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とある管理栄養士の日誌  作者: Yoshi
ふりかけ
4/6

4.

 私の病院は地域に根ざした病院だ。私は自分を育ててくれたこの街に恩返ししたい。そう思って、地元の小さな病院に就職した。

 自宅と職場の病院は近く、生活圏内で患者さんや職員さん、たくさんの人と自然と顔をあわせることもある。

 今日はスーパーに寄った。夕飯の材料を買おうと思ったのだ。そこで、案の定、見知った人と会うことになった。

「あ。栄養士さん」

 食材を選んでいたら、男性から声をかけられる。

 名前ではなく職種で呼ばれた時点で、私と接点のあった患者さんだろうな、と予想はついた。私の職種は栄養士ではなく、管理栄養士であるが、患者さんにはそんなことは関係ない。

「麻呂田さん。こんばんは」

 私は病院で会話をした人の顔と名前はすべて覚えている。覚えようと心がけている。

 もっとも、この規模の病院だから、できることなのかもしれない。それでも、私の密かなポリシーだった。

「最近お体の具合はどうですか?」

「ああ、バッチグーだよ。折れたとこもしっかり治ったし、筋力も戻った」

 笑顔を見せる麻呂田さんの買い物カゴを何気なく眺めた。

「ああー、でもそれじゃ身体に悪いですよ。カップラーメンしか入ってないじゃないですか」

「いや、これが上手くって。それに、他のとなると手間がかかるしさ」

 そう言いながら恥ずかしげに頭をぽりぽりとかく。

 そして、ふと思い出したように顔を上げた。

「そうだ。おたくんとこの病院で使ってるフリカケって、何ていうメーカーが出してるの? あれすっげー上手くてさ! 味が白ゴハンに染みるっていうか、そんな感じなんだよ!」

 なぜか力説する麻呂田さんだったが、わかるような気もした。

 麻呂田さんみたいに若い男性は、病院食は味気ないのかもしれない。

 今それを何とかしようと、人によって選択食のメニューを取り入れたり、30日周期の献立を60日周期に変えるべくシステムを変えたり頑張っている。もちろん、私ひとりの力なんかじゃなく、栄養科のみんなの協力があるからこそ、だ。

「ごはんのときの楽しみですもんね。でも、あれから、ウチも色々と改良してメニューとか増えたんですよ。人によったら、サカナかお肉か選べる選択メニュー作ったり、患者さんの意見も取り入れるよう頑張っているんです」

 フリカケなど調味料の置いてあるコーナーに麻呂田さんを案内しながら、そんな話をした。

 誰かに、私たちの頑張りを知ってもらいたかったのかもしれない。

「へえ、それは惜しいことをしたなあ」

 麻呂田さんは骨折も治り、退院してしまっている。

「あはは。だけど、もう入院はしないでくださいね」

 私はそう言って、目当てのものを手に取った。

「はい。これが、当院で採用しているフリカケです」

 私が手にしているのは、フリカケの元祖と呼ばれるもの。全国ふりかけ協会も公認している絶品である。

「これかあ。ずっとどれかわからなくて、手が出せなかったんだ。これがあるなら、カップラーメンは止めて、たまには自炊してみようかな」

 麻呂田さんはそう言って、微笑んだ。

「お、これ良さそう」

 そう言って、麻呂田さんは“赤い”のを取り出した。

「それは辛いですよ。こっちからスタートしてください」

「え、なんで。いいじゃん」

「その赤唐辛子バージョンが原因で夫婦喧嘩した人もいるので、ジンクスも担いで止めておいたほうがいいですよ」

 私は青井ドクターを思い出して、顔が緩みそうなのを堪える。

「まあ、よくわからないけどさ……こっちのタイプも病棟で使ったけどおいしかったもんな。こっちにするよ。ありがとう」

 麻呂田さんはそう言うと、礼を言ってレジへ走って行った。

 そういえば、私は何を買いに来たのだったっけ、そう思った瞬間だった。

「あ、よしちゃん」中村さんだった。「今から夕飯の支度?」

 中村さんも仕事帰りだろう。いつものスーツ姿だった。

「はい。中村さんもですか?」

「うん。今日は何か適当に出来合いのものにしようかな、なんて思ってんだけどさ」

 中村さんは言いながら、私の前の棚に目をやって、「あ、これ病院で使ってるやつだろ」と訊いた。応えると、中村さんはそれを自分の買い物カゴに放り込んだ。

「いつか買おう買おう思って、忘れてたんだよなー、これ」

 思えば、中村さんと初めて話したきっかけも、ふりかけだった。

 中村さんは、フリカケのルーツなどの雑学交えながら、フリカケを病棟にと提案してくれたのだった。前任者だった責任者が辞めて、その後を継いで間もない頃のことだからもう一年半以上も前のことになる。


「昭和の初期から、“三度の食事を四度食べる”なんて言ってさ、旨くて、カルシウム源としても良くて、魚が嫌いな子供でもおいしくカルシウムを取れるふりかけとして親しまれてるやつがあるんだけど、あれって、病棟で取り入れられないんかな? もちろん、量とか決めて、人によっては制限もかけなきゃならないだろうけど」


 この一言で、ほんの些細なことからでも物事は動いていくのだと、私は知った。

 中村さんは他にも色々な場面で、色々な刺激を与えてくれた。ふだん、仕事の彼しか知らないのだけど、本当にすごい人だと思っている。逆に……私は、プライベートの彼を知らない。


「なあ、よしちゃん。良かったらさ、ウチでご飯食べてかない? お袋と二人暮しなんだけど、何か鍋やりたくて仕方ないらしくてさ。親父死んじゃって、俺もなかなか二人で鍋しようって気にもならなかったんだよね」

 そう言うと、中村さんははにかんだような笑顔を見せた。

「それに、よしちゃん居ると、料理困らなさそうだし。それに、青井ドクターと幸村さんがさ、変なゲーム押しつけて困ってんだよ。ひとりでプレイするのもヤだし……」

 そう言って、少し頬を染めてそっぽを向く。

 中村さんの、意外な一面。

「ふふ。鍋って、誰がやってもだいたい同じだと思いますけど」

 その言葉の後に少しの静寂。

 やや間をおいて。

「いいですよ。ご一緒させてください」

 私たちは鍋の材料と、フリカケを持ってレジに向かった。

 このメーカーの商品はいくつかあるけれど、一番オーソドックスなそれを持って。株式会社フタバの自信を持ってお届けする、御飯の友シリーズ。それのもっとも、ベーシックな一品。


『いりこをまるごと粉砕。醤油で味付けしてたまご粒子・海藻・のり・白ごまを配合したカルシウムたっぷりのふりかけです』

 パッケージの裏にはそう、謳っていた。

 ささやかな、けれども歴史あるそのフリカケこそ、私の原点である。

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