Seed:14
さて、倉田先輩が本人だとわかり、リンゴと仲良く手を繋いで私たちを呼びに来たことで二人の騒動は一段落がついた。
ただ、そのきっちりと縫い合わされた二人の手が、微笑ましくもあり、若干面白くないと感じるのは、彼氏のいない私からしてみれば当然のことだろう。隣を見ればショウもどこか居心地悪そうにしていて、目が半目だ。……てことは、あの噂、白なのだろうか。
「改めまして、リンゴの彼氏の倉田です。ここではナクラって呼んでくれ。あと敬語もいらないから。リンゴとも共これからよろしく頼むよ」
「わたしからもお願いします」
何結婚みたいなノリで話進めてんだとツッコみたくなるが、ここでツッコんでは負けだと私の女の部分が語っていた。
ナクラさんの挨拶に笑顔で答えた私は、ここに来た当初の目的を告げた。
「そうそう、話はリンゴから聞いたよ。ブーメランだろ? 今置いてんのは試作品として作ったやつだから、見た目もたいして変わんないし、性能もそんなによくないぞ」
そう言って乱雑に並べられた商品の中から渡されたブーメランは、初心者のブーメランと同じ、くの字型のものだった。唯一違う所と言えば、木の色が少し濃くなったことぐらいだろうか。
「性能は?」
「あー、たぶんATK+4くらいかな。システムがなくなって具体的な数値がわかんないからなんとも言えないけど、初心者の奴よりは高いはずだ」
マザーによってシステムが確認できなくなったSBOでは、当然装備品の性能を数値として具体的に知ることはできなくなっている。
私が買った初心者のブーメランは、確かATK+2だったので、+4ならこれの方が性能はいい。しかし耐久値のことを考えるなら、金銭的にも今のものを使った方がいいような気もする。
「ステータス、つうかシステム全般が見えなくなったからな。作ったおれらもなんとなくこのくらいって判断しかできないんだよ。おまけに素材追加して何かつけようとしたら難易度跳ね上がるし」
どうやら生産系のシードはシードで結構大変なことになっているようだ。
リンゴも、私の耳の下で揺れているシュシュを見つめながら、ふっと乾いた笑みを浮かべている。
うん。リンゴには今度何かお菓子でも作ってあげようと密かに心に決めた。
「それにあれだ、性能が目に見えないことをいいことに粗悪品を高値で売りつけようとする奴や、逆に変ないちゃもんつけて安く買おうとする奴らも出てきてる。だから、二人もプレイヤーと物を売り買いする時は気をつけた方がいいぞ」
私が図書館に籠って勉強しているうちに、町ではいろいろと問題が起きているようだ。
ただ順調そうに見えたリンゴにも波風はあったのだろう。リンゴとナクラさんはお互いに、色々と愚痴をこぼしている。
私はそんな二人の話に適当に耳を傾けながら、ナクラさんが何も言わないことをいいことに、商品を手に取って見物させてもらうことにした。
最初手に取ったのは、鉄製の剣だった。長さはだいたい九十センチくらいだろうか。あまり重いとは感じない。試しに屈んだまま軽く振ってみたが、剣のシードがないせいか、かなり不格好になってしまう。柄を握った手に伝わる、ひんやりとした温度が気持ちがいい。
次に手にしたのは杖。これも鉄製で、先端に丸くて黒い石がついている。殴られたら痛そうだ。長さは私の身長の半分くらいだろうから、八十センチほど。試しに立ってついたら非常に丁度いいサイズだったが、ナクラさんにちらっと横目で見られたのでそっと返しておく。
今度は木製の杖を取ってみた。長さはさっきの杖と同じぐらいだろうが、木製の杖は鉄製よりも軽かった。こちらは表面に波打った模様があり、上から下に行くにつれて徐々に細くなっていく。殴られても鉄よりは痛くなさそうだ。
その次は短剣。ミカンが使っていた片手斧。弓。槌……。
端から順に見ていき、見終わったものは綺麗に並べていく。そうして改めて見ると、ナクラさんの扱っている武器の種類は異様に多かった。なかにはつるはしや虫捕り網なんていう、武器とは違うものもあった。
「何か気になるものはあった?」
声をかけられ商品から顔を上げると、ナクラさんは胡坐をかいた上に頬杖をついてこちらを見ていた。その隣ではリンゴが立てた膝に両手をついている。
そういえば、途中から二人は話すのをやめて、クスクスと何か笑っていたかもしれない。おそらく二人はずっと私のことを見ていたのだろう。まったくもって人が悪い。
「いえ。ただ、ナクラさんってかなりたくさん作ってるなって思って」
私がそう感想を口にすると、リンゴも同意を示した。
「ほんとだよ。しかも鍛冶と木工、二つも取るなんて何考えてるの? 一つ育てるのも大変だっていうのにさ」
生産系のシードを育てる方法は二つある。
一つは生産クエストを行う方法。
生産クエストは言ってしまえばチュートリアルのようなもの。大変なわりに貰える経験値が少ないのが難点だ。
もう一つはひたすら使う方法。
これはひたすら生産を繰り返し行う単純な方法で、前者と比べると成長させやすい。ただ、他のシードとは違い、生産系のシードは使う素材のランクや作成手順なんかでも経験値に補正がついたりするそうだ。ただし、失敗すると貰える経験値は雀の涙ほど。当然、素材のランクが高ければ高いほど、追加効果を付けようとすればするほど、難易度が跳ねあがり失敗する確率もあがる。が、その分成功した時の経験値も上がる。
こうした理由から、ただでさえ生産系のシードは一癖も二癖もあるのに、おまけにシステムが見えなくなったせいで自分のレベルも、どの素材でどれくらい補正がつくのかもわからず、難易度がどれくらい上がるのかもわからなくなってしまった。
生産職プレイヤーは今、かなりマゾいプレイを強要されているようだ。
「大変だから燃えるんだろ? ちなみにおれが目指す隠れた名店ってのは、なんでも一回で揃う名店だ」
「え、それってまさか……」
一度リンゴと顔を見合わせてからナクラさんに視線を向けると、彼はニヤリと口元に弧を描いて見せた。
「そのまさかさ。おれは生産マスター目指すんだよ」
そう言ってナクラさんは最初に選択したシードを含め、この三週間で習得した生産系シードを教えてくれた。
ナクラさんの今の生産系シードは、鍛冶、木工、裁縫、道具、細工の五つ。そのうちの鍛冶と木工、裁縫は最初に選んだそうで、残る二つの枠に魔力と槌を選択。道具と細工は一から職人の元でクエストして習得したそうだ。で、今は調薬を勉強中らしい。
SBOにはその他にも建築とか造船とかもあるので、いずれはそれらも習得するつもりのようだ。また、正式版に際し生産系のシードも増えていると予想されるので、生産マスターへの道はまだまだ遠い。
生産について熱く語るナクラさんに、私とリンゴが頭を押さえていると、離れたところからびゅん、びゅんと風を切る音がした。
「ちょ、ショウ! お前売りもんで何してくれてんだよっ」
「何って、素振り。ちょうどこの棒がバッドみたいだったから、眠気を飛ばすのに体を動かそうかと」
「馬鹿っ。それはバットじゃねぇ、棍棒だ!」
音の正体は、ショウがナクラさんの並べてあった商品で野球の素振りをしていたことによるものだった。
ナクラさんに怒られたショウは私の隣に並んで腰を下すと、名残惜しそうに棍棒を敷き布の上に置く。そして今度は私がここに来る目的だったブーメランを手に取り、投げようとしてナクラさんと追いかけっこをはじめてしまった。当然鬼はナクラさんで、二人は狭い路地を駆け抜けていってしまう。
「男の子って、急に子供っぽくなるよねぇ」
「その子供っぽいうちの一人があんたの彼氏でしょ」
「えへへ」
リンゴとナクラさんは付き合ってまだ半年。お互いにかなりのゲーマーだということは隠していたらしく、リンゴはSBOをプレイしていることも黙っていたそうだ。もっともベータテスターに当選した時、リンゴはミカンと一緒に学校でかなり騒いでいたので、ナクラさんの方は人伝に知っていたようだが。何も話したがらないリンゴのためにあえてだんまりを決め込んでいたそうだ。だからこそ、偶然にしては出来過ぎのような展開に、二人は運命だなんだと喜びも一入なのだろう。
二人が走り去っていった方を見ていたリンゴを盗み見ると、その目がうっすらと赤く腫れているのがわかる。
それを見てしまうと、厭味の一つでも言ってやろうかと思っていた考えはすーっと消え去り、自然と言葉が口を衝いて出ていた。
「よかったね、リンゴ」
「うんっ」
結局、勝負のつかなかった二人が帰ってきたのは、それから十分ほどたった後だった。二人は息も絶え絶え、足を引きずって帰ってきたので、とりあえずポーチから自作のココ水を渡す。
ココ水とは、平原に自生する小さくて赤いココという実を潰して、果汁を水に加えたもので、プラトではよくNPCに売られているのを目にする。ちなみにココの味は甘酸っぱく木苺の様で、それでいて柑橘類のように爽やかな風味が残る果物だ。
そうして二人が落ち着くのを待ってから色々と話した結果、こうして四人集まったのも何かの縁なので、第二の町フラウまでは一緒に行動をするということになった。となったのも、私は文字の勉強、ショウは細工と魔力のシード習得、ナクラさんは生産シード集め、リンゴは生産活動で忙しく、攻略というものを一切進めていなかったからである。
ただ、今の状態で平原のボスに挑んでも返り討ちにされるだけなので、当面の目標は各自の装備を整えることに決まった。
なんせ私とショウは初期装備のままだ。リンゴとナクラさんはとりあえずかっこ悪いからと、初期装備とは違うものを身に着けているようなので、性能はそんなによくないらしい。
幸い装備に関しては、優秀な生産職プレイヤー二名がいるので、素材とお金さえあればどうにかしてくれるそうだ。ここでもギブアンドテイクを掲げる辺り、二人は筋金入りの商人だと思う。が、タダより高いものはないというので、この方がありがたい。この二人、特にリンゴのタダは異様に高くつきそうな気がするのだ。
さて、今後の目標が決まったところで辺りを窺うと、陽はすっかり沈んでしまっていた。ただでさえ薄暗かった路地は更に闇を増し、少々気味が悪い。
「おっと、そろそろここを出ないとやばいな」
「やばいって何がやばいの、ナっくん?」
いそいそと商品をポーチに放り込み、帰り支度をはじめるナクラさんを手伝っていたリンゴは手を止めて首を傾げた。
ナクラさんはそれに手を止めるなと注意して、やばい理由を教えてくれる。
「路地裏ってのはな、夜になるとごろつき共が出てきて喧嘩イベントが起きるんだよ。で、それに勝つと次はそいつより強い奴が出てきて、また喧嘩の繰り返し。で、もし負けると身ぐるみはがされて、死に戻り」
「うわ、そんなのあるんだぁ。ベータ版ではなかったよね」
「そうだな。さ、片づけも終わったしずらかるぞ。そんでもって、今日の偶然にしては出来過ぎな出会いに乾杯しようじゃないか」
そう言ってナクラさんは嬉々として敷き布をしまい、軽い足取りで細い路地を先導しようと向かう。
「乾杯って、私たちみんな未成年」
「もう、ユズってば。ここはゲームなんだから固いこと言わないの!」
「そうだぞ。ああ、お前なんか作ってくれよ。和洋中なんでもできんだから、酒のつまみになるようなもんもできるだろ」
「うんうん! ユズはリアルでも料理上手だし。料理係に決定!」
「お、そうなのか? じゃあ買うのは酒と食材だけでいいな。なに、ここには稼ぎ頭のリンゴもいるんだ、金のことは心配すんな!」
と、何やら勝手に飲み会をはじめる気になっている三人は、和気藹々とした様子でメインストリートの方へと歩みを進める。
当然、これから料理を作らされるはめになりそうな私は少々納得がいかない。が、リンゴが材料費を出してくれるなら、普段質素な食生活をしている分、たまには贅沢をしてみようと、密かに今から何を作るか献立を考えるのだった。
生産系のシードについて詳細をと思ったのですが、なんだかややこしくしてるだけな気がします。
次話からは一応冒険をと、考えています。




