魔窟森の魔女 そのに
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………………
「も、もう……限界だ。ちょっと……休ませてくれ」
「あらあら、たかだか3時間の集中講義でくたばるなんて体力ないのね」
「その3時間にどんだけの内容詰め込んだと思ってんだ! 俺はこういうのには向いてねーんだよ」
「大丈夫よ。そんなお馬鹿さんのあんたでも頭に入るように無理矢理詰め込んでるから」
「はぁ!?」
その言葉に、俺はイヤな予感しかしない。
「そ、それってどういう意味だ」
「簡単に言うと、言霊に乗せて無理矢理あんたの脳に植え付けてるから、そんじょそこらの事じゃ忘却しないわよ。あ、ちなみにやりすぎると廃人になっちゃうけど、その時はごめんしてね、てへっ♪」
「『てへっ♪』じゃねぇっ! やたらと頭が熱いと思ったらてめぇのせいか!」
「ぶーっ! 人が親切に教えてあげてんのに、なんで怒鳴られなきゃいけないのよぅ。意味わかんない」
「限度をしらねーからだっ!」
……ったく、この腐れ外道魔女が……。
こんなだから、黒二位の称号を得たのに王立アカデミーを追放されるんだ……って!?
(え? 俺、今なんて……)
あれ? 俺、なんで『王立アカデミー』なんて単語がすらっと出てきたんだ?
い、いや、それはまぁ、目の前の魔女がさっき言ってたのを覚えていたとしても、今の講義の中で、『王立アカデミーは、シュットガルド歴105年に暇をもてあました賢人どもが税金と兵役対策のために作り上げた、クソの役に立たないバカを育成する教育機関である』なんて説明してたっけ?
「ふふん、不思議そうな顔ね。いくらあんたの脳みそがミジンコ並だとしても、たかだか3時間の学習でパンクしそうになる訳ないじゃない。一つ一つの単語に付随してそれに関連する知識を凝縮してあんたの脳に書き込んでるって訳よ。これで時間も効率も稼げるのね、私ってばホント天才!」
「へい、へい! それにしちゃ、なんかすげー偏ってる気がするぞ、この知識!! 聖女メルティスのパンツの色なんて知りたくもねーっつーの!」
「うるさいわね、おまけよおまけ。いいこと? あんたはあのアカデミーにいるバカ研究生どもの数倍優る知識を得たんだからね。しっかり役立てるのよ」
「俺は肉体派なんだよ! 必要最低限の知識で結構だ! 今すぐ消し去りやがれ!」
「ここんとこ、他人と話してなかったから、私もしゃべり疲れちゃったわね。そろそろご飯にしよっ~っと」
「人の話を聞け~っ!」
だが、Lは俺を無視して、そのまま隣の部屋へと行ってしまった。
「はぁ~っ……どうなるんだよ、俺の人生」
机に突っ伏しながら、まるで坂道を下るように起こった様々な出来事について考えを巡らせる。
突然、死にかけたと思ったら、訳の分かんねー世界に連れて来られて、知りたくもない知識を詰め込まれるハメになった。
正直、今の状況を受け入れているとは言い難い。
だけどよ。他にどうしようもないってのが救いようがないぜ。とにかく開き直るしかないんだが……。
……ったく、今日は最高にバッドディだぜ。
『な~んか、パッとしないご主人様かしら』
『あら? 割と私好みだわ』
『えー、アイネったら、こんなのがいいの?』
『うーん、それほど悪くないんじゃない? 無精髭を剃ったらそれなりだと思うなー』
『へ~? そうかしらぁ~』
誰かが何かこそこそ言ってやがる。しかも、ちらちらとこちらを見ている視線を感じる。……が、どうにも好意的とは思えない。
俺はガバッ! と起きると声がした方を睨み付けた。
「誰だ!? 隠れてないで出てきやがれっ!」
あれ? 誰もいない……にも関わらず、同じ声が耳に入ってくる。
『あらあら、出てこいって言われてるわよ? リリー』
『そうね~。そろそろ挨拶した方がいいかしら? アイネ』
アイネ?
リリー?
お互い呼び合った名前に、思いきり聞き覚えがある。なんたって俺が自分で付けた名前だ。
「……って事は?」
『それじゃ……』
「な、なんだ、こりゃ」
机の上に置いてある二丁の拳銃から、細かい光の粒が後から後からどんどん溢れてくる。
その光の粒はまるでダンスを踊るように銃の上でクルクル回るとやがて塊になり、盛り上がっていった。
そして――
『アイネでーす』
『リリーでーす』
『ふたり合わせて“アイネ&リリー”で~す♪』
「そのまんまじゃねーかっ!!」
『おーっと突っ込む所はそこなのかしら?』
リリーと名乗った精霊がニヤニヤ笑いながら、俺を見つめてそんな事をほざいた。
二人とも金色の髪に透明な翼をパタパタとはためかせ、光の粒を身に纏っている。一見すると見分けがつかないが、
俺にはすぐにどっちがアイネでどっちがリリーか判別できた。俺の愛銃だからな。
あー、それにしても、この俺が精霊なんて、よくわかんねぇ概念をすんなり受け入れるとはな。まったく厄介だぜ、知識ってのはよ!
「お前達が、Lが俺の銃をいじくって宿した精霊ってのは分かってる。そもそも俺が名付けたんだもんな、アイネとリリーって」
すると、リリーの隣に立っている精霊が、微笑んでこう言った。
『その通りです。ご同業の方々は『アイツ銃に名前付けてやがんのよ』(ううっ)とか『銃に話しかけてるの。変態だわ、変態』(ぐはっ!)とか『銃しか相手にされねぇんだな』(ごべぁっ!)とか言って気持ち悪がってご主人様の事を遠ざけていましたが、私達はそこまで愛着を持って頂いてうれしくてうれしくていつかお礼を……って、どうかなさいました?』
「ううっ……なんでもねぇ。なんでもねぇよ。ちょっと暑くて目に汗が入っただけだぜ」
『アイネは天然だから容赦を知らないかしら~』
『ええっ? わたし、何か変な事言ったの?』
『流石は天然かしら』
「お前達が、俺の銃に宿ったホンモノの精霊だって事は、よぉ~く分かったっ!!」
と、その時、
「あら、キャノンボール。もう仲良くなったの?」
そう言いつつ、Lが湯気が立つ鍋を持って部屋に入ってきた。当然、抗議する俺。
「どこをどうしたら、そう見える!!」
「いい子たちでしょ、あんたの銃に宿った精霊とは思えないわね」
「ああ、おめーが召喚した精霊だと心底納得させられたぜ」
「そうだろう、そうだろう! 感謝するがいいぞ」
「ああ、感謝しすぎて今にもお尻ペンペンしたくなってきたぐらいだ」
「ん? あんた、何言ってるの?」
どこかかみ合わない会話に首を傾げるメガネチビだが、俺は取り合わずにテーブルの上に置かれた鍋の中を覗き込んだ。
「おいおい、なんだこりゃ」
「何って、野菜と肉のクリーム煮に決まってるじゃない」
「なにぃ!? この紫色のドロドロした液体と、よく分からんピクピク動く肉っぽい何かと、えげつないピンク色の葉っぱみたいな何かを煮込んだものが料理だとぉ!?」
ガキの頃、絵本で見た魔女の釜で煮られていそうな鍋に驚愕してしまった。てっきり魔術に使う何かかと思ったぜ。
「……文句言うなら食べなくてもいいわよ」
「あ、いや、すまない。実は3日前から何も喰ってなくてよ。今なら泥水でも啜れるって気分だぜ。言われてみれば匂いは特に悪くねぇな。
むしろ見た目に目をつぶれば食欲をそそる匂いだよな」
「むぅ、何かとても引っかかる言い方ねぇ」
「いやいや、誉めてんのよ」
そんな軽口を叩きつつ、木のお椀に入れられたスープを木のスプーンで掬うと、口の中にいれる。
その瞬間、俺の脳髄に電気が走った。
「んぅっ!?」
(こ、これはっ!?)
口の中にスープを入れた途端、野菜と肉が口の中で溶け合い、絶妙なハーモニーを醸し出す。相当煮込まないとこの味は出ないはず……。
俺は何度も何度もスプーンを口に運んでいった。
「おおお、う、うめぇ! これはうまいぞっ!」
「え? そうなの? ほんとに?」
「ああ、こんなうまいの食べた事ないぜ!」
「そ、そうかな~」
俺は、うまいうまいを連呼しながら平らげていった。
久々の食事にテンションが高い俺に、Lもまんざらではない様子だった。
「うめぇ! なんだこれ、すげーうめぇよ! 最高!」
「そ、そう? いつもと変わらない味なんだけどな~」
「いやいや、お店で金取れるくらいだって、これ。こんなメガネチビが作ったなんて信じられねー」
「んー? 何か言ったかしら? もういらないのね?」
「いやいや、冗談だぜ、冗談! おかわり!」
『あらあら、リリー、ご主人様が、まるで飢えたオークのようにがっついているわ』
『そうね、アイネ。でも、いくらマスターの食べ方に品が無くても、もうちょっと表現は柔らかくした方がいいかしら』
耳に妖精達のそんな声が聞こえてくるが、食事に集中している俺は気にしない。てめぇら……あとで覚えてろよ。
それはともかく、一気呵成に食べて満腹になった胃を休ませながら、俺は気になっていた事をLに聞いてみる事にした。
「なぁ、ちょっと聞きたいんだけどな」
「んー、なぁに?」
あまりうまそうに喰ってないLは、気のない受け答えをする。あんま好きじゃねーのか? この料理。こんなにうめーのに。
「なんで召喚されたのが俺なんだ? ……実は俺、すげー奴とか?」
もしかしたら、実は俺に隠れた魔法の才能があったとか、向こうの世界に転生しちまったけどこっちに無くてはならない人物で呼び寄せたとか、
隠されたすげ~力があってそれを見込まれたとか……、こっちの世界に来たら真の力に目覚めてしまったとか……。
そんなワクワクした様子の俺をジト目で見ていたLは、木のスプーンを口に入れたまま、こう言った。
「あ~、たまたまね」
「たまたまかよっ!」
ヒラヒラと手を振って、詰まらなさそうに言うLに、がっくり来る俺。
あーそうかよ、そうですか。そうですよねー。そんな都合のいい事があるわけねーですよね。そりゃ、そうだ!
机に突っ伏した俺に、上からLのからかうような調子の声が降ってくる。
「あらあら~? 何か期待させちゃった? どっかの国の魔法使いに召喚されて、勇者とかあがめ奉られてドラゴンとか倒して来いって言われて、ちやほや
されちゃう姿とか想像してたんじゃないでしょーねぇ~、まー恥ずかしい! プークスクス」
「うるせーっ!」
「召喚魔法の実験しててね。たまたまあんたの居る所にゲートが開いたから、引っ張り上げたって訳。そのおかげで命拾いしたのよ。それだけでも
十分凄い確率なんだから、感謝なさいよね」
「ったく! ……へいへい」
「ま、すんなり召喚できたって事は、こっちの世界と相性がいいんでしょうけどね。事前実験で牛とか馬とか召喚しようとした時はお肉の一部だけ
やってきたりしてたから、あはは。もちろん美味しく頂きましたよ?」
「『あはは』じゃねーっつーの! 俺もそうなってた可能性があったっつー事じゃねぇかっ!!」
「何言ってんのよ。私の実験の糧になるのよ? 光栄に思いなさい」
「思うかっ!!」
(なんなんだ、こいつはっ!)
つまり『たまたま→俺』じゃなくて『たまたま→成功』という事かよ。いやいや、まじめに幸運だったんだな、俺。
む、待てよ? 本当に五体満足なのか?
目、ついてる。耳、両方ある。手、足……。(ま、まさか……)ごくっ。ズボンの中っ!! あ、あった……よかった……。
「何やってんのよ、いきなり慌てて」
「ふぅ……。あ、いや、なんでもねーよ。男の秘密だ。で、召喚魔法の実験は何でやってたんだ?」
「ふふふ、知りたい?」
「ああ、知りたいね。巻き込まれたのは俺だし」
「まぁ、そりゃそうか。そうね……。師匠の家で手に入れた古文書の中に、異なる世界と行き来するやり方が書いてあってね。ビビッと来たのよ。
私の目的を果たすために必要だってね!」
「はぁ? なんだそりゃ、お前が生み出した訳じゃねーのか」
「む……。理論的には知ってたわよ。ただ術式を書くのが難しかったから……ちっ」
目を逸らしてブチブチ言うチビ魔女。
何が悔しいのかよくわからんが。
「それで、お前の目的って何なんだ?」
「ふふふ、よくぞ聞いてくれたわね」
俺が聞いた途端、勢いよく立ち上がると傲慢な態度でふんぞり返った。
「私の目的……それはアカデミーに復讐することよっ!!」
“ドコーンッ!!”
その瞬間、どんな魔法か知らないし知りたくもないが、Lの背後でいきなり爆発が起こり、書類が舞い上がった。
おそらく、心理描写の顕れなんだろーけどよ……はっきり言って大迷惑だ。
「なんなんだ、そりゃ。おめーが強制的に植え付けたくだらねー知識で、追放された原因は知ってるけどよ。ありゃ百歩譲っても、おめーが悪いんで、復讐も何も
常識的に考えたら逆恨――」
「そう!! 私はアカデミーから追放されたのよ、『無実の罪』でね。あれはとても辛く悲しい出来事だったわ。だからアカデミーに復讐してやるのだ!」
ぐっ! と拳を握るL。だが俺はそんなものには惑わされんぞ。
「いや、教授の研究施設を無断使用して破壊するわ、他国の大使を公の場で殴り倒して裸にして庭木に縛り付けるわ、生徒に禁忌の魔法を教えるわ、
他にもあれやこれや……どう考えても追放は妥当な判断だろうが!」
「なによぅ、大声出さないでよね。それぞれ理由があんのよ、理由がっ!」
これ見よがしにうるさそうに耳を小指でほじるL。
「それも分かってる! だがな! 同じ結果を得るためならもっと他の手があっただろーが! お前のは最悪手すぎる! 例え偶然だとしてもな!」
「だって、そっちの方がおもしろいじゃないの」
「おもしろ……って、わざとかよっ!! なお悪いわ!」
怒鳴りつけると、Lは素知らぬ顔で横を向いてやがる。
まったく、なんなんだろうな、このハリケーンチビは……。
「はぁ…………。で、どうやって復讐するわけ?」
「うーん、そうね。とりあえず5000年前に封印された伝説の龍を解放して、アカデミーを滅ぼすのはどうかしら」
「やめろぉっ! 被害が甚大すぎるだろ、それ!」
「ま、300年は学園都市を再建できないでしょーね」
そう言ってカラカラと笑うLを見た俺は、肩を落とすのだった……。
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