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Near  作者: 千秋
一章~初めての種~
16/19

Seed:15


 翌日。私はまだ少しばかりお酒が残る体を叱咤しながら、明らかに顔色の悪いナクラさん、通常運転のリンゴ、普段に増して眠そうなショウの三人と一緒に、西の平原へと続く門へとやってきていた。

 平原はその名の通り、どこまでも続きそうな土地が広がっていて、所々に植物が自生していたりする場所だ。

 MOBは兎のティアラビット、カラスのイーグレイブの他にも、蛇やガゼルといった動物系が多い。全体的にMOBのレベルとしては低めなので、戦い方を間違えなければソロでも充分通用する。

 ただし、夜になると現れる、常に集団で行動する犬は動きも素早く手強いので、それまでにはプラトに帰ってくるつもりだ。


「あー、ユズちゃんの攻撃可能範囲ってどれくらい?」


「えーと、たぶん十メートルくらいです」


 そう答えると、ナクラさんは十メートルかぁと、青白い顔で悩ましげに腕を組む。

 それにしても、言い出しっぺのくせに一番最初に潰れたナクラさんは、かなりお酒に弱かった。本来なら今日は朝からフィールドに出るつもりだったのに、今はお昼を過ぎている。その理由は、ナクラさんが二日酔いで動くのもままならなかったからだ。

 まぁ、こうして昼には出てくるあたり、根性はあるのだろう。


「リンゴの魔法の射程距離は?」


「わたしはだいたい十五メートルくらいかなぁ。射程系の補助シード取ってないし。それにフィールドに出たのなんて数える程度だから、初期とそんなに変わんないんだよねぇ」


 だから杖も未だに取ってないよと笑うリンゴは、これからフィールドに出て町に戻ったら、速攻で道場に行くようにナクラさんに言われていた。

 最初こそ難色を示したリンゴも、杖があるのとないのとでは魔法を使った時の効果が大きく変わることを知っているので、渋々頷く。もっとも、今後ゲームをプレイしていく上で、いつかは杖を取ろうと思っていたそうだが、あの運動神経抜群のミカンがへばっているのを生で見て、踏ん切りがつかなかったそうだ。

 まぁ、あれだよね。私だってあれを見たから他を取りに行かなかった部分もあるわけだし。リンゴの気持ちは痛いほどわかる。だってあのミカンが、だからね。


 で、一先ず決まった作戦はこうだ。


 まず、リンゴが離れているMOBを釣る。または向かってこようとするMOBに先制攻撃をしかける。

 次に、私とリンゴで遠距離から攻撃をし、MOBの体力を削る。

 ある程度MOBとの距離が近づいたら、私たちの元へMOBがこないよう、ショウとナクラさんが前衛で戦う。


「気をつける点としては、フレンドリーファイアとショウがMOBに攻撃する度に反射ダメージを負うことだよねぇ」


 私たちが遠くからした攻撃が二人を襲っては意味がない。特にリンゴの魔法はMATKなので、通常の攻撃とはダメージ計算が違う。

 ただ、それで攻撃するのを躊躇ってMOBを倒すのに時間がかかり、前二人がMOBに攻撃されてしまっては意味がない。


「フレンドリーファイアはある程度、仕方ないこととして割り切るしかないさ。対策としてはなるべくリンゴたちの攻撃線上に入らないことぐらいしかできないからな。ショウもそれでいいだろう?」


「おう。問題ねぇ。当たらなければいいだけだからな」


「おっ、言うなー。そういうわけだからさ、二人ともガンガンやってくれていいぞ」


 と、なんとも頼りがいのある言葉を戴いた私たちは、とりあえず最低限の注意を払って、尚且つ攻撃の手を緩めないことに決めた。

 迅速かつ正確に、なんてちょっとカッコいい。ただ、私は今回石を投げることは止めておくように言われた。

 それはなぜなのか、ようやく顔に赤みがさしてきたナクラさんに尋ねた。


「ユズちゃんには、純粋にブーメランを育ててみて欲しいんだ。ベータ版では武器系の派生はわからなかったからさ、その先に何があるのか、気になるだろ。あと、状況を見てヒーラーの役目もお願いしようと思ってさ。当然おれたちもポーション使うし、極力攻撃喰らわないようにするけど、全部躱すのは難しい。そこでユズちゃんには、おれたちが頼んだ時と自分の判断でヒーラーになってもらいます。これで二個目の問題点もオールクリアだ」


「なってもらいますって、それ決定事項じゃないですかっ」


「そうとも言うね。まぁ、あれだよ。ユズちゃんなら大丈夫。ミス庭園に選べられたぐらいだしさ」


「いや、ここでそれ関係ないですから」


 全く、何を言い出すかと思えば。

 訳のわからないことを言って笑うナクラさんは一人で先に町の外へと出て行ってしまう。

 私がそれに肩を落としていると、リンゴは一生懸命背伸びして、その体に見合った小さな手で頭を撫でてくれた。


「大丈夫だよ、ユズ。たとえヒーラーが最前線で戦うプレイヤー、特に反射ダメージがあるショウなんかの命を左右する役目だとしても、ユズならきっとできるから、ね」


 可愛らしく、ね、って首を傾げるリンゴ。

 しかし今の発言は絶対に私にプレッシャーを与えるためのものだとお見受けします。遠回しに私の腕次第で二人は死ぬんだぞと言っているようなもんでしょ、それ。

 こんなPTで本当に大丈夫なのかと頭を抱えた私に満足したのか、リンゴはナクラさんの傍へと駆け寄って行った。


「お前も災難だな。あんなツレもって」


 そう言って私の肩を叩いたのは、このPTで唯一まともだと思えるショウだった。もう、噂がどうあれ私のなかでのショウの株はかなり急上昇中である。


「そうだね。でも、前々からそうじゃないかなとは思ってたけど、こんなことになってからだよ。ああやって黒いとこ出し始めたのは」


 そう。以前のリンゴはこんな風に人にプレッシャーをかけたりするようなことはなかった。というか、人にマイナスのイメージを与えるようなことはしなかったし、口にもしなかった。

 たぶん、ゲームの世界に閉じ込められたせいでどうしても溜まってしまう不安やストレスが、リンゴの本来の性格を浮き彫りにしているのだろう。

 それに、変わったのはリンゴだけではない。ナクラさんはリアルではテニス部の主将を務める様なもっと誠実そうな人で、あんな飄々とした態度をとるような人ではなかったはずだ。


 人はみんな、大なり小なり何かを隠している。それは、他との共生をする上で必要不可欠なことであり、決して悪いことではない。


 だからリンゴがああなってしまったのは仕方がないことなのだと言うと、ショウは感慨深げに頷いた。

 うん。そこまで真剣に頷かれると反応に困っちゃうんですけど。


「ほ、ほら。私たちも早く行かないと、置いて行かれるよ?」


「……あの二人なら本当にやりかねないとこがアレだな」


 うん。私も冗談じゃなくて結構本気で言ったからね。

 私たちはしばらく見つめ合ったあと、いそいそと門を抜け、フィールドに出た。



 私たちの心配は杞憂に終わり、二人は少し進んだところで待っていてくれた。追いついた時に何も言われなかったのは、少々意外だ。


「よし。じゃあさっきの通り、手始めにあそこのティアラビットからいってみるか。リンゴ、頼んだ」


「オッケー」


 そう言ってリンゴは、右手を上にあげて構える。

 これは所謂モーションアシストであり、杖を持っていないリンゴバージョン。杖を持っていれば、杖を軽くかかげて終わりらしい。以前、三人で検証している時に聞いた。


「――カッター!」


 掛け声とともに、振り下ろされたリンゴの手。すると、リンゴの手から放たれた目に見えるほど圧縮された小さな風の刃が、じっと動かないティアラビット目掛け飛んでいく。

 ティアラビットの体に当たった風の刃は、その白い毛皮に赤い花を散らした。


 マザーの行ったことはメニュー画面――ウィンドウの廃止と、システムの閲覧禁止。つまり、システム自体は目に見えないだけで生きていることになる。

 だからこそ、モーションアシストが付く。アビリティだって使えるし、習得できる。ただ、それがシステムを通して目に見えて確認できなくなっただけだった。

 人間の知能や技術が見たいなら、それらすべてをなくしてしまった方がいいと思うだろう。でも、それじゃ私たちプレイヤーは戦えない。戦えないと最初からわかっていて、戦う人間はそう多くない。私なら、最低限の日銭を稼ぎ、外からの救出を町で待つ。MOBと戦いむざむざ死ぬのはごめんだ。

 しかし、それだとマザーの望みは叶えられない。

 そこで妥協案としてなったのが、今のこの形なのだと私は勝手に思っている。

 まぁそのおかげで、私たちは戦えるのだし、ゲーム性を感じられるから腐らずにやっていけるのだろう。誰だって一度は、強い自分の姿や、魔法が使えたらなんて妄想を抱くものだ。


「ちょっとユズ! ぼさっとしてないで、MOB来てるからっ」


 そうリンゴに言われて、私は慌てて腰に提げているホルダーからブーメランを抜き取る。

 見ればいつの間にかティアラビットは私の攻撃範囲内に入っている。

 少々考え事に没頭しすぎていたようだ。


「――カッター」


 リンゴから放たれた、たぶん二発目の魔法に遅れる形で、私はブーメランを投げる。

 私が投げたブーメランは、相変わらずの独特な軌道を描きティアラビットを襲う。リンゴのくれたシュシュのおかげなのか、十メートルあってもピンポイントで角に当たった。そうしてティアラビットをノックバックさせたブーメランは、珍しく一歩動いただけで取れる距離まで戻って来た。

 恐らく、これもシュシュのおかげ。ブーメランの飛距離と速度はSTR。戻ってくる確率はDEXとLUKに依存するのだと、リンゴは言っていた。


「ナイスユズ! やっぱDEXにして正解だったね。っと――カッター!」


 魔法をはじめアビリティには種類に応じて長い短いの違いはあるが、どれも使う前と使ったあとに、一定の行動が縛られる待機時間と、硬直時間が存在する。もっとも、詠唱のないSBOで、ワンアクションで簡単に高威力範囲魔法が次々使えたら、それこそ無双になるので必要な措置らしい。


 リンゴがその待機時間と硬直時間の間にこうやって話しかけてくるのを見ると、プレイヤーとしての腕が違うのだなと改めて実感する。

 最初から勝てるとは思っていないが、少し悔しい。


 私は、今度はただ投げるのではなく、アビリティのサイドスローを使う。

 そうするとブーメランは地面と水平に大きな円を描くようにして飛んでいく。速度的には通常よりもゆっくりとした速度で、軌道が横に広い分返ってくるまでも遅い。が、他の二つのアビリティと比べると、これが一番手元に戻ってきやすく、威力的にも悪くないと思われた。

 ブーメランは、リンゴの魔法を受けてなお突進してくるティアラビットの横から通り魔的に当たり、何事もなかったかのようにそのまま飛行を続け、三歩左に動いたところで、手元に戻ってくる。

 実はこれ、複数の敵に一度に攻撃できるアビリティでもある。ただし、その範囲はブーメランの軌道、つまりは円周上に限られるので、少々使い勝手が悪い。

 現実でのブーメランは、物に当たると回転が止まり落ちてしまうのだから、この辺はゲームならではの動きだ。


 そうして私とリンゴがもう一回ずつ攻撃を当てると、なんとティアラビットはその場に倒れて動かなくなってしまった。


「って、おい! おれらの出番なしかよ」


 すかさずツッコミをいれるナクラさん。右手には武器である槌が握られていて、戦闘態勢だったことがわかる。その隣ではショウが欠伸をしていた。

 いや、ほんと申し訳ない。



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