第三話
異世界に来てから10日目の朝から直人は家庭菜園を制作していた。余暇を楽しもうというものでも食費を安く上げようというものでも無くその意図する所は1つ、食料調達である。ポイントを最大限魔法や身体能力等に注ぎ、あまり物資に掛ける事ができなかった為持ってくることができた食料は切り詰めた所で1カ月分にも満たなかった。そして、既に10日分は消費している以上、早急に食料を調達しなければ待っているのは飢えである。従って、ポイントで入手した種各種を持って野菜作りにはげもうとしていた。
「とりあえずは生存力の強そうなハーブから試すか……」
植物の成長を促す事ができる緑魔法について情報としては理解したものの、現実的に信じられるものでは無く直人は不安そう地面にハーブの各種セットを一面にまいた。そして魔法を無詠唱で行使しようとするが思いとどまったらしい。どうも失敗するイメージしか湧かなかったようで、頭をぶんぶんと振ってから再度魔法の準備をする。今度は呪文詠唱を行い、印を切り、イメージを強く想起し魔法の効果を強めていく。そして、手を種をまいた方にかざすと、種をまいた一面からハーブが次々芽を出し茎の伸ばし葉を次々と出していく。
「す、すげぇ」
自分で成した事であったが直人は驚きを隠せなかった。そう言いながらも魔法の効果が切れるまでしっかりと魔法を維持し続けた所、種をまいた場所は一面多種多様のハーブに覆われていた。魔法行使前までは一切何も生えていなかったといっても誰も信じないであろう光景が彼の前には広がっていた。直人は 試しとばかりに生えていたレモンバームというハーブの葉を一枚ちぎり口に運ぶ。ハーブの味として良いのか悪いのかは分からなかったが、きちんと葉っぱの味がした。
「まぁ……これで調味料とお茶代わりにはなるか。次は野菜だな」
ハーブで成功したのだから野菜も大丈夫そうだと、少し前まで緑魔法を信用してなかった者とは思えない台詞をはきながら野菜の種を取りに行った。そして、2,3日以内に食べる事ができる分だけの野菜を次々と生産していった。今晩は野菜炒めと野菜スープができると喜びながら魔法を行使する姿は、傍目に見る者がいえれば確実に引いたであろう光景であった。
今日食べるのに満足いく分の野菜ができたらしく、直人は早速収穫して調理台代わりにしている丸太の上に並べる。先ほどまで種だったものが今野菜として調理台に乗っているという光景は実にシュールな光景であった。調理台に野菜を運んだのであるから今すぐ料理を始めるのかと思えば、またしても直人は種を持って空いた区画に向かって歩き始めた。
そして、今度は先ほどまでに複数種をまくのでは無く、1粒だけしか種を埋めずに魔法の詠唱に入る。すると、先ほどまでのハーブや野菜と同様にその植物は芽が出を出すとどんどんと伸びていった。そして、最終的には1メートルくらいの木に成長した。
「あぁ……木は他の植物に比べて喰う魔力量が多すぎるな……。実を付けるには最低でも3メートルにはしないといけないし……少なくても6回……いや10回は詠唱しないと駄目か?」
あまりの成長の悪さに直人は溜息をついたがこれは仕方がない事だったりする。植物の成長を促進する、それは言いかえれば生命に力を与えるという事と同義であった。植物の成長は言わば回復魔法と同等、いや対象植物によっては回復魔法よりもはるかに魔力を喰う代物であった。そして、魔法薬の原料となる薬草を育てる場合等の例外を除けば、魔法使いが緑魔法を使う事はほとんど無く、直人の脳内情報にもこれほど大変だとは表記されていなかったのだ。
直人はぶつぶつと言いながらも、ビタミンを摂取したいが為に木の成長を促し続けた。この木一本に身が成った時には直人は2割以上の魔力を使っていた。ただ、先ほどまでは疲れた顔をしていたのにも関わらず、木になったリンゴによく似たカシュという果物を手に取り一口かじると笑顔になった。日本ではほとんど果物なんて進んで食べる事はなかったが、改めて何も無い所で食べる果物は彼のお気に召したらしい。彼はテントの横に積んでいる木箱を取りに行くとカシュの実を採取し始めた。
久しぶりに保存食では無い野菜炒めや野菜スープ、デザートとしてカシュの実を食べ直人は非常に満足していた。これこそが人間の食事だと言いながらがっつく姿は少々見苦しいものがあったが、この場所にはだれも居ない為特に気にしないらしかった。
「これで食料確保もできたし、安全確保の為の結界も維持する体制は整った。となると次は森からの脱出法と行き先が問題だなぁ」
直人は菜園や結界を眺めつつ、計画の第一段階は達成できたなと呟く。ただ、その手は休む事なくカシュの実を裁断する事に注がれていた。
「まぁ拠点ならライフラインも作るべきなんだけど魔法があれば何とかあるし……水や火とかこの状況で恒久的に生み出すのは難しいから、拠点に逃げてくる際に道具等を入手してくるしかないな」
魔法に完全に頼り切りの生活に若干の不安を覚えるが、現状魔法に頼らないといった選択をした時点で行き詰るのは明確であり魔法を使わないという選択肢はありえなかった。一瞬、水源を探知して井戸でも掘るかと考えたものの、くみ出す道具が無ければ結局の所魔法が必要だと結論が出たらしい。頭を一つ振ると井戸の件は却下した。
「森からの脱出方法は結界を纏って空を飛んでいくのが一番か?魔鳥に襲われても強めの結界を自分中心に張っていれば大丈夫だろうしな。まぁ、空を飛ぶ練習と固定式では無い結界の練習をして習熟するまでは見送りか……」
そんな事を考えながら、切ったカシュの実を火にかけた鍋に入れ木ベラでかき回していく。鍋に注ぐ視線は真剣そのものだった。
「他にも魔法使いとして過不足なく魔法を使えるようになっておかないと先行き不安だしな……当面は魔法の練習だな。それに、一応改造してもらった身体の鍛錬と剣術も使えるようにしてもらったから木刀で練習するか……護身術が使えないといつ死ぬか分からないいな……」
さて、どの国が良いかなぁと直人は考える。端から端まで何の障害が無いとしても馬車で移動するだけで1カ月は掛るこの広大な森に接する国は大小合わせて8カ国。といっても、今自分の居る位置を考えると3カ国しか候補は無い。ケレス王国、メルン王国、ヨスズ王国のいずれかが直人が最初に行くと想定される村の所属している国家という事になる。ヘラで鍋の中身をかきまぜる作業を続けながら直人は悩む。
「どの国にもギルドあるんだよな……一応その3カ国の言語知識は得ているからどの国でも言葉の問題は無いんだけど、どの国が良いかな」
もちろん、すぐに滅びそうな国とか内乱が起きている国ならすぐ却下だけどなと思い脳内の情報を探っていく。その結果、ヨスズ王国が小国であり大国ケレス王国とメルン王国の緩衝地帯となっている事が分かった。その情報を得るや否やヨスズ王国をすぐさま除外する。行った先の国で何らかの職業や地位に就いた所でそれが外圧によって不安定になるのであれば意味は無かった。
「ケレス王国もメルン王国も魔法使い優遇している国か……。政治体系や法制度もそこまで変わらないならどちらでも一緒か?いや、ケレス王国の方が勢力圏内にある魔獣の住処が少なくて安全となっているな……冒険者達の常識での知識か。そうなるとギルドで仕事するならメルン王国なのかなぁ」
安全と仕事のどちらを取るかで直人は悩む。いくら安全でも仕事が無くなれば食っていけないし、仕事があっても危険だったら話にならない。しかし、直人はしばらく脳内で調べた結果、ケレス王国の方がメルン王国よりも安全という程度の物でしか無かった。そもそも両国とも『死の森』に隣接している為、完全に安全という事は無いし戦力さえあれば国土を広げられる以上仕事が無くなる恐れも無かった。
「よし、ひとまずケレス王国に行こう。となるとケレス王国の情報はもっと引き出す必要がありそうだな……。あぁ、これ本とかだったら分かり見やすいんだろうけど、頭の中に知識があるって案外不便だよな……」
直人は愚痴りつつも火を弱火にし、さらにかき混ぜていく。そして、混ぜ続けようやく完成したのか木ベラについた塊をさましながら口に運ぶ。
「あつっ!けど美味いな。これでようやく味気ないパンとはお別れだ!それにジャムにすればいつでも食べられるし……こんな所で栄養失調とか壊血病とかなったらそれこそ悲惨だからなぁ……食事は気を付けないとな」
完成したジャムを容器に移し終わると直人は魔法の練習を始めた。いくら食生活が改善されたとは言え文化的な暮らしと安全を確保したいという思いは覆せなかったらしい。直人は森脱出かつ今後の生活に向けての準備を怠る事はしなかった。
直人は、今後の計画を立てている時ある事が気になった。今、自分が安定できているのはあの男が言う所の『負の感情を抑制する装置』の影響が残っているせいなのだろうかと。あの白い部屋に居た時、男に対して敵意や害意を覚えなかったし反抗しようとも思えなかった。これは負の感情以外にも若干の意識誘導や意識操作があったのであろうと直人は判断していたが、今彼が悩んでいる事は別な所にあった。男が言っていた影響が残る1カ月を過ぎればどうなるのだろうか?と。
直人は今自分がどのような状況にいるか理解していたし、周りにある魔獣を始めとしたリスクについても完全とはいえないが把握していた。しかし、彼は様々なリスクを把握しつつも不思議と心が落ち着いていた。この事に直人は少し引っかかるものを感じたらしい。別にこの一種の洗脳じみた精神操作に対して不満を言いたかった訳では無く、彼はこの精神操作が切れる事を恐れていた。なぜならば、その精神操作のおかげで今不安に陥らずに済んでいるのではないかと考えたからだ。そして、もしこの『負の感情を抑制する装置』の効果が切れてしまったらどうなるだろうかと。
良くも悪くも直人は現代日本人であり大人にもなっていない高校3年生である。サバイバル経験が豊富な訳も無く、獣と戦う能力が秀でているという訳でも無い。いわば、突然能力だけ与えられた子供に過ぎない。そんな彼が落ちつけているのが装置の影響が残っているおかげだとしたら、もしこの装置の影響が消え去ったらどうなるだろうか。そう、直人が考えるのは無理のないことであった。
そして、直人が得た結論は3つ。魔獣に対して恐怖を覚えるであろう事と魔獣と戦う事が恐怖のあまり出来なくなるであろうこと、そしてと生き物を殺す事ができなくなるという事だ。スペック上直人よりも明らかに弱い魔獣相手でも直人は恐怖を覚えるであろうし、そしてそんな怖い相手と戦えるとは思えない。そのうえで、例え食べる為や生活の為であったとしても生き物を殺すことに躊躇しないはずはない。彼は自分の性格を辿りそのような結論を出したのだった。
映画やアニメの中では、よく、命の危険にさらされたら力が出た?応戦するしか無かった?殺されなければ殺されていた?といったような話は耳にする。だが、自分がそうであるとは限らないし、そうなるとは到底自分でも思えない。そして、そのような行動を取れなかったらバットエンドしか待っていないという事を直人は重々理解していた。
だが、これから戦闘に巻き込まれる事が無いとは限らないし、ギルドで冒険者として働くのであれば戦闘に巻き込まれる事は確定だ。そして、戦う職業につかなくても身を守る為に殺傷しなければいけない場合が出てくるかもしれない。そう、戦いから完全に隔離されることを直人は期待していなかったし、この世界ではそのような甘えた事を言う事は一部の例外を除き許されていなかった。故に、直人はある事を考えた。この装置の効果が残っている内に戦闘と殺傷に慣れてしまおうと。そんな考えに至るのはある意味当然だといえた。
直人は結界外にもう1つ結界を張っていた。それは半径2メートルにも満たない小さな結界であったが、それなりの強度を始めとした性能を備えていた。そして、その中には1匹の灰色の、口から大きな牙がむき出しになっている猪が居た。この猪もレッキとした魔獣でありグレイファングという名前が冠せられていた。討伐難易度はDと比較的低い魔獣であったが、それはあくまでも行動パターンを把握した上でという前提の下であり冒険者になり立ての新人が命を落とす事の多い魔獣でもあった。そんな魔獣も魔法には勝てなかったらしく、風魔法によってさらわれ結界内に閉じ込められていた。
グギューグギューと鼻息を荒くしてグレイファングは直人の事を睨みつけていたが、対象的に直人がグレイファングを見る目はどこか冴えないものであった。新しく作った結界に、風魔法によって無理やり浚い閉じ込めたという手口から見ても直人の力はその魔獣を超越したものであり、彼は圧倒的強者のはずであった。だが、彼は今から初めて大型の魔獣の殺傷と解体作業を行うのだ。いくら装置によって負の感情が抑制されているからといって完全に抑えつけられているものでは無く、気分の悪さは拭えなかったのだ。
「……よし、いつまでも悩んではいられないな。殺そう」
自分を勇気づけるように直人は一つ呟くと風魔法を行使しグレイファングの頭をはねた。悲痛な叫び声と共に魔獣の胴体部分から飛び散る血に直人は気持ち悪さを感じた。その事に直人は苦笑する。装置の影響で感じ難くなっているのにも関わらず、殺す事でこれだけ気持ち悪くなるならば装置の影響が無ければ到底殺せていないなと。直人はまだ気持ち悪さが拭いきれていなかったが魔獣を閉じ込めていた方の結界に入っていく。そして、手に持った解体用のナイフを魔獣の骸に刺し皮を剥ぎ始めた。
直人には冒険者として必要な技能として脳内に情報もあり動作の仕方も覚えさせてもらっていたが、彼自身初めての作業である事と気持ち悪さが作用してか時間が掛っていた。直人は憂鬱そうな顔をしながら皮を剥き終えたが、その剥いた皮を手に取るとさらに嫌そうな顔になる。
「道具屋に売りに行くのが先になる以上、加工もしないと駄目か……」
ぼやきつつ、直人は水魔法を行使し血まみれの毛皮を洗っていく。そして、血が全て落ちると火魔法と風魔法の併用で毛皮を乾燥させていく。途中、火加減を間違え焦がしそうになるもののなんとか制御して毛皮を乾かす事が出来た。
「これで問題なしか……。って、俺も全身血まみれになってるのか」
そこで初めて気づいたように直人は自分の身体を見ると、解体時についたであろう返り血まみれだった。初めての魔獣の殺傷と解体作業とでいかに自分が緊張していたか分かり、不甲斐ない自分を嘲笑うように口を歪める。
「まぁ、いいか。いままで水でぬらした布で身体を拭うだけだったけど風呂作るか」
時間的制約と魔力量温存の為に今まで自制していた風呂であったが、直人は魔獣討伐記念と称して土魔法を行使し石風呂を作っていく。もっとも、祝いというよりも魔獣の殺傷により落ち込んだ気分で、今日これ以上の作業をする気分にならなかったというのが本音だったが。石風呂が出来ると水魔法で水を注ぎ火魔法で温めていく。手で何回か温度を確かめつつ火を追加していき、丁度良い温度になったのか直人は魔法の行使を止めると服を脱ぎ風呂につかる。
「久しぶりの風呂って気持ち良いなぁ……。やっぱり身体拭くだけだと満足できないし不衛生だから毎日入るか。こんな所で病気になったら死ねるからな」
久しぶりの風呂を微妙に沈んだ気分で満喫していた直人であったが、ある事に気付いた。このお風呂の排水をどうしようかと。しばらく悩んだ後、直人は土魔法で石風呂の底辺に穴を開け、地面にも石風呂の穴に続くように穴道を石で固めながら掘っていく。5メートル程掘った所で直人は魔法を止めた。石風呂の方からはどんどんお湯が抜けもうほとんど残っていなかった。
「まぁ、洗剤とか使ってないから直接捨てても自然に影響はないか。となると毎回穴を防いでからお湯を入れるか、それともフタのようなものを作るかしないとな」
直人はめんどくさそうにぼやくと湯ざめしないよう布で身体を拭く。そんな彼の顔にはさきほどまで残っていた魔獣殺傷についての感傷は、既に残されておらず、ただ、次は洗濯かぁと血まみれの服を呑気な顔で水洗いしている姿だけがそこにはあった。




