Seed:07
私と男のことなんかまったく眼中にないといった通常運転のNPCの売り子に迎えられ、私たち三人とそしてなぜか男も店の中へと足を踏み入れた。
「おぉ。すげーリアル」
入って早々、男は店に飾られた服を手に取り隅々まで見ている。ってそれ女性用だからね!
「ちょっとユズ! あれ、隣のクラスの不動だよね!?」
「なんで狂犬が一緒に居るの!?」
なんで一緒に居るかだって? そんなもん私が聞きたいわ。
男――不動翔はあの後すんなり私の上から退いてくれた。が、なぜかこうして一緒に居る。
いや、もしかしたら単に服を見に来ただけかもしれないし、そもそもあの男が不動だとは限らない。なぜならここはゲームの中で、顔なんか弄り放題なんだし、狂犬と噂される不動になりきってゲームをプレイしているのかもしれないし。
「果物トリオ。お前ら何しに服屋なんか来たんだ? ここの服買うにしてもかなり高いぞ」
うぐっ。どうやら、少なくともうちの学園の生徒であることに間違いはなさそうだ。男は何の躊躇いもなく私たちにつけられたコンビ名を言ってのけた。おまけに服を見に来た説もどうやら外れのようだ。
私は二人に背中を押されて、一歩前に出る形になった。それを見た不動は、今度は私に、ピンポイントで蒼くなった目で見つめてくる。
おぼえてろよ、二人とも。あとで後ろからブーメランぶつけてやる。
「えっと、その前にあなたは不動君で間違いない? そういうプレイとかじゃない?」
ここ。ここ最重要だろう。目の前の男が本当にあの不動翔なのか、私たちには本人に尋ねる以外、判断のつけようがないのだから。もっとも、嘘をつかれればもともこもないのだが。
私の恐る恐るといった質問に、不動は特に気にした風もなく答えてくれた。
「ああ、それ他の奴にも言われた。俺は庭園学園二年三組の不動翔で間違いねぇよ。いくらゲームって言っても、さすがにここまでそっくりにはできねぇだろ。つうか俺になりきる意味がわかんねぇし。あ、あとここではカケルじゃなくてショウな」
「はぁ。じゃあショウく――」
「ショウでいい。どうせこれはゲームだしな。で、お前たちは?」
ゲームだからなのか、不動と思われる男は噂で聞いていたような感じとは全然違っていた。常に眠そうで怠そうなのは、たまに学校で見る時と同じだが、狂犬なんて言われる怖い人には見えない。
そればかりか、私たちがゲームでの名前を答えると、そのまんまだなって笑っていた。
「なんか、噂の人と全然違うね」
「やっぱり別人なのかも」
リンゴとミカンの言うことは、確かに私が思う事でもあった。でも、外見を似せることは出来たとして、この気怠い感じをこうも真似できるのだろうか。それに私たちは三人とも現実での不動翔との面識はないので、甲乙つけがたいものがある。
「じゃあ、ショウはなんで私たちがその……く、果物トリオだって思ったの?」
「自分で言うか普通? まぁいいや。俺だって確信していたわけじゃねぇよ。赤とオレンジは顔も弄ってるみたいだし、黄色いのは顔はそのまんまだろうが、ミスコン優勝者の顔を庭園の生徒なら誰だって知ってるからな。そういうプレイ? してる奴がいてもおかしくないだろ」
確かにリンゴは赤い髪に緑の瞳。ミカンは髪も目もオレンジ。私もなるほど、この金髪は黄色に見えなくもないか。目も翠だし。意識したつもりはなかったが、どうやら私も柚に見えるみたいだ。
それにミスコンのせいで顔ばれしてるし、変に有名になってしまっているようだ。いよいよ顔を弄らなかったのは失敗だったといえる。背後からはだから言ったのに、とぐちぐち何か言ってくるが、今なら甘んじて受け入れよう。でも髪型一つでも雰囲気ってだいぶ変わるんだよ?
「あんなところで女三人寝てたら放っておくわけにもいかねぇからな。起こしたついでに、本物か確認しようと絡んでみたわけだが、お前らは庭園の果物トリオで間違いねぇよな?」
どうやらむこうも半信半疑だったらしい。こんなゲームの世界でいくら始りの町とはいっても、同じ学園の生徒と会う確率なんてそれほど高くはないだろう。私が顔を弄っていたら、たぶんあの場ですぐにさよならだったんだと思う。
私たちはショウに間違いないと告げた。すると彼の気怠さがより一層増したような気がすのは、ショウが少し警戒していていたって事なのだろうか。
「そっか。で、結局お前らはここに何しに来たんだ?」
本格的に話を戻そうとしたショウに、私はここに来た経緯の説明と、おまけに検証結果を告げる。その間、リンゴとミカンには本来の目的である店についてNPCに尋ねてもらうことにした。
「――と、いうわけでここに来た次第です」
「へぇ、店ね。にしてもお前らすげぇな。俺はあれから宿行ってずっと寝てたぞ」
本当に感心した、といった感じのショウは、自分が今まで町の中心部にある宿で寝ていたことを教えてくれた。
枕が低いだの、ベッドが固いだの、それはもうくだらないことを愚痴る男を前に、私はどうすればいいのかわからない。誰かこの男の取扱説明書をくれないだろうか。
そんなことを本気で考えていると、店の奥から肩を落とした二人が帰ってきた。
「どうだった?」
「どうもこうも。店を持つのは当分無理だね。額が桁違いだ」
「それに、お店を持つにはある程度の実力がいるんだって。修理や小物ぐらいしかできない今のわたしじゃ、露店すら無理だって言われちゃった」
「「はぁー」」
盛大なため息を二人同時につく光景に、詳細を知らない私とショウは何も言えなかった。
「最低でも六十万!?」
ショウと別れてからもはや定位置になりつつある神殿前の広場で、私の叫び声が木霊した。
周りの人たちがなんだなんだとすかさず様子を窺ってくるが、今はそれどころではない。
私のリアクションに、ミカンたちはそうなるはな、と苦笑を浮かべ、ことの詳細を語ってくれた。
プレイヤーが店を持つには、第一条件として生産系のシードを持っていなくてはならない。その上で、ある程度シードを成長させる必要があるのだが、これは店のランクによって必要なシードの値も変わってくるそうだ。ちなみに、今のリンゴのシードでは露店すら開けないそうだ。
第二条件。店を建てる場所の土地を購入する必要がある。金額は立地で変わり、中心部に近いほど高い。また、プラト以外の町も仕組みは同じらしいが、町ごとに土地の代金が違うので、そこは実際に行ってみないとわからない。
そして、土地を買ったらいよいよ店の建設なのだが、ここでまた新たな問題がある。ずばり金だ。
店を建てるには建築のシードを持つプレイヤーか、職人通りの建築家に依頼するしか方法がない。プレイヤーの方は現状ではわからないが、NPCの方はかなり高額だった。
土地代が一坪平均で二十万。店を持つには最低でも三坪が必要なので、土地だけでも六十万。更にNPCに最低ランクの店を頼んだ場合は、工賃として六十万。合計で百二十万。
しかもだ。よりよい品を作ろうとすると、それ相応の道具が必要になってくるため、もっとかかると見て間違いない。
シードの方はリンゴの頑張り次第でなんとかなるとしても、お金の方が無理だった。
ついでと言ってはなんだが、マイハウスもギルドハウスも存在するそうだが、金銭面で無理だ。
頼みの綱も切れた私たちは、今度は三人同時にため息をつくのだった。
「これからどうする?」
それは自然に出た言葉だった。
と言うのも、現状ではプレイヤーたちは大きく分けて三つに分かれていた。
一つ目はゲームクリアーを目的とした攻略組。
彼らはゲームの世界を楽しむ人と、はやく現実に帰りたい人の二種類に分かれるが、目的は同じなので情報を共有しながらグランドクエスト攻略を目指すらしい。主にベータテスターが多く在籍しているようで、三つの中で一番人数が多いと思われる。また、攻略“組”とはいっても、基本彼らは疑似PTや名ばかりのギルドを作っていて、みんなで一緒に行動しているわけではない。
二つ目は、引きこもり組。
ここは言ってしまえば他力本願。攻略組がゲームをクリアーしてくれるのを町で待つ人たちだ。私の読みでは、あと一週間もずれば彼らもフィールドに出るようになるだろう。じゃないとお腹はすくし、喉は乾くし、眠くなるしで、生きていけない。人間先立つものがないと何もできない。無一文でやってけるほど世の中甘くないのさ。もっとも私はリアルでお金を稼いだことはないけど。
最後が自由組。
これは組って言うより、思い思いにゲームの世界を生きる人たちの総称。ようは自分の好きなことを好きなようにしている人たちだ。
そろそろ私たちも、方向性を決める時が来たのかもしれない。
最悪、デスゲームというのは回避できたんだし、当初の三人でゲームをするっていうのとは大きく外れるが、ここからは個人行動ってのもありだと思う。
「うちは、二人さえよければ攻略組に行こうかと思うんだ。実は、ベータ版の頃のフレンドに道場で会った時に誘われてて」
そう言ったミカンは、どこかすっきりとした顔をしていた。たぶん昨日から言おう言おうと思ってなかなかタイミングを見つけられなかったのだろう。
「わたしは、今回は自由組! ベータ版の頃は純魔法職だったから攻略組もありかなとは思ったけどさ、あそこまで言われて黙ってなんかいられないもん。何としてでも立派な店を作ってやるんだから!!」
その横からは打倒メリルと、リンゴが熱く闘志を燃やしている。今朝のNPCの言葉が思いのほか深く突き刺さっていたみたいだ。
「ユズは? ユズはこれからどうするの?」
「私は……」
なんならうちと一緒に来るか、と誘ってくれるミカン。だが、誰が聞いても外れだと言うシードばかりの私がいても邪魔になるだけだろう。新しくシードを取るのも大変だし。ということで攻略組はなし。
なら引きこもるのかと言われれば、なんとなく響きが嫌なのでこれも却下。
となれば答えは一つ。
「私もリンゴと一緒で自由組かな。弟も探したいし。それにどうせ死んでもデスペナだけだし、この際だからゲームを楽しんでみる。もちろん自分なりにクリアーを目指しながらだけど」
こうして私たち三人は自分たちの進む道を決め、互いの健闘を祈るために、頬を染めて円陣を組んだ。
この時、ショウとは店を出てすぐにわかれていたことに私は少しだけほっとしていた。寝起きのこともあるし、ミスコンのこともあるし、さすがにこれ以上は恥ずかしいところを見られたくなんてなかったから。