コレットの野望
私は家畜なんかじゃない。ましてや物なんかでもない。私は、私は人間なんだ!
人間で生まれたからには人間らしく生きたい!と強く望むようになったのはいつの頃だっただろうか。そう確か、奴隷商が物好きな貴族や富豪に高く売りつけようと、容姿の優れ頭の優秀な男と女を交配させて出来た私に勉強をさせていた頃だ。その勉強期間中に、教養を付ける為にと物語を読まされたのだ。そして、1話、2話と読み進める度に疑問を持つようになったんだ。なんで、私と物語の中の人達とはこんなに差があるのだろうって。
その答えはすぐに出た。というよりも答えから目をそむけていただけであり、ほんとの事を言うと最初から分かっていた。だって、私は人間ではなく奴隷なのだから。そう、生き物ですらなく、ただの物なんだから。人間と比べても仕方がない。納得なんてできなかったけど、どうしようもなかったらそう自分に何度も何度も言い聞かせた。
ああ、人間になりたい。
そんな勉強と色んな職業訓練を続け1年くらい経った頃だろうか。1カ月から仕上げの為、男を愉しませる訓練に入ると調教官が告げられた。なんでも、貴族や富豪のペットになるには最低限の性知識がいるそうだ。でも、実戦経験はいらないらしい。抱くだけなら高級娼婦や側室で足り、奴隷にはそんな技能は求められていないという。なるほどと思った。玩具に選ぶのは人間ではなく物で十分なのだから。物は愛を与えられることも愛を与えることもしなくて良いのだ。だって、所詮は替えがきく物でしかないのだから。
といっても、実際に性の訓練に入る事がなかった。私の所有者である奴隷商の男が逮捕され、男が所有する財産が全て没収されたからだ。そして、私も当然没収され、国の管理する奴隷販売の為の施設へといれられた。その時、私は決断を迫られた。娼婦を目指すか、文官補佐を目指すか、普通の奴隷になるかを。奴隷商の男の判断はどうやら間違っていなかったみたいで、私は試験の結果優秀と判断されたらしい。そして、両親といっても記憶にはないけれど、2人に似て私も高級奴隷を目指せそうなほど容姿が優れていたと判断されたみたいだった。
娼婦と聞いて、性の訓練のいう言葉が思い出しぞっとした。ペット扱いになるのかと。頭では、高級娼婦になれるなら普通の奴隷よりもはるかに待遇が良いと分かっているのだけど、どうしても選ぶことができなかった。そして、文官補佐の奴隷も大抵は能力の無い高位貴族の子息が買うそうで、どうしてもペットを連想してしまった。だから、私はほんの一縷の望みを掛けて一般奴隷を選択した。職員にはもったいないと嘆かれたけれど、向上心のないようであれば仕方がないと説得を諦めたようだ。理由は違うけれど、私は何も言わなかった。だって、ペットにならなくてすんだのだから。そして、私はこの時の決断をのちに自分ながら英断だったと思うことになるとは想像もしていなかった。
一般奴隷になると決めてからは訓練と派遣の仕事の繰り返しの日々を送っていた。ただ与えられた事をこなし、それ以外のことは何もしない。まるで操り人形のように、施設の職員や派遣先の雇い主の操るままに。そんな時、怯えながら職員の後を着いてくる彼女、そう、ソフィーヌに出会ったのは。
彼女は私があてがわれている部屋に新しく割り振られる事になった。同じ部屋といっても10人以上はいるし、ほとんど寝る時だけしか部屋にいることもなく、ましてや泊まりがけの仕事の場合も多く全くといっていいほど交流はなかったけど。でも、何故か彼女のことが気になって姿を見かけるとついつい目で追ってしまうことが増えた。そうして2カ月ほど経った頃だろうか。始めて彼女と同じ派遣先に仕事を行く事になったのは。
派遣先は飲食店の下働き。朝から晩まで野菜を洗って、皮をむいて、そして切るの繰り返し。彼女と私は一緒の作業。仕事の速度は私と一緒かちょっと彼女の方が手際が良い。だけど、彼女の方が女将に何度も何度も怒られていた。特に失敗なんかしていないのに。でも、それはきっと彼女の自信が無いビクビクした態度に原因があると思う。あれがなければ怒られる回数はずっと減らせるのに。まぁ、態度を改めた所で理不尽に罵倒されるのはいつものことだからなくせはしないだろうけど。
派遣期間が2週間を過ぎた頃、大嵐で店が早々に閉まった。といっても、派遣期間中の奴隷を遊ばせておくなんて女将が許すわけもなく店の中の掃除をすみずみまでやらされた。だけど、私達が掃除をしている間、女将も休めないので割と早く掃除が終り休みを与えられた。仕事が終えても大嵐で外に出ることもできず、私達の寝室である物置小屋に2人して戻った。いつもは疲れて寝るだけから、ほとんど会話もなかったけれど、せっかくの機会だからと私は思いきってソフィーヌに話しかけてみた。「ねぇ、あなたはなんでいつも怯えているの?」と。
聞いてしまえば良くある話。所有していた奴隷同士を戯れで交わらせてできた娘には何も与えられなかった。それだけの話。私も良く似た境遇だけど、勉強さえできれば、訓練で優秀な成績を残せば認められたし、わずかながらとはいえ報償としてほとんど汚れていない服などが与えられた。でも、彼女は違う。奴隷商や奇特な人間を除けば奴隷同士の子供なんて当然赤子から始まるわけでゴミも同然であり処分したりすることが普通だったりする。彼女は幸か不幸か施設に売却できる年齢まで育てられたという。誰にも必要とされることなく。両親である奴隷達からでさえ。
実は、彼女と同じように怯える奴隷というのはよくいたりする。そして、その理由は親や所有者の暴力という。逆らえば殴られる。失敗しても殴られる。そうして、怯えながら暮らすのだと。ソフィーヌも同じような過去を持っているのだと思っていた。だから、怯えるのだと。考えてみればぞっとする。もし、彼女と同じような環境で暮らしていたのなら、発狂してしまったかもしれないと。奴隷なのだから生き物ですらなく物である。これは当然のこと。だけど、それでも物としては必要とされていた。だから命令された事をこなしていれば物としてきちんと扱われた。でも、でも、彼女は違った。物としてさえ必要とされず、ただ売却時期が来るまで保管されていただけなのだ。こんなのひどすぎる。奴隷なんて最低だ。久しぶりにそう思った。ペットとして飼われるよりも一般奴隷で生きていこうと思ったあの日から、ずっとずっと意識もしなかった私の真実。そうか、私は人間になりたかったんだ。泣きながら話すソフィーヌを抱きしめながら私はそう思った。
思い返せばこの時からだ。私がソフィーヌと共に絶対に人間になってやろうと。そう決意したのは。
地味に重い話に。本編では人気のなかったコレット。意外の設定的には悪い子じゃなかったり。




