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SF短編集

記憶復元師

作者: 井鷹 冬樹

久しぶりにSFを書いてみました。


記憶を復元する老人の話です。


 ※このお話はフィクションです。

 


 2034年……高度発展した都市グライドでは、人間の記憶や映像などを自分の脳内に記憶AIチップを埋めて記憶し、人々は安全な生活をしていた。最近では、記憶を消去する仕事の対極として記憶を復元する仕事があり、ジャン・ソレルという齢60の老人もそれを生業にしている。





  ― 12月11日 ―




 ジャンは、ある者に呼ばれ、国立の病院へ来ていた。

 病室の電子名札には、《ベネディクト・A・リッジ》と表示されている。ジャンは、心の中のため息が漏れた。

 ベネディクト・リッジは、グライドという都市の中では、経済界の大物と呼ばれている。それに奴とは、20年来のビジネスパートナーだった。しかし、3年前に倒れ、脳循環順次停止症という、脳の機能が次第に停止する病気と診断され、余命も宣告されていた。

 病気というのは恐怖だ。その病気は、脳の動きも同時に記憶も忘れていくという症状も場合によって診られている。

 厄介な事にその症状をリッジは持っていた。

 ジャンは、彼の直属の秘書から連絡を受けて久しぶりに来ていた。病室のベッドで寝たきりのリッジが一言、ジャンと呼ばれている老人に向けて告げる。

「待って……い、いたぞ」

 ジャンは、アタッシェケースを下に置き、椅子に座った。リッジの顔には生気がない。髪は既になく地肌が見える。

 ひげも白い状態。もう色素と言える要素が無くなろうとしていた。

「時の流れというのは残酷なもんだな。リッジ」

「それはいずれどうでもよくなる。それより、記憶を修復して欲しいのだ」

 依頼だ。

「どの記憶を復元するのかね?」

「どうしても思い出せない記憶があってな。これを修復して欲しいのだ」

 男性はジャンに対して一枚の紙を手渡す。大抵、依頼の内容は紙で記載され、生業とする者に手渡しで契約される。

 そこらへんは時代を過ぎてもアナログだ。ジャンは銀フレームのシンプルデザインの眼鏡を掛け、紙面をよく見てみると、ワープロの字体で記載されている。



  《40年前の自分と経済界の状況》



 ジャンは渡された用紙を読み、紙を服のポケットにしまう。

「受けよう」

 寝たきりの男性は苦しそうな表情になりながらも微笑で返す。

「……そうか。た、頼む」

「まぁ、待て。その前に契約をしてもらわないといけない。記憶は財産だ。今の時代、お金よりも大事なものだからね」

 そう言いながらジャンは、椅子の隣のアタッシェケースを取り、鍵を解錠する。

 アタッシェケースの中にはリモコンの大きさのPCと一丁の小型注射銃、極めつけはタブレット端末とプラグの線が何本も綺麗な束に整理されて入っている。

「それは?」

 寝たきりのリッジが訊く。

 ジャンは、首を横に振り注射銃に薬品のカプセルが詰まった弾丸を込めた。

「聞かないほうが身の為になる」

 動く事が出来ない状態でも恐怖の震えは感じ取る事が出来た。

 今まで、自分の脳を弄られる経験は手術以外では初めてである。

「ああ。そうだな」

「ちょっと痛む」

 ジャンは、リッジの左こめかみに、直接、注射銃の銃口を軽く押し当て、引き金をひく。

 引き金をひいた瞬間と同時にリッジの表情は、激痛に悶絶するのが理解できた。

 モルヒネ? アスピリン? ロキソニン? 何を注入したんだ? リッジには到底そんな情報が分からなかった。でも、注射した後、ふわふわしている。何か気持ちが良い。いい気分だ。得体のしれない快楽を越えたもはや絶頂と言えるべき感覚に達するのが分かる。しかし、寝たきりの余命宣告者にとって気分は微妙だった。

「おい……。これは、な、何の注射……だったんだ?」

「これ以上喋ると、記憶混乱が起きるから静かにした方が楽になるぞ。リッジ」

 彼の言葉にリッジは身を委ねるしかなかった。ずっと気持ち悪い感覚とそれに続けた眠気が襲いかかってくる。

「麻酔があまり効かなくなっているようだな。何回、手術した?」

 リッジの眼が虚ろになっているのをジャンは確認し、記憶の復元作業を進めていく。

 記憶と言うのは、非常に脆い。物理的・心理的な衝撃や他の情報の介入、侵入によって簡単に崩れ去ってしまう非常に繊細な人間の財産と言える物である。

 ジャンはそれを理解しており、特殊な方法で記憶を復元していく。ある程度の準備が終わり次第、寝たきりの彼に声を掛ける。

「では、始めよう」

 その言葉にリッジは反応する事なく、目をつむる。ベッドの隣に置いてある心電図から睡眠時の状態に入った事をジャンは知り、リモコン型PCをケースからプラグと共に取り出し、リッジのAIチップとの接続作業を行う。ここだけは、ジャンにとって一番肝心な作業である。

 失敗したらAIのチップをショートさせてしまい、記憶復元どころではなくなってしまうからだ。ゆっくりと慎重にパソコンで、ショートさせない様、記憶のデータをジャンは移していく。

 リッジの記憶媒体は膨大で、一般人間が持つキャパシティの4倍はあった。中には捨てるには捨てきる事ができない残留記憶が残っている事もジャンは、復元作業をして知った。

「貯め込みすぎだな。お前さんのプレイメイトスキャンダルなんて早く捨ててしまえばいいものを……」

 ブツブツと独り言を言いながらも記憶の復元を進めるためのデータ移動を淡々と行い、作業は第二段階へと進む。

「さてと次は、記憶を作らなくてはならないな……」

 ジャンは、次にタブレット端末を用意し、PCのハブと一緒に連結させる。タブレットに次々とリッジが望んでいる記憶を復元する為に、依頼人が希望していた時代の情報を丁寧に打ち込んでいく。

 経済のデータ、当時の建築情報、当時の流行、政治、戦争、文化、様々な世界の情報をPCで取り込み、リッジの記憶を復元する要素として取り入れる。

 データのパーセンテージを確認した。



  《42%》



「これは少し時間がかかるな……」

 額のしわを軽くジャンは撫でた。


 


  ―――――――――――――――――



 リッジはふと目を開けた。開いた時、自分の感覚から見える光景が病室ではない事を一瞬で感じ取った。その光景は、爆発した様に高騰した経済の結果が生み出したビル群。しかし、窓ガラスや、至る壁にはひびが入っている。

 リッジはその街のど真ん中である、天然ゴムでできたアスファルトの上に立っている。

 服装は、自分が新人時代に好んで着ていた灰色のブランドスーツ。

「ここは何だ? どこだ?」

「リッジの記憶の真ん中だよ」

 知らぬうちにジャンの姿がリッジの横にいた。

 いきなり現れた彼の姿に、驚く。

「お前……」

「心配無用だ。これは注射銃による効果だ。効果時間がきれば私はいなくなる。それまで、今の状況を見るといい」

 ジャンは人差し指で、ある場所を指した。指した場所は、通りの道。誰もいないゴーストタウンの様な通りである。

 だが、数秒後には同じスーツやオフィスレディの姿の男女等が現れ、始めた。

 1、2、4、8、12、36、128、357、1024、とどんどん、それまでいなかった通りに現れ始め、それぞれの行動を行っている。

「何だ!? 一体どうなっているんだ!?」

 それまで建っていたひびや窓ガラスが壊れ、今にも崩れそうなビル群が、ゆっくりと再生し始めていく。

「ビルが元に戻り始めているぞ。どういう事だ?」

 リッジの声にジャンは答える。

「お前さんの記憶が修復を始めている証拠だよ。時間が経てば、当時の景観になって元通りになるはずだ」

「そうか。ははは。思い出せるのか……」

「ああ。そうだ」

「ははは……」

 リッジは、ジャンの言葉を聞いて安心しながら、周りの景観を見つめていく。

今の都市とは不釣り合いなガソリン車が大量に通行している。40年前は、車が空を飛ぶ事なんて誰が予想していた事か……。

 信号の青が輝かしい。他にも今のファッションと過去のスーツを比べると実は昔のほうがスタイリッシュで格好がいい物だったとリッジ自身、懐かしんでいた。

 ジャンはリッジに対して、告げる。

「だが、忘れるな。キツイ事を言うが、記憶を復元した所でお前さんの命は助からん。記憶を復元しても、どこかでお前さんの記憶が音を立てて崩壊しているのが理解できる」

 彼の言葉にリッジは20秒ほど黙って聞いている。リッジはジャンの言葉に対して返す。

「それを止める事はできないのか……」

 だが、彼の応答は即答だった。

「できない。私は記憶の復元をしているのであって、病気を治しているのではないよ。それに奥を見てくれ」

 ジャンが指した先には、先ほど綺麗に並び始めいたビル群が、大きな音を立てながら崩れ始めている光景。

 崩れていくビルの瓦礫は、下へと流れ落ちるが、地につくとき霧になって消えた。

「瓦礫が消えた……」

 リッジは崩れていく瓦礫が消える瞬間を眺めている。その隣で、ジャンは新しくできたビル群を眺めながら呟く。

「記憶の中で崩れ落ちる物は何も残らない。霧となって消える。お前さんの病気はそれをより強くしたものに罹っているな。いわゆる霧から濃霧に変わったようなものだね」

 リッジは、焦燥に駆られているが止める事が出来ないとリッジ自身理解していた。

「病気か。厄介だな」

「治す事はできない。ただ、ある程度の時間は食い止められる様にはしておくよ」

 リッジはジャンの好意に何も返すことができなかった。

「ただ一つだけ。訊かせてくれ。リッジ」

「何だ?」

「どうしてこの記憶を復元しようと?」

 リッジは、ジャンの顔を見つめながら言った。

「簡単だよ」

「自分が憧れた栄光を残して死にたい為だ」

 ジャンはリッジの言葉を聞いている。リッジの表情はどこかを思いつめている様だった。リッジは続ける。

「俺が残した栄光を忘れるなんて勿体ないだろう? 記憶は財産だ。遺産だ。かけがえのない文化財だ。どんな、芸術品、美術品、名誉そんなものより大切なものだ」

「なるほど……」

「私の病気は、記憶がどんどん失い始め、最後には自分が誰か分からなくなって最終的には生きる機能も忘却の彼方へ行き、死の階段を昇る」

 ジャンは、黙って話を聞いている。

「せめてものの死ぬ前に、忘れてしまった栄光をもう一度見たくなってね。そうは思わないか?」

 ジャンは、丸メガネをはずしてレンズをハンカチで拭いた。

「ああ。理解できるよ。ならば私は、全力を尽くすまでさ」

 眼鏡を掛け直すと、ジャンのポケットから、オルゴールの様な音が鳴り始める。ポケットから鳴る音の原因を取り出す。音の原因は小さな銀の懐中時計。

 時間になった事を2人に知らせた。

「これは?」

 ジャンはリッジに対して微笑を見せ、言葉を返す。

「さぁ、時間になる。もうすぐで復元は完了する。お前さんが起きた時には私はいない。それに今いる私についても、目覚めた時には、覚えていない。残るのは、復元が完了し、当時の栄華に忘却するまで、味わう事ができるという財産保管だよ」

 ジャンは指を鳴らしてフラッシュを発生させる。

 リッジは、フラッシュの眩しい光に、目を閉じざる負えない状況になった。自分の記憶復元を行う老人の言葉だけがリッジの耳に響いていく。

「残りの人生を楽しんでくれ……」

 その言葉だけが、耳の中で響きながら、黒い光がリッジを包んだ。



        ―――――――――――――――――――



 リッジは目を開けた。いつもと変わらない病室。

 目の前には看護婦と主治医が立っている。

「おはようございます。ミスターリッジ」

「ああ、おはよう。今日は何日だね?」

 主治医は、笑顔で答えた。

「今日は、12月12日ですよ。今は8時半です。午前の回診です。では、記憶保持の検査をしましょう」

「あ、ああ。頼むよ」

 リッジは、不思議な感覚だった。何か脳からぞわっとするような、全身から鳥肌が立つような何かむず痒い感覚。

 思いつめれば、自分が若かりし頃についての記憶が思い出せれる様になっていた。

 でも昨日の記憶は全く覚えていない。どうやっても何をしても思い出せないのだ。

「どういう事だ!?」

 検査中、医師が驚いた。

「どうしたのだね? 何かあったのかね?」

 医師は軽く口ごもりながら答える。

「いや、それが、今までの記憶保持の記録とは思えない数値が出ているんですよ。リッジさんどれぐらいの記憶は思い出せますか?」

「どのぐらいと言われてもな……」

 リッジは医師の言葉に困惑している。

 医師はふと質問した。

「40年前の出来事とか覚えていますか?」

 リッジは答える。

「ああ、ある程度は覚えているよ。そういや、前までは覚えていなかった記憶を思い出す事ができるな」

 医師は首をかしげている。データを見るとAIのチップに異常はなかった。

「おかしいな」

「何だったのだろうか?」

 リッジは疑問に思いながらも、病室のベッドの上で、復元された記憶をゆっくりと味わい始めている。それまで暗く感じていた病室の白い壁が、今回はどこか、光を帯びたような感覚がした。

 リッジのいる病院が見える広場のベンチにジャンは座っている。

 胸ポケットには秘書から渡された1が左端につきそれが足される形に0が8個付いた小切手が入っていた。

「短い余生を……」

 ジャンはベンチから立ち、隣に置いていたアタッシェケースと中折れ帽を持ち、リッジのいる病室の窓ガラスに向けて、中折れ帽を一回上げる。

 帽子を被り、ジャンは再び歩き始めた。





 次の記憶復元依頼の場所へ……


                    



END




 はい。いかがでしたか? このお話は依然、部分記憶消去人という短編を書いた時に思い浮かび、書いてみようかと思い、ずっと書いては直し、書いては直しというものでできたものでした。


なんとなく書いてみた状態でしたので、うまく落ちてもないうまくもない話かもしれませんがご了承くださいませ。


読んで頂きありがとうございました!!

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