第一話
直人は気が付いたら真っ白な部屋でベットに寝ていた。彼は動かない頭なりに状況把握する事にしたらしい。周囲を見渡すと一面白い壁で覆われた部屋であり、ベット以外には何も無い所であった。広さでいえば高校のグランドの広さくらいあるだろうが壁以外には一切柱も無く、実物以上にその部屋は直人にとって広く感じられた。この不可解な状況に彼はしばし悩むが少なくてもここが病院では無く、また医療従事者もおらずナースコールも無い事から黙って寝ておくよりも起きた方が良いと判断したらしい。ベットの下に置かれていた緑色のサンダルを履くと起き上がった。
直人は、けだるそうにしていたが軽く頭をふりながら覚醒するのを待ちこの部屋の外へ出ようとした。だが、そこで直人は何かに気付いたらしく真っ青になる。思わずといった感じで直人は口からたわごとのように音が漏れた。。
「なぁ……なんでこんなにも俺落ち着いているんだ?こんな不可思議な環境に置かれたら普通もっと動揺すると思うんだろ……。少なくても焦るくらいはするはずだ……。だけど、今はこの状況に違和感を抱くだけで、何故か異常なくらい落ち着いているんだよな……」
直人の自分の漏らした言葉を改めて頭の中で検討しながら茫然した。不自然な空間での沈黙に耐えきれなくなったのか、直人は現状を確認するべく口に出してこの部屋に来る直前の状況をたどっていく。ただ、その口調はやはり不自然なくらい落ち着いており、恐怖といった物を感じさせるような事は一切なかった。そして、記憶をたどり修学旅行でバスに乗っていた事まで思いだしたが、その後の事は一切記憶になく直人は再び口を閉じた。その部屋唯一の人物が黙ったことで部屋に静寂が訪れるかと思われたが、その均衡を破る者が現れた。それは、透き通るようでいてしっかりとした芯を感じさせるような声だった。
「はい。その件も含めて貴方にお話しさせていただく事があります。とりあえずこちらに席を設けましたので、どうぞお座りください」
声のした方を向くといつの間にか何もなかったはずの空間に机と椅子があった。椅子が1つ用意されているのと反対側に座る彼は日本人ではあり得ない蒼い髪をしていた。そして、なごやかな雰囲気を出しながら直人が着席するのを静かに待っていた。普通であればためらうような招待であったが直人は多少のためらいを見せたもののすぐに座った。直人の着席を見届け彼は喋り出した。
「では御説明させていただきます。まず、ここの場所の名前ですがカシュテトリ王国首都サシュトスです。そう言っても分からないと思いますので、とりあえずは地球と隣接する異次元の惑星とでも思っておいてくだされば問題はありません」
理解が追いつかない直人は食い入るように男の話に聞き入る。男は少しでも直人が理解できるように間をおいて話を再開する。
「では、何故貴方がこの場所にいるかという事についての説明に移らさせていただきます。難しい原理等を省いて簡単に申し上げますと、貴方の乗ったバスが事故の衝撃で次元の壁を越えてしまい私達の惑星にたどり着いたという訳です。この辺りの御説明はのちほど詳しくさせて頂きますので現時点ではこれ以上の説明はご容赦ください」
直人が質問しようと口を開き書けるのを察した男は手でそれを制する。丁寧な仕草ではあったが何故か口を開く事がためらわれた様子で直人が黙りこむと男は1つ頷き説明をする。
「直人様におかれましては何かと質問があるとは思いますが、説明が終了し次第受け付けますのでどうか途中質問はお控え頂きたく存じ上げます。では、本題に入らせていただきます。まず最初に言っておかなければなりませんが、貴方を地球に帰す事はできません。もちろん、かといって殺すという訳でもありませんのでご安心ください」
いきなり言われた重大な事柄に直人は固まるが、男は要所要所で時間を置きつつも説明を続けていく。バスの事故で1クラスと添乗員や教師を含めた36人がこの惑星に迷い込んだ事。この現象を地球では神隠しと呼ばれている事。そして、1人2人であれば地球に帰す事もできるがこれだけの大人数であればあまりにも不自然であり、帰すと例え記憶等を完全に除去してもこの惑星の事が発覚する恐れがあるので帰せない事。過去にもこういった事は2度ほどあり前例に従い違う惑星や異世界に送り出す事に決まったと。
「ご安心ください。着の身着のまま送り出すという事は致しておりません。その惑星での常識や言語並びに貨幣を始めとした生活物資も供与致しますし、貴方が異端として排除されないよう髪や目の色を始めとした身体的特徴も希望があれば遺伝子レベルでの調整を致します。そして、制約はありますが望むものを与える準備もございます。この件については後ほど詳しく説明するとしまして、これまでの説明で何か疑問に思った点はございますでしょうか?」
男がそう言ってこちらの質問を答える体制に入ったものの、直人は中々質問に移れずにいた。そう、何から聞いて良いかもはや分からなかったのだ。だが、それでも聞かなければならない事が無くなる訳でも無く直人がおずおずとしながらも質問をした。
「何故、クラス全員では無く俺だけに説明しているんですか?それに、なんで俺はこんなに落ちついているんでしょうか?」
「はい。受け入れ先の都合によって分けられた結果です。これから異世界や別惑星によって暮らしてもらうと言いましたが全員同一の場所に行くという訳にはいかないのです。いえ、こちらとしては全員がそう望まれるのであればそうしてあげたいのですが少々問題が出てしまうので避けさせていただいております。これは、受け入れ側にとって望まれない状況を招くという事が1回目の事例にて判明いたしておりますので辞めさせていただいております。それゆえ、私達の惑星に迷い込まれた方々にはお一人ずつ御説明させていただいております。なお、直人様が落ち着いている理由というのは私達の習性に由来することです」
いきなり習性と言われてもピンと来ずぽかーんと直人はしていたが、男は僅かに苦笑すると具体的に言う。
「簡単に言えば、臆病・保守的・排他的と言った所でしょうか。正直、人の悪意が怖いんです。ですので、同一種族外の者と話す時は負の感情の働きを緩和する装置を動かさせていただいております。もちろん、説明をする前に暴れられたり混乱されたりするのをなるべく防ぐといった意図もございますが。他に質問は無いでしょうか?もし後ほど何か質問が出た際にはきちんと答えさせていただきますので今無理をして質問されることはありません」
そう言って男は直人をじっと見つめた。しばし時間を置いたが直人は質問することをせず男は話を続ける。状況把握が完全で無い以上ある程度話を聞いてからの方が質問しやすいと判断したようだった。
「それでは、他惑星や異世界についてのお話と参ります。どのような惑星や世界に行くかというのはランダムで決める訳ではございません。かといって全ての惑星や異世界の話をする訳には機密上参りませんが、おおよその希望から行き先を決める事はできます。魔法がある世界や超能力がある世界、もしくは貴方達が住んでいた地球のように科学が発達した世界と色んな世界がございますがどのような所が良いでしょうか。といってもすぐに決められるものではないと存じ上げますので簡単に説明した紙を用意しましたので、熟考の後決められる事をお勧めします。当然ながら、途中何か質問したい事があれば可能な限り答えさせていただきます」
男は直人にそれぞれ薄い冊子を渡し壁際に誘導すると、何も無かったはずの壁に扉が発生し彼らを誘う。その扉の先には会議室のような部屋であり、机に椅子、ソファ、ホワイトボードそして冷蔵庫まであった。男の説明によればトイレも別室に用意しており希望があれば、大声で注文するだけで大抵の物は用意すると言い、最大で3日間までであれば考えて貰っても構わないとだけ言って一礼すると退出していった。
部屋に残された直人はしばらくどうして良いか分からず呆然としていたが、部屋の壁に掛っていたタイマーが1秒ずつ減っているのを視認すると時間を無駄にすることはできないと悟り椅子に座る。手にとった冊子を軽く開いてみるとびっちり文字が書かれており、ページの下側に書かれている数字を見る限り300ページを越した。解読にどれくらいの時間を要するか正確には分からないが、1ページ1分で読んだとしても300分……つまり5時間はかかるという事に現状の困難さを感じいったらしく、直人は右手を頭にあてると疲れたような溜息をついた。起きてからずっと非日常な状況に身を置かれていたのだから当然だろう。直人は少し精神的に疲れていた……が、男がいった負の感情を抑制する装置のおかげかすぐに立ち直ると1ページ目をひらいた。
そう、直人にはこの冊子を読むしか有効な手立ては無く、なにより情報が欲っしていた。文句や現状に対する疑問はいつでも言う事ができるが、時間は有限である以上無駄な行動を取っている暇は彼にはなかったのだ。直人は冊子を読み始める前にこの読解作業は長引きそうだと思い、冷蔵庫まで行きペットボトルに似たものに入っている水とチョコレートを持ってきた。だが、持ってきた本人は微妙そうな顔をしている。
「ねぇ……これって食べられるのかな?」
思わず漏れてしまった自分の言葉に直人は苦笑してしまう。今更怪しい等と考える事さえどうかしていると。結局、直人は少しためらったものの、ペットボトルのような容器のフタを開け一口飲んだ。直人は味を確かめるが中身はミネラルウォーターのようであり特に異常は感じなかった。
「まぁ、現状がいまいち掴めないが今更ここに毒を入れる利点が考えらないからな。可能性が無い訳ではないけど」
直人は自分にそう言い聞かせるともう一口水を口に含んでから改めて冊子を開いた。とりあえず、一通り軽く目を通してから重要そうな部分を何度も見直そうと。そして、読み始めた冊子にはこんな事が書かれていた。
【まえがき】
行き先には色んな場所がございます。地球水準で言えば超科学と言われる技術がある世界から原始時代レベルの世界もありますし、同じように魔法や超能力が溢れる世界の技術レベルの差も多岐に渡ります。希望があれば無人の世界や人間族が居ない世界にも行く事ができますが2度とその世界から出られないという事には御留意ください。つまり、やり直しは効かないと理解していただければ問題がございません。
そして、色んな世界がございますが過去の事例分析で分かった事を述べさせていただきます。もちろんこれは情報提供であり強制する訳ではありません。まず、科学や魔法といった種類は問わず文明・技術レベルが一定以上の世界はお勧め致しません。このような場所であれば地球でいう所の戸籍等が厳格に管理されており、突然現れた人物には大変住みにくいかと思います。もちろん、後述のポイントシステムにより戸籍等の改竄を行うことも可能でありますが、このような世界だと追跡調査をされ露見する可能性が非常に高いのであまりお勧めはできません。
また、人間族が居ない世界も当然住みにくいかと存じ上げます。食料や植物をいくら持ち込んだ所で食べられる物は限られますし、下手をすると異端扱いで殺されます。もちろん、これもポイントシステムにより人外になられるという選択肢もありますが、この場合は精神的に病む恐れがありその可能性は低くないのでお勧めは致しません。
他にも全く生命が居ない世界に行きつくと孤独死に至るケースがあります。この場合は一種の自殺行為だと認識した上で選択されるのを除いてお勧めはできません。このように例を挙げ出せばキリが無いですので末尾に止めた方が良い世界はリストアップさせていただきますのでよろしければご参考にしてください。
さて、ではメインであるポイントシステムに移らさせていただきます。私達としましても侵略者であればともかくとして、迷い込んでしまっただけの者を最小限の食料や路銀を渡して異世界に送るといった事は望ましいとは考えておりません。ですので、一種の慰謝料代わりと言うと傲慢に聞こえるかと思いますが、貴方に物資を始めとした物を提供する用意がございます。
もちろん、過度の物資の提供をしてしまいますと行き先の世界バランスを崩したりする事も考慮いたしまして、一定の制限を設けております。そして1回目の方々がその制限のラインが見えにくいと仰っていた事から色んな物資や能力に関しましてポイント化をし、おひとり様1万ポイントまで自由に選んで頂く事ができます。ただし、先ほども諸注意として申し上げましたが人体改造系は命のリスクがあるものもございますのでその点は留意願います。なお、魔法を使えるようになる場合も人体改造となりますが、大抵の物に関しましては全くのノーリスクで改造が行えますのでご安心ください。それでは以下に示します内容をよく精査し選択して頂きますようにお願いいたします。
【目次】
食料系 P3~
物質系 P82~
魔法系 P139~
科学系 P156~
肉体系 P189~
その他 P215~
リスト P230~
(注)表一覧の中に示されていない物を御所望の場合は申告に応じて検討させていただきます。なお、申告に関しては無報酬で承っておりますのでご安心くださいませ。
直人は目次を読んだ辺りで顔を上げ、なんともいえなさそうな顔で苦笑をした。親切なのだろうが、あまりに滑稽な内容であった為どのように対処して良いか思いつかなかったらしい。そして、直人は苦笑しつつも早く読めそうだなと当初予想していたより楽になった事に喜びつつ、とりあえず目を通すかとだけ呟き再び冊子に目を落とした。
直人は机の上に置かれていたマーカーで気になった物資や能力にマーカーをしていき、特に重要そうな箇所には付箋をつけていった。そして読み始めてから2時間を過ぎたあたりで直人は冊子から目を上げると腕を組んで考え始めた。少しの間その状態で考えていたが机の上にあった紙とペンを手に取るといくつかの事を書き始めた。そこにはこんな事が書かれていた。
【現状について】
現状については一切不明。男が言っている事も冊子に書かれている事も事実か否かは確認できず。ただ、悪戯といった物にしては手がかかり過ぎているし、バスに乗った状態からこの場所まで人知れず連れてくることは困難なはず。俺自身特に資産家や権力者の子供という訳では無く得たいの知れない能力を持った人間では無いので人質としての価値低い。他にも夢等の可能性はあるが味覚も痛覚もある為現実と判断。とりあえず、現実であるならば彼の判断に従っているのが最善。
【異世界トリップについて】
正直な所、ありえないと判断するが現時点では本当の可能性がある事を考慮に入れて考えるべきと判断。この部屋に入ってくる時、突然壁に扉が現れた事等日本では技術力的に困難なものもあった為、異世界トリップもできる可能性があると判断。もし事実であれば真面目に考えないと後ほど大変な事になる可能性あり。
【行き先】
高度な文明であれば下手すると異世界人という事が分かり実験体や人間扱いをされない可能性があるので当然避けるべきという注意書きの内容には同意。こういった注意事項やリストの内容を勘案した上で、中世レベルの惑星や異世界が望ましいと判断。その上で、文明のレベルから護身の必要性を強く感じる為、一定レベル以上の権力と実力が必要とされる。なので、魔法や超能力を使えれば権力者になる事ができる世界を選択。魔法等に関してはポイントシステム等と検討。
【ポイントの使い道】
世界の選択次第で変わるが、超一流魔法使いや超能力者になる事は可能。だが、あくまでも超一流レベルどまりな為他にも保身等の要素が必要。後ろ盾や知り合い友人等一切居ない事にも注意。
冊子を見ると、ポイント無しで与えられるのはその大陸や周辺国家に対して一般人が知っているレベルの常識と最初に行く国の言語。言語の問題で他国に逃げられない事は死活問題である為、複数の言語をポイントで入手する必要あり。なお、迂闊な行動を避ける為、その国の国教に関しての知識も必須。
見た目と身体能力においてもポイントを使用する必要あり。異世界人らしく無い目や髪の色に変更する必要あり。また、医療レベルの事からウイルスに対する耐性や回復能力の肉体強化は必須。
その他にも……
直人はとりあえず気になった項目を書きとめると既に部屋に入ってから10時間以上入っている事を壁時計で確認すると、頭が動かなる事を懸念して一旦休息を取る事にしたらしい。ベット脇に置かれていた目ざましを6時間後にセットすると眠りについた。
直人は目ざましの音で覚醒すると、まだこの部屋に居るのかと溜息をついた。寝て起きたら夢だったという落ちを期待していたが見事に裏切られた形になったので少しショックを感じた様子だ。ただ、これが現実であれば時間は有効に使わなければと思い立ち、冷蔵庫に入っていた栄養食品らしき物で腹を満たす。直人は手早く食事を済ませると前日書いたメモと冊子の内容をしばらく見ていたが、何個か未検討項目が残っていたので検討しはじめた。
これから何をして働くかな。少なくても農村で農民として受け入れられるのは難しいだろうし、技術があったとしても都会でいきなり職に就けるかは分からないのは確実だ。技術伝承されているような職業にはよそ者が付けるは限らないのは当然として、簡単に店を出せるかも不明だ。そして、行き先についてある程度の希望を出す事ができるが、具体的に特定の惑星や世界は選べない以上今後どうなるか断定はできない。であれば基本的に取る道は1つしかなかった。
やっぱりギルドで冒険者になるか、それとも傭兵や用心棒になるかしか選べない場合も多そうだよな……。となるとやはり魔法をある世界が最善か。大型の生き物や人を殺した経験は無いし……中世レベルだと戦争以外にも獣の襲撃という事もあるだろうから戦いからは逃げられないだろうしな……。だとしたら、直接剣や拳で殺すとなるとためらう恐れあるし……まだ魔法の方が躊躇なく使えそうだしな。
まぁ……魔法世界で決まりだな。当面は、ギルドや冒険者で稼ぐ方向で行こう。その為にも一流の魔法使いになるのは必須だな。権力を得る為にも選ばれた者にしか無い技能というのは重要だろうし……。
なるべく魔法や身体能力にポイントは振って……残りは知識を得よう。物資は本当に1週間くらい生活できるレベルに留めるか?いや……この辺りの調整は今後の生活にももろ関係あることだし慎重に考えるか。あぁ、そうなると魔法の種類で世界をある程度狭める必要があるか……。
直人は世界毎に存在する魔法の属性が違う為、どの魔法の属性がある世界が良いか冊子を開いて検討し始めた。そして、彼は希望する魔法属性とギルドがあるという事、そして魔王がおらず魔法使いが優遇されているという条件で1つの世界群を選んだ。
その世界群に該当する惑星は無く、1つの異世界があるだけだった。その世界の名はナハルといった。
男は直人の希望した物を機械に打ちこみ終えると確認作業に入った。すると直人の目の前に光のパネルが表示され彼が希望した内容がパネルに表示される。直人はパネルを見ながら男がパネルの内容を読みあげる声に耳を傾けた。
「では最終確認に参ります。火・風・土・水・光属性の魔法の素養をご希望ですね。その上で魔法使いのランクはA3……筆頭宮廷魔法使いレベルで特に回復魔法・情報収集魔法・緑魔法・結界魔法に秀でている事が条件と。その上で、身体能力の向上・髪や目の色並びに身長等の調整で特に自然回復力の強化を重点的に行うと。その他の重点項目としましては、複数国家の言語並びに魔法言語の習得と現地で育てられる植物セット並びに魔法使いに必要な武装セットですね。他に些少な点を含めますともろもろありますが、目の前に一覧表として表示している内容と照合して間違いなければその旨お知らせください」
今後の事が掛っている為、直人は慎重に何度も事前に決めた内容と違いが無いか確認した上で頷く。すると男は満足そうに言った。
「はい。ではこれにてポイントシステムの活用が終了しました。次に目覚める時は異世界だと思いますのでその点ご了承ください。その時には頭にその世界の常識を始めとして先ほど望まれた内容は全て分かるようになっているとは思いますが、一応簡単にご説明させていただきます。もちろん、希望されないであれば説明を飛ばしますが……どうなさいますか?」
「聞くから説明して欲しい」
直人の方を見つつ男が聞くが彼は即答した。いきなり異世界に行く事になったのだ、少しでも情報を得る機会を無駄にはできないのだから当然とも言える反応であった。
「では説明させて頂きます。魔法属性は御存じでしょうが、火・風・水・土・光・闇の6種類です。そして樹様が望まれたような属性の組み合わせ次第では植物の育成等を強化するといった事も可能ですので細かく分類すると100種類を越えます。したがって、国によってはこの6種類の分類をしていない所もございますのでご注意ください。また、ギルドがあり魔獣もおりますが魔王等はおりませんし、魔王を殺すといった意味での勇者はいません。概略とすればこのような点となりますので、詳しくは知識に入っていますので御自分でご確認ください」
それだけ男は言うと立ち上がり、会議室への扉とは逆側の壁に向かうとまたそこに扉が現れた。そして、その部屋にはカプセル状のベットが用意されており、直人が促されるままに寝ると透明のフタがスライドしカプセルは密閉状態になった。その事を男は確認すると直人に向かって言う。
「それでは次目覚めた時は、希望通りの森の中となっております。なお、初期サービスとして3時間は物資の確認もあると思いますので結界で覆わさせていただきます。それと負の感情を感じにくくする装置の影響は1カ月ほど続くとは思いますが、人体や精神には一切影響を残しませんのでご安心ください。最後に何か質問がありますか?」
男が首を傾げながら聞いたので、直人は今まで思いつかなかった事が不思議なくらい重要な事を聞く。
「なんでそんなに手厚くしてくれるんですか?そちらの立場からすれば処分しまった方が楽だと思うんだけど」
「かつて同じ星に住んでいた生命だからですよ。貴方がたの世界では私達はホモ・エレクトゥスと呼ばれている存在で既に滅亡したと言われていますが、自分達で造った新たな惑星に旅立っただけでこの通り生きております。ですので、いくら袂を別ったといっても同族意識という物があったりしますし、巻き込んでしまったという気持ちもございます。よって、可能な限り穏便な方法で問題を解決したいと考えこのような方法を取らせていただいております」
その他に質問がない事を確認すると男はスイッチを押した。その瞬間直人の意識は消えた。
直人は気付くと森林の中にぽっかり空いた10メートル四方の空間の中に居た。本当に異世界に来てしまったのかと、心のどこかで夢やどっきりだと信じていた事が甘えだったことを知り落ち込んだ。しかし、今現在展開されている結界は3時間しか持たないと言う事と、ここは獣が出る森の中である事を思い出し現状把握に努める。
手や髪の色そして自分の身長や肉付きの変化を軽く確認すると、事前の注文通りに直人は金髪の白人でとなっていた。事前にどの世界に行くかわからなかったので髪の色は現地で一般的な色と指定した事から金髪となり肌の色も白色となったらしい。瞳の色も現地指定でお願いしたが、その時直人の脳裏には眼の色についての常識が浮かんできた。眼の色は魔法使いの魔力量によって変化すると。初めて脳裏に浮かんできた情報に直人は驚くが、知識が与えられるという事はこういうことだったのかと納得する。そして、その知識によれば直人の瞳の色は魔力量的に蒼色である事が推定された。
魔力量をある程度偽るつもりであった直人は少しショックを受けたが、その途端偽る方法がいくつか浮かんできた。直人は偽装する方法はいくつか存在する事が知れたので、とりあえずは問題を先送りにする事にしたらしい。先にしなければいけない事があるからだ。その理由は簡単で、直人は人里離れた森に送ってくれるように頼んでいたからだ。
今の直人はいわば優れた言語翻訳機と様々な情報を網羅した電子辞書を持った状態である。いきなり人と接してしまえばぼろがどれくらい出るか分からない。なので、直人は人里離れた森に転移してくれるように頼んでいた。もちろん、獣等に襲われる事を考慮した上で。理由は簡単である。不審者として認識され手配書でも出されてしまえばその時点で一カ国や一地域かは分からないが動きにくくなる。そして、直人の過去の経歴を調べた際にはそこにたどり着いてしまうのだ。直人はその事を非常に恐れていた。
別に直人は英雄志望という訳でも億万長者となって贅沢する事を望んでいる訳では無かった。ただ、人権が一定以上守られた状態で命のリスクをなるべく低くするように生きていく事である。良くも悪くも平凡であった。故に、異端となるリスクは減らす事を望んでいた。その事が十分な準備期間を得る為に森に転移を望んだ理由であったが、早くも直人は後悔し始めていた。
何故なら、ここは【死の森】と呼ばれる魔獣が多くする森だったのだから。そして、彼は計画通りに早く拠点を作らなければ死ぬと確信した。よって、直人は脳内から魔法の使い方、特に結界の張り方についての情報を検索し始めた。3時間という初期結界のタイムリミットが来る前に結界を張れるように。明確な死から逃れるように。ただ、この彼にとって不幸な状況の中で一つだけ彼にとって喜ばしい事があった。負の感情を抑制する装置の影響がまだ残っていた事だ。もっとも、こんな状況に巻き込まれた時点で幸福も不幸も無いといっても良かったが。