コレットの躍進
「今日のお勧めはなんだね?」
「今日はフリューポークサンドがお勧めですよ。常連の冒険者さんが今朝仕留めて来たそうで鮮度は抜群です!」
「ふむ。ならそれを2セットもらおうか。あと、卵サンドも1つつけてくれ」
かしこまりましたーと言いながらコレットは手早く男の差しだしたバスケットに詰めていく。そして、男が差しだした銀貨を受け取ろうとしてふと思い出したようで慌てて顔を上げていかつい男の顔を見る。
「そうですよ! ハッシュ様! こないだのリックス鶏の納品があったので1ヶ月間無料という約束なので頂けませんよ!」
「そういえばそうだったね。まだ、無料期間だったか。それはありがたい」
「いえいえ、こちらの方が助かっているんですよ。また、なにか良いのが採れたらお願いしますね。あと、カシュパイも作ったのでサービスしときます」
お礼を言いながらハッシュと呼ばれた男は一杯になった小さなバスケットを受け取ると店を後にした。店内に誰もいなくなったのでパンの在庫を確認していると、厨房の方から新人の女の子が新しく出来たサンドイッチを持って出て来た。そして、そのまま棚に並べ始めたのをコレットは何気なく見つめながら声かけた。
「仕事には慣れた?」
「は、はい。大丈夫です!」
「そう? まぁ分からない事あったら誰かに聞くのよ? あと、そんなに緊張しなくても……気持ちは分かるけど無理か。まぁ、頑張りなさい」
何度も頭を下げて新人の女の子はサンドイッチを載せていたプレートを持って急ぎ気味に厨房に戻っていった。その後ろ姿を見つめながらコレットは苦笑する。私にもあんな時代があったんだなぁと。今ではパン屋の女将をやっているけれど、元々は彼女と一緒の奴隷だったのだ。といっても、そう昔のことではない。5年くらい前までは確かに奴隷だった。そう、今でも思い出す。店を出すまでに苦労した日々を。
奴隷から解放されたからの生活はなかなかにひどいものだったと今更ながらに思う。奴隷から解放されて人間になったんだ。人並みになれたんだと思い無駄にプライドばかり高くなっていた。誰にも馬鹿にされないように虚勢を張って、見下されないように必死になって。そんな人間を誰も雇いたいとなんて思わないだろう。きっと、私も雇いたいとは思わない。そして、当時はそんな簡単なことすら気づけず、冒険者ギルドで小銭稼ぎをやっていた。だけど、そんな生活から抜け出せたのはひとえにソフィーの提案があったからだと思う。あれが私の全てを変えたのだと。
ソフィーの提案に乗って、簡単に雇ってもらえると楽観視して直人様の下に向かったけれど、実際には断られた。微塵も考慮される余地もなく、ただこちらの甘さをついた上で。覚悟が足りない。努力が足りないと。当時は何を言うのかと苛立ちを隠せず、クラリスにも会いに行った。雇ってもらえるように言ってくれ。今なら笑うしかないけど当時は真剣だった。元主人だったら仕事の面倒くらいみるのが当然だろうと。でも、クラリスにばっさりやられた。「そんなに以前の状態が良ければ首輪を付けて出直してきたらどうですか」と。そんなこと真顔で言われた。そして、「それなら主人として責任を果たしてくれると思いますよ」と。苦し紛れに、あんたは平民になれたからいいわよ!そして奴隷になった私達を見下そうっていうの!とか反論しちゃった。けど一切動じることなく、「努力していればきっと奴隷解放してくれると思いますよ。その時に雇ってくださいとお願いしてはどうですか」と。自分の発言に何の疑問も持っていないような顔で言うものだから何も言えずに黙ってしまった。そしたら、彼女は責任を求めるなら義務を果たさないと駄目ですよ。とだけ言い残して帰ってしまった。私達は彼女の後姿を見つめることしかできなかった。
それから私とソフィーは何度も何度も話し合った。直人様の言っていた選択肢。農地を借りたり店をしたり。他にもやろうと思えばできる事。その上で決めた。雇ってくれないのなら自分の店を出そうと。でも、店を出すには商業ギルドに加盟して、特定の業種の組合に加入して、さらには出店の手続きを役所に出さないといけない。そして、その全てにお金がかかる。そんなにお金を出すことはできず、まして店を買うだけのお金もない。なら、簡単な手続きと場所使用料を払えばできる屋台をやろうと決めて、廃材を貰ってきたり、材料を買ったりしながらソフィーと2人で屋台を作り上げた。みすぼらしいけど2人で作った力作だった。できた瞬間は感動してコレット&ソフィー号とか命名しちゃったくらいに。実は、店を出している今でもまだ保管していたりする。
といっても屋台を作ったからといって順風満帆に進んだ訳ではもちろんない。屋台で出す物は満足に調理器具もかえず、ジュースの店を出す事にした。必要なものは絞り器と布と後はコップくらい。果物も見た目の悪いものは安く買えるだろうと。確かに果物は安く買えた。そして、他の店よりも若干安く設定し、仕事終りの冒険者がよく通りそうな広場に店を構えて開店した。もうけはほとんどでなかったけれど、それでも順調に行き始めた頃、ミックスジュース専門店が出て来たのだ。聞けばトマという商人がやっているというその店。今までになかった複数の果実を混ぜるという斬新な発想。しかも、魔道具を使って冷やしている。一瞬で客が流れた。後々、直人様の関係の商人だと知った時は殺意を覚えたのは私だけの秘密だったりする。
その後は、色んな物をやってみた。でも、どれもこれも先駆者が居て結局二番煎じですらなく、他の洗練された屋台にかなうはずもなく結局金を食いつぶしていくだけだった。でも、その時の経験は今のパン屋の経営で大いにいかされることになったのだけど、当時はただの失敗の連続でしかなかった。そして、何を思ったのか次に始めたのが代書屋だったりする。冒険者ギルドで居る時に文字の読めない冒険者に依頼書の内容を教えてあげたことがあったのだ。ギルド内には専属の代筆屋や代読屋がいるので勝手にはできないが、同じ仕事を選んだ関係で読んだことがあった。そして、役所の前などでも代筆屋などの姿を見かけたことを思い出し、いけるのではないかと考え始めたのが代筆屋だったりする。
この商売は、元手が筆とインクと紙さえあればできるという優れたものだと思えた。だって、食材と違って腐らないから。そして、出だしは順調だった。難しい文章とかはやらない方針でというかできなかったから引き受けず、役所に出す書類や知人に出す手紙などの代筆を行うだけで儲けは順調に出ていった。そう、確かに儲けは出ていたのだ。でも、私達は知らなかった。代筆屋や代読屋が神殿の管轄だったなんて。そして、私達は神殿に所属していないというか信徒ですらないという。ゆえに、神殿の調査官によって今までの稼ぎが全額没収され、二度と代筆屋をやらない事を宣誓させられることになったのだ。
実は、この処分はすごく軽いものだったらしい。同じ事をした人は最低でも数年の無料奉仕の刑に処せられることが大半だったのだから。たぶん、これは私達が直人様の元奴隷だったことが影響したのだと思う。何も知らない神殿関係者からすれば、私達は直人様に恩赦を受けた立場。何か功績をたてたりと彼に気に入られている可能性があると判断されたのだろう。だから実質的に注意ですんだのだと思う。このことに思い当たった時、私は愕然とした。どこまでいっても彼の影響下にいるのだと。でも、この時だけはありがたく思ったのも事実だった。
そして、直人様にもらった資金ももうほとんど尽き始め、これが失敗すれば後がないという状況まで追い詰められていた。これで無理なら娼館で働くしかないかと思う程度には。それで、次に始めた商売がサンドイッチ屋だった。この頃、直人様が野菜を増産しているおかげで野菜の価格が落ち始めていたのだ。そして、当然小麦も増産されパンの価格も下がっていた。今までならサンドイッチなんて作っても割高になり売れないと諦めていたけれど値段が下がったならチャンスだと思い始めた。それに、サンドイッチは直人様が教えてくれたもので、喫茶店に出ているともきいたことがない。だからライバル店なんて存在しなかった。
そこで、老夫婦が経営しているパン屋と直接契約し安くパンを仕入れて冒険者向けに売り出したのだ。バスケットは有料で、2回目以降はバスケットを持ってきてくれたら箱代無料。そして、仕留めた獲物を持ってきてくれたら獲物の種類と量によってサンドイッチ何週間か無料と。この獲物納品サービスが受け、さらに外でも美味しく手軽にご飯が楽しめると人気が出たのだ。この成功を見て次々ライバル店が出たけど、目ぼしい冒険者は既に私の店に獲物を納品して無料期間を満喫中だったしたため客の流出は食い止められた。それに、私達自身が冒険者だったことも大きいようだった。どうも、ちょこまかと依頼書を見ていた私達はそれなりに有名だったらしい。それに、今までの屋台にも一応同業者のよしみに買いに来てくれたようで今回の店の成功を歓迎してくれているという。このことを知った時、ソフィーと共に嬉しくて嬉しくて2人して涙が止まらなかったので、教えてくれた冒険者の方はすごい困っていた。お詫びに彼には1カ月無料サービスを実施したけど。
そうして、どんどん売上もあがり店を持とうかと検討し始めた頃に、仕入先だったパン屋の老夫婦から提案があった。後継ぎもいないのでこのパン屋を買ってくれないかと。すごく良いタイミングの提案だったけれど、店を借りるのではなく買うというほどにはお金も無かったのでためらった。けれど、頭金さえ払えばあとは分割でも良いと。そう譲歩してくれ結局私達は店主となったのだ。パン屋改めサンドイッチ専門店コレット&ソフィーの。都合のよいことに私達は契約の後で気づいたのだけど、この店は引き継いだ形になるので商業ギルドや組合そして役所には所有者変更の手続きを出すだけで良く初期加盟料などは掛らなかったのだ。
この後は、自分達も驚くほど順調に売り上げも伸ばしていった。途中、直人様が失踪され野菜価格が少し値上がりしたけれど、農家の復職もすすんでおりほんのわずかな値上がりだけで済んだため経営にはさしつかえがなく乗り越えられた。元主人の失踪にショックを受けクラリスを訪ねたものの、原因は不明という。でも、クラリスは私達の接触を快く思っていないようで引き下がるしかなかった。確かに私達の行動を見ていると受け入れたくない気持ちが汲みとれたので素直に引き下がった。そして、元主人が2年後帰還した頃には、サンドイッチ専門店コレット&ソフィーの分割払いも終了し、2号店を出そうか検討できるくらいにはなっていたのだ。
借金完済にともなって、私はソフィーと前々から相談しいつかしたいと思っていたことに手を出した。奴隷を購入したのだ。そして、買った子達に対して宣言した。「自分の身は自分自身で買い戻せ」と。給料から購入費用を天引きし、新しいサンドイッチの案や売り方そして経営方法の改善をできたら報償と。そんな奴隷達を教育し、2号店の出店に乗り出した。2号店の店主はソフィーだ。いまでは自信がついたのか平常心で人前に出ていけるようになっていたので安心して任せる事ができた。同じ店で働けないのは少し寂しいけれどお互い1人立ちしないと思い決断した。そして今では2号店も順調に売り上げを伸ばしている。彼らが奴隷から解放される日は決して遠くないだろう。
こんな躍進中のサンドイッチ専門店コレット&ソフィーには1つの標語がある。オシャレな店構えや美味しい商品とは似つかわしく無い物々しい物。
それは『ねだるな!戦え!されば与えられん』というものだ。まさしくコレットの人生そのものを示す言葉に相応しいものといえるだろう。
コレット成功話。コレット無双?とまではいかないまでの結構な躍進というお話でした。
これにてコレット編は終了となります。
他にも番外編を書く予定をしていましたが、実際に書いた所蛇足感がすごく出てしまったので番外編はこのコレット編で終了となります。
従いまして、これにて完結とさせていただきたいと思います。




