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Near  作者: 千秋
一章~初めての種~
12/19

Seed:11


「ユズさん。そろそろ閉館のお時間ですよ」


 かけられた声に本に落としていた視線を上げると、そこには意味深な笑みを浮かべる、美しい女性の姿。

 彼女はここ、プラトの図書館の司書をしているNPC、ミランダさん。最初会った時の印象はあまりよくなかったが、毎日通ううちにそれもなくなり、今では一番親しいNPCだろう。


「なんですかその笑み」


「ふふふ。お迎え、来てますよ」


「はぁ。いつも言ってますけど、ミランダさんが思っているような関係じゃないですから」


 ミランダさんはAIが組み込まれたNPCだ。普通に話もできるし、文字についてわからないことを質問したら教えてくれる。それに彼女はそのスレンダーでグラマーなプロポーションにも関わらず、食べることが趣味だそうで、あそこのケーキがとか、どこそこのお肉がとか、はてはどこのお店の魚が安く、卵はあそこがいいなど、私の節約食生活に貢献してくれている。

 だから非常に感謝はしているのだが、どうも少しばかり妄想癖があるようで、いくら私が否定しようと、うふふと笑みを浮かべるだけで一向に改善しない。

 今も、せっかくお迎えに来たのに待たせちゃかわいそうよ、なんて言いながら私の背を押す始末。

 これはもう、早々に諦めるしかないのかもしれない。


 勉強することよりもどっと疲れた気がして、頭を押さえながらエントランスに出ると、受付カウンターの前の猫足のソファーで寝転がっている男の姿が目に入る。

 短く切られた銀髪と、百八十はありそうな身長。そしてただ寝転がっているだけなのに醸し出す、気怠い雰囲気。


「お待たせ」


 声をかけるとこちらを仰ぎ見る、灰色の混じった蒼い瞳と目があった。今日はまた一段と眠そうだ。


「おう」


 ショウは短く、それだけ言って返事をするとゆっくりとした動作で起き上がる。彼は基本的に何をするのも怠そうで、いつも眠そう。だけどやることはちゃんとやるタイプなのか、今もクッションを定位置にきちんと戻している。実に掴みどころのない男だ。


 ショウがクッションを直して終わるのを待って、私たちは図書館を後にする。


「なぁ、今日も行くのか?」


「当然。いい加減諦めなよ」


「諦めろって、お前は文字勉強するぐれぇだし頭いいから平気だろうけど。俺にあれはきつ過ぎる」


 この会話をするのはショウとご飯を一緒に食べた次の日からで、今日で四回目になる。

 がっくりと項垂れ、足を引きずるようにして渋々歩くショウは見ていてかわいそうで、いっそ不憫になるが、ここまできて辞めることはできない。そんなことしたら今日までの苦労が無駄になる。


 では何がそこまでショウを追いこんでいるのかというと、あの日何気なく交わした会話が原因だったりする。




 私がホームシックでやけにセンチメンタルになっていたあの日。お礼とお詫びを兼ねて、ショウが食べたいもの、つまりはハンバーグを食べている最中、私たちはSBOのことについて話していた。


「そういえばショウ、武器持ってないよね。生産職?」


「いや。確かに今は細工の職人のとこ行って色々やってるけど、元々は生産系は取ってねぇよ」


「へぇ。じゃあ、なんでまた細工取ろうとしてるの?」


「シルバーアクセ作るのが趣味だから。ここでも暇だし作ろうかと思って」


 そう言って付け合せの人参をのけようとするショウの手を叩きながら、リアルのショウがいつもシルバーアクセサリーをつけていたことを思い出す。

 うちの学校、庭園学園は私立で、生徒の個性を尊重する校風から校則も緩く、髪を染めたりピアスをしている生徒は多い。化粧なんて当たり前だ。実際、ミカンの耳には三つほど穴が開いていたはずだ。

 いつもつけていたのは自作なのか聞くと、そうだと即答された。


「お前たちと会ったのも、知り合いに職人のとこ行ったら生産系のシードが取れるだろうって言われたからだ」


「そうだったんだ。あ、その節はどうもありがとうございました」


 改めてお礼を言うと、おうと短く返事される。

 ほんと、ショウがいなかったら私たちどうなっていたんだろう。最悪レイ、ううん。そんなこと考えるのはよそう。ご飯が不味なる。


「ならいつか店を出すの?」


「いや、アクセ作るのはあくまでも趣味だ。俺はのんびり諸国漫遊する」


「諸国漫遊って」


 どこぞのご隠居が頭に思い浮かぶな。まぁ、ショウの場合世直しの旅って感じじゃないだろうけど。

 私は結局ショウに人参を食べさすことを諦め、代わりに自分の皿に移す。この人参、一本20Gするんだから、残すなんてもったいない。ハンバーグ好きで野菜嫌いって、ますます子供かって言いたくなるけど、とりあえず話を戻して武器について聞いた。


「ああ。武器は持ってない。強いて言うなら体?」


 武器を持たない? 強いて言うなら体?

 始めは全くもって意味がわからなかった。だってシードと武器、この二つがセットになって初めてMOBを倒す事ができる、というのがSBOの特徴だよ。

 ショウの皿から移した人参を咀嚼しながら、私はゲーム開始時に見た初期シードを思い出す。そして、もしかして、と思うものを見つけた。


「ねぇ、ショウの選んだシードって何?」


 恐る恐る。怖いもの見たさで尋ねると、ショウはなんでもない風に答えた。


「俺が選んだのは、拳術、脚術、攻撃力上昇、防御力上昇、速度上昇だ」


「……またすごいの選んだね」


 私の予想は半分当たった。

 拳術と脚術ってのは、殴って蹴るシード。当然こんなシード無くても殴る、蹴るといった行動はできる。ただしダメージ補正がつかないので、MOBを殴り飛ばす、蹴り飛ばすとかにしか使えない。

 しかしこのシードを持っている人は別。ショウはただ殴るだけで相手にダメージを与えられるのだ。その代わり、MOBの体を素手で殴るわけだから、プレイヤー自身も反射ダメージを負うのだけど。


 当時私は何これと興味半分でこのシードを見てこんなの選ぶ人いるのかと思っていたが、後からリンゴに聞いた話、実は少なくないらしい。

 私の場合は機能しないシードばかりを選んだ単なる失敗例だが、拳術なんかのシードを取った人は、イロモノと呼ばれるそうだ。ただし、ショウは明らかに失敗例である。


「ショウさ、あんだけでかでかと注意があって、なんで魔力取らなかったの? 魔力無いと生産もできないらしいよ」


 そう。ショウはよほどの馬鹿ではない限り取ると言われる魔力をとっていなかった。魔力はSBOをプレイするうえで必要不可欠なもので、ショウのように失敗したプレイヤーのための救済措置として習得方法は明かされているのだが、あれはかなり面倒だと、リンゴに聞いた当時の私は思った。


 細工ができないと聞いてフォークを落とすショウ。いつも眠そうな顔も、その時ばかりは冴えていて、思い当たる節があったのだろう、すぐに習得の方法を聞いてきた。

 どうやらショウは私と一緒で、下調べをせずにゲームをプレイしたらしい。お姉さんもゲームをしていることとか、顔を弄っていないこと、シードの選択を失敗したこと、私とショウってなんだか似てる。


 そう思いながら、私はリンゴに聞いた魔力の習得法を教えた。

 その方法とはずばり。神殿で魔力についての講義を三時間、日を開けずに一週間毎日受けること。

 ようは勉強しなさいということなのだが、遊ぶためにするゲームの中で三時間ぶっ続けで、一週間講義を聞かされたら嫌にもなるよね。おまけに最終日にはテストがあるとかないとか。




 というわけで、ショウは現在私と一緒に魔力のシード習得のためのお勉強中。


「無理だ。俺には無理。睡魔が、次から次へと襲ってくる」


 神殿についてから、神官に魔力の教えを乞うこと十分。早々と根を上げるショウをシルバーアクセを作るためだと励ましながら、私は神官の話を聞いてノートに纏める。私には本来関係ない話だが、乗りかかった船というやつだ。この調子だとショウは絶対テストに合格できないだろうし。


 これが私とショウが一緒に図書館を後にしている真相。

 そこにミランダさんが思い描くような甘いものは一切なかった。



 ショウの選択したシード公開。脳筋ってやつ?

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