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魔法あります  作者: 猫屋ちゃき
第二章 青い鳥
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3 ある日の夢

「司、最近はどうなんだ?」


 今日は久しぶりに早く帰宅した父さんと一緒に夕食を囲んでいる。いつも仕事から帰るのが遅いため、母さんと二人で先に食べる習慣ができていたから、平日の食卓に父さんがいるのは不思議な感じだ。


「どうって、勉強? ボチボチ頑張ってるよ」


 父さんはいつも「最近はどうなんだ?」としか聞いてこない。家族三人揃えば母さんが楽しそうに話していることが多く、俺と父さんは聞き役に徹しがちなため、どうしても二人が交わす言葉は短くなる。


「勉強だけじゃなくて、ほら、何か楽しいこととかないのかなと思ってな」


 少し困った様子で、父さんはそう言った。昔はもっとスムーズに会話できていた気がするのだけれど、いつの頃からか、それが妙に難しくなった。父さんのことは好きだし、父さんも俺を大事に思ってくれているのはわかるのに。


「『たまや』っていう駄菓子屋みたいな店に課外の後に寄って、友達とか近所のお年寄りと話したり、アイス食べたりするのが楽しいよ」


 今日はいつもより長く、自分から話してみた。小さな頃に会話ができていたのは、おそらく俺がペラペラと無邪気にしゃべっていたからじゃないかと思ったからだ。


「そうか。ちゃんと遊んでるんだな。勉強ばかりじゃ息がつまるからな」


 俺の言葉に安心したように笑って、父さんはビールを飲みながら食事を再開した。


「『たまや』って言ったら、あの坂の上の? 母さんも子供の頃に行ったことがあるのよ。まだあったのね、あの店」


 さっきまで食べることに専念していた母さんが会話に加わった。好物を食べているときと体調がよくないとき、母さんはあまりしゃべらないのだけれど、今日は大好物のカレーで、しかも張り切って手づくりナンまで焼いていたから、食べ終わるまで一切口を聞かなかったのだ。


「母さんも知ってたんだ」

「うん。子供のときに、お父さんに……おじいちゃんに連れて行ってもらったんだったかな。猫がいて、黒猫なのに茶色い部分とか白い部分がある変わった模様の子で、可愛かったの覚えてるわ」

「猫かぁ。今はいないなぁ」

「そりゃ、さすがに生きてはいないでしょうよ」

「なんだ、この辺で育った人には馴染みの場所なのか」


 母さんと二人で「たまや」の話で盛り上がっていると、父さんがちょっとだけ拗ねた様子だった。父さんはこのあたりには母さんと結婚してからやってきた人だから、当然「たまや」のことは知らない。知らないことが話題になっておいてきぼりになると、父さんはいつも少しだけ拗ねるのだ。


「手作りアイスが美味しいから、今度父さんにも買って帰るね」

「うん、いいな、アイス」

「母さんにもお願いね」

「わかった」


 家族が揃っても、口も聞かない家庭もあるというのに、うちはこうして何気ない会話ができて仲が良いなぁと思う。少し前まで、いわゆる反抗期というやつで何事にも苛立ってどうしようもなくて、父さんたちと日常会話をするのも億劫に感じていたのが嘘みたいだ。

 そんなことを考えると、自分も少しは大人に近づいているのだと安心する。



 その夜、夢を見た。

 夢の中で俺は、胸が張り裂けそうに悲しくて、泣きながら坂を上っていた。「たまや」へとつづく、あの坂道を。

 視線が今より低い位置にあって、ああ、これは子供の頃の夢なのだ――と気がついた。

 子供の俺は、誰かに手を引かれ、宥められながら坂を上っている。

 俺の少し先を歩きながら手を引いてくれるその人は、女の人ということ以外、ぼんやりとしてわからない。

「たまや」にたどりついて、ベンチに座らされ、頭を撫でられながら女の人の優しい声を聞いた。

 その声を聞いていると、この世の終わりみたいに悲しかった気持ちが、少しずつ和らいでいくのがわかった。

 ああ、何て言っているんだろう――そう思って耳を澄ませてみても、そこが夢の不便なところで、うまく聞き取れない。

 ただ、優しい声音で俺に語りかけているということだけがわかった。

 その声に一生懸命耳を傾けているうちに、深い深い眠りに落ちて、いつの間にか朝を迎えていた。

 夢の中ではかすかに確認できたはずの女の人の容姿に関する記憶は薄れてしまって、全く思い出せない。

 それでも、優しい声と、それを聞いて胸が温かくなった感覚だけは覚えていて、暑くて汗だくで起きたのに、気持ちの良い朝だった。



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