、無理なの」

「え?」


 何とか幸太の、そして藤雄さんの望みをかなえてあげたいと思い口にした言葉に、幸太の顔には希望が浮かんだ。けれどそれは、奥から現れたタマさんの言葉によってすぐにまた打ち消された。


「タマさん、無理なの? 何で?」

「死んだ人とはどうやったって会えないのよ」

「やってみなきゃわからないじゃないか!」


 悲しそうに目を伏せて首を振るタマさんを見て、本当に無理なんだとわかったけれど、それでもとすがりつきたくなった。

 けれどそんな俺に対してタマさんはなおも首を横に振って、


「あたしもやったことがあるけど、無理だったの。……魔法でだって何だって、死んだ人には会わせてくれないみたいだよ」


 とかすれるような小さな声で言った。

 それを聞いて、絶望感にガツンと頭を打たれた。


「何でだよ! 魔法でしょ? 魔法は奇跡なんだって、希望なんだってヤエさんが言ってたよ! ねぇ、無理なんて言わないで!」


 これまでずっと泣かずにいた幸太が、今日初めて大声をあげて泣いた。

 その声は俺の胸を抉るには十分で、肺がヒュッと締め付けられる心地がした。

 武内さんも同じらしく、胸の前で固く両手を組んで、目を伏せていた。


「そうだね。魔法は人に寄り添うものだもの。無理なんて、言いたくないね。……言っちゃダメだよね」


 タマさんは優しい目をして、幸太の頭を撫でた。けれどそんなもので幸太の心が慰められないことはわかっている。


「……無理だって、俺も言いたくないよ。でも、死んだ人には会えないんだろ?」


 自分の声が苛立っているのがわかった。タマさんは悪くなんかないのに、どうしてもその苛立ちを止めることができなかった。


「死んだ人に会うことはできないね。でも、想いを届けることなら、魔法でもお手伝いできるのよ」


 タマさんは俺の苛立ちを包み込むような眼差しと声でそう言った。

 その言葉に瞬時にあることがひらめいた。それは武内さんも同じだったらしく、俺たちは同時に「あ!」と叫んだ。


「幸太、おばあちゃんは小鳥を飼っていないか?」

「いるよ。青いセキセイインコのピッピ」

「ピッピは元気か?」

「おばあちゃんが死んじゃってちょっと落ち込んでるけど、元気は元気だよ」


 質問が理解できないせいで、幸太はふてくされたようにボソボソと返答した。けれどそれだけ聞けたら十分で、俺と武内さんは顔を見合わせて安堵した。


「幸太くん、おじいちゃんとおばあちゃんは小鳥さんで繋がっていたんだよ」

「え?」

「おばあちゃんは大切な想いを小鳥さんに届けてもらってたんだってねって、おじいちゃんに言ってみな。それでおじいちゃんにはわかるはずだから」


 解せぬという顔の幸太の背中をポンと叩き、ベンチから立たせた。

 それでもどうすべきか迷っているようだったから、俺は笑顔で大きく頷いた。


「ありがとう! おじいちゃんとこ帰る!」


 幸太は雨の中もう一度走り出した。

 静代さんが残したものは、きっと藤雄さんに届く――そう信じて俺は、振り返らない幸太の背中へ手を振った。

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