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魔法あります  作者: 猫屋ちゃき
第二章 青い鳥
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5 俺は魔法使いになりたい

「たまや」から帰り着いて少しボーッとしてから、学校から配布されている分厚い進学ガイドを開いてみた。

 学びたいこともなりたい職業もまだ見つかっていない俺にとっては、このガイドはこれまでどこからページを開けばいいかもわからない無用の長物だった。

 それは今でも変わらない。けれど、ちょっと向き合ってみたいなという気持ちになったのだ。

 橋本は都会に行ってオシャレな大学生になりたいという理由で、模試の結果を元に都会の大学数校に狙いを定めている。成績があがればよりブランド力の強いところへ志望を変えるらしい。あいつの場合はそういう理由で大学を選んでも、「オシャレな勤め人になる」なんて言ってブレずにそのまま突き進んでいくことができるだろう。

 田中は野球ばかりに夢中なイメージがあったけれど、機械工学に興味があると言っていたから、そっち方面で大学を選ぶと言っていた。あとは県外へ出たい田中が地元に残ってほしい親御さんをどう説得するかが問題なだけで、進路自体はもう決まっていると言えるだろう。

 武内さんは「写真で食っていきたい!」と若干現実逃避気味だけれど、成績がいいから何とでもなるだろう。聞けば有名私立の校内推薦枠を担任から勧められているらしい。

 周りはどんどん自分の進むべき道を見つけているのに、俺はどうだろうか。

 進学ガイドをパラパラめくっても、何の情報も頭に入ってこずにすり抜けていく。これはさすがに焦りを覚える。


「司ー、ちょっと手伝ってー」


 階下から母さんの声が聞こえた。台所からだろう。

 古い日本家屋の、ギシギシいう急な階段を一歩一歩踏みしめて下へ降りると、廊下の突き当たりの台所の入り口で大根を片手に母さんが立っていた。


「大根おろし作って。司がやると美味しいから」


 そう言ってホイと、丸々一本差し出してきた。


「今夜はサンマ?」

「ううん、塩サバ。サンマはもう少し涼しくなったらね」

「そうなのか」

「秋の刀の魚って書くでしょ。サンマは秋のお魚なのよ」


 話しながら、渡された大根を三つに切り分けた。

 母さん曰く、大根おろしには“腹”の部分が向いているらしい。ちなみに葉がついた部分を“頭”、先の尖った部分を“足”と呼んでいるけれど、他の人はそうは言わないだろうなということは薄々わかっている。うちの母さんは造語が多いのだ。


「司、何か悩み事?」

「え? 何で?」

「だっていつもより手つきが荒いよ。もっと愛をもって大根をすらなきゃ」


 皮をむいた大根を竹製の鬼おろしでおろしていると、買ってきた食材を冷蔵庫に仕舞いおえた母さんが言った。

 いつもより少し短めに切ってしまったせいで握りにくいなと思っていただけで、大根に八つ当たりをしたつもりはなかったのだけれど、母親というものには些細な変化も見抜かれてしまうらしい。


「進路のことを考えてた」

「文理選択なら理系にしておいたら。大学選びのときに文転しても、経済学部とかなら理系の勉強が役に立つって聞くし」

「ああ、そう言ってたね」


 母さんが言っているのは、従姉の話だろう。今大学二年のその従姉は、元々高校のときは理系クラスにいたけれど受験のとき文転して経済学部に進んだ。文系のはずなのに数Ⅲ数Cが必修科目にあり、周りの生粋文系人たちがヒーヒー言う中で平気でいられたと言っていた。


「そういう悩みももちろんあるけど、今はそれより何学部に行こうとか何を学ぼうとか、そういうのがないのが辛いかな」

「そういう話ね。うーん、どうしようかね」


 副菜の下ごしらえをする母さんののんびりとした答えに、自分の悩みはこういう恵まれた環境にもあるんじゃないかと考えてしまう。

 他の奴らはよく自分の親の口うるささを嘆いているけれど、俺の場合はそういうのが少し羨ましい。

 したいことが定まっているときは、自由にさせてもらえることがすごくありがたいけれど、こうしてどこへ向かえばいいかわからないときは、少しくらい何かを強制されてみたい気もする。

 それが贅沢な悩みなのも、甘えであることもわかっているけれど、親が自分に何を望んでいるのか知りたいときもあるのだ。


「司みたいに悩む子も結構いると思うのよ。だからそこはプロである先生に相談してみても良いと思う。そのためにいるんだし」


 ほうれん草のおひたしにふりかけるためのゴマをする手を止めて、母さんは言った。

 前に「私はあなたを生んだとき、元気に育つこと以外望まないって思ったの」と言っていたけれど、たぶんその言葉に偽りはないのだろうなぁと思う。


「そうだね。相談してみるし、もう少し悩んでみる」

「そうしなさい。お父さんにも相談してあげなさいね。晩酌してないときに限るけど」


 疲れて帰ってきてお酒を飲むのを楽しみにしている父さんに、色々難しい話をするのは心苦しいから、どうやって大学を選んだのかとか軽めの話を振ってみることにしよう。


「ねぇ母さん」

「なぁに?」


 大根をおろしおわって手を洗って、そのまま部屋に戻ろうと思ったけれど、聞きたいことができて立ち止まった。


「俺が魔法使いになりたいって言ったら、どうする?」


 我ながら唐突だったと思う。いつも突拍子もないことを言って俺や父さんを困惑させる母さんも、さすがに固まってしまった。


「いいと思う! わぁ、司が魔法使いになったら顔の皺をとってもらって、白髪もなくしてもらって、くびれも作ってもらって……あとは何をしてもらおうかしら」


 母さんは嬉々として、叶えてもらいたいことを話しはじめた。固まっていたのはそんなことを考えていたからかと思うとコケそうになるけれど、何をやりたいと言ってもこうして前向きに受け止めもらえそうだとわかって安心できた。

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