第十七話
「エリックー。あそぼー」
庭で薪を切っていると後ろから声が聞こえ直人は振り返った。すると、そこには直人の予想通り8歳くらいの女の子……サラが居た。彼女は直人が遊ばないと言わないと信じているようで大きな目を輝かせて「はやくはやく」とせかしてくる。直人も仕方ないと斧と薪を片づけると彼女に向き直った。
「少しだけだぞ? で、何して遊ぶ?」
「えへへ。やった! じゃあ、お話して! 前に聞いた悪の竜を倒す勇者の話が良いの!」
「あれか。なら先に居間に行って待ってろ。本取ったら直ぐにいくから」
「うん。 早くしてね!」
何が楽しいのかあはははと笑いながら走っていく能天気なサラを見て直人は溜息をついたが、その顔は笑顔の形に歪められていた。
エリック……いや直人とサラの出会いは今から1年前に直人がこの村にやって来た時から続いていた。ユピリスを出てから直人はしばらく死の森に1人で篭っていたが、そんな生活も半年ほど続けると人が恋しくなりおそるおそる森の外に出て来たのだ。そして、それから光魔法で髪や目の色を変え非魔法使いとしてギルドにエリックという偽名で登録し各地を旅していた。人と接して寂しさを紛らわす為に。だけれど、過去の悲劇を繰り返すことがないよう仲良くなり過ぎないように。その旅も半年ほど続いた頃にこのウアロテの村に直人は足を運んだ。
当初は1泊程度を想定していたし、長くても1週間もいることがないと考えていたがサラとの出会いが直人の運命を変えた。といっても、道端で転んで泣いているサラを見て、すりむいた膝の傷を持っていた消毒液と布を使って治療してあげただけだったが、何故かそれ以来サラが直人に付き纏うようになったのだ。最初はうっとうしく感じたが、久しぶりに自分へ向けられる何の含みも無い純粋な瞳が直人にとって心地よく、滞在期間を1日、2日、1週間と伸ばした末、最終的にこの村に直人は住みつくことに決めた。そして、村の人達も若い労働力が増える事を純粋に歓迎してくれ直人はこの村に正式に受け入れられた。
この村に住む事が決まると直人は村はずれに家を構える事を決め、村人の協力の下、1カ月ほどかけ直人の家は完成した。といっても、家を建てる話をした際に村の中に建てるように言われ、冒険者をしていたこともあるから狩りもしたいと森により近い村はずれに建てたいと説得するのに1週間ほど時間を要することになったのは直人にとっても予想外だった。それからというもの、直人は畑を耕し、森で鳥や獣を仕留め、サラと遊び、村人と酒を飲むといったおだやかな生活を送っていたのだ。対等な関係というものがいかにありがたいかという事実を噛みしめながら。そして、この生活を通して直人は1つの事を決めた。村人の前で魔法を使うのはやめようと。そうすればこの幸せな生活をずっと続けられるのだと。直人はそう感じたのだった。
ふと、物想いにふけっていると家の中からサラの急かす声が聞こえ、直人は苦笑すると駆け足でサラの下に向かった。待たせたお詫びに森で採ってきたカシュの実を献上しなければと考えながら。
「それでね。それでね。ユフィがすっごいの。こーんなに大きな芋を掘ったの!」
両手を大きく広げて芋の大きさを表現するサラに直人は思わず噴き出した。大きすぎだろと。だが、そんな直人の反応がお気に召さなかったようで彼女は頬を膨らまして言った。
「嘘じゃないもん。サラは嘘つかないもん」
「ごめんな? 疑った俺が悪かった。それで、その芋はどうしたんだ?」
「本当に信じたの? なら許してあげる。それでね。それでね。皆で話し合った結果、焼いて食べる事になったの。とっても美味しかったよ!」
本を読んであげた後、いつものようにおしゃべりタイムが半強制的に始まり直人はサラの話を聞かされていた。だが、サラ相手の相槌のうち方をマスターするまでの間は直人にとって大変であった。多少は落ち着いたとはいえ、まだまだ人間不信の気が残っていた頃は曖昧な返事や軽く頷くだけで留める事が多かったのだが、そうするとサラが怒りだすのだ。これでサラが大人であったのなら、利害関係を求めて来たのであれば直人にとって無視することも容易であった。だが、純粋な目で自分のことを見てくれる彼女をないがしろにする事もできず直人なりに恐る恐る彼女の要求に従った。そうしていく内に、少しずつではあるが以前のように普通に喋れるようになり、対人恐怖症も段々と解消されていった。本人も気づかないくらい少しずつではあったが。
それに、直人の心境に影響を与えたのはなにもサラだけではなかった。それは村に来て魔法を使わなければ1人で生きていけないという事実であった。農作業にしても建築にしても料理にしても魔法を使ってしまえば簡単に成しえたが魔法を使わなければ1人でできない事があまりにも多すぎたのだ。種まきや苗植えから始まって収穫に至るまで人と協力しなければ畑仕事さえ直人は満足にできなかった。そして、村人達に手伝ってもらい、そして当然のこととして村人達の仕事を手伝っている内に直人は気付いた。人は助け合わなければ生きていけないんだと。この世界に来てから忘れていたそんな当たり前の事を直人は今更ながら思いだした。
だが、直人が人と協力しなければといった気持ちが出てこなかったのも無理はなかった。この世界に来てからというもの直人は多くの自分1人で生きて来たし、ほとんど人の助力がなくとも問題がなく乗り越えて来ることが出来たからだ。それほどまでに魔法は便利すぎた。直人から人に頼るという思考を消し去るくらいに。それゆえに、そんな当たり前だけど大切な事に気づかせてくれたこの村に直人は深く感謝していた。彼らが気付かせてくれたからこそ今はこんなに幸せなのだと。目の前に無邪気にはしゃぐサラを見て直人はそう思った。
「収穫祭ですか?」
「そうさぁ。いつも年1回することに決まってるんだ。そういや、エリックが来たのは去年の収穫祭が終わったすぐ後の事だったなー。今年は楽しむと良い」
農作業が終り、村人達とお茶を伸びながら一服していると収穫祭に参加するように言われ直人は戸惑った。正直、収穫祭といっても何をするのか分からなかったからだ。文化祭みたいなものなのかとどこか的外れなことを考えながら何をするのか聞く。
「なに、普通にうめぇもん食って酒を飲んで歌って踊るだけだ。女どもは飯の用意を、男どもは広場で燃やす用の薪を集めたりと力仕事専門でするんだ」
「そうさー。皆と一緒にやれば簡単さー」
「だが、エリックは料理が上手いから炊事班に入った方が良いでねぇか?」
「それもそうだな-」
直人本人を置き去りに話が進み、話の成り行きを不安そうに見守っていたが最終的に直人は炊事班に配属されることが決まった。どうやら決め手は村の寄り合いで差し入れに持って行ったスープが美味しかったという実にくだらないものであったが。その理由のくだらなさに直人が苦笑するしかなかった。だが、村人の為に何かするということはこの温かい生活を提供してくれた人達に感謝の気持ちを伝える良いチャンスなんだと思い至り、直人は精一杯頑張ろうという気持ちになった。それにはまず皆の好きな料理を聞く所から始めないとなと考え、その場に居た1人1人に好きな料理を聞き始めた。直人のあまりの真面目さに男どもは笑いながらも好き勝手に料理の名前を挙げていき、直人は1つも聞き洩らす事がないように聞きとる。どこか滑稽ながらも、そこには間違いなく温かな空気が流れていたに違いなかった。
村の広場でキャンプファイヤーを中心に踊っている村人達の姿を遠巻きに見つめているとこちらに向かって走って来る足音に気付き視線をやると、そこにいたのはサラだった。直人の傍まで寄ると、サラは持っていた串焼き2本の内1本直人に差し出した。
「エリックも食べようよ! きっと美味しいから」
「ありがと。サラはやさしいな」
「そんなことないよ? 1人で食べるよりも2人で食べた方が美味しいもん。だから、エリックも食べないと駄目なんだよ?」
なんの疑問も持っていなさそうな笑顔を浮かべながら言うサラに直人はそうだなっと頷くほかなかった。そして、冷めない内に食べようと促され直人も串焼きにかぶりついた。殆ど調味料も使われていない素材の味が強調されていたが、それでも肉の鮮度が良い為か十分に美味しく感じた。
「もしかして、これティボー爺さんの炭を使って焼いたのか?」
「わからないけど、ティボー爺さんが焼いていたよ! それで美味しく焼けたから持って行きなさいって言ってくれたの」
「そっか」
売り物である炭まで使うとは収穫祭では皆奮発しているなぁっと直人は皆の祭りにかける情熱に感心する。それと同時に、剣で猪を狩って差し入れておいて良かったと安心した。1人だけ貢献しないとなれば、村の皆に迷惑をかけることになっただろうと想像しながら。直人が少し考え事をしていた為、無視されたと感じたのかサラがぷりぷり怒りはじめた。
「もう! エリックはいつもそうやって無視するんだから!」
「ごめん、ごめん。ぼぅとしてた。で、なんだっけ?」
「うん。エリックってなんでそんなにお菓子作りが上手いの? お母さんもすごいって言ってたよ。それに、とっても美味しかった!」
「ああ、食べたんだ? 美味しかったなら良かった。まぁ、何で上手いかというと昔はよく作っていたからかなぁ」
「昔? この村に来るまではお菓子を作るお仕事をしていたの?」
お菓子屋といった娯楽の要素が強い店など村にはなかったが、話には聞いた事があるらしくサラは全身から聞きたいといったオーラを出しながら直人に詰め寄った。あまり過去に良い思い出がない直人としてはあまり話したくなかったが、サラの期待を裏切るのも可哀想だと思い話す事にした。この時、直人は祭りの雰囲気にあてられていたのだろう。普段はサラに請われても話して来なかった自分の過去を少しとはいえ話す事にしたのだから。そして、思いだすようにぽつりぽつりと話しだした。
「お菓子も作っていたし簡単な料理も作っていたぞ? でも、俺がやっていたのはお菓子屋さんでも料理屋さんでもなく喫茶店という店だ」
「きっさてん? それはお菓子屋さんとは違うの?」
喫茶店という聞きなれない言葉を聞き、サラは首を傾げた。まぁ、ある程度以上大きな町や街にいかないとないから知らないのも仕方がないかと直人は思い簡単に説明をする。お茶を楽しむ店なのだと。あくまでもお茶がメインでおまけとしてお菓子や料理を出すのだと。
「だからエリックの淹れるハーブティは美味しかったんだね。」
「まぁ、練習したからね」
「じゃあ、どうして冒険者になったの? お菓子を作るのが嫌になったの?」
「そ、それはだな……」
子供ゆえの純真さで大人であれば踏み込んでこないであろう領域にサラはあっさりと足を踏み入れた。もし、サラが大人であれば直人は切れるか無視をしていたであろうが、幸か不幸かサラはまだ8歳の子供だった。ゆえに、直人は迷いながらも答えることにした。サラは理解できないだろうけど、話せば心の整理がつくかもしれないと考えて。
「んー。お菓子や料理を作ったりするのが嫌になったという訳じゃないんだ。なんていうのかな。よく分からなくなったから出てきてしまったんだ」
何を言っているのか分からないと疑問符を浮かべるサラに直人は謝りながらなるべく簡単な例えで言いなおした。
「簡単にいうと喧嘩したんだ」
「なんで喧嘩したの?」
「うーん。一緒にやっていた奴がな、俺の方を見てくれなくなったんだ。そいつの姉が会いに来てからな」
少し違うけど、大体こんな感じだと直人は話を纏めようとした。だが、今まで腕を組みながらうんうん唸っていたサラが直人の眼を見ながら言った。
「サラもね、似たようなことがあったの。弟のルイが生まれた時にお父さんとお母さんがルイにばっかりにかまって、サラとあまり遊んでくれなくなったの」
自分で言っていて昔の事を思い出したのか辛そうに顔を歪めたが、すぐにいつもの明るい笑顔に戻りサラは話を続ける。
「その時はすっごく寂しかったよ。でもね、お母さんもお父さんもサラのことを嫌いになったんじゃなかったんだよ。サラが1人で泣いていたらね、お母さんとお母さんが謝ってくれたの。サラのことを嫌いになったんじゃないんだよって。ルイが生まれて嬉しかったからルイにばっかりかまっていたんだって。だから、エリックの友達もきっとそうだよ。お姉ちゃんが来て嬉しかっただけだよ」
「……」
「それにね。喧嘩したらごめんなさいしないと駄目なんだよ。サラもね喧嘩したらごめんなさいってするもん。そうしてら、また仲良くなれるんだよ。だからエリックも友達にごめんなさいってしないと駄目だよ」
サラの言葉で直人は考えさせられる。サラの言う事は倫理の教科書にでも載ってそうな綺麗事だと感じたが、言っていることは正しかった。だが、それでもと思う。ただの喧嘩ではなくクラリスの裏切りだと。そこで直人はふと気付いた。本当に彼女は裏切ったのかと。
生き別れた姉に会いたいという気持ちを持っているのは普通だろう。自分であっても同じ境遇ならそう願うに違いなかった。そんな状況で会える可能性があるのならどんな手段でも頼ってみるだろう。その頼るべき手段がクラリスの場合は自分だったというだけの話ではなかったのだろうかと。そもそも、なんで自分がクラリスに利用されたと考えたのだろうか。そう、姉のエリアが来てから急にそっけなくなったからだ。いや、サラの場合と一緒なのではないだろうか。もう二度と会えないと思っていた家族と再会できたからそっちにばかりかまうというのは。
直人はそこまで考えて頭を振った。全ては推測で分からないと。クラリスが自分を利用する目的の為にずっとそばにいたのか、そうでないのか。ここで結論を出すことはできなかった。そんなこと考えていると背中に痛みを感じ後ろを振り向いた。そこにはサラが仁王立ちして、赤くなった手を涙目でさすっていた。その光景に直人は癒され、思わず笑みが零れるがサラははげましたにも関わらず馬鹿にされたと感じたのだろう、顔を真っ赤にしながら叫んだ。
「早くごめんなさいしてきなさい! 後になればなるほど言いにくくなるんだよ! サラもセシリーと喧嘩した時、すぐに謝らなくて後悔したもん。だから、エリックも早く謝った方が良いんだから」
「……そうだな。1度会いに行ってごめんなさいしてくるよ。それで話してこようと思う」
「うん。それでこそサラの舎弟だよ!」
「……せめて、友達にしてくれないか?」
「だめ。その友達と仲直りしてきた後だったら、友達になってあげる。それまでエリックは舎弟だよ」
確かに8歳の少女に慰められている時点で駄目だよなと直人は思い頷いた。
「じゃあ、その時は友達になってくれ。約束だ」
「うん、約束だよ」
そう言ってキャンプファイヤーの光を背に笑う彼女の姿はとても美しく感じられた。それは、直人が再びユピリスの土地を踏む1カ月も前のことであった。




