第十八話
謝りに行きたいからと言って簡単に村を出れると言えば当然そんなことはなく、サラに諭されてから1カ月の間、直人は色々な後片付けに奔走させられていた。森の木を使用する事や家を建てることに関しての税は直人が払ったとはいえ、木の切り出しを始め家の建設や畑仕事の手伝いと直人は村の人達に迷惑を掛けていたからだ。その手伝いはこれから直人がこの村に働き手として加わる事を期待してのものである以上、出て行く際にはきちんと処理をする必要があったのだ。むろん、戻って来る可能性が高かったが、その時はその時で対処すれば良いだけの話であり、村人達にお礼をして無駄になると直人は思えなかったゆえに礼をする事は確定事項だった。
礼といってもお金を渡しても受け取って貰えるか分からなかったので、冒険者として剣を持って近くの森に入り魔獣を狩ってきては食肉にして配ったり、燻製にしたりして村の人達に配って回った。そんな事をしなくても良いと皆して言ってくれたが、自暴自棄になっていた自分を受け入れてくれたこの村には感謝してもしきれないほどの恩を感じていた直人は配ることを止めなかった。
そして、直人の住んでいた家は狩猟用の道具置きとして村の共有資産とすることが決まり、畑も新しく成人するものに与えるということになった。もし、直人が帰ってきたら直人に返すという条件を村長が付けてくれたことに直人は心底嬉しかった。まだ、自分は仲間として認められているんだと感じられたからだ。そういったお礼参りと後始末を終えてみると収穫祭から1カ月の時が経っていた。
収穫祭から1カ月経ったというちょうど良い節目であり、やらないといけないことは全てやり終えてたから翌日旅立つことを村長に告げると村総出で宴会を開いてくれた。村人達にいつでも戻ってこいという言葉を貰い直人は泣きそうになるが、泣くのは酒が足りないからだという暴論の下酒を飲ませられ続け、直人が再び意識を取り戻したのは翌朝のことだった。周りを見ると男衆の死体が転がっているだけで女性の姿がないことに直人は戦慄したが、何も考えないことにしてそっと荷物を持つと村の出口に向かった。すると、村の出口にはまだ朝早いにも関わらず1人の少女の姿があった。
「おはよう」
「あ、ああ。おはよう」
あまりにも自然に挨拶をされ思わずどもってしまった直人に変なのとサラは笑う。だが、サラはすぐに真面目な顔になり直人に向かって言った。
「また遊ぼうね。帰ってこなかったらずっと舎弟だよ?」
「ああ。約束する。向こうで住む事になってもギルド経由で手紙送るから文字の練習はしっかりしておけよ」
「また馬鹿にして。文字くらい読めるもん」
「すまんすまん。許してくれ。じゃあ、またな」
「うん、またね」
小さな手をぶんぶんと大きく振りながら見送ってくれるサラに直人は軽く手をあげて応じると、後ろを振り向く事なく村を後にした。彼の姿が見えなくなった後もその場に居た少女はずっと手を振り続けていた。
2年と1カ月ぶりにユピリスの街に足を踏み入れた直人は懐かしさで胸が一杯になった。最終的には耐えきれなくなって飛び出した場所だといっても、この世界に来てから初めて本格的に定住した街であり2年近く暮らしたという時の長さは良くも悪くも思い出が溢れていた。急に石畳の真ん中で止まった直人に通行人が不審げな目を向けているのに気付き、直人は恥ずかしさのあまり足早でその場を立ち去った。そして、目的の場所であるかつて直人が店長を務めていた喫茶店に到着する。外から観察すると営業をしている様子であり、しばしの間逡巡したが直人は勇気を振り絞って入店することにした。ここで逃げたらサラに笑われると自分を叱咤激励しながら。光魔法で姿を変えているのだから気付かれる事はないと高を括りつつ、直人は喫茶店の扉をくぐった。
「いらっしゃいませー。お一人様でよろしいでしょうか?」
「あ、ああ。1人だ」
いきなりクラリスが接客に出てきて直人は動揺したが、そんな直人をクラリスはどうしたんだろと不思議そうに見ていた。だが、すぐに直人の作った接客マニュアル通りの手順に戻った。
「お席の御希望はございますか? オープンテラスや窓際の方がよろしければそちらの方に案内しますが、いかがなされますか?」
「窓際で頼む」
「はい。ではご案内しますね」
クラリスに案内され席に座り直人は軽くメニューを見てからパイとハーブティを頼んだ。厨房に向かうクラリスの後ろ姿を見て、以前よりも高くなった身長に時の流れを感じた。それに少し痩せたかなと思いながら軽く店内を見渡し、ある程度客は入っているのを確認して安堵した。少し値段は上がったけれど庭もきちんと整備されていると客も入っているから経営は大丈夫そうだなっと。無責任にも店を放り出してことに直人は直人なりに負い目を感じていたが、その重みが軽くなったように感じられた。直人がそんな身勝手なことを考えていると見た事も無いウエイトレスが注文の品を届けてくれた。
「ありがとう」
「いえ。ごゆっくりどうぞ」
魔法を使わなければ人を雇わないと回せないかと考えながらハーブティを一口飲む。ハーブティの味は直人がクラリスに教えたものと微塵の狂いもなく同じであった。そのことにどこか神妙な面持ちになりながらもパイを齧るが、その味も直人がクラリスに教えたものと相違なく出来あがっていた。クラリス達を捨て置いたにも関わらず、未だに自分の教えた事を守ってくれていることに直人は自分が惨めに感じた。きちんと物事を考え行動に移しているであろうクラリスに対して、勝手に1人で納得して飛び出すなんて自分は何を考えているのだろうと。
いたたまれない気分になり、直人はもうこの場にいることすら耐えられなくなった。それにこんな不甲斐ない自分が今更クラリスと会って話をしようとすることすらおこがましいと。そう思い、直人は席を立とうとすると目の前にクラリスがやって来た。会計も席でするようになったのかと直人がお金を入れた腰につけた袋に手を伸ばしかけたが、クラリスは会計をしようとする仕草すら見せず、何故か直人を食い入るように見ていた。そして、何か確信した様子で直人の眼を見て行った。
「直人様でいらっしゃいますね?」
「……俺はエリックというのだが」
「いえ、直人様で間違いないです。間違っていたら後ほど謝罪させていただきますので着いてきて頂いてもよろしいでしょうか?」
クラリスは直人の腕を掴みながら提案するも、それはもはや提案ですらなく強制であったらしい。直人が受けるとも受けないとも言わない内にクラリスは手早く近くに居た店員に一言二言伝えると彼の手を引き館まで連れ帰った。
久しぶりに訪れたのに以前住んでいた時と家具や置物の位置すら変わっていない応接室で直人は借りて来た猫のように大人しくなっていた。まだ面と向かって話し合う覚悟を決めていないどころか逃げ出そうとしていた直人にとってこの状況は辛すぎた。といっても時間は直人に考慮して早く進む事も戻る事もしてくれるはずもなく、クラリスのお茶を淹れる為の作業も終り直人の現実逃避の時間は早くも終りを迎えた。そして、その沈黙を破るべくクラリスが口を開いた。
「どうして急にいなくなられたのですか?」
「いや、だから俺はエリ……」
条件反射的に偽名を使って誤魔化そうとするもクラリスの真剣な目を見て直人は最後まで言い切ることができずに黙り込んだ。そんな直人の態度を見てか、今まで冷静かに見えたクラリスが抑え込んだ感情を爆発させるように声を荒げながら言う。
「直人様かどうかは顔が違おうと見ただけで分かります! カップの持ち方、お茶の飲み方、ナイフやフォークの持ち方と言い出せばキリはありませんが全て直人様のものと一致しています」
「いや、そんなの覚えている訳が……」
「奴隷として3カ月、その後も従者として1年8カ月ほどお仕えしたのです。主人の癖くらいは把握しています。奴隷がどれほど主人の事を見ているか直人様は理解していないのです。奴隷にとってご主人様が全てなんですから。それは奴隷から解放されてもそうそうその癖が抜けるものではありません」
クラリスの物言いを聞き直人は思わず突っ込んでしまうも、すぐにその疑問は潰された。そして、自分の奴隷に対する認識がまだ甘かったのかと思う。だが、自分の世界に浸っているほどの余裕は今の直人にはなく目の前のクラリスに再び意識を戻した。もう逃げないで真摯にクラリスが聞きたいことであれば何でも答えようと思い、自分自身に掛けていた変身用の光魔法を解く。一瞬光を纏った後、直人本来の姿に戻ったのを見てクラリスは驚くよりも先に質問をしてきた。
「直人様、目はどうされたのですか?」
「ああ、こっちが俺の本来の目の色だよ。クラリスは知っているか分からないけど、神眼の中で最も高貴で優れた眼とされるのが蒼なんだよ。でも、普段からその眼で居ると自由に動き回ることなんてできないから魔法で誤魔化していたんだ。ただ、光魔法を解いた時に一緒に解けちゃったけど」
直人の説明を聞き、ようやく話し方も戻られましたねとクラリスは呟く。彼女にとっては神眼がどうこうというよりも直人が自分の知っている姿に戻ってくれた方が大きかったらしい。そして、直人の眼を射抜くように見つめ口を開いた。
「では何故、出て行ってしまわれたのかお話頂いてもよろしいですか?」
直人は頷くと勇気を持って話し始めた。今更ではあるが、サラに貰った勇気を無駄にしないように頑張ろうと。そう決意を新たにして直人は口を開いた。
「クラリスにも話したことがあると思うけど、俺の家族や親戚って全くいないんだ。まぁ、詳しくは話せないけど帰るべき故郷もない。あえていうならユピリスが一番故郷に近いかな」
異世界から来たと言う訳にもいかず、直人はぼかしながらだが自分の思いの丈を偽りなく伝える。
「それでね。今思えば家族や友達が欲しかったんだよ。だから、眼の色も一番下の色に変えてなるべく一般人として溶け込めるようにしたんだ」
「……一般人ということであれば魔法使いではないという形で入って来た方が良かったのではないですか?」
「うん。そうだね。でもさ、俺は冒険者とかではなく街に住む普通の住民になりたかったんだよ。非魔法使いとなるとさ、この街に何の縁もゆかりもない俺なんかは冒険者にでもならない限り住む事が相当難しいんだよ。だから、魔法使いになったんだ。優遇されると分かっていたから。でも神眼を持っていなければ犯罪を犯して逃げて来た野良魔法使いだと勘違いされるだろうから、犯罪を犯せば即座に情報が出回る神眼持ちにしたという訳。ここまでは良い?」
「はい」
クラリスが頷くのを見て直人は話を続ける。
「ユピリスに来てから友達を作ろうと思ったんだ。だから、大勢の人と触れ合える職業で自分にできそうなものを探したんだよ。酒場や宿屋という選択肢もあったんだけど、どうしても冒険者が主になりそうだったから、街の人が多く来てくれそうな喫茶店にしたんだよ」
緊張でカラカラになった喉をハーブティで潤しながら直人は何から話すべきか検討する。自分が何故出て行ったのかというクラリスの質問の答えに早く辿りつける話の順番はどれかと考えながら。だが、いつまでも考えている訳にはいかず考えながらも話を進める。
「喫茶店に関してはクラリスもよく知っていると思うけど一応は成功した。まぁ、俺に対する求婚者と勧誘目的で来る冒険者が居たという事を除けばだけど。それで、そこそこ常連客も付いてきて少しずつだけど常連客と仲良くなることもできから当初の目論見としては成功したと言っても良かったかな」
笑顔を作って喋っていたが、その作り物の笑顔に影がさす。直人にとってあまり言いたくない事だったけど言わない訳にもいかず再び笑顔を作り直した。
「でもね、正直そんな生活をしていて罪悪感を感じたんだよ」
「罪悪感ですか……?」
「うん。そう。お客さんの話とか聞くとね、皆一生懸命生きているんだよ。仕事の話とか家族の話とか色々あるけど皆楽しそうに顔を輝かせながら話すんだ。それを聞いていてね、俺は本当に喫茶店なんかしてていいのかなって考えるようになってね。全力を出せば何でもとは言わないけど多くの事はできるのにってね」
直人の言う事は才能があるゆえの悩みであり、クラリスには今いち理解できないものであったが直人の心境を想像しながらクラリスは目で話の続きを促した。
「そんな風に腐っていた時にトマが声をかけてくれたんだ。一緒に農業をしないかと。君の力を是非役立ててみないかと。すっごく嬉しかった。一般人として生きるという目的に反していたけどすっごく嬉しかったんだ。こんな逃げてばっかりの自分でも人の役に立てるんだと。皆にありがとうって言ってもらえるんだってね」
当時の事を思い出したのか、直人はすごく良い笑顔になったが、その後の展開を考えている内にすぐに盛り下がったようで作りものの笑顔に戻しながら話す。
「だけどね。人の為になればなるほど、人にありがとうと言われれば言われるほど辛くなって来たんだ。本気を出せばこの10倍いや20倍は軽出来る自信があったから。力を出し惜しみをしているようにすっごく心が痛かった。それでもね、一般人として友達を作りたいという思いも捨てきれなかったし本気を出すことなんて出来なかったんだよ。だけど、活躍する度に周りはやっぱり神眼持ちの魔法使いを見る目になってきて友達とか言っている状況じゃなくなってきたんだ。」
もっと人の為にと動けば友達が作れなくなり、友達を作ろうと思えば力を使うのを抑制する必要があるっていうのは矛盾だよねと直人は笑顔を作りながら言った。
「で、そんな矛盾だらけの想いを持って生活していると段々疲れてきてね。何を信じれば良いのか分からなくなってきたんだよ。そんな時、レジスという貴族が勧誘に来て誰も信じられなくなってしまったんだ。皆、利害目的で俺に近づいてきているじゃないかってね。今思えば被害妄想だけど当時は確実にそう信じていたから。そして、ブノアやトマといった存在も信じられなくなって、常連客とかも後腐れない関係だから自分と話しているんじゃないかっていう馬鹿な妄想まで始めちゃって。本当に手に負えないよね」
「……」
「あの当時の自分は確実に壊れていたと思う。それでね、まぁ最終的に君の姉エリアが来てね。一度リセットしてみようと思ったんだ。この利害関係の渦から飛び出してみようと。もう、クラリスもきちんとした身分手に入れたしエリアとも再会できたから自分が居なくてもいけるだろうと思ってね」
自分の言うべきことは言いきったと直人は満足し黙り込んだ。次はクラリスの言葉を聞こうと。どんな罵詈雑言を吐かれても自分が悪いのだから受け止めて謝罪しようと心に決めて。だからだろう、クラリスの第一声に直人は驚かされることになった。
「直人様がいなくて大丈夫だと思った事は一度もありません。直人様と姉様はどちらも大切な存在で、私にとってどちらが居なくなっても辛いです……。姉様と再会できた途端に直人様がいなくなられてとても寂しかったです……」
俯き涙ながらに言うクラリスを見て、自分がとんでもなく酷いことをしでかしたのではないかと直人はとてつもない後悔に襲われた。そんな直人の心情を慮ることなくクラリスはたどたどしいながらも話を続ける。
「だから、だから、喫茶店を続けていればいつか帰って来てくれるかもしれないと思って今日まで続けていました……。何度も何度も挫けそうになりましたがトマさんやブノアさんを始め常連客の皆さんも応援してくれてなんとか続けてこれたんです。でも続けていて良かったです。直人様が帰ってきてくださったですから」
もう何処にも行ったりしないですよねと潤んだ目で見つめられて直人は言葉に詰まった。ここまで自分の事を想っていてくれたクラリスを信じず捨てていった自分はなんて最低なのだと。そして、そんな自分の事をずっと待ち続けていてくれる人がこの世界にも居たのだと。そんな想いが直人の頭の中をぐるぐる廻り、直人は溢れんばかりの感情を持てあまし言葉を紡ごうとするものの纏まらず言葉を口にすることができなかった。
だが、言葉にできなくても心に決めた。もう二度と彼女を、クラリスを捨てるのは止めようと。そして疑ってばかりではなく人のこともきちんと信じて見ようと。そう硬く天に誓いクラリスの頭に手を載せるのだった。
あの話し合いの後、エリアも交え今後の話し合いをした。クラリスの話によれば、既に奴隷を数人買い入れて人材補填して上手い事回しているということであったからだ。だけど、全ての資産は直人名義のままであり自分は管理者として運用していただけだから直人様が望まれるなら全て解雇なり売却するなりしてもらっても良いと言われたが、自分抜きでも上手くいっているなら無理やり参加する必要はないと考え喫茶店経営に参加しないことを決めた。あくまでもオーナーという形でいようと。
だが、以前の失敗から奴隷の扱いについて心配になったもののクラリスの言葉を聞き安心した。給料から天引きし自分で自分を買い戻させるようにしていると。それならば、自分が奴隷から解放される頃には一定の知識や技能が身につくだろうし、もし外で仕事を見つけられなくても喫茶店という職場に居続けても良いとすれば問題ないだろうと。自分よりもはるかに優れたアイデアを持って奴隷を動かしているクラリスに直人は尊敬の念を抱いた。普通に自分よりも思慮深く賢いのではないかと。
そこまで話し合った結果、喫茶店経営に関しては直人がいらないというとこが分かったので直人が今後なにをするかという事が問題となった。直人所有の薬草園も領主館に貸し出した状態で直人がどうこうしなくても良いというのだから、割と真剣に直人の仕事が見つからなかったのだ。といってもすぐに適当な仕事が見つかるという訳にもいかず後日解決すべき問題という事で先送りすることで決着した。
一応の方針が決まった為、全ての奴隷に本来のご主人様だと直人の事を紹介され、彼女達の事を聞かされている内に直人にとって長かった1日が終了したのだった。
翌日、直人がサラ宛ての手紙を館の食堂で書いていると突然扉が開いた。そちらの方に目をやるとブノアが息を切らしながら直人の方を見ていた。午後には迷惑を掛けたお詫びに手土産を持って領主館に会いに行こうと思っていたので、知らせていない内からブノアから来た事に困惑しながら口を開こうするも、ブノアに先を越された。
「い、いつ帰って来られたんですか!? は、はぁはぁ……あの」
「勝手にいなくなってすみません。ですが、とりあえず落ち着いてください。きちんと説明させてもらいますので」
「は、はい。……って直人殿、その眼はどうされたんですか!?」
ブノアに落ち着くよう促しながら直人は内心困っていた。昨日変装を解除した後から眼の色をまだ変えておらず、本来の色である蒼色の眼をブノアに見られてしまったからだ。いずれは機を見て説明する予定であったが、今のタイミングで発覚することは決して望ましいことではなかった。だが、露見してしまった以上は何らかの対策を講じる必要が出来てしまったので直人はブノアを説得すべく口を開いた。
「実は今まで隠していましたが実は蒼……ブノアさんもご存じのように第一階位の神眼持ちでした」
「は、はぁ」
まだ事態が上手く飲み込めていないようでブノアは混乱した様子で生返事を返す。だが、勢いで押し切る必要があると判断し今がチャンスとばかりに説明を続ける。
「本音を言えば隠したくはなかったのですが、隠さなければ様々なトラブルが起きることが予想されるので今まで誰にも言わずに隠していました。どんな問題が出るかはブノアさんにも想像できるとは思いますが」
「ええ、直人殿の仰りたいことはよく分かります」
流石というべきか早くも冷静さを取り戻しブノアは首肯する。動揺を鎮めるあまりの早さにもう少しは混乱していて欲しかったと思いながらも続ける。
「ということで偽装していたのですが、たまたま隠していない所にブノアさんが来られて発覚したという訳です。ですので、俺としてはブノアさんが黙っていてくれたら問題がないのですけど難しいですよね?」
「はい。個人的には直人殿のお気持ちに同意できるのですが……職務規定を考えると報告しないといけなくなりそうです」
残念そうにいうブノアを見ながら、直人はもっともですねと頷く。だが、黙って受け入れるだけでは事態がどう動くか読み切れないので積極的に自分から提案することに決め言葉を紡ぐ。
「ということでこの際、条件次第となりますがケレス王国公認魔法使い制度に登録したいなと考えております」
「え、ええ!? えーと、条件をお伺いしてもいいですか?」
「はい。もちろんです」
今まで公認魔法使いにならないかとそれとなくした誘いを断って来た直人の急変にブノアは驚くも、自らの職分を忘れる事なく条件の中身を聞いてきた。そして、直人としても黙する必要性も感じられず率直に自分の考えを述べることにした。
「条件は3つあります。まず1つ目は、この街に住み続ける事を許可して頂けることです。正直、蒼を持つものであれば王都……たぶんですが王城の離宮や中央付近の邸宅への住む事を強制されると思います。ですが、俺としてはこの街を気に入っているので離れたくないなという気持ちがあります。あとは、そんな場所に住めば政治がらみの面倒事に巻き込まれそうというのもありますが」
「……厳しいかと思います。直人殿の実力が分かれば必ず中央からの召集は避けられないかと……。ですが、その辺りは領主館で何とかならないか検討してみます」
よろしくお願いしますと頭を下げながらも直人は次の条件を提示した。
「次に2つ目ですが警備の人数をある程度少なくして貰いたいのです。正直なところ、強盗事件以降に警護されてみて結構疲れましたので、継続的にとなると辛いのです」
「それはたぶん無理だと思います。高位魔法使いには規定数の護衛は必ず付きますので増加は可能でも減少は不可能です」
「これに関しては結構な自信がありますので他の条件が認められそうであれば対策方法をきちんと明示します。それで納得できたら認めてもらいたいと」
「……国や領主館側が有効だと認めれば減少はできるように計らいます。ですが、全廃は無理ですよ?」
もちろん分かっていますと頷く。自分でも無茶な事を言っているなという自覚があったが、後々不満が出ないように条件といったものは最初に明示する必要があると判断し話を続ける。
「それで3つ目ですが、一夫多妻特例法の適用を除外してもらいたいのです。1人でも怪しいのに、何人も妻を維持する自信がありません」
「……これも無理でしょうね。というよりも他の2つが認められたとしても、これだけは多分認められないですよ……。っていうか何で嫌なんですか? 皆さん好んでこの制度を利用されていますが」
本気で理解できないのだろう。ブノアは首を傾げながらも真面目な顔で直人に聞いてきた。もしかして男色?と言うブノアの呟きが聞こえて来て直人は慌てて否定した。
「だ、男色ではありません!」
「ですけど、直人殿は娼館に誘ってもついてこられませんでしたし、浮ついた噂を全く聞かないからてっきり……」
「早とちりしないでください……。それに関してはきちんとした理由があります」
どんな理由ですかと興味津々といった様子で聞いてくるブノアに直人は仕方なさそうに答えた。
「避妊してくれないからです」
「え?」
思いがけない答えをもらってブノアは固まるも、少しずつエンジンがかかってきたのか直人は万感の思いを込めて言う。
「確かに……その女性と致したいという気持ちは若者ですからありますよ! そりゃあ、誘われたら乗ってしまいたいという気持ちもあります。ですけど、誘ってくる女性が皆妊娠希望なんですよ!」
「え……あ、はい。確かに魔法使いの子供を産めば色々優遇されるので妊娠したいという女性は多いかもしれませんね……」
「しかも彼女達は身籠っても貴方には迷惑をかけないから心配しなくても良いって言うんですよ!」
子供を産んでもらうなら妻に産んでもらいたいし、自分の子供だから可愛がりたいと思うのが普通じゃないんですか……と愚痴り出した直人をブノアは可哀想な子を見る眼で見つめながら言った。
「それなら早く好きな相手を見つけて結婚すれば良いんじゃないですか?」
ブノアの正論に直人は完全に潰れた。恋人なんか探している余裕なんて無かったんですと呟きだしたが、今は交渉の途中だという事を遅まきながら思い出し冷静さを装って話を再開した。
「ということで、多分俺には複数の妻は無理です。それに蒼だと最低5人の妻ですよね? 1人でも無理なのに5人なんて維持できません」
自信満々に情けない事を言いきった直人にブノアは苦笑しつつも言う。
「一応、上とかけあってみますが期待しないでくださいよ」
「条件を認めてもらえれば公認魔法使いとしての特権をほとんど放棄しようと決めていますので、なんとか成功させてください」
そう言って深く頭を下げる直人にブノアは真摯に頑張りますという返事を返した。




