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Near  作者: 千秋
一章~初めての種~
7/19

Seed:06


 リンゴ、ミカンと共にいま思いつく、できる限りの検証を徹夜で敢行した結果、なかなかの成果があったと言える。主にシードに関してだけだが。


 SBOをプレイするうえでまず外せないシードについて。

 これは間違いなく目に見えないだけで存在していた。現にリンゴは現実では使えないはずの魔法を“なんとなくこんな感じ”と言った曖昧な方法で使えたのだ。また、リンゴは裁縫で破れた服も治せたし、錬金で薬草からなんとなくポーションを作る事に成功していた。私とミカンが同じように試したが、二人ともまず針に糸を通すことからできないし、錬金に至っては変な爆発が起きた。

 そして、シードはやはり成長するらしい。これはミカンがMOBとの戦闘を通して証明してくれた。ミカンはベータ版の頃から斧で戦っていたので、どんなアビリティがどんな動きなのかをだいたい記憶していた。で、実際それを真似てみると、形にはなったがかなり難しいらしい。そこで、とりあえずがむしゃらにMOBとの戦闘を繰り返してみた。すると、結構な数のMOBを倒した辺りで、“今ならいける”とこれまた曖昧な感覚で、華麗に決めて見せたのだ。逆に、リンゴの方は次のアビリティがどういうものかは知っているが、どうやって使うのかは全くと言ってわからないそうだ。ちなみ私は、ブーメランの飛距離が伸びた。

 なら習得に関してはどうか。こちらは最初に選べた武器系のシードを習得するための道場があるのだが、そちらにミカンを投入。厳しい修業、基扱きをうけた結果、ミカンが剣でMOBをソロで倒せたことから、習得できると判断してよさそうだ。

 つまり。シードについては成長も習得も目に見えないだけで可能、ということがわかった。


「無理。もう死ぬ。絶対死ぬ」


 ただし習得に関しての難易度は上がっていると思っていいだろう。ミカンを確認のためにもう一回違う道場に放り込んだら、本気で死にそうな顔になっていた。


「大丈夫? はい、ポーションあげる」


 はい、とリンゴが渡したのは、ミカンが扱かれている間に作った自作のポーション。何回か失敗を重ねているうちに成功率も上がっているようなので、生産系も問題ないみたいだ。


「ありがとうリンゴー! あんたはユズと違って優しいなぁ。……ふぅ。だいぶ楽になったかな」


「ユズー。ポーションの効果確認。オッケーだよー」


「はーい。アイテムの効果ありっと」


「お前もかいっ!」


 後ろで何やら漫才をはじめてしまった二人はほっとくとして、アイテムに関しては問題なさそうだ。ただポーションを叩き付けた場合、普通に痛かった。この場合ダメージを負った後に中身に触れて回復という順番になったらしい。

 ポーチにはなんでも入るし。むしろその点では現実よりはるかに便利。試しに飲み物を入れてみたが、零れることもなければ温くなることもなかった。これはご飯も同様である。

 強いて言うなら、MOBが勝手にドロップするのではなく、自分で倒したMOBから剥ぎ取らないといけないのが辛いかな。可愛い兎の身体に300Gで買ったナイフを突きつけ……うん。もう慣れたけどね。


 初めて彼、または彼女にナイフを刺した時の感覚を思い出していると、二人はどうやら落ち着いたらしく、ゲームのシステムで便利になった点、不便になった点を語っていた。


「それにしても、PTとか無くなったおかげで、何人とでも一緒に戦えるのがいいよね、楽だし」


「楽ってあんたねぇ。その代わりプレイヤーにもダメージ行くんだから、下手したら同士討ちだよ? 特に純魔法職の広範囲魔法なんか考えただけで恐ろしいわ」


「うぐっ。あの時は失礼しました」


「ん? あぁ、そういう意味じゃないって」


 実は検証中、リンゴの放った魔法が背後からミカンを襲うという事故があった。SBOはPK防止の為、イベントを除くプレイヤーからの攻撃判定はない仕様になっていたのだが、ここではそれがあるらしい。

 となると、当然PKする奴らが出てくるわけだ。


「ベータの頃から楽しみにしてたPVPがまさかこんな形で実装されるとはね。いくらゲームだって言ってもこの状況じゃ、しばらくお預けかな」


「ミカンは格ゲー好きだもんね」


 言外に残念だと告げるミカン。はぁとため息をついて空を見上げるその姿に、私もリンゴも乾いた笑みを浮かべるしかなかった。


「というか、わたし的にはフレンドチャットがなくなったのが一番キツイかなぁ」


「確かにね。それは私も思う」


「あれがあればどこにいようが会話できたもんね。当然PTチャットもないわけだし」


 直接面と向かってでしか会話ができない。これはある意味いいことなのかもしれないが、やはり不便なことに変わりはない。

 住所不定でどこをほっつき歩いているのかもわからない相手に手紙を送るわけにもいかないのだから。店でも構えていたら話は別だが……ん?


「ねぇ。このゲームって店とか構えられないの?」


 この手のゲームでは店とかマイハウスとかギルドハウスとか、とにかく家っぽい名前のものが多く登場する。だからもしかしてと思って聞いてみたのだが……。


「「それだッ!!」」


 二人は全く考えてなかったのか、一瞬ぽかんとした顔をしたと思ったら、すぐに目をきらきらと輝かせ、肩を寄せ合った。

 というかリンゴ。あんた生産職だろ! 初心者に言われてどうする!

 かくいう私もたまたま思いついただけだったのが。






 というわけでやってきました職人通り。この通りは名前の通り、各生産職のNPCが構えた店が立ち並んでいるのだが、私たちの目当てである服屋の扉はかたく閉ざれていた。

 正確にはすべての店が閉まっている。通りを歩く人も誰一人としていない。


「今って何時? それより、なんで道場は開いてんのに店は閉まってんの?」


「さぁ。時計はメニューに載っていたからね。まぁ、明け方くらいだろ。それに道場は道場破りがいるからだとさ」


 私の問いに、ミカンはちょっとだけ明るくなった空を見ながら答えてくれた。そして道場破りに間違えられ、追いかけまわされたのだと言う。その時の顔が虚空を見つめていて、かなり怖かったが、言えば諸悪の根源にあたる私に返ってくるだろう。さわらぬ神に祟りなしだ。


「てか、うちら昨日から寝てないし。そろそろ本気でヤバいよ」


 そう。私たちは昨日あれから徹夜で検証を行ってきた。そのせいで目は充血しているし、隈はあるしで、酷い顔になっている。

 こんなことリアルにしなくていいってのに、あのくそじじい。

 しかし、ミカンの言うことはもっともだった。リンゴは立ったまま船を漕いでいるし、ミカンの口数も極端に減ってきている。現に私も気を抜いたら瞼が閉じてしまいそうだ。


 どうしたものか。鈍い頭で必死に考えを巡らせ、結局私たちは店の前で少し仮眠をとらせてもらう事にした。

 三人いるし、店の前だし、誰も何もしてこないだろう。そんな根拠のない期待を抱いてしまうほどには、私も疲れていたのだ。





「――い。――い」


「ん……」


「――い。――きろ」


 遠くの方で誰かが何か言っているのが聞こえた。たぶん、来夢が起こしに来たんだ。人の部屋に勝手に入るなっていつも言ってるのに、これはお仕置きだな。

 そう思った半分寝ぼけた私は、肩に触れていた腕を掴んで、寝返りを打つ要領で引っ張った。


「ッ!?」


 すると来夢は面白いほど簡単に私の上に倒れてきて……うん? 来夢ってこんなに重かったっけ?

 記憶の中の来夢は男にしては小さくて華奢な方だった。こんなに重くも、大きくもない。腕だってもっと細い……。


 ハッと覚醒した私が、恐る恐る瞼を持ち上げると、そこにはどこかで見た事があるような顔をした男の顔があった。

 いつも眠そうな目に、長い睫毛。すっと通った鼻筋と、何かを言おうとしたのか、薄く開いた血色のいい唇。髪と目の色は違うが、私はこの無駄に顔のいい男を知っていた。

 なぜならこの男は、私の通う学校の同学年、しかも隣のクラスで、その腕っ節の強さから狂犬だのなんだの言われてる、有名人だ。


「……起きたか?」


 うくっ。声までいいぞこの男。その低音で少し掠れた甘い声は、起き抜けの私にはかなり刺激的だ。


「は、はい」


 どすっぴんだし、寝起きだし、恥ずかしいしで、顔が赤くなったのが自分でもわかる。その上、弟と間違えて引っ張り込んでしまったなんて、申し訳ないやらなんやらで、悶えそうだ。

 しかもこの男はどういう訳か上から退けようとしないし、原因を作った私が退けろなんて言えないし。


 私がどうすればいいか、切実に、しかしフルスピードで考えていると、まさに天の助けと言わんばかりに、カランカランと音が鳴った。


「いらっしゃいませ。メリルの服屋へようこそ!」



錬金術→錬金に改稿しました。

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