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デートインザストーリー

デートインザビュッフェルーム

作者: フィーカス

 午後五時半。スキー場の初級コースからホテルに戻った加藤有子かとうゆうこは、スキー板とウェア、小物を宿泊者用のロッカーに預け、一旦自分の部屋へと戻った。

 有子たちの部屋である304号室。カードキーを差し込みドアノブをひねると、ドアは抵抗なく開いた。

 部屋に入りドアを閉めると、とたんにスキーの疲れが出てくる。有子は、自分のベッドに身を放り投げた。

 やわらかいベッドの感触を確かめながらくるりと半回転して仰向けになる。

 天井を見つめながら、今日のことを思い返していた。

 初めてのスキー。純白のゲレンデ。

 初めてのリフト。気持ちの良い風。

 一年生の佐藤有斗さとうゆうとが怪我をして、しばらく一緒に話した。

 そのときに、動物園前の駅のトイレで殺害された、親友の佐藤有子さとうゆうこの弟であることが分かった。

 そして、気になることがもう一つ。


 ――それでも彼女は、抵抗しなかった――


「あれは一体、何なんだろう」

 誰が呟いたのか、その言葉の意味は何なのだろうか。

 スキーの疲れも相まって、見つめていた天井の色のように、心と頭が明るい灰色になっていく。

 力が抜けていき、ついうとうとと眠りそうになる。それを妨げるように、右手に持った携帯電話を開いた。

 時刻は午後五時四十五分。あまり時間が経っていないと思っていたのに、それとは裏腹に時計は刻まれた時間を正確に示す。

 睡眠を求めている体を有子はゆっくりと起こし、思い切り背伸びをする。

 そして、携帯電話と財布だけを身につけ、部屋を後にした。


 エレベーターを降り、フロントへ向かうと、既にメンバーの何人かが集まっていた。

「あれ、成美、大丈夫?」

 有子はロビーの椅子でぐったりとなっているショートヘアの眼鏡っ子、三堂成美みどうなるみに声をかけた。

「ゆ、有子ちゃん、もう私、動けないぃ」

 成美は有子のほうを何とか向こうとしたが、どうにもこうにも辛そうである。

「なるみん、ずっとこけてばっかりで、最後の一時間でやっと練習コースを滑れるようになったんよ」

「え、ちょ、ちょっと、彩花ちゃん」

 成美の隣で、白いコートを着た三波彩花みなみさいかが、元気な声ながらも、疲れた表情でぐったりしていた。

「へぇ、そういう彩花はどうだったの?」

「え、う、うちはまあ……ぼちぼち……かな」

 反応を見る限り、彩花も成美とあまり変わらないようだ。

「はぁ、私はやっぱり部屋でお菓子食べてるほうがいいなぁ。明日は部屋でゆっくりしようかな」

「ま、まあ、そういうのもありだと思うけど、せっかくゲレンデに来たんだからさ」

 もうスキーはうんざりという表情の成美をよそに、有子はロビーの窓から外を眺めた。

 吸い込まれそうな藍色の闇の下には白いジュータン。上を見上げると、ポツリポツリと雪が降り始めた。

 ゲレンデでは既にライトアップが始まっており、いまだにスキー客も何人か姿が見える。

「ああ、やっぱり三波はうまくなってなかったか」

「た、タツト、アンタだって転んでたでしょ」

「え、な、何でわかるんだよ」

 有子が振り返ると、いつの間にか黒いジャケットを着た高野達人たかのたつとが彩花と話をしていた。

 まったく、この二人は仲がいいのか悪いのか。そう思いながら、有子はロビーの椅子に座った。


 有子がロビーに来て数分後、後輩の新名太志にいなたいしと、中学生の佐藤有斗さとうゆうと佐藤達真さとうたつまの三人もやってきた。

「すみません、ちょっと達真がウェア脱ぐのを手間取っちゃって」

 時間ギリギリになったことを太志が有子らに謝るが、それよりも有子が気になったのは、スキーの途中でけがをした有斗のことだった。

「有斗君、足はもう大丈夫なの?」

「はい、何とか歩くくらいは……」

 松葉杖などを使わずとも何とか歩けているものの、有斗はまだけがをした足を引きずっているように見えた。

「お、みんな時間通りに集まってるわね」

 有子が有斗の足を見てると、フロントの向こうから茶色のロングヘアが良く似合う栗畑千香くりはたちかと、それよりも濃い茶髪で背の高い高校の先輩、小塚進こづかすすむがやってきた。

「さてさて、皆、おなかがすいているでしょうから、さっさと夕食会場に行くわよ。今日はビュッフェ形式だから、たくさん食べてね」

 千香が言うと、先ほどまでぐったりしていた成美が反応して起き上がった。

「え、ビュッフェって、食べ放題ってこと?」

「ええ、そうよ」

 千香からの返答に、さらに目を輝かせる成美。

「ちょ、は、早く行かないと無くなっちゃうよ! 有子ちゃん、彩花ちゃん、早く行こうよ!」

「え、ちょっと、なるみん、あんまり引っ張らんどいてよ」

 成美は彩花の手を強引に引っ張り、夕食の会場へと向かって行った。

「成美、本当に疲れてたのかな」

 有子ははぁ、とため息をつくと、先に歩く千香について夕食会場に向かった。

 と、しばらく歩いたところで先ほど夕食会場に向かっていたはずの成美と、成美に手を引っ張られていた彩花が戻ってきた。

「千香ちゃん、私、会場がわからなかったの」

「分からないのに先に行くからよ」



 ビュッフェ会場にたどり着くと、千香が入口で受付を済ませ、メンバーを席まで案内した。

 大きな窓の外にはライトアップされたゲレンデ、天井にはシャンデリアとまでは行かないものの、オシャレな照明がいくつもぶら下がっている。

 やわらかいジュータンの上をゆっくりと歩いていると、千香がいくつもあるテーブル席のうちの一つに立ち止まり、「ここが私たちの席」と言ってメンバーを座らせた。

「食器とトレーは入口の近く、料理はあっち側にあるから、好きなようにとって食べてね」

 千香が言い終わるか否かの刹那、猛スピードで成美がトレーのある入口まで向かっていく。

「相変わらず、なるみんは食い意地張ってるなぁ」

「あはは……、私たちも行きましょうか」

 成美が食器を取り、すぐさま料理を選別しているのをよそに、彩花と有子もトレーを取りに入口に向かった。


「もう、有子ちゃんたち、遅いよ」

 有子と彩花が席に戻ると、トレーに山盛り盛られた料理を目の前にお預けを食らった犬の顔をした成美の姿があった。

「成美、それ全部食べられるの?」

 有子は自分が取ってきた量と、成美のトレーを見比べる。有子と彩花が取ってきた料理は、成美の半分ほどしかない。

「大丈夫だよ有子ちゃん、二巡目、三巡目を考えて抑えたから」

「ああ、それで抑えてるんだ……」

 成美の隣に彩花、その隣に有子が座り、持ってきたトレーをテーブルの上に置く。

「ねえ、もう食べようよ。私餓死しちゃうよ」

「ダメ、全員そろって、乾杯してからよ」

 ぼやく成美に、千香が後からチョップを食らわせる。

「えぇ、じゃあ私だけ二巡目に乾杯するからさぁ」

「どこにビュッフェの二巡目に乾杯するやつがいるかっ!」

 千香は成美に追撃のチョップを食らわせると、成美の向かい側の席に着いた。


 千香が席について数分後、他のメンバーも次々と席に着いた。

 有子の隣には太志、その向かい側に有斗と達真が並んで座る。その二人と千香との間に、進と達人が座った。

「全員そろったわね。とりあえず、旅行一日目、お疲れ様でした。この後も楽しんでいってね」

 千香がジュースを注いだグラスを手に取り、乾杯の音頭を取る。

「乾杯!」

 千香の合図に、全員がグラスを持ち、それぞれのグラスを乾杯しあった。

 直後、予想通り成美が凄い勢いで目の前の食事を口の中、というより胃の中に詰め込んでいく。

「なるみん、そんなに焦らんでも、まだたくさんあるんだから」

「彩花ちゃん、バイキングは戦争だよ! いつ何時食べたいものが無くなるかわからないんだからね!」

 周囲を見渡すと、成美の食べっぷりにあっけに取られている人もちらほら見えた。

 有子もそろそろ自分の食事に手をつけようかとしていたとき、ふと隣を見ると、太志が食事に手をつけず、暗い表情で俯いていた。

「あれ、新名君、食べないの?」

 有子の言葉を聞き、太志ははっと有子の方を見る。

「あ、いや、あまり食欲が無いっていうか……」

「何か悩みでも?」

 有子が聞くと、太志は目の前の中学生二人の方を見た。

「……何て言うんですかね、僕がもう少ししっかりしないといけないのに、頼りないって言うか、今日も有斗の怪我をどうすることもできなかったし……」

 そう言うと、有斗は再び下に俯く。目には涙が浮かんできているようにも見えた。

「なるほど、もうすぐ二年生になるから、先輩らしいことをしたいってことね」

「そうですね」

 一番下の学年から後輩を持つ時期。先輩として振舞わなければならないというプレッシャーが、太志には重くのしかかっていたのだろう。

「確かに気持ちは分かるけどね、まだ一年生なんだし、もう少し楽にしたほうがいいんじゃないかな」

「でも……」

「焦る気持ちは分かるけどさ、困ったことがあったら、私たちに甘えればいいんだよ。これだけたくさん先輩がいるんだからさ」

「……」

 有子の説得に、太志はあまり納得していない様子である。

「えっとね、例えば、新名君が有斗君や達真君に頼られなかったら、どう思う?」

「それは……」

 有子の一言に、太志は黙り込んでしまった。

「同じだよ。私たちだって、後輩からは頼られたいって思ってるのよ。だから、無理して先輩になる必要はないのよ」

「そうそう、太志は心配しすぎなんだ。後輩の面倒を見ることも大切だけど、先輩との付き合いも大切だぞ?」

 有子に続き、その様子を見ていた進も有斗に声を掛ける。

「まあ、いざとなったら頼りにするんだね」

「タツトは頼りにされる方ちゃうの?」

「いやいや、俺だってやるときはやるぜ?」

 さらに達人と彩花も、有斗を励ます。

「ね、頼れる人はたくさんいるんだから、新名君はもう少し力を抜こうよ」

 有子の一言に、太志の顔にも笑顔が戻ってくる。

「そうですね、少し考えすぎだったみたいです」

「うん。少しは元気出たかな?」

「はい、ありがとうございます」

「じゃあ、料理冷めちゃわないうちに、食べようか」

 有子が言うと、太志も箸をとってトレーの料理に手をつけ始めた。


「そうだよ、早く食べないと無くなっちゃうよ? 私なんかもう三巡目なんだから」

「成美、あんたはもう少しゆっくり食べようか……」



 午後七時前。一通り全員が満腹になったタイミングを見計らい、千香が席を立つ。

「さて、これからは自由時間ね。部屋でくつろいでもいいし、ゆっくりお風呂に入ってもいいし、卓球台なんかもあるから、そこで遊んでいってもいいわよ」

 そう言うと、千香は進と一緒にビュッフェ会場から出て行こうとした。

「あれ、千香はどうするの?」

 トレーを持って立ちながら、有子は千香に尋ねた。

「私は今から小塚先輩とナイターに行ってくるから、何かあったら携帯に電話してね」

 そういうと、千香と進は会場を後にした。

「なんや、ちーちゃんと小塚先輩、もしかしてできてる?」

「さぁ、あの二人、どうなんだろうね」

 去っていく千香と進を見ながら、彩花は二人の関係が気になる様子である。

「旅行をきっかけに仲を深めて……って、小説の世界とかでありそうじゃない?」

「どうだろう、でもそういう感じじゃないのよね」

 千香は誰とでも仲良くなれるタイプである。だから、相手が先輩であろうと後輩であろうと、相手によって付き合い方を変えているのだろう。有子にはそう見えた。

「まあ、たしかにちーちゃんはあんまり彼氏作ろうとか思うタイプじゃないからねぇ。あ、うち先に部屋に戻っておくわ」

 そういうと、彩花は一人エレベーターに向かって行った。


「でも栗畑先輩って、凄いですよね。一人であれだけ皆を纏め上げるなんて」

 彩花が去った直後、トレーを返しに来た太志が有子に話しかけた。

「千香はそういうのが好きだからね。世話好きっていうのかな。多分好きじゃなきゃなかなかできないよ、こういうことは」

 すっかり彩花との話で忘れ去られていたトレーを、有子は返却口に返却しながら大志に応える。

「そうですね。まるで栗畑先輩って」

 大志はトレーを返却口に返すと、つぶやくように言った。

「田上先輩みたいですね」

「え?」

 思わず、有子は驚きを口に出してしまう。

田上健二たのうえけんじ先輩です。弓道部の。あ、でも加藤先輩とはクラスが違うから、知らないでよね」

「いや、知らないも何も……」

 勢いで言いかけた言葉を一旦飲み込む。が、有子は思い切って続ける。

「……私の彼氏だから」

「え、田上先輩って、彼女いたんだ」

 今度は太志が驚いた顔をしている。

「え、そんなに意外だったのかなぁ……」

「田上先輩って、あまり彼女とかの話聞きませんから。それに、運動部からはあまり評判良く無いらしいですし」

「健二君は、確かにそうかもね」

 有子も健二の評判については、色々と聞いていたが、後輩からもあまりいい話は聞けなさそうだと思った。

「でも、千香が健二君みたいって、どうして?」

 先ほど言っていた太志の言葉が気になり、有子は大志に尋ねた。

「いえ、田上先輩も、後輩の世話とか結構見てくれていたんです。それで、後輩からは人気があったんですよ。栗畑先輩を見てると、田上先輩みたいだなって」

「うーん、あまりイメージわかないなぁ……」

 健二との付き合いを思い出す有子だが、千香のようにリーダーシップがどれくらいあった覚えがあまりない。

「そうなんですか? あ、でも、仲がいい人に対しては遠慮ないみたいですからね」

「あ、そう言うところはあるわね」

 部屋に戻る途中、エレベーターの中でも、思わず健二のことで有子は太志と意気投合してしまっていた。


 ついつい健二の思い出話に花を咲かせてしまい、気が付けば部屋の前まで来てしまった。

「ついつい話し込んじゃったね。また健二君の話、聞かせてね」

「あ、僕の方こそ、すみません」

 有子は自分の部屋のドアに、カードキーを差し込む。すると、ピッと小さな音が鳴った。

「それにしても、田上先輩は何であんなことに……」

「……」

 ドアノブを握る有子の手が止まる。

「警察は自殺の線もあるって言ってますけど、田上先輩が自殺するなんて、考えられないです」

「……自殺じゃないよ」

 有子の言葉に、太志がびくりとする。

「太志君、健二君はね、自殺するような人じゃないよ。だから……」

「おーい、ここにおったんかー」

 有子が言いかけたとき、遠くから彩花の声がした。

「お、タイシも一緒やったんか。ちょうどええ。一緒にお風呂いかん?」

「お風呂?」

 よく見ると、彩花の腕には浴衣らしき衣服がかけられていた。

「そうそう、二階に大浴場があるから、皆で行こうって、なるみんと話してたところなんよ」

「いいわね。じゃあ、ちょっと準備してくるから。有斗君もいこうよ」

 二人のやりとりにやや圧倒されていた有斗は、少し戸惑った表情を浮かべる。

「え、えっと、僕は後で行きます」

 そう言うと、太志は自分の部屋に戻っていってしまった。

「ありゃま。まあとにかく、うちたちは先に行ってるから」

 彩花が二階の階段に向かうと、有子は手を振って自分の部屋に入った。


 電気のついていない部屋は真っ暗で、有子はドアを閉めるとそのドアに寄りかかってふぅ、と息をついた。

「自殺じゃない……か」

 一言つぶやくと、小さなクローゼットから浴衣を取り出し、荷物から着替えを取り出して入浴の準備をした。

とりあえず太志との絡み終了。

あとは彩花と達人、達真に小塚先輩か……長い(汁

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