Seed:04
神殿で無事にお祈りを済ませ、街へと繰り出したし私たち三人は、各自シードに合わせた準備をしていく。
まず私たちが一番最初に購入したのはポーチつきベルト300G。結構な出費なのだが、これがないとアイテムショートカットが使えないので致し方ない。戦闘中にメニューからアイテム選んで、なんてしてたら確実に死ぬ自信がある。
次に戦闘に必要な武器。私はブーメランのシードがあるので当然、初心者のブーメランを購入。これは初心者シリーズの一つで耐久値が存在しない装備品だ。ちなみにお値段は500G。
この二つで既に合計800G、残金は200G。残りは一個20Gの初心者専用ポーションを買って、全財産を使いきった。
弟の言っていた言葉の意味がよくわかった瞬間だった。
「武器も買ったし、ポーションも買ったし、いよいよMOBとの戦闘ね」
腕がなる、と先ほどよりも明らかに生き生きとした顔をするミカン。その腰には斧が装備されていて、太陽の光を浴びてギラギラと光っていた。
一方の私はただでさえシードの選択ミスってるし、はじめての戦闘に緊張している。リンゴの方は
元々生産職を目指しているので、武器シードは持っていない。
フィールドに行くのも生産に使う素材集めがメインだ。
「なら早いとこPT組んじゃおう」
そう言ってリンゴがメニューを開いて操作している。
SBOは思考認識機能がついているので、大抵のことは念じるだけでも操作可能らしいが、これは所謂廃人と呼ばれるような人たちが主に使う機能だそうだ。リンゴはゲーマーだが、どうやらタッチ操作主体らしい。メニューは声に出さずに開いていた。
それからすぐに、ピロンというような電子音がなって、PT申請が届いたことを知らせるアイコンが出た。
リンゴさんからPT申請が届いています。許可しますか? yes/no
ちょっとだけnoにしてみたい気もするが、いらぬ波風たてぬようにyesをおした。
すると、リンゴのPTに加わったむねと、PTにミカンがいることがわかるようになった。
「よし、じゃあフィールド行くか!」
ミカンの気合いの一声を期に、プラトの町ーー別名始まりの町ーーの西側にある平原へと私たち三人は出てきました。
私たちがいた町、プラトから見て、北は鉱山、東は森、南は海辺、西は平原といった風に区画されていて、当然出てくるMOBも違う。また強さ的には一概には言えないのだが、南、東、北、西となるらしい。
平原には当然と言うべきか、私たちの他にも多くのプレイヤーがいた。
みんな思い思いの方法で戦っている。が、ブーメランを投げているような人は見かけない。やはり不人気シードなようだ。
「いい? MOBにはアクティブとノンアクティブがいて、あの兎はこっちがなにもしない限り襲ってこないの」
そう言ってリンゴが指差したのは、ぴょんぴょんと跳ねている灰色の兎。大きさは私の膝の辺りまでありそうだ。
兎は時折、止まっては草を食べたり、その場でごろごろしている。思わず愛でたくなる光景だが、そんなことしようものなら頭の角で刺されるだろう。
「で、あそこで男と戦ってるカラスはアクティブ。見つかったら関係なく襲ってくるから、戦うか見つからないように逃げるかだな」
ミカンが指差したのは卯とはちょうど反対の方向。
そこには剣使いのプレイヤーに襲いかかる大きなカラスがいた。
こちらも序盤のMOBだけあって大きさ以外普通のカラスとあまり変わらない。せいぜい足の爪と嘴が鋭利になったぐらいだ。
「あ、消えた」
男はいい感じで戦っていたのだが、最後の最後でカラスの鋭い嘴で攻撃され、光の中へ消えた。
一瞬えっ、と驚いたが、何てことはない。この手のゲームは死に戻りと言うのがあって、死んだ場合はあらかじめ決めておいた場所で復活するようになっている。
その際にデスペナルティというのが存在するのだが、SBOではゲーム内時間での十二時間の全ステータス値ダウンと、シード経験値の低下。あとお金のロストだ。この時の金額はランダムらしく、中には有り金全部なくした人もいたとかいないとか。
おそらく男は今頃、最初にいたあの丘で悔しさを滲ませていることだろう。
なんて悠長なことを考えていたら、黒い塊が結構なスピードでこちらに飛んでくるのが見えた。
「おっ、こっちくる! うちが前で戦うから、ユズはとりあえず、離れたところからブーメラン投げて攻撃して。リンゴは魔法で攻撃頼むね」
生き生きと、まさに水を得た魚のように目を輝かせたミカンは、そう言い残してカラスに向かって走っていった。
ミカンは体当たりしてくるカラスを横にずれて回避しながら、右手に持つ斧を横に振り抜き、カラスの翼を攻撃する。
するとカラスは痛みに奇声をあげて、地面に落下。その分のダメージも負って、HPゲージが三割減っていた。
「【カッター】」
後ろからリンゴの声が聞こえたと思うと、今度は目に見えるほど圧縮された風の刃が、カラスを襲う。これが風属性を持った人が使う魔法の初期アビリティなのだろう。
アビリティとはシードのレベルをあげることによって使えるようになる技のことだ。魔法の場合は初めから一つ覚えている。じゃないと、戦えないからね。
だから私のブーメランもいつかはカッコいいアビリティを覚える日が来るかもしれないのだ。
リンゴとミカンが物凄い勢いでカラスにダメージを与えていくなか、私も地味に、手に持つ飾り気も何もない木製のブーメランを、カラスに向けて投げてみた。
ブーメランはヒュンヒュンと風を切りながら、そのまま吸い込まれるようにカラスの体に直撃。そこから頼りない速度と軌道を描き、私の前の方にコトンと落ちた。
「落ちた……?」
そう。手元に戻ってくるどころかその手前でびくともしない。なんならこちらから迎えに行ってあげなくてはならないようだ。
カラスのHPも一割削れたかどうかだ疑わしい。
「だから言ったでしょ! ブーメランは使い勝手悪いってとりあえず、はい! 武器回収!!」
「いやーーー!!!」
私の心からの叫びは、西の平原全土に響いたとかいないとか。
始めてのVRMMORPG。友人二人によるチュートリアルを終えての感想を言い合いながら、私たちは町の中へと入った。
プラトは最初丘で見た通り、ヨーロッパ風の町だった。たまにちらほらと木造の建物もあるが、大半は石造り、煉瓦造りである。
道は舗装されていて、馬車が通ることもあった。途中見つけた公園のような場所では蛇口もあったから上下水道が完備されているのだろう。さすが日本のゲームだ。
私たちは戦闘で得たドロップアイテムを売って、二束三文を手に入れると、屋台で飲み物を買った。
「んー。これ美味しい!」
「うそ、うちのハズレ。ていうか、VRで喉渇くなんて驚いたわ」
「ベータ版ではなかったの?」
本当に驚いた様子のミカンに聞けば、ベータ版ではそもそも食べる、飲むといった行為がなかったと、教えたくれた。
辛うじて、回復薬であるポーションは飲むことができたみたいだが、無味無臭。そもそもポーションは体にかければそれでいいらしいから、瓶ごと叩きつけて使うのが一般なんだとか。
これでは怪我させたいのか治したいのかわからないと思うが、そこを突っ込んだら負けだろう。
「それにベータ版ではさ、嗅覚も触覚も味覚もなかったんだよね」
だからあの時、あの丘でみんな変にテンション高かったんだ。SBO神だ、とかなんとか叫んでた人もいて、正直引いたのは内緒だ。
VRってのは脳に働きかけるものだから、五感や生理現象があってもおかしくないのかもしれないが、それにしてはやり過ぎなきもする。
さっきフィールドでMOBと戦った時、ミカンなんか攻撃くらって血が出てたし。私も疲れで指一本動かすのも億劫だったし。
これって……普通なんだろうか。
頭の片隅にふっと不安が過ったその瞬間、ビーっと、突如として町全体に響くようなけたたましいアラーム音が鳴った。
「な、なに!?」
私たちを含め、多くのプレイヤーが慌てふためく中、全くといってこの場に相応しくない、抑揚のない声が響く。
『只今より、SBO正式サービス稼働に際した最終アップデート、及びそれらに関する注意事項を行います』
それは数時間前。キャラクターメイキングの時に聞いた、冷たい声だった。
『アップデート以降はゲームシステムの閲覧、確認を禁止し、メニューを廃止します。プレイヤーのみなさんは自身の感覚でのみ、ゲームをプレイし、クリアーしてください。また、それらに際し痛覚を三十パーセント、その他を限界までリンクしました。尚、ゲームクリアーまでの間、ログアウトが行えませんのでご了承ください。これより質疑応答へと移ります。ご質問はありますか?』
冷たい声はあくまでも事務的に述べた後、こちらにそう問いかけてきたのだった。