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まくあい②

 水汲みも畑仕事も餌やりも言われたことはなんでもしたのに。ご飯があまり貰えなくても殴られても罵られても言われた事はなんでもしたのに。一生懸命寝ずに頑張って働いたのに泣いてお願いする私と姉に構う事なく両親は奴隷として私達を売った。役立たずの穀潰しはいらないと。なんでそんなことを言うのか分からなかった。姉も私も言われたことは何でもやったのに。一番上の姉様みたいに美人じゃないから? 村長の息子に気に入られなかったから? それとも兄様みたいに重いものを持てないから? 分からない。いくら考えても分からなかった。こんなに家族のことを愛しているのに、なんで家族と離れ離れにならないのか分からなかった。奴隷として売られた意味はよく分からなかったけど、ただ家族と一緒にいられなくなったということだけが悲しかった。だって、父様が『もう二度とお前らとは会う事はねぇ』と言ったのだから。きっと、もう二度と家族とは会えないと幼い私にも分かったから。そして、その日から私の奴隷としての人生が始まった。


 奴隷になってからはまず最初に文字を覚えさせられた。文字は行商人のおじさんの商品とか何度か目にすることはあったけど村ではほとんど見たことがなく、すごく難しかった。でも、早く覚えないと痣にならないように何度も何度も鞭で叩かれることになったし、ごはんが貰えなかった。だけど、お父様に殴られる方が痛かったし、お母様に食事を抜かれる事もよくあったのであまり辛くはなかった。むしろ、奴隷の皆と一緒に眠れるから夜凍えることがない分だけ家よりも過ごしやすかった。それでも私は家族と一緒にいたかった。どれだけ辛くても構わないから。


 簡単な文字の読み書きができるようになってからは少し勉強の内容が変わった。ご主人様や派遣先の雇用主への挨拶の仕方や謝罪の仕方といった奴隷の心得というお勉強。謝っている最中に少しでも頭を上げてしまえば鞭で叩かれた。這いつくばって謝っている時に教官に頭を踏まれてうめき声をあげてしまったら黙ってろと言われて鞭で叩かれた。そうしたお勉強も教官の奴隷として少しはマシになったと言われて終りを迎えた。このお勉強で私が理解できたことは命令は絶対で、奴隷には何もする権利がないということだった。だけど、この時の私はまだ幸せだった。勉強中は別々でも、寝るだけの狭い部屋にいけば姉様と一緒に寝れたのだから。だけど、そうした幸せな日々も終りを迎えた。それは、奴隷として働きに出ることが決まった翌日からのことだった。


 派遣先に行って朝から晩まで働いて奴隷館に眠りに帰って来たけど姉の姿はどこにもなかった。翌日もそのまた翌日も姉の姿は見えなかった。仕事は実家でやっていた事よりも楽だったし、途中で殴られることもなかったからあまり大変ということはなかったけれど姉に会えないということが辛かった。結局、姉に会えたのはそれから1カ月経った日に姉が派遣先から帰って来た日のことだけだった。それからというもの、私か姉のどちらかが派遣先で寝泊まりすることが多くなって来て私と姉が会うのは3カ月に1度ほどになってしまった。それでも、いままで会えなかった分も補うように私と姉は抱き合って眠りについた。幸せだった。だけど、そんな幸せな日々でさえ長く続かなかった。私が10歳になった時、姉がフレデリクという貴族に買われてしまったからだ。そして、その日から私はひとりぼっちになった。


 姉がいなくなって寂しかった。でも、休むことなんて許されないし別に今まで休みというものには無縁だったから休みたいという気持ちも湧かなかった。だけど、ある時思いついた。教官曰く、姉は一生懸命働いて優秀だったから買われたと。そうか、優秀だったら私もフレデリクという貴族に買ってもらえる。そう考えてからは、今まで以上に一生懸命に働いたし、領主館に帰ってきてわずかな時間でも残っていれば教官に本を借りて勉強した。一生懸命頑張った。フレデリクという貴族に買ってもらう為に。だけど、勉強をしていくうちに、色んな話を聞くうちに私は理解していた。同じ人に買ってもらえる可能性が低いということを。それでも、私はそんな考えを無視した。唯一の家族である姉様にいつか会えると信じて。決して叶う事のない夢物語の実現を。


 そして、私が12歳になった時、夢はかなわないものだと教えられた。直人というご主人様に買われたという現実をもって。ご主人様が決まってから引き渡されるまでの3カ月の間は仕事もせずにご主人様について勉強することになった。ご主人様がどんな人なのかを。といっても、ご主人様はこの街に来てから日が浅いらしくあまり情報がないそうだ。分かっている事は神眼を持った凄腕の魔法使いであることと冒険者としても優秀だということ。特に薬草採取にかけては評判が良いらしい。あとは、どんな食べ物を食べたとかそういった情報を分かる度に聞かされた。正直、意味があるかは分からないけど、覚えなければ殴られるということもあり条件反射で覚えようとしてしまったし、実際に好きな食べ物の傾向が分かった。どうやら、パスタと果物が好きなようだった。両方とも食べた事がないからどんな味をしているのかは分からなかったけど、見た事くらいはあったからどんな食べ物かは分かった。




 そして迎えた私の受け渡し日、知らない奴隷が2人連れてこられた。どうやら、私と一緒に売られるそうだ。名前はコレットとソフィーヌというらしい。私は面識がなかったが2人は以前から知っているとのことで比較的仲が良さそうだった。これから一緒に働く仲間だからできれば仲良くしたいと思った。少なくても仕事の邪魔にならない程度には仲良くならないと嫌がらせを受けることもあるから。奴隷同士ではめったに無いといっても可能な限り諍いはない方が望ましかった。簡単に自己紹介といっても名前と年齢くらいのことだけど紹介をしあった。2人とも私と同じ12歳だという。といっても正直予想はついていた。教官曰く、ご主人様は12歳くらいの処女を買いたいといったそうだったから。やはり、そうだったんだという程度の感想しか湧かなかった。奴隷にどうこういう権利なんてないのだから。


 今から受け渡しだからといって、水浴びをさせられて今まで着た事もない綺麗な服を着せらせて馬車に揺られてご主人様の待つ館までやって来た。何もかも始めての体験だったけど、ご主人様に嫌われたらどうしようという思いで一杯で驚いている余裕なんてなかった。もし、気に入られなかったら拷問まがいのことをされて殺されると聞いていたから。なんとしても嫌われることだけは避けないといけない。そう思って、今まで教わったご主人様の情報を一生懸命復習していた。もし、死んでしまったら本当に二度と姉様に会えなくなるんだから。あんな最低な両親はもう見たくもないが、あの優しい姉様にだけはどうやっても会いたいから。




「はじめまして。知っているとは思うが俺の名前はナオトという。貴族ではないので家名も無いし、商人でもないので特段名乗っている商業用の名前も無いので来客が来たとしても一々使い分ける必要はないからその点は安心して欲しい。何か分からない事があれば随時説明するからいつでも聞いてほしい。それで、プラチナブランドの君がクラリスで、栗毛の君がコレット、金髪の君がソフィーヌで良かったかな?」


 ご主人様に引き渡されて初めて対面した時にご主人様が言われた言葉はすぐに私に響いてくることはなかった。率直にいえば、こいつ何言ってるんだろうと思った。奴隷に挨拶を、しかも丁寧な言葉遣いでしてくるなんて私の理解を越えていた。そして、コレットとソフィーヌも私と一緒だったらしく固まっていた。だけど、奴隷としてご主人様の質問に答えなければという一心でなんとか返事をすると、2人も私に続いて返事をした。幸い、返事が遅かったことが怒られる事はなく罰せられることもなかった。でも、その後の驚きを考えればかえって怒られていた方が楽だったのではと私は思った。だって、奴隷1人1人に貴族様の子女が住むような部屋が提供されたのだから。そして、その後も奴隷には豪華すぎる食事が出されたりと驚かせられ続け私達は相当疲弊してしまった。だから、食事が終り部屋に戻ると、部屋の隅にうずくまりすぐに寝てしまった。絨毯を汚さないように気をつけながら。もちろん、ベッドを使おうなんていう考えは最初からなかった。


 それからの日々は本当に初日に驚いた事が嘘みたいになるくらい驚きの連続だった。破れるどころか汚れさえない新品の服、温かい食事、ふかふかのベッド、気持ち良いお風呂とありえないくらいに良い生活だった。もちろん、最初は怖くて使えなかったけど使う用に命令してくださった。そして、日々私達のことを心配して見守ってくれていた。だから、私達奴隷はご主人様の機嫌を損ねないように日々気を付けた。嫌われて殺されたり転売されて違うご主人様の下で働くなんてことを避けるために。命令に背かないように、命令を忠実に実現するように、徹底的に厳守することにした。


 料理やお菓子の作り方を覚えたり、家事の仕方や館にある魔導具の使い方などを必死に学んだりといった生活を続けていたのだけど、ある日から教えられる内容が少し変わった。法律の内容や領主館での手続きの方法といった奴隷とは無縁の事等が教えられるようになった。いきなり教えられる内容が変わった事に困惑せずにはいられなかったけどご主人様に疑問をぶつけることもできず、ただひたすら一生懸命学んだ。無能といって捨てられないように。この幸せな生活をもう私は手放すことはしたくなかったから。そして、いつか姉と一緒に暮らすまで死ぬわけにはいかなかったのだから。




 だけど、幸せというものは願っていても続かない。かつて、家族と一緒に居たいと言っても奴隷として売られたように。せめて、姉様と会いたいと願ったのに離れ離れになってしまったように。この幸せな生活も終りを迎えそうになった。そのきっかけは、ご主人様のある一言であった。明日、私達を奴隷から解放すると。言葉にしたらわずかなものだったけど、この幸せな生活が終りを迎えるには十分すぎる言葉だった。


 でも、1つだけ私にとって幸運なことがあった。それは、一晩という猶予をもらえたことだ。コレットやソフィーヌは解放を喜んでいたみたいだけど私は奴隷のままでもこの生活を続けたかった。それに、平民として暮らしていても親に売られるほどなのに奴隷階級から解放されたとしても良い生活ができるとは到底思えなかったからだ。だけど、私にはここに留まるだけの理由がもう1つあった。姉様にもう1度会える可能性があるとしたらご主人様に頼らなければ無理だろうから。もし仮に、奴隷階級から解放されて姉様を買えるだけのお金を奇跡的に貯める事ができたとしても相手は貴族で会う事すら難しい。そして、売ってくれと交渉しても応じてくれる可能性はもっと低かった。そう、私が姉様に会える可能性があるとしたらご主人様の寵愛を受けることくらいしか想像できなかった。ご主人様は神眼を持った優秀な魔法使いなのだから。私と違って貴族と会うくらいであれば可能に違いないんだから。だから、私はこの館を、ご主人様の下を離れる訳にはいかなかった。たとえ、一生奴隷として終わるとしても。


 勇気を振り絞って私は言った。


「あの、奴隷から解放された後使用人として雇ってもらう事はできますか?」


「いや、使用人は当面雇うつもりが無いので不可能だ。なので、働き口は自分らで探して欲しい。当面の資金として金貨20枚与えるので節約すれば1年以上生活できるから安心して次の職場を見つけてくれ」


「な、なら! 私は奴隷階級からの解放を望みません!」


「は?」


 私の申し出にご主人様どころかコレット達も驚き、私の顔を見てきた。緊張で手どころか身体全体が震えそうになったけど我慢してご主人様の眼を見つめた。普段は優しそうに、そして心配そうにこちらを見つめてくださっているその目も今日ばかりは動揺の色がにじみ出ていた。


「この機会を逃せばもう二度と奴隷階級からの解放は無いが、それでも解放を望まないというのか?」


「はい」


 訳が分からないといった様子でご主人様が問いかけてくるが、私の意思は変わらなかった。ご主人様には分からないかもしれないけれど、並みの平民以上に快適な生活を提供してくださっているのだ。そして、ある程度の自由も。御自分がどれほどのことを私達にしてくださっているのか理解していなかったからだろう。あのように驚かれたのは。それに、私が姉様を助けたいと思っていることはご主人様は知るよしもなかったのだから。そんなことを考えながらご主人様の眼を見つめていると急に息苦しくなり全身に痛みが走った。


「ぎゃぁぁああぁぁあああ」


 痛い痛い痛い痛い痛い。ただそれだけしか考えられず倒れ込んだ。身体を床に打ちつけてしまったがそんなことなど気にならず、ただ私は痛いということしか考えられなかった。そして、酸素を必死に求めた。永遠に続くかと思われた息苦しさと痛みが急に引いていき、急いで呼気を整える。そこで初めて服従の首輪が発動したのだと気づく。今までご主人様に恵まれていたおかげで一度も使われることがなかったそれなのだと。自分の幸運さを再度噛みしめながら顔をあげてご主人様を見つめなおした。自分の意思は変わらないという強い気持ちを込めて。


「奴隷階級というのは主人の気分1つでこんな事をされるのも日常茶飯事だ。それでも奴隷階級からの解放を望まないというのか?」


「は……はい。望みません」


 流れた電流のせいか、締まった首輪のせいか声を出しにくかったけれど私の意思はきちんと伝えられた。さきほどまで変更して欲しいといってこちらを見つめ返していたご主人様はついに諦めたように溜息をしてから言った。


「そうか。ではクラリスに関しては帰って来てから話をしよう。では、コレットとソフィーヌついてきなさい」


「は、はい!」


 館から出て行くご主人様の後ろ姿を見送りながら私は思わず微笑んでしまった。




 領主館から帰って来たご主人様に奴隷階級から解放された時の問題点を説明し奴隷でいることを許してもらえた。ひどい両親のことを中心に。ただ、私の助けたい愛すべき姉様のことは死んだと伝えて。それは寵愛を受けた時に初めて言うことだから。それまでは私の胸の中に留めておく必要があったから。だけど、翌日、ご主人様に説得されて結局私は平民になることに決まった。でも、ご主人様に雇っていてもらえるし、今までの生活が続けられるので問題はなかった。私にとって重要なのはこの館での生活を続けることと直人様と一緒に居る事なのだから。

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