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Near  作者: 千秋
一章~初めての種~
19/19

Seed:18


 当初の予定では日が暮れるまで平原でMOBを狩るつもりだったのだが、セリアのこともあって予定よりも少し早目に町へと戻って来た。


「本当にありがとうございました! このご恩は一生忘れませんっ」


 かなりオーバーな気もするが、セリアにとっては本当に嬉しいことだったのだろう。門の前で別れてから、一人町の中へと入ってくのに何度も振り返っては手を振ったり頭を下げていた。


「セリア行っちゃったね」


 派手なピンク色の髪が完全に人混みの中に消えて行ったことを確認すると、リンゴは少し寂しそうに上げていた手をおろした。

 セリアと出会ってからの時間はかなり短い。精々二、三時間くらいだろうか。そんな限られた時間の中で、セリアと一番仲良くなったのは意外にもリンゴだった。


「ほら元気出せよリンゴ。ゲームがクリアーされるのなんかいつになるかわかんないんだ。きっとまた会えるさ」


「そうよ。セリアだって言ってたでしょう。いつか絶対私たちをあっと驚かすようなMOBを捕まえて見せに来るって」


「むぅ。だから心配なんだよ。ゲーム初心者なのに調教なんて不遇とも取れる色物シード極める気だし。セリアってば見るからにお人好しで純粋そうなんだもんっ。絶対MMO向いてないよぅ」


 リンゴの言葉に返す言葉は生憎私からはでない。なぜなら同じくゲーム初心者である私から見ても、セリアはこの手のゲームは向いていないと思うからだ。


「あー、だろうな」


「そう言うことは思っても口にすんなバカっ」


 渋い顔で納得だと口にするショウの頭を小突く、ということはナクラさんも内心そう思っているということだろう。

 とにもかくにも、セリアはMMOに向いていない。これがあの短時間で私たち四人がセリアに対して抱いたことだ。

 

「まぁ、あれだ。調教なんてのは言ってしまえば運次第だからな。セリアちゃんの運が悪くなければなんとかなるだろう」


 かくして私たちはセリアの身を案じ、彼女に強運の才能があることを願うのだった。




「で、これからどうするよ。もう一回外行くか?」


「えー。もう自由行動でいいじゃん。たまにはのんびりしたいよぉ」


「私は別にどっちでもいいわよ」


「俺もだ」


「いやな、どっちでもいいとかってのが一番困るわけなんだが……まぁ、いいか。じゃあ今日はもう解散」


 ナクラさんはそう言って一人で先に職人通りのある方へと行ってしまう。毎度ながら、ナクラさんの生産に対する熱意には脱帽ものなのだが、そのせいで置いてきぼりをくらうリンゴの機嫌は芳しくない。


「もうっ。ナっくんのバカっ」


 頬を膨らませて怒るリンゴは置いておいて、わたしはもう一人の生産者に向き合った。彼もまた、外から戻ってくるとすぐに細工職人の所へ行ってしまう。


「ショウは今日も細工?」


「おう。もう少しで技法書ってのが貰えそうな気がすんだ」


 今日は貰えるまで帰らねぇと宣言したショウは、そのまま私たちを置いてナクラさんの後を追う。

 どうせ目的地は近くなんだから二人で一緒に行けばいいのにと思うが、彼らはいつも別行動だ。二人の戦闘のコンビネーションや、普段の様子から決して仲が悪いというわけではないようなのだが、よくわからない。


「あー、リンゴはこれからどうするの?」


 まさかこのまま置いて行くなんてわけにもいかず、未だにぶつぶつと一人で文句を言うリンゴに声をかけた。


「そうだなぁ……。久しぶりにのんびりできそうだし、他の生産職のプレイヤーたちの様子でも見るついでにぶらぶらしようかなぁ」


「敵情視察?」


「そういうんじゃないんけど、まぁそんな感じ?」


「どっちなのよ」


「じゃあ、どっちもで。ユズも一緒に行く?」


 じゃあってなんだ、じゃあって。

 私は少し考えてからリンゴの誘いに乗ることにした。

 最近は外から帰ってくるなり部屋に閉じ篭って勉強ばかりしていたから、たまには息抜きも必要だと思ったのだ。




 それから三時間程、メインストリートを中心にプレイヤーたちが出している露店やNPCショップなんかも見てまわり、わたしたちは宿へと帰ってきた。手には持っていないが、アイテムポーチには今日買ったものがいくつか入っている。


「はぁ。やっぱりユズが作ったご飯が一番おいしい」


 そう言って今晩のおかず、MOBの肉で作ったワイン煮を頬張るリンゴはなんだか複雑な表情を浮かべている。


「おいしいって言うわりにはなんか不満そうね」


「だって、わたしがいくら料理を作ったって毒物にしかならなんだもん。ゲームのくせにリアルの料理の腕が反映されるなんて不公平だよっ」


「え、そうなの?」


「そうだよ。あれ、もしかして料理のシードについてユズ知らない?」


 知らないと素直に答えると、じゃあ教えてあげるとリンゴはどこからかだて眼鏡を取り出し、フォークを教鞭に見立てて説明を始めた。


「ベータの頃は基本的に物を食べたり飲んだりすることがなかったって言ったの、覚えてる?」


「覚えてるけど……あれ? もしかして料理のシードは製品版からってこと?」


「そういうこと。お客さんの中に初期シード選択で料理を取ったっていう人がいたから、これは確実。じゃあ次にそもそも料理のシードってどんなものなかのと言うとね、ステータスを一時的に上昇させる食品をつくるシードらしいの。あと、食材に使えるアイテムの判別」


 なるほど。やはりMOBの内臓は食材に使えると見て間違いなさそうだ。


「ただ残念なことに、料理の味はプレイヤースキルに依存する仕組みみたいだから、仮に料理シードをレベル100まで上げたとしても下手な人が作った料理はまずいままなんだよねぇ。はぁー」


 だて眼鏡をぽいと放り投げ、目に見えて落ち込むリンゴ。これではナっくんに手料理をふるまえないよと言われても、私には御愁傷さまとしか言えない。

 というか仮に料理のシードをレベル100まで上げようと思ったらかなりの数をこなすわけだし、いくらなんでも普通に食べられるくらいには上達すると思うのだが。

 ちなみに料理のシードの習得条件は実際に料理を何回か作ることだろうとのことで、SBOに囚われているプレイヤーのほとんどが取得していると思われる。


「ああ、もう。そんなに落ち込まないでよ。料理なら私が教えてあげるから」


 どうせ私は攻略組ではないし、時間は余るほどあるのだ。

 それに今までは宿の厨房を借りて料理を作っていたのだが、私は今日簡易料理セットという道具を買ったのだ。これでいつでもどこまでも食材さえあればある程度のものが作れる。


「一緒に頑張ろう、ね?」


「ううっ……ありがとユズっ。わたしがんばるねっ。目指すはシュークルートなんだからっ」


「しゅ、シュークルートって何!?」


「え? アルザスの郷土料理だよ。ナっくんの大好物なの」


 ナクラさんって何者? ていうか和洋中なんでもこいと言ったけど、アルザスの郷土料理なんて作れないんですけど……。


 なんて話をしているうちにナクラさんが帰ってきたので、とりあえず私は件の料理について聞いておいた。

 シュークルートとは、キャベツの酢漬けをソーセージや豚肉、玉ねぎなんかと一緒に蒸すか炊くかした料理らしい。基本的には煮込み料理と認識していればオーケーだそうだ。


 それからしばらく三人で話し込み、明日は素材集めのために西の平原ではなく東の森に行こうと予定を決めたところで、食堂に置かれた時計がボーンと鳴った。見れば時計の針は既に日付をまたぎ一時を指している。


「もうこんな時間か。明日も早いし、おれはもう寝るわ。二人はどうする?」


「わたしも寝るよ。今日は久しぶりに買い物とかできて、遊び疲れちゃった」


 自然と向けられる緑と琥珀の双眸。どうするのか問われている。


「私はもう少しここにいるわ。ショウには帰ってきたら私から明日のこと伝えておくから、気にしないで」


 おやすみなさい。そう口にしたのに、二人はなぜか席から立とうとせず、にやにやと人の悪い笑みを浮かべて私を見つめている。


「ユズってほんと尽くす女だよねぇ」


「ほんと、あの犬っころにはもったいないくらいいい娘だよ」


「べ、別にそんなんじゃないわ。ただ……そう、まだジュースが残ってたからよ。深い意味はないわ」


 言ってグラスにまだ半分ほど残る黄緑色をしたジュースを手に持って見せるが、二人にはなんの効果も示さない。むしろ苦しい言い訳に自ら首を絞めたような錯覚を覚える。


「ユズちゃんがそう言うんだったら、そういうことにしておこうか。な、リンゴ」


「そうだねぇ。いま(・・)はそういうことにしておこうねぇ。ナっくん」


 普段は付き合っているのか疑わしいほどに別行動をとるくせに。ここぞとばかりにバカップルへと変化した二人は私の額に浮かぶ青筋に気づいたのか、逃げるように食堂を後にして行った。

 テーブルの上にはご丁寧にも食材費とそれに少し色をつけただろう、数枚の銅貨が置かれている。


「抜かりないんだか抜け目ないんだか」


 あの二人がセット化するとどっと疲れるということがわかった私は、すっかり温くなってしまったジュースを一口。

 ほっと一息ついたところで、ポーチから教本を取り出してショウの帰りを待った。



「――い。――ズ」


「ん……?」


「おい、起きろ。こんなところで寝てたら風邪ひくぞ」


 誰かに体を揺さぶられたような気がして顔を上げると、見知った灰色の混じった蒼い瞳が覗き込んでいるのがわかった。


「あれ、ショウ。帰ってたんだ……。今何時?」


「もう夜中の三時だ。お前、こんな時間まで何やってんだ?」


「何って……」


 明日の伝言を伝えるためショウを待っていて、時間つぶしに勉強してたらいつの間にか寝てしまった、んだろう。周りを見渡してみれば食堂には誰もいない。明かりも私のいる机の上のランプがついているだけだった。

 そのことを告げるとショウは呆れた顔をして向かいの席に腰を下した。


「お前、もう少し警戒心を持て。女が一人、夜中に無防備に寝てたら変な気起こすやつはいくらでもいるぞ」


 ショウの言うことはもっともで。前科があるだけに何も言い返せないことはわかっているのだが、人がせっかく待っていてあげたのにこう言われると少し癪に障る。


「じゃあ、そういうショウはこんな遅くまで何してたのよ。職人のお店は十時には閉まるはずでしょ?」


「あ? 俺のことはいいんだよ」


「何それっ。自分は男だから遅くまで出歩いてよくて、私は女だから夜は宿に籠っとけって言うの!?」


「誰も籠っとけなんて言ってねぇだろ。つうかなんだよ。逆切れか?」


 眉間にしわを寄せて凄むショウの顔はいつもの覇気のない顔とは違う。狂犬だなんだと騒がれるくらいには厳ついものだ。

 普通の女の子なら。ショウのことを噂通りの人間だと思っていた頃の私なら。尻尾を巻いて逃げだしていたかもしれない。


「逆切れって――もういいっ! これ、今日の晩御飯。ショウの分だから、食べるなり捨てるなり好きにして」


 ポーチから冷めないようにと温かいうちに取り分けて仕舞っておいた兎肉のワイン煮とスープ、パンを机の上に乱雑に並べ、私は席を立った。


「なっ、おい!」


 後ろからは焦ったような声と椅子が引かれる音がしたが、振り返ってなんかやらない。私は今、とっても不機嫌なんだから。


 結局一度もショウに応えることなく部屋まで戻った私は、そのまま装備していた物をすべて放り投げ、ベッドに突っ込んだのだった。



誤字修正しました。

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