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第四話

 直人は今日も恒例の魔獣狩りを行っていた。バトルジャンキーという訳では無かったが、彼はここ1週間ほど毎日最低5頭ないしは5匹以上の魔獣を殺していた。そして、討伐難易度がD以下には限られるが、自分に過剰なほどの防御術式や防御結界を纏った状態で戦闘もこなしていた。もちろん、全ては戦闘と殺傷に慣れる為である。


 白い部屋で男が言った『負の感情を抑える装置の影響が1カ月残る』という台詞について直人は真剣に検討した。その結果、1カ月前後影響が残るのであってきちんと1カ月残るという訳ではないと判断し、その上で時間の経過とともに影響度合いが薄れる可能性が高いと結論づけることとなった。そして、初めて魔獣を殺傷した日は白い部屋を出てから既に2週間経過していた為、直人は急いで魔獣殺傷に慣れる必要性を感じたのだった。その事が、過剰なまでの戦闘につながる事になったのは言うまでも無い。


 もちろん、直人は無秩序に魔獣を狩り続けた訳ではない。一定の魔獣ばかり狩り続けると生態系が崩れる恐れもあるので狩る魔獣は重ならないように注意し、風魔法の練習も兼ねてさらってくる範囲も広範囲からとした。そして、殺した後は必要な牙や爪そして肉や毛皮等の素材を除ききちんとむくろも燃やしつくした。だが、この魔獣討伐で1つの問題が浮上した。牙や爪等の腐らない素材は良いものとして、肉をどうするかという事が彼の頭を悩ませた。


 この世界の魔獣は殺した途端に消えるという事も、その体内には絶対に猛毒を持っているという訳でも無かった。実際に、宗教国家などのごく例外を除けばほとんど全ての国で魔獣の肉は食されているという程、魔獣の肉はポピュラーな食べ物であった。その事を知っている直人は、いざ食堂等で出てきた時に食べれないとなれば生活にも支障をきたすであろうと考え、狩った魔獣はその日の食卓に並べていたのだが狩る速度に彼の胃袋が間に合うはずも無く肉のストックは日に日に増え続けていった。


 森の中に捨てれば他の魔獣の食料になるとは理解していたが、いざという時の備蓄も兼ねて直人は干し肉を製造していった。この世界では天日干しをしなくても火魔法と風魔法を使える魔法使いが居れば干し肉を作るのは簡単だ。塩やハーブをもみ込んだ肉を焦がさないように高温となった熱風で乾燥させていけば良い。そんな方法で造る干し肉は実態としては燻製肉に近いものであったが、保存食にするのには丁度良かった。


 だが、干し肉も燻製肉も山ほどできた状況で直人は頭を抱えた。ほとんど出ないといっても段々負の感情が出やすくなってきている事に直人は感覚的に気付いていた為、魔獣に慣れる為の狩りは止める訳には行かなかった。しかし、せっかくの食材を放棄する事も望ましいものでは無く何とか保存する方法は無いかと彼は考えたのだ。その結果、1つの答えにたどり着いた。空間魔法を使えば良いと。


 この世界では空間魔法は結界魔法の派生系であり、結界魔法に適正があれば空間魔法も使えた。もっとも、空間魔法も結界魔法も光魔法に分類される術式であるといえ光魔法さえ使えれば素養はあるといえるのだが、それでも1つの属性魔法に匹敵するくらい結界魔法や空間魔法の難易度は高かった。ゆえに、国によっては結界魔法や空間魔法も1つの属性として数える所もある程難易度も高かったが重要性も高いものであった。


 ただ、直人の場合は事前に術式や行使方法は全て頭の中に入っているので、既に空間魔法が使えるので難易度等は問題がなく空間魔法を使う事にしたらしい。彼は木箱から1つの布でできた大きいリュックサックを出してきて、そこに補修用の糸で刺繍をしていく。何せ相手は布であり魔法陣を彫る訳にもいかず刺繍しか残されていなかった。直人に刺繍の経験なんて高尚なものは無かったが、魔法道具作成に必須の知識として一応使えるようになっていた為かなりぎこちなく、そして手に数多の刺し傷を作りつつ魔法陣を作っていく。こんな作業を狩りや魔法の訓練の間に時間を見つけては必死にこなし、作業を初めてから1週間後には空間魔法付のリュックサックが完成した。


「やっとできたぁ!」


 出来あがったばかりの魔法陣入りのリュックサックを見つめ、どきどきしながら呪文を詠唱し空間魔法を発動する。この空間魔法は難易度もさることながら危険度が高い術式としても有名であり、直人は細心の注意を払いながら周囲の空間を歪ませる事も無く無事成功させた。空間魔法が発動した鞄を覗き込むと、そこはゆらゆらとした何かが漂っているだけであり直人が鞄の底を見ることは叶わなかった。

 

「よ、よし入れるぞ!」


 直人は子供のようにはしゃぎながら鞄にそっと拳大の干し肉を入れると、そのゆらゆらした何かに呑みこまれ干し肉は彼の視界から消失した。干し肉が呑みこまれた光景を見て息を呑んだ直人であったが、彼は意を決したようにおそるおそる鞄の中に手を入れる。次の瞬間、鞄から出てきた彼の手には先ほど入れた干し肉が掴まれていた。


「す、すげぇ……。植物が一気に成長していくのにもびっくりしたけど、空間魔法のすごさも半端ないよな……。3カ月に1回くらい魔力充填が必要とは言え1000ℓくらいの収容能力があるとか信じられないよな……」


 脳内の情報が完全に信じきれないのか直人は鞄に今まで作って来た干し肉をどんどん詰めていくが、どこまででも入っていく。その後、毛皮や牙そして爪等の素材も入れるが今まで貯めてきたものが全て鞄の中に収まりきった。自分で入れたにも関わらず直人は驚きで固まった。本当に入ってしまったと。


「あー……でもそろそろ容量的に限界か。中の時間は止まっているらしいし、匂いとかも他の物には移らないみたいだからこのままで良いだろ。鞄は後5個ほどあるから、持ってきた日用品用と素材用の鞄で後2個作るか」


 直人は積み上げられている木箱やテントを見つめつつ空間魔法付の鞄の作成を決める。ここは一応非常用の拠点にするつもりであり一定の量の荷物は置いて行くつもりであったが、新生活の為に持っていける荷物は多い方が良いと判断したらしかった。




 丁度、この日直人が異世界に訪れてから1カ月目の節目であり、装置の影響が完全に抜けた日でもあった。










 その日、何故か結界内には風が渦巻いていた。遮風の機能も当然有している結界が風を通す訳も無く、その風の発生元はその空間の主である直人その人であった。直人は目を頑なに閉じ真剣な顔つきをして風を操作する。彼が今使っている魔法は情報収集系の風魔法であり操作が万全であれば風は発生しないものである。つまり、直人は風魔法の制御は完全では無かった。だが、それも仕方ないかもしれない。今日直人が実施していたのは広範囲探知魔法だったのだから。


 直人がこの世界に訪れて1カ月が経った後、彼には休息に負の感情が戻って来た。といっても、バトルジャンキー気味に魔獣と戦って得た自信と、魔獣の襲撃があっても崩れなかった結界に対する信頼もあり恐慌状態になることは避けられた。だが、それでも以前より魔獣を殺す時には色々思う所もあるようで複雑そうな顔をしながら戦っていた。いざという時に敵を殺す事を躊躇すれば死ぬのは自分なのは明白であったゆえである。もちろん、安全パイを確保して討伐難易度はC以下にし戦闘に慣れるように戦う事が常だったが。


 その殺傷に対する思いと同様に夜眠る事に対しての恐怖も直人の中には芽生えていた。もしかしたら結界を破れるクラスの魔獣が来るのではないかと。もちろん、頭の中の情報と今までの経験からその可能性はほとんどあり得ないという事を理解しているものの、完全に安心できるほどまだ直人の心は強く無かった。ゆえに、彼は一刻も早くこの森から抜けたいと日々思うようになり、脱出の為に風魔法と結界魔法の修練を今まで以上にしており、探知魔法もその一環だった。


 しかしながら、探知魔法を練習しているのはただ風魔法の習熟を狙っているだけでは無く、危険をいち早く知るという目的もあった。危険を早期に見つければ何らかの対策を取れるが知らなければ、いきなりその脅威にさらされる事になる故である。そういった思惑もあり直人が日々行使する探知魔法は少しずつではあるがその探知範囲を広げていった、より広大な範囲から危険を察知できるようにと。そして、その訓練の結果が予期せぬ形で現れた。探知範囲内に人が見つかったのだ。それは彼がこの世界で認識した初めての人間だった。



「えっ」


 直人はそれが人型の魔獣では無く明らかに人間である事が分かるや否や、驚いて直ぐに風魔法を解除した。彼が確認できた範囲では5名の冒険者と思われる集団であり、ここまで森の奥に来たという事はその集団の中に魔法使いが含まれている可能性が高いと判断した。それゆえに直人は風魔法をすぐに解除した。魔法を使い続ければ魔法使いに認識される可能性があるからだ。


「ここまで来るのに全く魔獣の攻撃が一切無く、冒険者達が完全に無警戒で歩き続けたとしても丸5日……。普通であればどんなに頑張っても7日は掛る距離だ。となるとギルドの依頼で特定の薬草や魔法薬の原料となる魔獣を狩りに来たのか?」


 直人がさきほど一瞬だけ見た彼らの内4人は重装備をしていたし、1人は一見ローブを纏うといったラフな格好であったが魔道具として加工しているか防御場魔法を展開しているのだろうと判断する。脳内でギルドの依頼について思い浮かべて想定しても薬草や魔法薬の為の素材が欲しいといったものしか考えられず直人は悩む。


「……接触するのは危険だな……。まだここからは5キロくらいの距離があるし……結界の外側にさらに迷彩結界や認識阻害結界等張るか?彼らから情報は欲しいが……拠点を見つけられる訳にはいかないよな」


 一つ一つ口に出し確かめると決断したらしく直人は無詠唱魔法で認識阻害結界を張る。一々、魔法陣を描いたり呪文詠唱をする時間も確保できなかったので、単一機能かつ短時間の結界展開とはなるが見つかるよりはマシと判断したらしい。もし見つかった場合はどうするかと直人は考えるが、とりあえず戦闘になっても耐えられるようにと防御魔法を始めとして攻撃魔法をリストアップしていく。相手は1週間も既に冒険をしていて疲れており、こっちは万全の態勢で臨めるんだからと自分を慰めた。ただ、直人の心臓は異世界に来てから一番大きく鼓動していた。



 


 直人はバクバクと激しく鼓動する心臓を抑えつつ必死に考えを巡らせる。それは交戦するとなった場合の戦闘法も含まれていたが、考えている事の中心はどのような関係性を築くかのほぼ一点に絞られていた。冒険者達の視点に立ってみると、今この状況にいる直人は【死の森】という魔獣の巣窟に一人結界を張って生活している不審な男としか映らない。冒険者の集団の中にいる魔法使いがこちらの結界を見れば下級の魔法使いが張れる結界で無い事は一目瞭然である。そうなった時に冒険者達がどういう行動に移すか、そして自分がそれにどう対応するか、直人はずっとそれを考えていた。


 そもそも、直人にとってこの場所が見つかる事は死活問題である。いざという時の退避場所として設定している以上、他人にこの場所が露見してもメリットどころかデメリットしか無い。ならば、見つかった場合は口止めをするのが一番理想的だといえた。しかしながら、直人はなんとか獣を殺すという事に慣れる事ができたが未だ人を殺した事は無いし殺したいとも思った事は無かった。


 相手が冒険者では無く野盗であったなら攻撃する事に対しての忌避感はもう少し低い物になっていただろうが、言っては何だが相手は普通の冒険者である以上積極的に傷つけたいとは思わなかった。結局の所、直人の身の安全を少しでも確保するならば相手が誰であろうとも殺すことが最善であったが、倫理上というよりも彼の精神上人殺しを選択肢に入れられない事がネックとなっていたのである。


 しかし、見つかった場合にどうするか決めておかなければその場でパニックになる事は目に見えている。様々な店で接客マニュアルがあるように、警察や軍隊に交戦規定があるように、事前にどのように対処するか決定しておく必要性を直人は重々承知していた。今まで魔獣との戦闘をする際にも、その魔獣に対する脳内の情報を徹底的に調べ上げどの攻撃が来たらどう対処するか、もし喰らってしまったらどう行動するか、では足が骨折したらどう補うかといった事を想定しシュミレーションした上で戦闘に入っていた。それを対人戦で採用しない道理が無かった。


「基本的にギルドに参加している魔法使いは基本的に下級ないし中級の下層のみだから結界を破る程の攻撃は出来ないはず……。いくら切れ味が良くても剣や槍で結界を破る事は不可能だし……結界を破るだけの高度な魔道具を所持しているとは考えにくいよな……。となれば相手がこちらを敵と認めても殺される事だけは避けられる……とかな」


 聞く者が聞けば、魔法使いの中でも最高位に近い魔法使いが言う台詞とは信じられなかったであろう。だが、あくまでも直人は最近能力だけを与えられた魔法近いでありそこには魔法使いとしての矜持や信念などは無く、ただ死にたくないという一般人の思考のみが存在していたのであるから仕方ないといえた。


「もし、相手が魔法騎士団や国防軍であってもこんな死ぬかもしれない位置に上級魔法使いは連れてこないだろうから……たぶん防ぎきれる。だとしたらやっぱり問題は露見した後の対処か……殺したくないし、かといって自分の今後に関して不利益を残す存在は置いておく事は非常に危険だよな」


 この世界には後ろ盾どころか知り合いすら居ない直人は何か面倒事に巻き込まれる事を非常に恐れていた。トラブルを起こした相手が権力者側の人間であった場合自分を守る事ができるのは自らの戦闘力だけであり、1対1であれば早々負ける事は無くても集団戦や搦め手で来られると生き残る事は難しいのである。故に、どんな小さなほころびであったとしても作る事は望ましく無く、また作らないように行動しようと直人は密かに決心していた。しかし、その中には悪意を持たないで近づいてきた相手を殺すという覚悟は含まれていなかった。


「多分、彼らはケレス王国、メルン王国、ヨスズ王国のどこかに拠点を持つギルドか軍隊だ。位置的に言えば、メルン王国の支配下にある村からが一番この位置に近いはずだから……メルン王国所属の何者かが一番可能性が高いか」


 直人はなるべく交戦を避ける方向で、もしで出会っても話し合いで解決する方向にしたいと考え相手の立場や思惑を推測する。


「もし見つかっても結界内には入ってこられないはずだから……顔を隠して風魔法を通して多少声を変えながら話をするか。どのような人物か特定できなければ指名手配も難しいだろうしな。それにいざとなればこの拠点を放棄する事も選択肢に入れるか……」


 どうせ敵対する事になったとしても、彼らが援軍を連れてくる為にその足で引き返し次この拠点に攻め入るまでには最低でも15日はかかると直人は見積もった。ならば、最悪見つかったとしても15日以内にこの拠点を引き払えば良いと結論付けた。もっとも、この拠点を放棄し新たな拠点を作る為に注がれるであろう労力を考えると直人は溜息しか出なかった。


「なら、空間魔法鞄を急いで作らないとな。あと2日もあれば3個目ができるから大抵の物は入れられるし、予備用の4個目を作るとなると5日ほど必要だから今から7日後……。まぁ、ずっと作業すれば3日くらいでできるか」


 全ての荷物を引き払う算段をつけ直人は布で顔と身体を覆い、体格すら不明瞭にする努力を始めた。周囲を風魔法で調べて見つかってはいけない以上、認識阻害結界に攻撃を加えられるまで直人は気付けない為の変装である。どうも布を巻きつけたせいか動きにくさを直人は感じた物の仕方ないと諦め、裁縫セットを取り出すと鞄に刺繍を始めた。彼らにこの場所が見つからない事を願いつつも、逃げる準備を着々と整え始めるのだった。





 彼ら冒険者と覚わしき集団を見つけてから3日ほどは逃亡準備に掛りきりであったが、荷物全て収納できるほどの空間魔法付の鞄や野菜等の非常食の用意があらかた終了していた。直人はいつまでもビクビク怯えながら生活する事はできないと勇気を振り絞り風魔法で周囲を探知する。時間を掛けて半径10キロ先まで探すが人らしき存在を確認できた。風魔法の解除と共に直人は無意識に胸をなで下ろした。これでひとまず安心だと。


「よし、これで魔法の訓練も再開できるな。荷物も運ぶ準備もできたから……後はこの拠点の結界を固めて、空を飛ぶ事に支障が無くなったらいつでも出発できるな」


 いざという時に逃亡先を確保しておきたいという願望を強く持っていた直人はこの拠点の結界に手を加える事にしたらしい。今まで施していなかった認識阻害魔法も含め、さらに補助術式を追加し長期間結界が保てるように魔法陣を改造する事を計画し始めた。もっとも、発動中の魔法陣に次々と描き足していく事は魔法陣の破壊だけでは無く暴走も招きかねない危険な行為なので、魔法陣に新たな術式を描き加えるという手法はとる事が出来なかった。


 そこで、直人は今ある魔法陣を主とした上で周りに複数の魔法陣を描き加え、全体として1つの魔法陣として機能させるという多層式互換型魔法陣を構築する事に決めたようだった。この方式であれば周りの補助魔法陣を作動させるまではメインの魔法陣の活動を妨害する事も無い為、どうしても発動を止める事ができない魔法陣の増強に使われるものであり効果から言っても採用することに問題は生じなかった。





「よし、移動式結界も飛行術も問題ないレベルに来たか」


 直人は結界内で飛ぶ練習をしながら満足そうに頷いた。ようやく修行の成果がここまで来たかと。冒険者を見つけてから1ヶ月間なるべく早く森を離脱した方が良いと訓練し続けた結果、直人は結界を纏いながら空を飛ぶ事をマスターできたのだった。


「魔法陣の増強も済んだし、もう少し魔力を注げば1年は持つな。定期的に魔力の補充に来れば拠点の維持はできる……っと」


 いざこの拠点を飛び出して異世界の人間達の営みに参加しようとする段階に来ると、直人はあれほど魔獣の脅威に怯えたくないと言う事で出たいと望んでいた森からの脱出する事が怖く感じるようになっていた。村や町の方がこの森よりも安全であることは確かなのだが、未知の……いや脳内で情報としては知っているものの現実としては初めての世界に飛び出す事が直人には怖くてたまらなかった。もし受け入れられなかったらどうしようと。


 そんな自分の恐怖を押さえつけるように、いつでも逃げ場所はあるんだと言い聞かせ持ち物の点検や魔法陣の不備が無いかといった事を、既に何回目となるか分からない確認を丁寧にしていく。そして、点検する度にでる問題無いといった結果を直人は得ると溜息をつく。


「よし、3日ほどは結界に魔力の充填をする日にあてるとして、その後1日は休息日で……5日後には出発しよう。このままだといつまで経っても出発できなくなりそうだし……」


 弱い自分を奮起させるように手のかたが付くくらい頬っぺたを両手で強く叩くと直人は立ちあがる。不安に駆られるくらいなら不安を解消する為に少しでも強くなろうと。そう決意すると直人は体術の練習に打ち込み始めた。自分の弱さを敵と見立てながら。





「設定だよな……設定。身の上話なんて絶対説明できないしなぁ。やっぱり魔獣に村が襲撃されましたという奴でいくべきかな」


 5日後に新天地へと旅立つ事を決めた直人は、夜テントの中で身の上話を考えていた。今までも色んな設定を考えたもののどれもこれもウソ臭さ満点な内容になった為、ここまで長引いていたのだった。


「うーん、村より駆け落ちの方がまだましか……。魔法使いって結構国外に出る事できないし、結婚制限もあるからなぁ……。結婚相手として資格の無い父親と父親に惚れた魔法使いの母親が2人で駆け落ちをして遠くの村で俺を生んで平和に暮らしていたと。だけどはやり病で両親が立て続けに死んだ為、ギルドで生計を立てるべく街に出てきた。魔法は死んだ母より教わっていたので多少は使えるので魔法剣士として働くと……」


 直人は自分で考えたとはいえ、あまりにもひどい設定に頭が痛くなった。かといって、他の案もどうかと思えるものが多く、ありきたりな話の方がまだマシだと判断したらしい。


「問題は眼の色なんだよな……。最高クラスの魔力量を誇るという蒼色だからな……。警戒されるか取り込まれるかのどちらかしか選択肢ないよね。まぁ、光魔法でごまかすとして……街についたらメガネ型の魔道具で眼の色を分からなくするか」


 何度検討しても不安に思う要素が多く、直人はいまいち自分の判断が正しいという確信を持てなかったらしく溜息まじりにぼやく。魔力量が眼の色に反映されるなんて止めてほしいと。もっとも、この事を考える度に髪の毛に反映されるよりはマシだと自分を慰めるのが常だったが。


「まぁ、いつまでもこの森に居る訳にもいかない以上行くしかないんだ。ぼやいても仕方ないんだよな。いや、前向きに新たな世界を楽しむといった気概でいくくらいでないとな」


 自分で言いつつも説得力が無いと思ったのだろうか、直人は苦笑しながら異世界の食べ物情報や異世界の観光名所情報など脳内検索をして気合いを高めようとする。そんな涙ぐましい努力をしながら、不安に心が折れそうになる自分を高揚させようとしながら眠りについた。悩みも夢の中までは追ってこなかったらしく、先ほどまで比べると彼の寝顔は非常におだやかなものであった。

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