プロローグ
僕は銀座にあるタルト屋さんで注文したタルトが来るのを待っていた。
地下一階にあるカフェスペースは雰囲気が良く、僕のお気に入りだ。
時計を見ると午後三時、ちょうどおやつの時間だ。
「赤いフルーツタルトでございます」
「はーい」
六種類のベリーが乗った美味しそうなタルトが目の前に置かれる。
フォークを手に取り口の中にタルトを……
「主任」
部下の声が聞こえた気がするがそのまま口の中にタルトを入れた、サクサクして甘酸っぱくて美味い……
「主任、聞こえてますか、主任!」
うるさいので仕方なく声の方向に振り返る、ガタイの良い角刈りの男がそこに居た。
それはそれとして口の中にタルトを入れる、噛むとブルーベリーが弾けた。
「主任、お願いですから実験室に戻ってくださいよ……怒られるの俺なんですから……」
「そう言われてもなぁ、今戻っても意味無いだろ?午後の六時には戻るよ」
開いた左手で彼の腰をパンパン叩くと彼はため息を付いた。うむ、ラズベリーも美味しい。
「そう言われましてもね、一応主任はプロジェクトの責任者なんですから、マスコミとか質問したい学者様とかも来てますよ。
主任しか質問に答えられる人居ないんですし、頼みますよ」
店員さんにクスクス笑われていた、もう何度も同じようなことしてるからだろうな。
面倒だが仕方がない、観念しよう。それにしても苺は美味い。
「もう一品頼もうと思ってたんだけどな……」
能力を使ってなんとかしたことを説明するのは難しいのだが。
プロジェクト「ヒヒイロカネ」 次世代戦車などに使う金属の開発プロジェクトだ。
ぶっちゃけてしまえば軽くて硬くてすごい金属を作っちゃえ、である、
先月作成に成功したのである程度の大きさのインゴットっぽいのを作成中、それが終わるのが午後六時となっている。
試作一号は戦車の装甲用として開発された、サクっと計算した限りだが、現在の戦車の形にするなら15トンぐらいの軽さになるだろう。
西暦2248年製48式戦車が30トンなので大体半分だ、なにも考えずに軽く硬く粘る様に作ったのでこれでいいのかはわからないが。
金より軽く、金剛石よりも硬く、磁気を拒絶するというヒヒイロカネの特徴は満たしているはずだ。伝承にしたがって無駄に光るようにしたら怒られたのでやめた。
今は西暦2260年だ、12年で戦車を半分に軽量化出来るほど人類の努力は軽くない、軽量化だけに。しかし僕には出来る、僕は異常な人間なのだ。
西暦2110年、最初に発見された異常は日本の中学生だった、彼女は小型の核融合炉を作成した。 自宅の庭にだ。
大変な騒ぎとなり彼女の身柄は日本政府が保護、庭先にある核融合炉は調査されたが、人体に悪影響が無いことが確認された。
作成される熱量は日本で必要とされるエネルギー量のほぼ二倍、しかも彼女は熱伝導以外の効率の良い発電方法まで考案した。
一人の少女の発明で地球のエネルギー問題はほぼ解決した。
しかし、彼女以外に理屈がわかるものはおらず、彼女はしぶしぶ世界中に発電所を作ったのち、隠居したらしい。
その後、同じように異常な知識を持った人間が何人か現れた。
他の人間と違うところがないか徹底的に調べられたが、何も変わらないことだけが判明した。事前調査しようがないということだ。
共通していることは誰にも理解できないような知識を持ち、実践できる能力を持つこと、そして説明下手なぐらいだ。
前述の彼女はエネルギー関係の知識だけ異常だった。
僕は金属の知識だ。
タルトを食べ終わった。ごちそうさまでした。
角刈り君は立ったまま待っていた、彼は秘書兼ボディーガードの様なものだ。彼の目を盗んで仕事場から脱出するのは至難の業だが、おちょくると割と成功する。
「じゃあ行こうか、ごちそうさまでした」
席を立ち、会計を済ませた僕は店の外に出る。
「じゃあ主任、車に乗って下さい。直行しますよ」
「せっかく外に出たんだし、このまま銀座ブラブラしたいんだけど」
「ダメです、実験室直行です」
「なん……だと……」
「なんだと、じゃないですよ、いい年した男なら聞き分けて下さい」
「いい年ってどれぐらいかな?僕はまだ二十五歳だから引っかからなかったりしないかい?」
「いいからはよ入れ!」
まるで荷物の様につめ込まれてしまった。ひどい話だ、ブランド物の財布を新調したかったんだけど。
車の中で角刈り君が資料を取り出して渡してきた。
「主任、マスコミ応対用の台本です、覚えて下さい」
「うげぇ、面倒くさい」
「マスコミ会見は午後6時半予定です」
「アドリブでいいんじゃないか?質問なんて何が来るかわからないんだしさ」
「前に任せた時は散々だったじゃないですか、正直後ろについてこう答えろって言いたい気分です」
さすがにそれは格好が悪い、頑張って台本を覚えるとしよう。
二分読んで眠かったから寝た。
車が急ブレーキをかけたので目が覚めた、何だ?
「少し先で事故が起きたみたいですね……」
角刈り君がそう言う、前を見てみるとちょうど道を塞ぐように三台の車が事故っている。
乗員が何人か這い出てきているようだ、どうやら重症ではないらしい。
「君は救急車とか呼ぶんだ!」
「主任!うかつに近寄っちゃ駄目ですよ!」
僕は車を降りて被害者に駆け寄った。
「大丈夫ですか?車の中に取り残されてる人とかは居ませんか?」
比較的元気そうな女性に声をかける、彼女は顔を抑えながら話してくれた。
「一人……左の車に取り残されています……」
「わかった、歩けるかい?歩けるなら……取り敢えずここから離れるんだ」
ガソリンが漏れてないように見えるから引火はしないと思う、けれど危険だ。
「歩ける人は事故車から離れて下さい!」
そう叫びながら僕は左の車に走って中を覗く。
「あれ?誰もいない?」
もう少し調べるためにもっと覗き込む。
――背中に熱いものを感じた
振り向くと先ほどの女性が体当たりするようにぶつかってきたのだとわかった。
どうやら手に持った刃物で突かれたらしい……
振り向いた僕に彼女はさらに追撃してくる、今度は腹部を刺してきた。
内蔵をかき回すように刃物を切り上げ彼女は離れていった、顔を見ると割と美人だ。
疑問が浮かんだので聞いてみた、美人だし答えてくれるかもしれない。
「殺される理由を教えてもらってもいいだろうか?」
逃げようとしていた彼女は振り返って言った。
「いずれわかるわ……」
いずれわかるということは僕は助かるのだろうか、下手人からの言葉を信用しようとするのもなんだが。
出血と痛みで足に力が入らない、僕はうつ伏せに倒れた。
「主任!?なんでこんなことに……あとすこしで救急車が来ます!意識をしっかり保って下さい!」
「む、無茶言わないでくれよ……」
気が遠くなっていく中、僕はいろいろなことを考えていた。
来週から砲塔用の金属制作が始まるのに困ったもんだ……、僕が居なくても大丈夫か?いや駄目だろう。
角刈り君はボディーガードの仕事が果たせなかったことを責められるんだろうか、無闇に動いた僕の責任になればいいんだが。
25で両親の元に行くとは思ってなかった、早死する親不孝な息子で申し訳ない。
「主任!主任!駄目ですって主任!何ちょっとにっこりして死ぬような顔してるんですか!まだ仕事あるんですよ!」
「君が次の主任だ……後は何もかもすべて頼むよ……」
「嫌ですよ主任!主任にしかわからないことが沢山あるんですよ!あなたは生きなければならないんです!」
どうやら角刈り君は泣いているようだ、そういえば彼とも長い付き合いだ。
愛着を持ってくれていたのか、迷惑しかかけてなかったけどありがたい事だ。
「ま、後は任せたよ……」
意識は沈んでいく……
あることに気付いて僕はパッと目を開けて言った。
「あっ、あの女の人が持ってた刃物。僕が作った包丁の「ナンデモキレール」だよ。切れすぎて一本作って止めたやつ」
なるほど、サクサク切れるわけだわ。自信作だったんだよアレ。
納得したところで僕は死んだ。