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Near  作者: 千秋
一章~初めての種~
9/19

Seed:08


 西門を抜けると、そこには広大な平原が広がっている。この平原はプラトを囲む四つのフィールドのなかで一番難易度の低い場所だ。その証拠に、出てくるMOBは兎やカラスといった動物系を大きくしただけで、ビジュアル的にも、ステータス的にも問題はない。なんたって投げるしか能のない私でもソロで狩れるんだから。


 私は手に持つブーメランを、だいたい十メートルくらい離れた場所で草を食べる兎――ティアラビットに思い切り投げつけた。ブーメランは風を切りながら緩やかな軌道を描き、ティアラビットの頭部へ命中。本当は額に生えた角を狙ったのだが、まだこの距離ではピンポイントに当てることはできなかった。

 ノンアクティブだったティアラビットは怒ったのか、キッと私をその赤い目で見据えると、姿勢を低く保って近づいてくる。


 だが、甘い。


 二人と別れてから一週間。その間をただ無駄に過ごしてきたわけではない。ブーメランだって十回に三回は手元に戻ってくるようになったし、戻ってこなかった時用の戦闘方法だって考えてきた。

 私は腰に回してあるポーチから石ころを取り出し、走り寄ってくるティアラビットに向けて投げた。石は地面と平行に真っ直ぐ飛び、角を捉える。するとティアラビットはその場でノックバックした。

 その間に、ポーチから石ころを取り出しては投げを繰り返し、ちゃくちゃくとダメージを与えながら、ブーメランを回収。そしてブーメランを投げては、石にチェンジ。

 だいたいそれを六回くらい繰り返したところで、ティアラビットはその体を平原に横たわらせ、ピクリとも動かなくなった。


「……我ながら汚いッ!」


 未だゲーム開始時の服のままの私は、ここら辺の敵でも立て続けに攻撃をくらったら死ぬ。ならば相手に攻撃されないよう、近づく前に倒してしまえばいいと思いついた末の戦法だ。

 ブーメランは初心者シリーズだからか、ここでも耐久値は存在しないらしく壊れる心配はなさそうだし。石ころはその辺に落ちているのを拾ったものだからお金はかからないし。ティアラビットからとれる角は、他に売れば30Gのところを、薬屋に売れば一個50Gとかなり美味しい。その他の素材はどれも20Gから30Gぐらいの間だ。

 ただし、MOBが自動ドロップ式から剥ぎ取り式に変わったことで、一度に複数の素材が手に入るようになったことは嬉しいが、少しだけ抵抗がある。


 私は、横たわるティアラビットの隣に膝をつき、手を合わせ、その柔らかい体にナイフをいれた。鼻腔を刺激する濃い鉄錆の臭いも、手を染める赤にも、だいぶ慣れてしまった。


 私がティアラビットから手に入れられるのは、角と毛皮と肉の三つ。これは恐らくDEX所謂器用さとシード、MOBの大きさが関わってくるんだと思う。

 現に生産職で錬金術のシードを持つリンゴは、錬金の材料に使えるティアラビットの涙とか、頑張れば内臓系まで取れるらしい。私も最近は一部料理に使えそうな内臓はなんとなくわからなくもないが、それには手を出していない。

 倒されたMOBは一定の時間がたつとその場で灰になって消えていく。私は平原を駆け抜けた風にさらわれていった灰を、静かに見送った。


 そうこうしているうちに、視界の端に何か黒い物体を捉えた。

 カラス――イーグレイブは素材を売っても高くないし、あまりうまみのないMOBなんだが、ここはシード開花のためと、私は固く握りしめていたナイフの代わりに、自分の得物を握りしめた。




 カッと強い光がして目を開けると、そこは一週間前に降り立った、町を一望できるあの丘だった。

 そしてやけに重く感じる体と頭に、私はため息をつく。

 ゲームの世界で死んだら起きる、デスペナルティ。これから私は二十四時間の間、全ステータス半減。つまりこの倦怠感を抱いたまま過ごさなければならない。それと所持金の一部ロスト。今回は……全体の約三割もってかれた。これで残りは1225G。せっかく貯めたのに!

 とりあえず私はポーチから踝まで丈のあるマントを取り出して、羽織る。なぜなら私はほぼ全裸だからだ。

 SBOでは武器はもちろん、防具にも耐久値が存在した。当然防具に含まれる衣服にも耐久値は存在し、攻撃を受ければ破れる、傷つくといった感じで耐久値が減ったのがわかる仕組みだ。

 でだ。私が着ているのは本来耐久値の存在しないはずの初心者の服なんだが、どういうわけか攻撃を受ければ破れるようになっていた。

 当然、初心者シリーズなので、壊れて無くなることはない。だからこそ、見えそうで見えないギリギリのせめぎ合いが生じ、一部の男性プレイヤーがファーザーのことを神だなんだと称賛していたりする。

 ようは女性プレイヤーからしたら迷惑極まりないシステムその二だ。


 私は町で買った300Gのマントの前をしっかりと合わせ、職人通りに並ぶメリルの服屋へと向かうことにした。リンゴは今、メリルと言うお針子、といってもオカマのNPCの元でひたすら生産系クエストを行っている真っ最中である。

 打倒メリル。と宣言しておきながら、その下で技術を磨く姿は結構シュールだ。


 道中、町でNPCが売っている装備で身を包んだプレイヤーたちがいた。恐らく彼らは攻略組なんだろう。

 なんでも最近クラウンとかいうベータテスターだけで構成されたギルドがついに西の平原のボスに辿りついたらしく、ボスはベータ版と同じ大きな狼だということと、新モーションが判明したばかりだ。ちなみに彼らは仲良く死に戻りだったそうだ。

 この集団もこれからボスに挑みに行くのだろうか、私がメリルの服屋に行く前に寄ろうと思ってた薬屋から出てきたところだった。


 それにしても。なんとまぁ、カラフルな集団だこと。絵にかく虹を全色制覇してしまっている。金髪の私が言うのもなんだが、目が痛い。

 彼らが横を通り過ぎていくのを横目に見ながら、私はそんな感想を抱いたのだった。


 薬屋の古ぼけた扉を開ければ、中にはNPCであるおばあさんがカウンターの奥で安楽椅子に腰かけていた。このおばあさんは朝、完全に陽が上ってから暮れるまで、こうしてプレイヤーを迎えるのだ。


「おや、お嬢ちゃん。昨日ぶりだね。今日はどうするんだい?」


「こんにちは。今日もいつもみたいに素材売りに来たよ」


「そうかいそうかい。ならここに置いとくれ」


 まるで本当に生きている人と話をしているかのような会話にももう慣れた。そしてポーチから先ほど倒したMOBから得た素材をカウンターの上に並べていく。

 するとおばあさんは首にかけていた眼鏡をかけて、一つ一つ素材を見ていく。


「ティアラビットの角が五つとイーグレイブの爪が二つ、羽が二つで、350Gになるけど、いいかい?」


 内訳は、ティアラビットの角が一つ50Gで250G、イーグレイブの爪が一つ30Gの60G、羽が一つ20Gで40Gの計350Gだ。

 これで所持金は1575Gになった。宿代が一泊200Gだから正直厳しいが、文句を言っても仕方がない。


 おばあさんからお金を受け取り、私は今度こそメリルの服屋に向かった。といっても斜向かいなのだが。


 カラン、カラン。


 「いらっしゃいませ。メリルの服屋へようこそ!」


 相変わらずの売り子のNPCに迎えられ、私はリンゴを呼んできて欲しいと頼む。売り子は少々お待ちを、と言って奥に引っ込み、しばらくしてリンゴと共に戻って来た。


「あっユズ! 何々、また服の補修?」


 人の格好を見るなり、にやにやと人の悪い笑みを浮かべるリンゴ。ええ、ええあなたの言いたいことはわかってますとも。


「毛皮三つでいいのね?」


 私はポーチから先ほど手に入れたティアラビットの毛皮を、取り出してリンゴに渡す。


「ふふん。いくらリアルで友達って言ってもおんぶにだっこじゃダメだからね。それじゃ確かに。じゃあいつものように服脱いで出来上がるまでちょっと待ってね」


 リンゴの言葉に従って、私は更衣室に入って服を脱ぎ、ポーチから取り出した新しい下着を身に着け、その上からマントを羽織った格好で出た。ちなみにこの下着はリンゴ作で、生産品第一号だそうだ。

 悲しいかな、こちらにきてからリンゴにはありとあらゆるサイズを知られてしまった。何が悲しくてクラスメートに下着を作ってもらわなければならないんだろう。


 そんなことを考えている間にも、リンゴは裁縫セットを出してちくちく何かやっていて、ものの十分ほどで服の修復を終えた。

 はい。と渡された服を受け取ろうと手を伸ばしたが、その服は横から伸びてきた白い手に奪われてしまう。


「あらあら。あなたもだいぶ上手に針が使えるようになったわね。これなら露店くらいならできるんじゃないかしら」


 そう言って現れたのは、ここ、メリルの服屋の店長こと服職人のNPCメリルその人だった。

 普段、奥の工房に引きこもって出てこないはずのメリルは、どういうわけかリンゴに直してもらった私の服を再度しげしげと眺めた後、口を開いた。


「ええ。問題ない。これで今のあなたに教えることは何もないわ。これからは自分の思うように頑張りなさい」


「え? てことは、え、それって露店ができるようになったってことですか!?」


「だからそう言ってるじゃない。あなたの耳は飾りなの? はい。これは露店を開くのに必要な敷き布と、裁縫の心得―初級編―」


 メリルはそう言うとどこから取り出したのか、麻の敷き布と一冊の分厚い本をリンゴに投げ渡した。それとおまけに私の服も返してくれた。

 どうでもいいけど、私、早く服着たいです。


 こうして私が服を着ている間に、リンゴは師匠? からの叱咤激励を受け、私たちは文字通り、あの売り子に店の外へと放り出された。

 内心、そのあまりの態度にムッときたんだが、隣に立つリンゴを見たら、そんなものはどこかへ消し飛んでしまった。

 念願の店へと一歩近づいたリンゴは、歓喜にわなわなと体を震わせ、大事そうに二つを胸に抱えていたのだから。


「よかったね。リンゴ」


「うん。うんッ」


「よし、じゃあ今日はリンゴの成長を記念してお祝いしよう!」


「やったー!」


 私たちはちょっと早いけど、リンゴの出店を祝うために、私がいつも寝泊まりしている宿へ向かう。

 途中、道であった他のプレイヤーからは不思議そうな顔をされたが、今のリンゴにはそんなの関係ないみたいで、終始ご機嫌だった。そういう私も、今から厨房を借りて何を作ろうか、考えを巡らせているのであった。



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