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Near  作者: 千秋
一章~初めての種~
13/19

Seed:12


 始りの町プラトには、中央広場から東西南北の門を繋ぐメインストリートがある。メインストリートにはプレイに役立つ武器や防具といった装備品をはじめ、ポーションなどの回復アイテム、食材など様々なものが露店や店を構えるNPCによってリーズナブルな価格で売られていた。しかしその性能はどれも高くはない。


 ゲーム開始から約三週間。生産職のプレイヤーがNPCに混じって露店を開き始めた。ようやくプレイヤーメイドの武器や防具の流通が始まり、プレイヤーたちはこぞって資金と素材を集め、初期装備、あるいはNPCが売っている凡庸装備から、性能のいいプレイヤーメイドへと脱却を図ろうとしていた。

 当然その中には私も含まれているのだが……。


「ブーメランかぁ。確かに売ってないよねぇ。わたしも見たことないよ。作ってる人も聞かないし」


 そう言ってリンゴはここ、眠れる大樹亭の看板メニューである大樹のパフェをせっせとつつく。と言うのも、現在リンゴはフードファイト中だ。

 大樹のパフェとは、その名の通り巨大なパフェで、高さは約一メートルある。盛りだくさんのフルーツと濃厚なバニラアイスが美味しいと女性プレイヤーから評判である。もちろん評判なのは通常サイズの小枝のパフェだが。

 見た目ロリータの癖に巨乳なリンゴは、休むことなくパフェを私と会話しながら食べていて、客寄せパンダの如く注目されている。なんせこのパフェ一つ2000Gで、本来は三人まで一緒に挑戦できるところを、一人で行っているのだから。


「そっかぁ……」


 裁縫師、本人曰くお針子として第一陣を切って露店を開いたリンゴならばと思って相談してみたのだが、ダメだった。


「うん。あ、でもそんなに気を落とさなくてもいいと思うよ。まだゲームは始まったばかりだしね。中にはそういった他の人が作らないものを率先して作る人もいるし。それに生産職って素材買ったり道具買ったりで最初いろいろお金かかるからさ、今は剣とか杖とかの需要の多いもので地盤を築こうとしてるんだよ。それにさ、仮に売ってなかったら、直接プレイヤーと話して作ってもらえばいいじゃん」


「いやね。もちろん話したよ。そしたらさ、なんて言われたと思う?」


「んー……そんなもの作ってるヒマはない、とか?」


「ぶぶー。正解は、作ってあげてもいいけど、君本当に払えるの? ブーメランなんて役に立たないシードじゃ碌に戦えないだろうし、初期装備だろ。あ、なんだったらその体で払う? だったらサービスしちゃうよ、でした」


 当然その木工技師の男には制裁として、ブーメランで思いっきり殴りつけてやりましたよ。

 正解を告げると、リンゴは苦笑を浮かべる。


「なんであんなに大勢いる中でそういうのに声をかけちゃうの? それある意味凄い確率だよ。ユズ、実はLUK高いんじゃない?」


 そんな運は断じていらん!

 と、口にしてからふと頭によぎったのはこれまでの偶然の数々。


 一、懸賞で当たったからと、タダで今最も注目されているSBOを貰う。

 二、弟がSBOのベータテスター。

 三、見事なまでのゴミシード構成。

 四、都市伝説でしかなかった、ゲームに閉じ込められるというハプニング。

 五、デスゲームではなかった。

 六、何かと騒がれる同級生との出会い。

 七、武器が売っていない。


「私、自分が運がいいのか悪いのか、わかなくなってきた。この先かなり不安なんだけど、どうすればいいかな?」


「笑えばいいと思うよ」


 確かに笑う門には福来るって言うもんね。

 私が一人で口元を引きつらせている間に、リンゴはパフェの第三層を突破した。ちなみにこのパフェは十一層まであり、制限時間は二十分。まぁ、このペースで行くと完食も時間の問題だろう。


 それにしても、いつまで待てばブーメランをはじめとした不遇武器を作る人たちは現れるのだろうか。

 ゲーム序盤の現段階では、正直そこまでプレイヤーメイドにこだわる必要はない。NPCの売っている凡庸装備でも、東の森の蜂くらいなら倒せるとリンゴは言う。が、それはあくまでも可能かどうかの話であり、実際にNPCの武器で戦うのとプレイヤーメイドの武器で戦うのとでは、その差は火を見るより明らかだ。


「はぁ。私、この先やっていけるのかなぁ」


 久しぶりに零した愚痴は、当然目の前に座ってパフェを食す友人にも聞こえるわけで、リンゴはその大きな緑の目をすっと細める。そして、びしっと効果音が付きそうな勢いで、パフェに見合った長いスプーンをこちらに向けてきた。


「ほらみなよ。だから言ったでしょ。ブーメランは扱いづらいって!」


 扱いづらいってそういうこともだったのか。私は単に戦いづらいだけなのかと思っていた。


「もういっそのこと違う武器に変えたら? ユズは回復魔法使えるんだからさ、ヒーラーとかいいと思うよ」


 ヒーラーになれば他のプレイヤーと一緒に攻略できるようになる。しかもヒーラーの武器は一般的に、INT上昇のつく杖。杖は需要が多く、鍛冶と木工の両方で作れるので、むしろ供給過多気味。簡単に手に入るだろう。

 だがここで問題が一つ。ヒーラーはただ回復魔法をPTにかけ続けるだけではダメ。ちゃんとMOBの動きを捉え、PTの動きを把握し、ベストなタイミングでかけなければならない。地味そうに見えてかなり重要な役目だ。

 そんな役目をMMO初心者の私ができると思う? 答えはノーだ。


 結局、今の段階ではどうすることもできそうにないので、リンゴにはとりあえずブーメランを作ってくれそうなプレイヤーを探してもらうことにした。で、それでもダメな場合は、自分で木工を習得して作ることに決めた。

 リンゴはそんなにこだわる必要あるのかと不服そうだったが、私がゲームを楽しむことに決めたのだと言うと、最後には応援してくれた。


「それよりリンゴさ、時間あと十分もないけど、間に合うの?」


 ちらっと時計を見たリンゴは、ゆっくりとした動作でパフェに向きなおると、目も当てられないほどの速さでスプーンを動かす。そして食べきれないと判断するやいなや、宿の女将からもう一本スプーンを貰って私に投げ渡してきた。


「いいユズ! ユズと話してたせいで時間無くなったんだからね!? これ間に合わなかったら割り勘だよ!!」



 そうして一日に私の三倍は軽く稼いでるはずのリンゴに脅され、泣く泣く巨大パフェに挑んだ私とリンゴは、見事制限時間内に大樹のパフェを完食した。

 あんな甘いものをたくさん、それも一気に食べたら当然胸やけだってするわけで、現在私は丸テーブルに突っ伏している。


「うー……」


 あまりの気持ち悪さに唸っていると、ポフッと何か温かいものが私の頭に触れた。


「またなんかあったのか?」


 ああ、この声はよく知っている。だってつい先日まで無理だの死ぬだのわんわん喚いて、最終的に神殿なんか二度と来るかと吠えていたのを、私はすぐ横で聞いていたのだから。

 顔を上げると予想通り、気怠そうな顔をしたショウが立っていた。


「ううぅ。実は――」


 私がショウに色々説明している間、リンゴは何事もなかったかのような涼しい表情を浮かべて、女二人で時間内に完食したことをいいことに、宿の女将に本来一人一食分の無料食事券を、一人二食分にするよう交渉していた。


「ふーん。ブーメランねぇ」


 ショウはフードファイトのことについては特に関心がないらしい。完全にスルーして、何か腕を組んで考え込んでしまった。

 そんなショウを尻目に。私はホクホク顔で女将の元から帰ってきたリンゴから食事券を二枚受け取って、最近ずっと気になっていたことを尋ねた。


「ねぇリンゴ。あれからミカンと会った?」


 私たちと別れたミカンは一人、友人に誘われ攻略組へと参加した。

 ゲーム開始から約三週間。例のクラウンと言うギルドは、ついに東の森の蜂を倒し、第三の町ビックツにまで到達したという。他にも、ベータテスターを中心に、第二の町フラウへたどり着いたプレイヤーもちらほらとだが増えてきたらしい。

 リンゴはベータ版では純魔法職としてミカンに付き合って攻略をしていたという。今回は初心者の私もいたし、前々から気になっていた生産職にしてみたそうだが。


「うん、一昨日会ったよ。なんか裁縫師を捜して、どこがいいのか人に聞いてるうちに、私のことを聞いたみたい。で、ミカンに服作って欲しいって頼まれたから色々して、シードも育ってそうだし、儲けちゃった」


 やっぱ攻略組は羽振りが違うね。なんて可愛くにっこりしているが、私にはリンゴが黒く見えてしょうがない。いや、リアルの時からやけに行動派だし、用意周到だし、前々からそうじゃないかなとは思っていたが、どうやら本来のリンゴは絵に描いたような毒林檎。真っ黒なようだ。


「ユズのことすごい心配してたから、ここの宿のことも教えて会うように言ったんだけどね。なんか急いでたみたいですぐに行っちゃった。あ、そうそう。これユズにあったら渡すように頼まれてたの忘れてた」


 はい。と渡されたのは一冊の本。

 それは私が持っている教本を二つ重ねたものよりも分厚く、焦げ茶色をした皮張りの表紙が、年季を感じさせる。また、本が勝手に開いたりしないようベルトがついていることから、明らかに安物とは違うオーラを放っていた。


「え、何これ。なんで私に?」


「なんか第三の町の先にある、遺跡のダンジョンで手に入ったんだって。でも、そのベルトがどうやっても外れないらしくって、それに開いたとしても文字って基本勉強しないと読めないでしょ。で、ユズが文字の勉強してるって言ったら、だったらこんなゲームに巻き込んだお詫びも込めてユズにあげるって」


「そうだったんだぁ」


 別に謝らなくたっていいのに。それにこれ、私でも読めないよ。たぶんこれプラント言語じゃないし。

 本の表紙に書かれたタイトルだと思われる部分には、くねくねとした曲線の多い文字が使われていた。私が今勉強しているプラント言語の文字は、これとは違って全体的に角ばった直線が多いのだ。

 そうリンゴに言うと、その言語も覚えて本を読んだら、なんて書いてあったか教えてねって言われてしまった。

 ちなみにリンゴがメリルから貰っていた本は技法書といって、誰でも読めるようになっているわけではなく、生産のシードを成長させて、イベントで技法書を手に入れた人だけが読めるんだそうだ。


 それにしても、今かなり聞き捨てならない話を聞いた。


「ミカンってクラウンのメンバーだったの?」


 第三の町って言ったら、東の森を抜けた先のビックツのことだ。そこはつい先日クラウンが到達したという情報が流れたばかりで、他のプレイヤーが行ったとは聞いていない。

 だから私の質問は当然だと思うのだが、リンゴは首を横に振った。そればかりか、本人に言ったら怒られるよと、私が注意される始末。なんで?


「クラウンは、ベータの頃から目立ちたがりの集まりで、自分たちがしたことを大声で言って回るのが好きなんだよねぇ。本当はもっと多くのプレイヤーが第二、第三の町に到達しているはずだよ。その証拠にミカンはクラウンの話が流れるより前に私のところに来てその本渡してるしね」


 クラウンの話が広まったのは昨日の話だ。リンゴの言うとおり、一昨日ミカンがリンゴの元を訪れて本を渡したのなら、ミカンはそれ以前にビックツにいたことになる。

 ではなぜクラウン以外の攻略組の名前が出てこないのかというと、有名になればクラウンが嫌がらせに来るんだって。うん、アホらしい。


「何それ、クラウンって子供の集まりなの?」


「たぶん廃人って言われる人たちの中の、マナーのなってない人たちなんじゃないかな。とにかく、ミカンの入っているのは違うギルドで、禁断の果実ってとこだよ。私もベータでは参加してたけど」


 禁断の果実ってまたすごい名前。しかもその中にミカンとリンゴが入ってたって、ちょっと通り越して笑える。この調子だと、たぶんブドウとか、イチジクとかいるんだよ。で、マスターはアダムかイヴで決まりだね。


 私の言わんとしていることを察しているのか、リンゴは頬を赤く染め何も言うなと掌をこちらに向けている。


「でもあれだね、生産職プレイヤーがほとんど機能していない、装備も整わない状態でそんなとこまでよく行けるよね」


 しかも、それについて行ってるミカンも凄いと思う。


「まあ一応クラウンをはじめとした、この先有名になってくるギルドの大半は廃ゲーマーの集まりだからね。それこそSBOに留まらずいろんなゲームしてるはずだよ。ミカンだって元は格ゲーからMMOに流れたみたいだし。プレイヤーの腕が違うよ」


 そう言われて思い出すのは初めて三人でフィールドに出てMOBを狩った時。あの時のミカンの動きはモーションアシスト抜きにしても、素人目で凄いとわかるものだった。

 もっとも、リンゴだって採取しながら魔法使ってたんだから凄いと思うが。


「とにかく! ミカンは元気に攻略してるから心配ないよ。だいたい、ユズは他人の心配なんかより自分の心配しなよ。はいこれ。ゲームに巻き込んだわたしからのお詫びの印」


「え、リンゴまで!? そんないいよ、私別に巻き込まれたとか思ってないし」


「ユズがよくてもわたしがダメなの!」


 そう言って半ば無理矢理渡されたのは、黒地に白い糸でユリの花が刺繍されたシュシュだった。


「それね、ミカンから買った素材で作ったんだけど、一応DEXが上がるように作ってるから、MOBの部位とか少しは狙いやすくなるはずだよ。あとDEXは解体にも効果あるみたいだから、そっちも。ただ、耐久値がそんなに高くなさそうだから、壊れたら持ってきてね」


「えっと、うん。ありがとう。大事にするね」


 早速貰ったシュシュで腰まである髪を、左の耳の下で括る。最近正直邪魔だなって思っていたから、これは非常にありがたい。ただし壊れたら嫌なので、フィールドでは外そうと密かに心に決めた。


 髪を括ってリンゴに似合っているか聞くと、リンゴは去年を思い出すと答えた。

 そういえば高校に入学したての頃の私の髪はかなり長くて、こんな風に括ってた。それで、隣の席だったリンゴが綺麗な髪だねと、話しかけてきんだ。で、たまたま近くにいたミカンがそれに同意して、いつの間にか私たち三人は一緒に居るようになった。


 当時のことを思い出し、リンゴと二人で懐かしんでいると、ショウはようやく考え事にけりがついたのか、酷くすっきりした顔で手を叩く。

 ていうかショウがいたの忘れてたよ。

 そんな私たちのなんとも言えない雰囲気に首を傾げた後、ショウは口を開いた。


「ブーメラン、売ってる奴いるぞ」



 ミカンは順調に攻略をしています。リンゴも順調に生産プレイヤーとして名を上げています。ユズも順調に文字を覚えています。

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