第十二話
商業ギルドから来たトマと名乗る男は直人相手に熱弁を振るっていた。最初は、いつもの勧誘かとあまり熱心に相手にしていなかった直人であったが、彼の要求を聞き態度を変える事になった。その彼の提案とは、食料供給に携わってみないかという魔法を有用に使えるものだったからだ。直人が興味を示した事に気付いたようでトマは勢いづいて説明をする。
「もちろん、畑を耕したり、種を蒔いたり、収穫したりといった雑事はこちらで用意した使用人にやらせるんで! 直人殿には作物の成長だけをして頂ければ良いのです!」
「悪くない条件ですが……具体的にはどのような作物を想定しているんですか? 作物の種類によって使用する魔法が違ってきますのでなるべく詳しく知りたいのですが」
「やはり麦が中心となります! それと、調味料やハーブも欲しいです! あとは、主要な野菜とかも」
具体的な作物の名前を列挙し出したトマを尻目に直人は考え事をしていた。これは、自分が魔法使いとして皆の役に立つ良い機会なのではないだろうかと。能力を持った者の責任といったもの中心に考え事をしていた直人にとって彼の提案は魅力的なものであった。この街、ユピリスは4年程前に起きた植物を介して起こる疫病の影響で食料生産の能力が相当低い物となっており、他の街と比較しても食料の価格が高くなっていた。そして、この問題はただの食料価格の高騰だけでは無く農家として働いていた人の失職にも繋がっていたのだ。だが、直人がトマの提案を受ければこの問題は大きく前に向く事は確実だった。
「もちろん、取り分に関しては勉強させていただきます! 種や農具それに人件費とかの経費を引いた後の利益に関しては、直人殿が8割で私どもが2割を予定しています。何か他に要望があればかなえさせて頂きたいと思いますが、何かありますか?」
直人がぼぅと考え込んでいる内に話が進んでいたらしく、話は終盤に差し掛かっていた。トマの言葉を反芻しながら、直人は考えを纏めように言葉を紡ぐ。
「言われた作物であれば多分大丈夫です。試した事も無いものも多いので簡単に実験は必要となりますが。ただ、少し気になる点があるのですが質問してもよろしいですか?」
「どうぞ! どうぞ! なんでもお聞きください!」
なんとしてでも商談を成功させてやるといった様子で、身を乗り出すトマに若干ひきつつも直人は質問をすることにした。
「緑魔法ってあまり一般的ではないのでトマさんがどのような認識を持っているか分からないのです。トマさんはどの程度のものだと考えていますか?」
「えーと、直人殿は神眼をお持ちになられていますので広めの畑を基準にすれば1枚はいけるかと考えています」
トマの緑魔法に対するイメージを聞き、直人はどう言えばいいのか悩む。どこまで本当の事を話すべきかと。ポイントで獲得した緑魔法の知識があれば直人が偽造している第10階位の神眼持ちでもトマの言う3倍の事は可能であったからだ。しかしながら、数少ない魔法使いに農業といった一般人でも出来る事をさせようとする国はほとんど無く、研究されることも稀であった。ゆえに、トマの認識も決して間違ったものとは言えなかった。だからこそ、直人は結論を決めかねていた。ここで自分の実力を明確にすればすごく目だってしまう事は明らかであったからだ。だが、黙っていては人の役に立つという可能性を自分自身で潰す事になりかねないと直人は腹をくくった。
「私の専門は緑魔法なので、その約3倍はいけると思いますよ。今まで、薬草の育成や調合それに緑魔法の術式の研究とかばっかりやってきましたので」
「おぉ! それは本当ですか!?」
「はい。もちろん、実際に試してみる必要があるとは思いますが。ただ、それゆえに心配があるんです」
いきなり商売の規模が3倍になりますよという話を聞かされトマは興奮しながらも直人の話を促した。どんな心配事であろうとも解決してみせようと意気込みながら。
「他の農家に与える影響が心配なのです。どんな作物でも早くて3カ月、長ければ1年かかるものを1日で生み出してしまうんです。言ってしまえば、他の農家の90倍から365倍の生産能力を誇ってしまう訳です。その作物が市場に流れれば他の農家の人にダメージを与えてしまいそうで……」
直人の疑問に、トマはもっともですと肯定した。だが、事前にそのような問題は想定された事であり、彼は用意していた解決策を提示した。
「もちろん、市場の動向は見極めますよ。十分に供給されている作物については作る事がありませんのでご安心ください。それに、ユピリスは外部からの輸入に頼っているのです。それらの作物は割と遠い所から来ているものも多く、輸送費や護衛費が値段の大部分を占めるんです。そうなってしまうと普通の稼ぎの平民では満足に食料を買う事ができないという事で領主館の方が補助金を出し食料価格の統制をしています。ですので、もし直人殿が多量に作物を作られたとしても平民の方にも領主館の方にも喜ばれますし、農家の方も近場で売り口を見つけられるかと思います。冒険者の方も他に仕事はいくらでもありますし、困る方はいません」
「なるほど……」
自信満々に胸を張って言いきるトマの態度に直人は安心した。これだけ計画性がある人であれば問題を起こさないだろうと。だが、たった1人の人間を無条件に信じ失敗してしまえば自分の身の破滅にも繋がりかねないと考え、直人は保険かけることにした。
「トマさんの話には乗りたいと思っているのですが、やはり食料供給の話となりますと領主館の方にも一度お伺いを立てておいた方が良いと思うんですよ」
「ええ、それに関しては問題ありません! こちらの方から連絡をしておきます!」
「お願いしたい所なんですが、領主館の方に薬草を供給している事もあり担当者の方には私から話す必要があると思うんです。ですから、トマ殿も交えて3人で一度話し合いたいと思っているのですが、いかがでしょうか?」
「こちらとしても問題ありません! 日程が決まり次第知らせて頂ければいつでもお伺いします!」
まだ領主館の方との交渉が残っているとはいえ、直人との商談が纏まった事に喜びながらトマは何度も何度もこれからよろしくお願いしますと頭を下げた。直人も苦笑しながらではあったが、こちらこそと頭を下げた。この話が纏まれば、こんな自分でも人の役に立てるんだよなと考えながら。
直人の呪文の詠唱が終り、緑魔法が行使されるや否や、土色だった地面が一瞬で野菜によって覆われた。お疲れ様ですといった周囲の声に軽い会釈で応じながら、直人はせっかく作った野菜を踏まないように慎重に畑の中を歩いて行く。直人が畑の外とすぐにそこで待っていたトマが手に持った飲み物を渡しながら話しかけて来た。
「本日もお疲れ様です! これ、直人殿が先日仰られていたミックスジュースです!」
ありがとうと言いながら直人はトマから飲み物を受け取ったが、すぐに飲まずにその液体を見つめた。一体どんな味がするんだろうかと。だが、トマがキラキラした目で感想を聞きたそうにしているのを見て直人は覚悟を決めて口を付けた。
「……おいしい……」
「そうでしょ! そうでしょ! ってそんなマズイ事が前提みたいな驚き方しないでくださいよ!」
ぷりぷり怒るトマをなだめながらも直人は苦笑した。数日前までの微妙な味のミックスジュースの出来栄えから考えれば仕方ないだろうと。そもそも、トマがミックスジュースを作り始めたきっかけは、直人が農業に従事し始めた日にトマが差し入れたエールにあった。一仕事終えたとはいえ、まだ朝といえる時間に酒を飲む事に抵抗があった直人は次からはノンアルコール飲料にして欲しいとトマに頼んだ。そして、次の日からは直人の要求が受け入れられ果物のしぼり汁……現代で言う所のジュースが出されるようになったのだが、今から5日ほど前にせっかくだったら混ぜて美味しい組み合わせ見つけられたら良いのにと直人は言ってしまったのだ。その言葉を聞き、トマは翌日からミックスジュースを差し入れるようになった。もちろん、自ら言いだした直人に断るという選択肢を選べるわけも無く今日まで微妙な味のミックスジュースを処理し続けて来たのだが、本日その成果がようやく報われたのだった。
「それよりも、明日の作業現場はどのあたりになりそうですか?」
出す前に私は試飲を兼ねてこの10倍は飲んでいるのにとぶつぶつ言っていたトマだったが、仕事の事となると一瞬で真面目な顔に戻り明日からの作業現場についての直接現場を指さしながら説明を始めた。
「右手の方で今耕している場所がそうなんですが、明日までには間に合わなさそうです。だから、収穫の終わった麦畑の方の土壌改良を行ってもらっても良いですか? 作業内容としては1週間前にやったのと同じ内容です」
「土壌改良ですか? 了解です」
具体的な作業スケジュールを聞きつつ、直人は周りで農作業をしている労働者を見渡した。ここまで大事になるとは思わなかったと思いながら。ブノアを交えて話し合った結果、領主館側としても喜ばしい事なので後押しするように上申してくれるとブノアが請け負ってくれた翌日から、話は直人だけではなくトマやブノアにとっても予想外の方向に進んだ。そう、領主館の支援が後押しといったレベルでは無く全面支援の方向に動き出したからだ。
元々、4年前の疫病発生を受けて街内の植物という植物を焼き払った影響で、ユピリス内で農業に関連する職業の者達は大幅な損失を被っていた。領主館としても一定の補償をしたものの到底損害を補い切れるものではなく、農業部門からの撤退や規模の縮小などを招く結果となり、今日に至っても解消するどころか悪化の一途を辿っていた。もちろん、ただ領主館としても手をこまねいていただけでは無く、農業部門への新規参入や規模拡大に関しては税率の優遇や低金利での貸付の実施等の対策を講じていたが、目覚ましい効果をあげる事はなかった。そんな時である。打つ手もなく、どうしようかと頭を悩ましている問題を全部とは言わないが一部解決できる案が出て来たのだ。そして、その案も個人の能力に依るところが大きいものの上手く事が運べば状況が好転するといえた。ゆえに、領主館側は全力での支援を決めた。その結果、直人達の商業規模が大きくなる事は必然といえた。
「そうそう、言い忘れてました。領主館が魔法石を供出してくれるそうです」
「魔法石ですか?」
「ええ。量としては緑魔法1回分くらいのを1日2つほどだそうです」
ふと、何気なく世間話のようにトマが言った一言は直人に衝撃を与えた。なぜなら、魔法石は魔獣の襲撃や魔法使いの犯罪といった非常時に備えて、魔法使いが鉱石に魔力を溜めておくものであるからだ。そして、魔法石の備蓄が一定量を越えたとしても、防壁の修復や増築といった公共事業に使われる事が多く、余る事はありえなかった。ゆえに、魔法石まで供与してくれるという領主館側の食料自給率の向上にかける想いの強さが直人には感じられた。だが、直人が本気を出せば今の10倍以上の仕事を出来る事を考えれば彼らの想いは無駄でしかなく、直人としても魔法石の必要性は感じられなかった。そして、もし魔法石が必要であったとしても、日々の余剰魔力を溜めた魔法石を多数所持していた為、直人としては自分の魔法石を使えば済む話であった。
しかし、今の直人は神眼といっても10階位と能力を偽っている事もあり、本来の1階位の能力を発揮することは出来ず、使う必要も無い魔法石を使う事を決めた。そして、この決定は直人の罪悪感を煽る事に繋がった。また、自分の為に人の好意を踏みにじるのかと。いつまで、自分は人の事を欺き続けるのだろうかと。このことは、食料自給率を上げて人の役に立てると喜んでいた直人を意気消沈させるには十分すぎた。急に黙り込んだ直人を不審に思ったのかトマは気遣う様子を見せたが、直人は何でもないと誤魔化し朝の営業を始めるべく喫茶店に向けて歩き出した。
すっかり日も落ち、辺りを照らすものが月明かりしか無くなった頃、直人は館の屋根の上で寝転がっていた。街中という事もあり、死の森に居た時と違い魔獣の鳴き声もせず直人の思考を遮るものがなかった。いや、直人の思考の内容を考えれば例え人の恐怖心を煽る魔獣の鳴き声であったとしても、音があった方が良かったのかもしれない。そう、直人の思考はひたすらにマイナスの方向に流れていたのだから。
最初は、逃げてばっかりの自分が人の役に立てる事が嬉しかった。そして、実際に直人が市場に出向いた際にも食料価格が低下した事で喜んでいる買い物客や店舗主を目にした。直人が食料増産に関わっていると知っている一部の情報通には、何度も心から『ありがとう』という言葉を伝えられた。それは、今まで直人の能力が高いから直人を称賛するといったものではなく、ただ直人がした行為を讃えるものであった。こういった、何の利害も含まない純粋な感謝や視線というものは照れくさくあったものの、直人にとって涙が出るくらい嬉しいものであった。そう、与えられただけの能力を称賛された訳では無く、自分の行った事が認められたのだから。
だが、直人は今日、目をそむけ続けて来た現実に直面してしまった。それは、保身の為だけに全力を尽くしていない事だ。人々が称賛してくれ、自分の事を認めてくれて、自分という存在を肯定してくれた事が嬉しくて舞い上がっていた。しかし、そんな人達の為に直人はもっともっと出来る事があるにも関わらず、保身のためだけに最善を尽くしていなかったのだ。そのことは、自分の卑小さを感じさせた。
それでもと直人は思う。自分は平穏に生きたいと。人の役に立つことは良いが、本気を出せば人と対等に接する事はできなくなるだろうと。ただでさえ、神眼を持つ魔法使いであり人からは目上の人に対する態度しかとられない。そのことを嫌い、対等になるべく努力をしてやっと普通に話してくれる常連客が出始めた。だが、もし直人が10階位の神眼を持っていると知ったらその常連客達でさえ立場の違いを意識するに違いないと。
一時期は自暴自棄になりユピリスから離れる決意をしたものの、この自分にとって居心地の良いユピリスでの生活を捨てることは直人にとってあり得なく感じられた。これは、この世界に自分の居場所が無いと感じていた直人に初めて出来た居場所であり、直人の心のよりどころにさえなっていたのだ。だからこそ、この街から離れなくても良いようにと薬草の定期供給だけではなく、食料自給率の向上へといったことにまで手を出したのだ。もちろん、人の役に立ちたいという理由もあったが、あくまでも主題は自分の居場所の確保であった。そして、予想通りユピリスにとって直人の存在は不可欠なものとなりつつある。その点では直人の思惑通りに事は進んでいた。それゆえに、副次的な位置づけであった人の役に立ちたいという動機に目がいったのだ。
理性的に見て、直人は自分の行動が間違っているとは言えなかった。むしろ、保身といった意味では成功といっても過言ではなかったのだ。だが、心は、感情は間違っていると訴えていた。感謝してくれる人を、信頼してくれる人を裏切ってまで力を隠すべきではないと。一時は国に仕える事で公表する事も覚悟したのだから、今更保身に走るなと。そう訴え続けていた。そして、理性と感情の決着はつくことは無く、直人は一晩中月を見つめ続けた。




