コレットの憂鬱
ソフィーと共に人間になろうと決意した日から私達は寝る間を惜しんで仕事後に勉強や訓練を繰り返した。ソフィーに私の気持ちはよく伝わっていなかったみたいだけど、それでも私が彼女を必要としているという事は分かったらしい。生まれて初めて人に必要とされ、私が望むのであればどれだけ辛くても勉強して訓練しようと決めたと後々彼女の口から語れた。
この自主的な勉強や訓練が評価されたのか、私達は一年も経たない間に優秀という評価を貰えた。元々売買目的で勉強させられていた私だけでなく、ソフィーもこの評価を貰えたことからも彼女の努力がうかがえた。そして、このまま評価を上げていけば、何年か先には優秀な侍女を求めている貴族や商人に買われるだろうと。その人のもとで評価を上げ功績をもって奴隷から解放してもらおうと。ほんのわずかな希望だけど、それでも希望は見えて来た。ソフィーと抱き合って喜んだものだ。そのわずか数日後に幼女愛好家のもとに買われたという連絡を受けるまでは。
買われたのは私を含めて3人。私とソフィー、そしてクラリスという子。職員に聞けば、その幼女愛好家は今まで冒険者をしていたがこの度喫茶店を開く事にし、従業員として優秀な若い女奴隷を求めたという。あまり聞いた事のない話だ。普通、飲食店で奴隷を使う場合、力仕事で使えそうな成人近くの男や料理技能の高い奴隷を買うことが多い。それなのに、この幼女愛好家……名前をナオトというらしいが、彼はわざわざ年齢指定で12歳の少女を選んだそうだ。もはや、そういう趣味だとしか思えなかった。それでも決まってしまったことだ。奴隷側に拒否することなんてもちろんできない。だから、頑張らなくちゃ。せめて気に入られて生き残らないと。そして、ソフィーを守らなくちゃ。だって、3人も買うってことは消耗前提なのだろうから。
悲壮な覚悟を決めて主人の下に行ったのだけど、待遇が恐ろしくなるほど良かった。奴隷1人に1室と、綺麗な衣服に豪華な食事。そして、圧倒的に短い労働時間。さらには勉強用の道具さえ与えられる始末。最初は、使わせておいて勝手に使った等の言いがかりを付けて罰を与えることを考えているのかとも思ったけれど、実際にそんなことはなかった。ひどく恵まれた。辺りの主人を引いたらしい。だから、主人に与えられた仕事や勉強は全部全部頑張ってこなした。ソフィーと共に。そして、適度にクラリスとも。でも、クラリスとはあまり仲良くならないようにした。だって、主人に身体を求められた時や罰を受ける時はクラリスを差し出すつもりなんだから。彼女のように両親がいてぬくぬくと育ってきたような女なら気が咎める事も無い。私とソフィーの為に尊い生贄になってくれさえすればいいのだから。
そうした生活を送っている内に学ぶ内容が明らかに変化した。法律や貨幣の価値そして役所の利用法など。なんの必要があるのか分からないけれど、言われた事は必死に学んだし、娯楽時間の銘打たれている時間も利用して何度も何度も復習した。出来そこないとして転売されたり諦められたりして、この待遇を失う訳にはいかないから。
こんな生活であったが、割とすぐに終りを迎えた。突然、主人が言い出したのだ。君達を奴隷から解放しようと。それは奴隷をからかう冗談でもなんでもなく、本気の発言だったらしい。その宣言の翌日、私達は奴隷から解放された。そう、私達は人間になったんだ。誰かに所有される物ではなく人間に。なぜか、解放されることを望まなかった愚かなクラリスを除いて。本当に可哀想な子。
奴隷から解放されてまず私とソフィーは安宿に部屋を取った。ダブルベッドがあるだけの部屋。でも、それで十分。ここから私達の生活が始まるんだから。そう思うと、この質素な部屋でさえ素晴らしく明日への希望を抱かせてくれるみたいで、幸せな気持ちにさせてくれるんだ。さぁ、明日からは頑張らなくちゃ。ただ、頑張ればなんとかなる。そう思っていた。だけど残念ながら、現実は違ったのだ。それはすぐに思い知らされた。だって、家さえまともに借りられなかったのだから。
元奴隷には信用がない。断られる理由なんてそんなもの。それもそのはず。だって、元奴隷がそんなにたくさんのお金を持っているはずがないもの。私達は幸い元主人にお金をもらい持っているけれど、でもそれを主張することはできない。そんな事を言ってしまえば狙われるから。はした金を恵んでもらった程度にしないと。だから、普通の家は借りられなかった。それでも宿代は高く少しでも節約するために家は借りたかったので、頭を下げてぼろぼろの長屋の一室を借りる事にした。安宿の一室よりもはるかにぼろい。奴隷時代の物置や廊下で寝た事を思えばはるかに良い部屋だ。自分達の、自分達だけの部屋。それを持てるだけでも十分幸せ。でも、多少修理したりするのは住人の自由よね?
家を借りてから1週間ほどかけて、ようやく住む環境が整ってきた。腐った床に板を打ち付けて、壁にはタペストリーをかけて、そして職人見習いが作ったという不格好だけど格安な家具を置いただだけ。それでも、ようやく住む所が整ってソフィーと2人で働き先を探し始めた。今までの経験を生かして飲食店やお菓子屋さんなど色んな店に当たったけれどどこも不採用。下働きでも賃金が安くても良いと言い募っても聞き入れてもらえなかった。料理のレシピは秘伝で誰にも教えるつもりもなく、下働きであれば弟子を使うか奴隷を雇う。ほとんどの所での解答はそういったものだった。中には雇っても良いが、元主人であるナオトの喫茶店のレシピを教えろと言いよってくる者もいたが、それは断った。元主人で神眼持ちの魔法使い。そして、最近では領主館などに薬草を卸していると噂に聞く。そんな相手に喧嘩を売ったら、下手をしなくても奴隷階級へ追いやられるのは確実だ。元奴隷は解放されても主人の呪縛から解放されないなんて。でも、絶対に負けてやらないんだから!私は、私達は絶対に幸せになってあげるんだから!
しばらく職が見つからず、冒険者ギルドで簡単な仕事を見つけてはこなすという日々を送っていた。仕事の内容は子供のおつかいレベルなので当然報酬もその程度。節約して2人で過ごしているので浪費しないといっても手持ちのお金は少しずつ減っていく。この調子なら後3年は持つだろうけど早く職を見つけたい。そんな焦りばかりが募る中、ソフィーから提案があった。元主人であるナオトにもう一度雇ってもらおうと。心情的には却下したい提案であり、受け入れがたいものであった。それでもソフィーは言う。あそこで働きながら次の働き先を探そうと。そうじゃないといずれ生活に困って農家の嫁になるか娼館で働くしかなくなってしまうと。そう。受け入れがたい事に、私とソフィーは人より容姿が優れていた。だから、愛人契約しないかとか娼館の支配人から働かないかと声を掛けられる事が多かった。一度、必死に頼みこみようやく雇って貰った飲食店も店主から迫られて逃げるように出て来たこともあった。それ以来、店主が女だったり、老人であったりする店に雇ってもらえるようにお願いしにいくようにしている。もっとも、成果はゼロであったけれど。
だから、ソフィーの言いたい事は分かる。このままの生活は続かないって。だったら、元主人に頭を下げてでも雇ってもらうべきだろうと。幸いといっていいのか、彼の店は今話題で持ち切りだ。美味しい料理に、迅速な注文、それに美しい庭園。あと、店主が神眼持ちの魔法使いという目玉までついているのだ。これで流行らない訳はないと。忙しいのであればいくらでも仕事はあるはず。だからレシピも一通り教わった私達であれば雇ってもらえるであろうと。でも、あそこに戻れば私達はまた奴隷の待遇と同じになってしまう。いくら良い生活させてもらおうとビクビクしながら暮らすのなんてもううんざり!それでも、それでも戻らないと仕方ない……。向こうはきっと忙しくて少しでも人手が欲しいはず。なら、強気でいこう。もう奴隷じゃないとはっきりさせて上で雇ってもらおう。そう、私達はもう奴隷じゃないんだから。
コレット編2話目でしたー。
意外と彼女も彼女なりに考えて動いていたというお話。
3話はあるか不明。一応、ここまでで本編に出てくる辺りまでは繋がりました。




